第27話 大丈夫?

文字数 1,775文字

 4月から新年度。ばあさんは仕事を減らした。週3日の3時間勤務。
 周辺業務にすればよかったか?
「食事介助はやっていただけるのね?」
 施設長に聞かれて「はい」と言ってしまった。周辺業務なら3時間、食器を洗い、キッチンの前でひたすら洗い、乾燥だけは食洗機を使う。
 周辺業務なら入浴も足浴もなしだ。配膳、片付け、米研ぎ、洗い物。洗濯、服を各自のタンスにしまう。あとはシーツ交換。これは入浴もやるばあさんと床数は変わらない。予定を組むリーダーはできると思って入れているのか? なにも考えていないのか?

 ばあさんは皆が食事している間にシーツ交換を2床してくる。戻れば流しには山ほどの食器とエプロン、トレイ。食器を水洗いして食洗機に入れる。食洗機とは……和食器を洗うのには向いていない。工夫してもお椀の底に水が溜まる。食洗機にふさわしい食器にすればいいのに。現場の声は届かない。声も出さないか?

 それから風呂の準備。バイタルを測る。バイタルと服の準備は本来常勤さんの仕事。しかしそんな暇はない。O君はやっていたけど。
 入浴はふたりの時は8時半に始める。食後に大丈夫なのか? 血圧の不安定な高齢者。高ければベッドに寝かせ頭を上げて、低ければ足を上げて測る。
 5時間勤務の時も入浴介助はふたりか3人だった。仕事内容はほぼ同じ。ぶっ続けでやれば倒れそう。そして、収入は減る。不満はある。周辺業務とたいして変わらない時給。人により、極端に仕事しないパート……資格があるのに乱暴だから入浴は任せられないと、それで1年以上済んでいる。暇そうに座ってテレビを見ているときもあるとか。

 考えるとムカつくので考えるのはやめた。3時間、運動しに行くと思い働く。ビニールのエプロンをして入浴介助。汗が落ちる。痩せるはず……

 常勤はもっと過酷だ。新年度だというのにひとり休暇を取った。去年入った二十歳の女性。頑張っていたのに彼女に何が起きたのか? 誰も知らないという。ひと月休むのだそう。その間、変わりは来ない。常勤4人必要なところ、3人で回している。50歳の女性が連続の夜勤。体を壊さなければいいが。皆、12時間の超勤が増える。次に具合が悪くなるのは誰だろう?

 勤めて6年になるがずっとこういう状態だった。頑張れば楽になる……そう思って頑張っても楽になる日は来ない。頑張っていた人たちが辞めていく。体を壊して、壊す前に、神経が参って、参る前に辞めていく。次は誰だろう? なんて……
 まさか、二十歳の新人だとは思いもしなかった。地方から出てきてひとり暮らしの女性。実家に帰っているのか、誰も知らない。来月戻ってくるのだろうか? 

 O君も配属が変わり苦労しているらしい。慣れるのに時間がかかるのだ。

 フィリピン人のJさんが隣のユニットで契約社員で頑張っている。正社員になりたいのだが、記録等にまだ不安があるので契約社員に。おいおい独り立ちできるように……なんて、悠長なことを言っていられなくなった。人が足りないのだ。いきなり早番を任され、一生懸命やっている。ばあさんは朝食の手伝いに行く。久々に見て驚いた。ウエストが……
 元々スタイルがいい人だが、横からみると厚みがない。羨ましいを通り越して心配になる。
「大丈夫?」
「5キロ痩せました」
「大丈夫?」
 ばあさんは何もできないが。
 忙しくて、逆に太る人もいる。大丈夫? と思うほど太った人も。片足を引きずり人の介護をしている。

 ばあさんが、夜眠れない、と言うと、ほとんどの女性が誘眠剤を飲んでいるという。内科で処方してもらう。若い女性も。不規則なシフト。誘眠剤に頼らねば眠れない。この状態がいつまで続くのか? コロナ禍で仕事を失った人もやっては来ない。敬遠されているのだろうか。

 入居者さんに大きな変化はない。もっとも3時間のうち浴室にいる時間が長くてたいして接する時間はなくなった。アズサさんのわめき声を聞く時間も減った。
 隣のユニットはしょっちゅう座席が変わっている。コデマリさんが皆と離れた席にひとりにされていた。人の悪口がひどくて、お喋りできないようにされたそうだ。悪口は虐待になりますから……と言われたそうだ。90歳を過ぎたお年寄りが納得するだろうか?
コデマリさんを入浴させることも減った。大丈夫だろうか? 悪口を言う人は元気だ。


 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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