第21話 治療してから

文字数 1,827文字

 リンドウさんをお風呂に入れた時、お尻が痛いと訴えた。前回も言われ見たのだが、何もできていなかった。今回は念入りに見た。感染防止用の大きなゴーグルとメガネを外して見たが、よくわからない。触ってみても微妙。
「ナースに診てもらいましょうか」
と聞くと、
「いい」
と、拒否。
 リンドウさんは、心臓に持病があるので、いっさい薬を出してもらえない。頭痛薬も、痒み止めも、かかりつけでもらってください、と言われる。わかっているから頼まない。

 90歳過ぎてもしっかりしている。パットは1番薄いものを念のためにしている。
「蒸れるから、いっそはずしたら?」
しかし、それは心配なのだ。
 寝ていると痛い。お尻が圧迫されるから。掛け布団さえ、心臓の悪いリンドウさんは施設のものでは重くて息苦しいと言って、軽いものを家族が送ってきた。様子をみて、治らないなら……写真を撮れと言うだろう。

 排泄や入浴介助をするようになって驚いたことがある。ばあさんにはないものが……お持ちの方は多い。
 
 遠い昔、高校3年、親しかったうら若き乙女が痔の手術のため入院した。自分で言って笑っていたが、長い間悩んだのだろうな。

 ブティックの美しい方が、夏は日に焼けることも恐れた美のカリスマが、トイレから出てくると言った。
「鮮血が……薬屋行ってくる」
 その美しい方は極度の便秘。あらゆるものを試していたが、出なかった。おまけに貧血。数値が極端。おまけに痔?
「絶対、女の医者じゃなきゃ嫌だ」
当時、我が家にはパソコンがあったので、調べてあげた。女医の肛門科。

 彼女のあとに入ったスタッフもそうだった。足の長いパンツスーツが似合う裕福な奥様が店長に言ったそうだ。店長に言えば筒抜けだ。
「後ろからはできないって」

 痔主様は多い。それよりも驚いたのは……
 聞くに聞けない。若い職員や男性職員には。
 自分で調べました。子宮脱。ワナビ……ではなく、ナスビ。
 そういえばブティックの客が手術した、笑って話していた。
 しかし、放置されていて痛くはないのだろうか?

 民間の施設ではわからないが、提携病院以外はほとんど家族が連れて行く。提携病院は信用できないと、東大病院まで連れて行った家族もいた。
 歯科が口腔ケアに週に1度来てくれる。これは大事だ。歯が痛いと訴える入居者は多い。歯茎が腫れれば相当痛いだろう。見ているほうも辛い。

 高齢者施設に入る前には、いや、それより前に治しておかねば。虫歯、歯周病、入れ歯の不具合。メガネはネジが緩み歪んでもそのままだ。90歳を過ぎた方は、気がついた時には白内障で片目の視力を失っていた。
 水虫も治しておいて欲しい。何人の足を洗い乾かし薬を塗るやら。じいさんの足だって、洗ってあげたことはない……

 不思議なことがある。アズサさんの髪が真っ黒だ。白髪はほんの数十本。ばあさんが50歳くらいの時の状態。歳を聞いてびっくり。ファイルで確かめてしまった。93歳になる。髪の老化だけは止まっているのか? 
 コロナ禍で3ヶ月理美容が中止になっている。皆、髪が伸びた、ショートカットだからよくわかる。染めているコデマリさんの髪は富士山状態。ご自分で、お化け、と言う。否定して欲しくて。家族が帽子を送ってきた。リビングで黒い帽子をかぶっている。誰も何も言いやしないのに。嫌味を言うホオズキさんは亡くなった。

 アズサさんはひとり暮らしをしていた。娘さんが訪ねた時には倒れていた。脳梗塞……こういうのは多い。モクレンさんもそうだった。旦那さんが亡くなったあと子供達に迷惑もかけず、ひとりでしっかり生きてきた方が倒れて施設に入る。
 わめくアズサさんは、町内会では一目置かれているようなしっかりした方だった。ミモザさんもカリンさんも働き者だった。ヒイラギさんは……ひとり暮らしだったがひどい状態だったらしい。ひとり暮らしには多い。食べ物と排泄物と害虫でひどい状態に……
 
 カリンさんは、100歳になり賞状をもらった。部屋に飾ってある。
「おめでとうございます」
言うと泣く。話題を変える。
「旦那様も息子さんも優しいですね」
「……優しいけど、女好き」
え? まさか、既に亡くなったけど、コロナ禍になる前は毎日面会に来ていた。
 カリンさんは昔話だか、妄想だか、聞いていても意味不明。まだまだひとりでトイレに行こうとする。玄関を開けて、廊下に出て行く。ホオズキさんの次はどこにお迎えが? 男性ふたりを除き、皆90歳を過ぎている。




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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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