第50話 病める時も健やかなる時も

文字数 1,751文字

 ユニットの若い男性が近くに来て言った。
「私事なのですが……」
 ああ、やめるのか……うちのユニットは、◯◯いからね。過去に職員がふたり来なくなった。
 私も今年の初めは来るのが憂鬱だった。最年長者でオープン時からいるけど、そういうことは初めてだった。あとから入ってきて残っている職員は性格が……少々きつい。

 雰囲気悪いよね、とパートの人と話している。リーダーの男性にも言ったが、どうしようもない。
 
 4月から異動してきたピュアな男性。痩せて50キロもないという。ひとり暮らしの身には辛いだろう。超勤も多いし、体力も精神力もなさそう……
「この度、結婚いたしました」
「え?」

 めでたい話は滅多にない。若くして、できちゃった結婚で、育休取った男性も辞めていった。
 男女共結婚しない主義の人が多い。

 おめでとう。
 いろいろ聞いてしまった。
 住居の関係でまだ別居婚。できちゃったからではないらしい。
 お祝いを……
 もう何年も、誰かが退職しようが、成人式も、親が亡くなっても、なにもない。以前は少しずつお金を徴収して、なにかあげたのに……
 辞める人が多すぎて、さすがにそれはやらないかも?
 たかだか2時間のパートの私が言うことではないが。
 0君がいた頃は、夜勤のときに食べてもらおうと、いろいろ差し入れたけど、そんな気持ちもなくなってしまった。

 結婚か。
 あなたは新婦△△さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?

 認知症になっても?

 隣のユニットのゲッケイジュさんが亡くなった。施設がオープンしたときからいらした方だ。ご主人は別の階に入居していて、ずいぶん前に亡くなった。
 入居時はご主人と同じユニットになるのを拒否したくらい、まだしっかりしていた。旦那様が亡くなったことは、わかっていたのだろうか?
 私はほとんど話すのを聞いたことがない。
 品のいい方で、シャンプーも家族が高そうなものを持ってきていた。ゲッケイジュさんが入浴していると、いい香りがしてきた。

 イチイさんが退院してきた。ずいぶん前に膀胱炎になってから何度か再発し、血尿が出る。
 入院するたび、動けなくなっていく。
 それでも、リーダーが朝食を持っていくと、
「こんなもの、食べられない」
と言われ、どら焼きをカットして出していた。
 プライドの高いお嬢ちゃん、と陰で言われている。
 

 ああ、また隣のユニットの職員が辞めると言う。数ヶ月前異動してきたばかりだ。異動する前のユニットの情報では、かき回す人だから、気をつけろ、と。
 長く続けてる人は芯が強い。かき混ぜられはしなかっようだ。もう私は2時間の勤務だから、よく見えない。
 この職員は不注意から、アズサさんをベッドから転落させひどいあざを負わせた。それも原因なのだろうか?
 フィリピンの方で結婚しているのかどうかもわからない。
 新人が独り立ちし、ようやく職員の数が足りてきたら、また……
 いつもこの繰り返し。

 ゲッケイジュさんのあとに入居してきたハジカミさんは、ショートステイの方。空くのを待っていたのだろうか。
 そういう方はひと月をショートステイで、1日自宅に帰り……の繰り返し。
 以前働いていた独身の男性職員のおとうさんがそうだった。入所先が見つかるまでは大変だった。その間におかあさんが亡くなり(おとうさんは、もやはそれさえわからない)仕事も休みがちになり、辞めていった。

 ハジカミさんはシルバーカーで歩く。そういう方は目を離せない。入ってくる前から、大変よ〜との情報が。
 だから、キッチンから見えるサカキさんの部屋と交換した。
 朝はおとなしいらしい。自分で歩いてきて座る。席は、しっかりしているコデマリさんの隣になった。コデマリさんとなら話ができるから……
 コデマリさんは、私の顔を見た途端に愚痴を。
「あの人、認知症だね」
 93歳のコデマリさんに、そう言われるハジカミさん。

 コデマリさんはすごい。このコロナ禍の、面会もできない状況で、衰えることもない。(ごはんの前に居眠りするようになったが)
 ボケないために必要なのは、好奇心かも。噂好きな人ほど呆けない?
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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