第28話 入院

文字数 1,706文字

 仕事の契約更新をした。4月から9月までの半年分を2ヶ月遅れで。総務の男性が契約更新を遅れるのは毎度のこと。
 周辺業務の時給を聞いてみた。もう歳だから、そろそろ介護職から周辺業務にしようか、と。
「最低賃金だから1041円ですね」
 え? 
 介護職(資格ナシ)6年目のばあさんは1050円。差はわずかだとは思っていたが、たった9円だとは思わなかった。9円の差で排泄、入浴、足浴をやっているわけですか? 資格ナシのばあさんだからしょうがない? 

 やーめた、辞めた。9円の差で、腰痛めて腕痛めて、整骨院に通って治療費払って……
 と思いながら更新してきた。ま、国からの処遇改善手当が時給に40円上乗せされるからね。
 まあ、いいか。次には考えよう。

 今日も朝8時半から2人続けて入浴させた。血圧200超えのカイドウさんには頭を上げて、70しかないポプラさんには足を上げて寝ていてもらう。怖いけど入浴させないわけにはいかない。1番目の方は食後1時間経っていないが。
 おふたりともしっかりした方だ。ご自分で洗う。手伝うのは背中と足先だけ。こちらの都合で朝早く入れているのに「ありがたい」と言ってくださる。「小原庄助さんだ」と。

 補聴器を初めて見た。入居者さんは口に入れたり、水に漬けたりしてしまうので、きちんと付けている方はカイドウさんが初めてだ。はずすと大声で話さなければならないが。

 加齢性難聴は60代後半では3人にひとり。補聴器は高い(ものがある)。高くてびっくり。それも片耳の値段。お世話にならずに済めばいいが。一生自分の耳で聞いて、自分の歯で食べる。目は早くから悪かった。でも、文字を読むのは苦にならない。
 歯が1番成績が悪い。だから刻み食に。ソフト食に。だから、認知が進むのか? 若いうちから予防せねば。ばあさんもやってます。3ヶ月先の歯科検診を予約してくる。これは、ぜひやったほうがいい。
 
 今、ふたりの方が入院している。入院すると……気の毒だが楽だ。退院してくるまでの、束の間のいくらか余裕のある勤務。超勤はなくならないが。
 カリンさんが入院した。1番手のかかる方だ。その前にはツルマサキさんが。ツルマサキさんの入院はよくあることだが、100歳のカリンさんは初めてか? 大腿骨を骨折……? 夜勤は気に病んでいた。

 100歳のカリンさんは手術した。家族が希望した。しなければ寝たきりになってしまう。
 戻ってきたら……大変よ。100歳でも体格のいい体。ツルマサキさんとは違う。ふたり介助で離床、臥床……
 カリンさんは、術後モリモリ食べているらしい。施設でも完食していた。差し入れのおやつまで。

 隣のユニットのリンドウさんも腹痛を訴え入院した。リンドウさんは持病があるからかかりつけの病院で、施設の提携病院ではないから詳しいことはわからない。面会も禁止だろう。心臓に持病があって常に息切れがしている。迷惑かけないようにと、なるべくナースコールを押さない方だ。こちらは食も細いから心配だ。

 しっかりしていた方もさすがに95歳を過ぎると衰える。タオルを畳んでくれていたヒイラギさんは、座ったままほとんど眠っている。食事を出しても言われるまで起きない。
「ああ、眠っちゃった……」
 それでもまだトイレは自分で行く。着替えもできる。浴槽もしっかりまたげる。ときどき、わからなくなる。
「ねえ、お金貸して」
とやって来る。

 アズサさんは相変わらずわめいている。ばあさんが出勤してからずっと。ティッシュはある。ゴミを入れるチラシで作った箱も置いてある。前髪をパッチン止めで留め直してやる。それでもわめく。なにがご不満? もうわからない。だれもわからないから放っておく。長い。わめき続けて疲れないのか? 

 ツゲさんは、胃瘻(いろう)だから、ほとんど出てこない。ナースが来る頃、ドアを開けてある。童謡がかかっている。勤務時間を減らしたばあさんは、ほとんど接しなくなった。見なくなった。だから今は寂しいものだ。いるべき人がいない。配膳の時間になると必ずトイレに行ってたカリンさん。廊下のずっと向こうで泣いていたカリンさん。病院で、どうしているだろうか?


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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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