第7話 爆弾魔②

文字数 3,449文字

 ニューヨーク市警本部に突如現れたFBI捜査官たち。そのリーダー格のワイドマンは市警刑事たちの不満も物ともせず、手慣れた様子でその刑事たちの担当エリアを一人で決めていく。指示を受けた刑事たちは皆、舌打ちと溜め息でそれに返した。
 解散となると誰もが独り言のように文句を言いながらワイドマンのもとをあとにした。ミカが自分もデスクに戻ろうと立ち上がった時だった。
「マイヤーズ! こっちへ来い!」
 ヘイル警部に呼びつけられ、ミカが警部に近寄ると警部は耳打ちするように顔を近づけてくる。ミカもそれに合わせて顔を近づけた。
「今回の件、お前らは外す。人形野郎の後始末だ」
 ミカは驚きに目を見開き、反論すべく口を開こうとするが、警部はミカの口をふさぐように続けた。
「それはあくまで表向きだ。お前らは自由に動けるようにしてやる。だから、一刻も早くボマーに近づけ。あんな間抜けに先を越されるんじゃないぞ。いいな?」
「はい、ボス」
 ミカ自身もはじめからFBIの指揮下に入るつもりは毛頭ない。ワイドマンが部隊の掌握に気を取られているあいだに可能な限り動き、ボマーの尻尾を掴む。最善はFBIよりも先にボマー逮捕に漕ぎつけること。
 しかし、これまでボマーに関する情報をニューヨーク市警はほとんど得られておらず、そう楽観的でもいられなかった。目撃情報も監視カメラの情報でもそれらしい不審者はなく、多くの犯罪者が自己顕示欲に駆られてボロを出し、周囲の人間からそれが明るみになるのだが、恐ろしく慎重なのか、よほど他人との交流がないのか、ボマーにはその痕跡がなかった。
 ミカはリベラの事件に追われていたこともあって、本格的にボマーを捜査するのは今回の爆破からだったから、まずどこから始めるべきかと頭を悩ませた。
「マイヤーズ警部補」
 そんなミカを後ろから女性の声が呼び止める。振り返ると二十代中盤の女性、背はそれほど高くないが、訓練でよく鍛えられたと思われる整った体格が実際よりも彼女を大きく見せた。艶のあるストレートの長髪が女性らしく、それでいて主張のない化粧を施した顔には清潔感があった。彼女はFBIの捜査官の一人だった。
「はじめまして。アイリス・アーウィングと申します」
 アイリスは握手を求めるように力強く手を差し出し、ミカは訝しげにその手を握った。
「お目にかかれて光栄です。私、警部補のこと、尊敬しています。私もいつかあなたみたいに活躍できるようになりたいです」
 アイリスは憧れのスターに会えたファンのように瞳を輝かせている。稀にこういうことはあったが、そのたびにミカはどう対応していいかわからず、今回もいつもと同じように「どうも」とだけ返してアイリスの手を離す。
 アイリスはまだ話し足りないのに、ミカの無愛想な反応に困った顔で立ち尽くしていた。
「アーウィング! 何してる! 行くぞ!」
 ワイドマンに乱暴に呼びつけられ、アイリスは慌てて「すみません!」と応え、「では……」と後ろ髪を引かれながらワイドマンの方へと向かう。
「ちょっと」
 ミカはアイリスを小声で呼び止めた。
「あんたも大変そうね。まあ、頑張って」
「はい!」
 アイリスは嬉しそうに笑顔になると、元気に走りだす。気の毒に思い声をかけはしたが、純真無垢なアイリスの背中を眺め、ミカの心中は複雑だった。

