第10話 新しい入居者

文字数 1,242文字

 私用で9月は休んだ。4週目は出勤しようと思い電話を入れたらリーダーに、9月いっぱい休んだらどうですか? と言われた。
 もう、シフトを組んでしまったからか? いなくても、大丈夫ということか? 戦力になっていると思っていたのに。

 ありがたく骨休み。しかし出勤した途端、目まぐるしく変わっていたユニットだった。
 まず、ティッシュをくれるネコヤナギさんが、1ヶ月ぶりに会って、どんなに喜ぶかと思ったら、ブツブツ怒っていた。茶を持って行ったら、
「バカヤロー」
そうか、1ヶ月という単位さえわからないのか? すぐさま現実に戻された。しかし、ばあさんだと思わなかったらしい。しばらくして車椅子を自走して、キッチンまでカップを持ってきて笑っていた。素敵な笑顔だった。

 看取り介護の長かったハマナスさんが亡くなっていた。隣のナツメさんも亡くなっていた。ナツメさんにはよく怒鳴られた。そして、すでに新しい方が入居していた。
 うちのユニットにはアズサさん。こういう方は初めてだ。わめいている。わめき続ける。大きな、不明瞭な言葉で、延々と。声をかけると自分の頭を叩く。何回も。レインマンのように。テーブルを叩く。手が痛いだろうに。だから最初は刺激しないよう黙っていた。

 隣にはオリーブさん。小綺麗にしている。服も髪も。しっかりして見えるが、隣の反応のないゲッケイジュさんにずっと話しかけていた。そして、歩けないのに立ち上がる。

 職員も落ち着いた。常勤も定員数いる。パートも増えた。曜日によって多い日、ばあさんだけしかいない日があるが。
 アズサさんには手こずっている。麻痺があり、言葉が不明瞭。わかってあげられないから余計わめく。リビングに連れて来ると皆に挨拶をする。
「おあおおおああああ」
たぶん、おはようござます、と言っているのだが、うちのユニットの入居者は反応がない。斜め前のモクレンさんは脳梗塞を起こしてからは、ただ座っている。お地蔵様のように。挨拶を返さないのが気に入らないらしく、アズサさんはずっとわめいている。手をテーブルに叩きつける。自分の頭を叩く。止めると私の手を叩く。
 アズサさんを足浴させることになった。
「あああああ」
洗わない、と言ってるようだ。目を見てわからせようとしてもだめだった。靴下を脱がせると、足を冷たい固いタイルに打ちつけた。止めると私の手を足で打った。1度ではない。片足洗って断念。

 職員の何人かは、家に帰ってもアズサさんのわめき声が耳に残る、と言っていた。アズサさんは、よそのユニットでは無理だろう。隣のコデマリさんはわめき声が聞こえると、
「また、始まった」
と、バカにする。以前はショートステイにいた。そこではもっとしっかりした方がいらしたので苦情が出た。アズサさんは部屋にこもり、食事も個室で取ったそうだ。自分は、何もできない、バカだバカだ……と頭を叩くらしい。
 理解しようと思い、目を見て話す。しかし……うちの施設で看るような方なのか? 周りのものが参ってしまいそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み