第35話 ますます大変

文字数 2,127文字

 入院していた方がまた亡くなった。老衰ということだ。まだ90歳前。80代で老衰……というのは早いと思うようになってきている。
 ネコヤナギさんとマンサクさんは男性で70代だ。70代なんて、青年だよね、と職員と話した。

 亡くなった方は、入居して3年くらいか。最初の頃はばあさんが入浴させていた。小柄な方で軽かったから個浴でなんとか介助できた。
「歌手で誰が好き?」
と聞くと、返事が返ってくるのに時間がかかった。
「ル・ミコちゃん」
「そうね、似てるものね」
 乾燥肌で、クリームを塗っても塗っても良くならない。ばあさんの父親もそうだった。服を脱がせると粉(?)がボロボロ。他の方は、ヒイラギさんもカイドウさんもマンサクさんも、何もつけなくてもスベスベだ。コデマリさんは膝が羨ましいくらいピカピカしている。
 顔も白くてきれいだ。日に当たらず紫外線に当たらなければ美肌に?

 ルミコちゃんは最初は怖いくらいじっと見つめてくる、目チカラのある方だった。部屋にはお孫さんの結婚式の写真やひ孫さんの写真。服や下着もきれいだった。誕生日にはプレゼントにニットの膝掛け。お喋りをする人形もあった。寂しいからと持ってきたのだろう。シーツ交換をしていると、いきなり喋り出して驚いた。音に反応するのか?

 ルミコちゃんの部屋を片付ける。ものが多い方だ。段ボール幾つになるのだろう? ほとんどの家族は処分してくれと言う。服やタオルなど、使えるものは他の入居者さんにいただいたりする。かわいそうなくらい、補充されない方もいるのだ。
 残ったものはゴミで出すがひと箱が高い。終の住処にタンスや冷蔵庫を持ち込む方もいる。
 
 うちのユニットはひとり異動していったので、職員がひとり足りないままだ。隣も正社員は4人のところ3人。あとは資格ありの契約社員とパート2人の組み合わせでなんとか回している。ひとりのパートは開始より30分も早くから動いている……サービスで。

 うちのユニットの女性職員が来月いっぱいで退職することになった。突然の話……おかあさんが離島にいるが、認知症で面倒みなくてはならなくなったようだ。詳しいことはわからない。買ったマンションは今なら高値で売れるのか?

 正社員がふたりになるのは初めてではないか? 補充はあるだろうが、即戦力に来てほしい。新人だと教えるのに時間がかかる。教えて独り立ちできる頃辞められるのはたまらない。
 最初の頃は人が足りないと、施設長が夜勤をしていた。ナースが足りない時は、薬の回収に男性の課長が来ていた。施設長は女性だ。洗濯場が休みの時は朝早くから洗濯機を回している。コロナの感染者が出た時は朝から夜遅くまで大変だったらしい。

 もう、ばあさんも入浴介助がきつい、などと愚痴っている状況ではなくなってきた。

 周辺業務の友人からメールが来た。介護施設に入っているおかあさんが具合が悪くなり入院した。おまけに動いてくれていたおにいさんも入院。大手術を2度しなければならない。おにいさんの奥さんはすでに認知症で介護施設(70代で?)
 おにいさんに子供はひとり。でも孫が5人いるから動けない。友人のおねえさんふたりは遠いので、動けない……

 なんだか、そんな話ばかり。
 もう、なにがあっても慌てるな。
 でも、仕事も休むだろうな……

 どんなにすごい状況になっても慌てない隣のリーダー。相変わらずのご出勤。リーダーが来る頃にはスタッフルームには誰もいない。時間前から動いてる。別に遅刻になるわけではないけれど、3時間勤務のパートのばあさんでさえ、10分前には来ているのに、なにも感じないのか?
 リーダーはゆっくりパソコンを見る。配膳はばあさんにお任せ。歳はとっても6年やっているし、たまにはミスもするが誤魔化すのもうまい。

 ばあさんがトイレも行けず動いていると、リーダーは座ってゆっくり食事介助。慌ててはいけないのだが。ツルマサキさんのあとに入居してきたプラタナスさん。全介助だが穏やかな方だ。移乗も軽いので楽だ。
 ほとんど口を開けて舌を出している。食事はソフト食で、飲料はほとんどゼリー状になるまでとろみをつけスプーンで提供する。
 ほぼ完食する。食べてくれると楽だ。空腹も感じなくなると食べてくれない。水分は飲ませなければ危険だ。介助に時間がかかる。慌てればむせたり、ナースを呼んで吸引したり大変になる。
 プラタナスさんはばあさんが通ると反応する。手を振ると反応する。慣れるとカワイイ。女性職員は、頬を撫ぜて、
「口、閉じなさい。疲れちゃうでしょ」
と言うが、すぐにまた開ける。穏やかな方は優しくされる。

 ネコヤナギさんもヒイラギさんもまだ戻らない。ヒイラギさんは心不全だったそうだ。状態は知らされない。
 カリンさんは骨折だから、もうすぐ戻るようだ。おそらく2人介助。入院中もよく食べているらしいので大変だろうな。腰を痛めないように鍛えておかなきゃ。
 ばあさんは軽い足の方を持つ。ベッドから車椅子に2人で移す。それだけなのに、何度か腰を痛めたかも……と思うことがある。ばあさんの場合、痛めたその日と翌日はなんともないのだ。だからしばらく不安なのだ。痛いのはもういやだ。

 
 
 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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