 ミカは自分のデスクに戻り、それを囲む四人の部下とチームミーティングを始める。チームは、ミカ、JJを含め五名、その中でミカは紅一点だった。
「警部の密命で、私たちはFBIの掌握下に入らない。どんな些細な情報でもいい、奴らが勘づく前にボマーを見つけるわよ」
 どんな些細な情報でも、その言葉にチームの一人、フランク・フィッシャーが眉をひそめた。
 フランクはチーム最年長、五一歳のベテラン刑事だったが、短く綺麗に刈り上げられた白髪が彼を精力的に見せていた。街の内情に詳しく、昔気質の地取り捜査に長ける現場主体の刑事だが、乱暴に声を荒げうようなことはない。柔らかい笑顔が印象的で温厚そうなフランクだが、少年時代をスラム街で過ごした不良上がりで、若手刑事の頃には銃撃戦で活躍した警官に与えられる警察戦闘十字章を受賞した猛者だった。
「フランク、どうしたの?」
 ミカはフランクの反応を見逃さなかった。さすがのフランクもその鋭さに、しまったと眉を上げる。視線を外さないミカを前に、フランクは観念するように口を開いた。
「いや、自分の使ってる情報屋からの密告(タレコミ)なんですが、最近、妙に羽振りがいい奴がいると聞きまして」
「どんな奴?」
「タイロン・ターナーってアフリカ系のチンピラなんですが、ギャングのガキ相手に銃と麻薬を捌いて刑務所(ブタバコ)行きの前科(マエ)がある男です。その情報屋がたまたま街でターナーと会ったとき、奴はまるで売れっ子ラッパーのようにブランドものの服を着て、高級車を乗り回していたと」
 ハイブランドのブティックと高級車のディーラー、ボマーの爆弾で被害に遭った場所と繋がる。まさか、そいつがボマー。黙って思考するミカの様子を見てからフランクは続けた。
「で、そいつが『景気がいいな』と尋ねたら、多くは語らなかったそうなんですが、ターナーはしたり顔で『もうケチな商売をする時代じゃない』と答えたそうです」
 それだけでは薄い。ミカはわずかに首を傾げた。
「まだ続きがあるのね?」
「はい。これも不確定ではあるんですが、実は別の経路から、最近、大量のセムテックスが動いたという話を聞きまして」
 プラスチック爆弾。ビルの解体などでも使用されるが、軍事用のC-4に比べると安価なため、テロリストが使用することでも有名な爆薬。ダイナマイトなら偽造した免許の提示でも手に入れることはできるが、大量のセムテックスともなると裏のルートで購入するしかない。そして、ボマーの使用する爆弾も鑑識の結果、プラスチック爆弾を用いていると判明していた。
「刑務所でコネができて、商売相手を大口に切り換えたか」
 ミカが独り言のようにつぶやくと、フランクは見解が同じだと言うようにうなずいた。
「それで?」
 結論を求めるミカの強い視線にフランクはわずかに顔をしかめた。
「なかなか慎重な野郎で、鳴りをひそめているようです。裏稼業の噂もぱったりでして……」
 任意で事情聴取を進めることになるが、そう簡単に口を割るとも思えない。そうなるとドリームダイバーでの捜査が必要になり、ミカの出番ということになる。同じチームとはいえドリームダイバーの詳細については伝えられていなかったが、ミカがなんらかの特殊な方法を使って捜査していることはフランクをはじめ、チーム全員が知っていたので、ミカに頼りきりになってしまうことをフランクは懸念していた。
「あなたの刑事の勘は、なんて言ってるの?」
 フランクは頭の中で知り得た情報を整理し、口を開いた。
「えらく、臭うと」
「それで十分だわ。刑事の勘は……」
「統計学」
 ミカが言うよりも早く、チーム最年少のエリオット・エヴァンズが言った。それを見てミカの口の端が上がる。
「そう、そのとおりよ」
 実際、ミカは長年現場で培った刑事の勘を当てにしていた。一見、科学的ではないが、それは統計学に近いものだともいえ、合理的であるとさえ感じていた。市警には自分がボマーであるとか、自分がボマーの爆弾を作っているだとか、連日、怪しい電話がひっきりなしに鳴っていた。それをしらみつぶしに相手にするよりも、よほど高い確率でボマーに近づけると思えた。フランクほどのベテラン刑事なら、その確率はさらに上がる。
 エリオットが真似るように、ミカはこのフレーズをよく口にしていた。SNSの発達により市民から警察への目は厳しく、以前のように強気で捜査することが難しくなり、確証のない捜査を進めるには訴訟などのリスクを伴う。そのため、部下たちが掴んだ情報を表に出さないということをミカは懸念していた。このフレーズを口にすることで、自ら責任を取ると宣言し、部下たちに気兼ねなく捜査させる試みではあったが、事実、ミカの言葉にフランクの気持ちは幾分か軽くなった。
 確証を得るまで捜査を続ければ、犯罪者が探られていることに気づき逃げてしまうかもしれない。大胆でも思い切った捜査に踏み切らなければならないこともある。多少のリスクを負わなければ、犯罪者の先手を取ることなどできないとミカは確信していた。
「そいつからあたりましょう」
 ミカの言葉に、チームは一斉に動きだした。
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