第23話 昨今の状況 4

文字数 2,338文字

 施設にもコロナ感染者が出たが、ゾーニングで他の階は(ばあさんの階も)無事だった。ようやく収まったが、皆大変だった。事務所は朝早くから夜遅くまで、食事する時間もないくらい対応に追われていた。現場はもっと大変だったろう。特別手当が出るという。

 新年度の配属が決まったが、具合の悪い職員や長く休んでいる職員がいて、うちと隣のユニットからも手伝いにいっている。ただでさえ、職員の人数は足りていないのだ。パートは増えたが、シフトを回すのが大変なようだ。相変わらずの12時間勤務が多い。熱を出した職員もいた。コロナ渦のマスクと手洗いのおかげで、ここ2年、ひどい風邪をひいた職員はいないが、疲れがたまったのか、原因不明の熱が数日引かなかったとか。

 2ヶ月休んでいた職員が戻ってきた。実家の高齢の母親をどうすべきか? 遠い実家に帰っていた。高齢者施設は300人以上待ち。とりあえず、ショートステイに入れ戻ってきた。独身だ。いつまでも休んではいられない。

 以前、挨拶もなしに辞めていった男性も大変だった。独身で両親の介護をしていた。母親は術後ずっと病院、転院し亡くなった。父親はショートステイにひと月、1日家に戻りまたひと月。本人も腰痛、肘痛。休みが増え、負担が増えた他の職員からは冷たい目で見られ気の毒だった。
 その方が整骨院にいた。2度一緒になったが施術中。向こうは気がついていないだろう。先生と喋っていた。野球の話を楽しそうに。噂では、辞めたあと倒れペースメーカーを入れたという。仕事はまだしていないと。マラソンの好きな方だった。夜勤明けにジムに行き汗を流していた。数年共に働いた方だ。元気そうでよかった。

 ばあさんは来月から仕事時間を減らす。しかし、この調子だと、3時間勤務になっても、入浴介助が入りそうだ。
 パートはいろいろだ。やってもやらなくても時給いくらかで働く。目いっぱい、トイレに行く間もないくらい動いても。かたや「クソの役にも立たない」と陰口を言われている者も。

 他所で働き、週に1度うちに来ている男性。中国の方。奥さんは日本人。もう1年以上になるが入浴はやらせない。乱暴だから任せられない、とのことだ。足浴はやるが乱暴なのだそう。先日は爪切りをして肉を切った。それは……実はばあさんもやった。しかし……それですむのか? 週1でも長時間、資格があるのでばあさんより時給はいい。入浴3人してくれたなら、日曜日にばあさんに残しておくこともなくなるはず。
 それですむのか? 配膳にしても、2ユニット両方覚えた方がいいのに、
「向こう、やれば?」
と言えば、
「ボク、できない」
それですむのか? 
 周辺業務に毛の生えたような仕事で、ばあさんより高い時給。顔には出さないけどね。

 コロナ禍で感染防止のために身に付けるものが多くなった。マスクに大きなゴーグル。ばあさんはメガネの上に付ける。曇る。入浴の時には曇る曇る。それにエプロン。配膳、食介時と排泄時のエプロンを分ける。しかし入居者は分けてはくれない。カリンさんは食事中にトイレに行くからナースコールが鳴り続ける。職員はエプロンをはずし、排泄用のエプロンを付ける。紐で縛るエプロンなので時間がかかる。その間ナースコールは鳴り続ける。カリンさんが立ち上がって転んだら……エプロンのせいにしよう。

 入浴時はビニールの、足首までの長いエプロンをする。袖は付いていないが。マスクにゴーグル、長い厚いビニールのエプロン。湿気と暑さで感染前にぶっ倒れそうだ。そしてその都度洗濯、乾燥機にかける。仕事は増える。浴室は掃除した最後に次亜塩素酸をスプレーする。そして30分したら流す。30分したらばあさんは時間外なのですが。

 夜の仕事も今月いっぱいで辞めるのだが、先日はひどかった。サカキさんが食事中に漏らしたようだ。マスクをしているのでわからなかった。職員が気がついたときにはひどかった。ばあさんはキッチンで洗い物。職員はたくさんの清拭(濡らして温かくしておいた小さなタオル)を持ってきて、サカキさんの手や頭を拭き始めた。隣のテーブルでは、かたくななイチイさんが、珍しくリビングに出てきて食事をしているのに。

 車椅子にシートを敷いてサカキさんを移し部屋に連れていった。当分戻れないだろう。イチイさんに何度も謝り、薬を待っていただいた。温め直したごはんもおかずも半分くらい残し、まずいからと、買ってあるものを食べる。だから栄養が偏る。そして便が出なくておなかが痛い……
 最近では、偏屈に、ますます扱いにくくなってきた。それこそ、食事の時間がずれるので、排泄の合間に食事を温める。都度都度エプロンを変える。不満が高まる。イチイさんは前の女性職員とも、その前の女性職員とも合わなかった。周辺業務のバイトの女の子とは合うみたいだ。延々と苦情を聞いてあげてるから。聞いてあげられる時間があるから。
 それも仕事だけど、茶葉や洗剤も補充しておいてほしい。朝忙しいのに入っていないとムカつく。キッチン周りもきれいにしておいてほしい。炊飯器の下も拭きなさい。掃除機のゴミも捨てておいて。だいたい、掃除機かけているの? 3時間何をしているの? 介護はしない周辺業務。やることは探せばいくらでもあるはず。時給はたいして変わらない。

 イチイさんは、もはやクレーマーみたいだ。取っている新聞の置き場所が違う。シーツ交換すれば掛け布団の畳み方が違うだの文句を言う。だいたい、イチイさんのシーツ交換は大変なのだ。新聞がひっ散らかしてある。本人は考えて分けておいてあるのだそうだが。
 自身の衰えを自覚していない。先日はトイレの床に漏らしたそうだ。大のほう。さすがに恐縮していたという。
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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