第46話 コロナ禍の対応

文字数 1,949文字

 もう過ぎたことだ。次はないことを願う。
 長いコロナ禍で、我がユニットはずっと感染者を出さなかった。職員の家族が罹り濃厚接触者で休んだりはしたが。
 ワクチンをしていない職員もいた。不整脈だから、とか理由はあるのだ。
 この3年、職員の親睦会もない。入居者の外出もない。花見、お祭り、初詣で、すべて中止。面会もずっと中止。ようやく、ロビーで仕切り越しに15分。
 余談だが、入居者は日に当たらない。ベランダにも出ない。長期間、紫外線に当たらないから美白だ。時々、見入ってしまうほどきれいな方がいる。
 髪も染めたり痛めつけないから、薄くはならないのだ。100歳で豊かな銀髪。80歳過ぎて、黒々とした方もいる。

 感染者が出るとユニットは大変だ。サイボーズで何度も念を押される。
 感染源は職員です。くれぐれも徹底してください……
 職員も感染するので足りなくなる。最初の頃はヘルプに行く職員を募った。なるべく独り暮らしの若い人。
 当時はまだまだ怖がられていた時だ。年寄りのばあさん達パートは休みたいくらいだった。持病のある家人に移したら、死んでしまう。軽くは済まないだろう。
 ところが、隣のユニットの融通の効かない女性職員は真っ先に手伝いに行った。入居者にも煙たがられていた職員だ。あの時は驚き尊敬した。
 アニメの『キャンディキャンディ』で戦場へ行った見習い看護婦フラニーのように。

 その後何度も感染者が出たり解除されたり。
 去年私は腰痛で2ヶ月休んだ。しばらくぶりのユニットは、入居者も入れ替わりがあった。
 把握もできずに出勤した数日後から、我がユニットにも初めて感染者が出て大変なことになった。
 感染者が出るとユニットは隔離。施錠。出入りの際、いちいち鍵をかける。スタッフルームも出入り禁止。バッグ類は入り口のドアの外。職員は飲み物も廊下に出て飲む。
 ロッカーは使えない。着替えるのは臨時の部屋。1日着たユニフォームは消毒するので、持ち帰らずに洗濯場に出す。3日間放置しておくので着るものがなくなる。段ボールに用意された古いものの中から探すが、サイズがない。

 入居者は居室対応。広いリビングはがらんとしている。テレビもつけていない。パソコンはスタッフルームからリビングへ。セキュリティカードも付けてはいけない。ピッチはビニール袋に。
 食事は使い捨て容器の弁当。飲料、味噌汁は紙コップ。割り箸に使い捨てスプーン。エプロンも使い捨て。
 職員は感染者対応のビニールエプロンにグローブ。これはコンパクトに畳んであって、流行った当初テレビで見たのとは全然違う。ひとりで着て脱いで捨てる。
 ゴミはベランダに3日置いてから業者に出す。各自のトレイ(お盆)は次亜塩素酸水に30分付けて消毒する。シンクに水を貯めて。

 私は間接業務だから接っしないが、同じ間接業務のパートさんまで感染した。職員もふたり感染した。うちには持病のあるじいさんがいる。感染したら……
 でも、心臓に持病のある90歳を過ぎた女性は、感染し入院したが退院してきた。
 気が弱いと感染するらしい。移るの怖い…‥なんて思うと感染する。自分は大丈夫と思っていれば大丈夫だとか。そんなばかな……
 確かに、気の強いコデマリさんは無事だ。居室で、話もできないのに元気だ。職員からは嫌われている。はっきり態度に表す職員もいる。以前は考えられなかった。気にさわることがあると、男性のリーダーに、
「○○さん、お話があります」
 なんて、怖かった。だから、おだてて優先する職員が多かったが、今はそれはダメなのだ、そうだ。

 それに比べてイチイさんは別人のように弱ってしまった。コデマリさんより10歳も年下なのに。 
 最初は5階にいた方だ。そこで話し相手がいないから、とわざわざイチイさんのために、移動させたのだ。しっかりした者同士、話し相手になるだろうと。
 ところが、イチイさんはコデマリさんを嫌った。何もかも嫌った。
 人の悪口ばかり言う。食べ方が嫌だ……私は風呂に入れていたのでふたりから互いの愚痴を聞かされた。
 結局、わがままで自分勝手な方が元気なようだ。今のイチイさんは見る影もない。覇気がない。食欲もない。
 入浴介助は男性はいやだとか、リフト浴になるくらいなら、魚みたいに網で釣り上げられるくらいならシャワーでいいと言ってた方が、男性にトイレ介助されている。それもふたり介助だ。ひとりが支え、ひとりが下着を下ろす。
 たくさんあるパズルの本も塗り絵も役には立たなかったようだ。部屋から出ずに、話すのは職員と少しだけ。時間が過ぎるのを待っているだけ。

 コロナ禍の対応は職員は大変だが、間接業務の私は逆に楽になった。洗い物も洗濯もほとんどない。ひたすら床や手すりを消毒していた。
 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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