第20話 お迎え 2

文字数 1,722文字

 先日は朝から大変だった。
 出勤した時、救急車が止まっていた。どこの階の入居者だろう? ユニットの人たちの顔が浮かんだ。ホオズキさんはすでに入院していた。

 着替えてエレベータに乗った。2階で職員が乗ってきた。救急対応でうちの夜勤が手伝いに行っていたのだ。
 この職員はベテランだ。余裕のない職員もいる。
「手の空いている職員は来てください」
他の階からは誰も来なかった。

 夜勤は2ユニット20人をひとりで見守る。だからもうひとりの夜勤は、その間40人をひとりで見ていたということになる。眠らない方もいるのだ。
 ホオズキさんが入院していてよかった……口に出しては言えないが。状態が良くない。かわいそうだが、手のかかる方なので、いないと助かる。特に夜間は。ナースコールを40回鳴らす方だ。

 その日はパートは、ばあさんだけだった。3月は有休を消化しないともったいないから皆休む。ばあさんは嫁の出産ですでに消化していた。

 2階のシフトもきつかった。救急車に夜勤も付き添って乗って行った。そして付き添って行った職員の勤務は明け超勤で、9時まで。それまでどうするか? パートが来るがひとりでは無理だ。
 結局うちのユニットの早番が手伝いに行き、夜勤が残った。ばあさんは2ユニットを行ったり来たり。

 この職員は他所から来て2年目だ。以前は主任だったという。もう、楽をしたいからと言っているが、それは無理のようだ。持病もある。喘息にアレルギー。腰痛。肘痛。自分の体重もうちに来てますます重くなったようだ。この間は咳をした拍子にギックリ背中。
 
 以前にも夜勤が残らざるを得ないことがあった。若い女性職員は叫んだ。
「病院予約してあるんです」
 救急車が乗せるのは入居者ばかりではない。
 以前このリーダーの女性は、トイレに籠っていた。ばあさんは入浴介助を始めていた。脱衣場の電話が鳴った。リーダーから、
「おなかが痛い……」
 ナースを呼んだが結局救急車に乗せられて行った。婦人科系の病気だった。3交代のシフト、ほとんど立ち仕事。力も使う。要領が悪いから事務仕事で残る。長い時間残る。ストレスも溜まる。冷えも……
 若い彼女は30歳までには子供が欲しいと言っていたので、真面目に治療に通っていた。
 すでに辞めたが、望みは叶っただろうか?  

 別の若い職員には子供を産む気はない。育てていく自信がないと言う。結婚もする気もない。仕事はできる。悪い意味ではなく要領もいいのでサービス残業はしない。ばあさんは期待しているのだが。考えが変わるような相手に巡り会えることを。
 巡り会い……長い間求めていたものに、思いがけず出会うこと。

 以前いた年配の女性も病気で手術したとき、驚くほど早く復帰して来た。休めば迷惑がかかる。戻れば仕事はハードだ。3人の子供が大学を卒業するまでは……と頑張っていたが、辞めて派遣社員になった。

 独身の年配の男性は、両親が認知症で苦労していた。腰痛と腕の痛みもひどかった。当時、休みの多いその職員には皆冷たかった。休まれれば、負担がかかる。結局、休んだまま、挨拶もなく辞めて行った男性は、その後倒れて、ペースメーカーを入れたと聞いた。母親は亡くなり、父親は介護施設に入った。本人はまだ仕事はできないという。

 フレックスのパートも去年、胆嚢を取る手術をした。胆石で何度も痛い思いをしたという。ばあさんは丈夫だ。鼻のアレルギー手術くらいしかしたことがない。
 
 ホオズキさんが亡くなった。頭のほうはしっかりしていたが、肉体が目に見えて弱っていくのがわかった。97歳だった。食べられなくなり、尿が出なくなった。入院して、3日目に永眠された。

 何も変わりはしない。部屋を片付けておくだけだ。たいして語られない。すぐに次の入居者が決まるだろう。楽な方ならいいが。
 入居者さんの中でも聞いてくるのは、コデマリさんだけだ。
「ホオズキさん、まだ帰ってこないね」
コデマリさんは、救急搬送される時、自分の部屋に押し込められたと憤慨していた。ドアのガラスの部分から覗いてたそうだ。
 記憶力のいいコデマリさんは言う。ハマナスさんは、ヤドリギさんは、ナツメさんは、とうとう帰ってこないね……

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み