第12話 ランアンドラン②

文字数 2,877文字

「ヘイ! こっちよ!」
 ミカはあえて挑発するようにヒョウに呼びかける。ヒョウは一瞬も無駄のない動きで走行姿勢になると猛スピードでミカ目掛けて向かってくる。
「おいで、子猫ちゃん(キティ)!」
 ヒョウが走る速度を活かしてミカに飛びかかるべく筋肉に力を込めるのと同時に、ミカは素早く後退りしてうしろに飛び退いた。
 すると、ミカ目掛けてジャンプしたヒョウが真横から走ってきたサイの突進を思い切り受けて跳ね飛ばされた。ヒョウは空中で回転すると乱暴に地面へ投げだされる。
 ヒョウはゆっくり立ち上がると意気消沈したようにトボトボと歩いてミカの前から去った。
「ごめんね」
 ミカは立ち去るヒョウのうしろ姿に言った。すると、その先から二頭のガゼルがミカの方へ走ってくる。ミカはすぐにその先の方を向いた。ライオンがミカの姿を捉え向かってくる。ミカは慌てて立ち上がると、ヒョウのいなくなった道を走りだした。
 ライオンとの距離はまだ空いているが、スタートの時ほどではない。十フィートほどまで距離を詰められている。
 すると、前方から乱暴に吹いたトランペットのような、聴けばそれとわかる鳴き声を上げながら、象がミカの目の前の交差点を走って横切る。
「遅い!」
 ミカはタイミングを崩され、足止めを余儀なくされる。象が通過し終わるのと同時にミカはふたたび走りだした。またライオンとの距離が詰まっている。
 すると、次の交差点の建物の陰から、キリンの長い首が踏み切りのように道を塞ぐ。ミカは仕方なく予定していたルートを変え道を曲がった。ライオンはそのままミカを追ってくる。また少し距離が詰まった。
 ミカは走り続け、道を曲がり、遠回りしてようやく目指していた道に出ると、空を確認した。
「急いで!」
 沿道の人混みの中からまた夢の中の少年が声をかけてくる。
「言われなくてもわかってるわよ!」
 ミカは走る足に力を込めた。また道を曲がる。
「早く!」
 少年は位置を変えてミカに声をかける。その声と同時にミカの視界の端からピンクのフラミンゴの群れが飛び立った。
「まずい!」
 思っていたよりも早い、ミカは遅れを取り戻すようにさらに足に力を込めて走った。ライオンとの距離は五フィート、大きな息遣いまで聴こえてくる。ミカは懸命に走り続けた。交差点まで数フィート、地響きのような轟音が迫ってくる。
「いけえー!」
 少年は叫び、ミカは全速力でその交差点に入った。すぐ横まで黒い塊が迫ってきているのがわかる。バッファローの群れ、目の前を横切るミカなどお構いなし向かってくる。
 あと少し、だがもう間に合わない。このままではバッファローの群れに丸飲みされてしまう。ミカは思い切って倒れ込むように頭からジャンプした。バッファローの角が空中に飛び上がるミカのスニーカーをかかとをわずかにかすめ、ミカはその衝撃に体勢を崩され地面に放りだされた。
 身体を起こし振り返るとバッファローの群れの向こうにライオンが前足を上げて右往左往している。こちらに来たいのにバッファローの群れに阻まれてそれが叶わない。
「どうしたの? 来れるもんなら来てみなさいよ!」
 ライオンは目の前で挑発するミカに飛びかかりたいのにそれができず、悔しそうに咆哮している。
「ざまあみなさい!」
 ミカはライオンに捨て台詞を吐くと、バッファローの群れが途切れる前にまた走りだす。ゴールまであと少し。
 ミカは走り続けた。遠くにゴールのブロードウェイのランドマークであるタイムズスクエアが見えてくる。
 そして、その道を塞ぐように、黒い何かが道路の真ん中に陣取っている。それはミカの姿を確認すると二足で立ち上がり、ここから先は通さないと言わんばかりに大きく両腕を広げた。体長二フィートを超えるゴリラ、両手を伸ばしたその姿はその大きな身体をさらに大きく見せる。まるで巨大な壁のようにミカに立ち塞がった。
 ゴリラは大きく咆哮すると、両手で胸を何度も叩いた。ドラミング、真っ直ぐ向かってくるミカをこれでもかと威嚇している。ゴリラの咆哮は空気を介して振動となりビリビリとミカの身体に伝わってくる。
 ミカの腰回りくらいありそうな豪腕でひと撫ででもされたなら、首の骨くらい簡単に折られてしまうだろう。しかし、ミカは足を止めない。それどころか、そのゴリラ目掛けてぐんぐんとスピードを上げて近づいていく。そして、脇に抱えたバスケットボールを手に取り、ゴリラの前で大きく飛び上がった。
 右手でボールを高々と掲げ、力を溜める弓のように空中で身体を反らす、まるでバスケットボール選手がダンクを狙うかのように。ゴリラはミカの姿に目を奪われるように見上げた。
「おらぁ!」ミカはそのゴリラの顔面目掛けて思い切りボールを投げつける。
 ボールは顔面に見事に命中し、ゴリラは堪らずに悲鳴を上げると、痛みに両手で顔を覆う。
 ミカはゴリラの目の前に着地すると、その勢いのままゴリラの股の間を滑るようにすり抜ける。ミカは手で地面を叩いて立ち上がるとすぐに走りだし、前方に設置された大きなマラソンのゴールゲートのようなものを目指し、全速力で通り抜けた。
 すると、沿道からどっと歓声が上がり、人々が拍手でミカを称賛した。空には無数の花火が上がり、このゲームのクリアを演出していた。ミカはその花火を純粋に美しく感じ、清々しい達成感に包まれていた。
 気配を感じ目を下げると、そこにはセントラル・パークでバスケットボールで遊ぶ少年たちのそばにいた黒い髪の男の子が立っていて、ミカと目が合うと、逃げるように走りだした。
「ちょっと待って」
 ミカが男の子を追いかけると、その先には道の真ん中に工事中を示す腰の高さほどのネットの柵が一方を空けて四角に何かを囲んでおり、男の子は素早くその中へと進むと姿を消した。
 ミカが柵の中心に進むと、そこには蓋のないマンホールがぽっかりと口を開けていた。
「ここに入れって言うの?」
 ミカはマンホールを覗き込んだ。下が確認できないくらいに暗く長い。
 ミカは仕方なくマンホールの縁に腰掛け、穴の壁に沿って等間隔に飛び出た手掛かりを頼りに、一歩一歩ゆっくりと穴の中を降りていった。
 暗闇の中、足を踏み外さないように確実に降りていく。上を見上げると、マンホールの入口が一セント硬貨ほどに小さくなっていた。下を見てもまだ到達点は見えてこない。それでもゆっくりと確実に降りていく。
 入口が針の穴ほどになり、それが確認できなくなる頃、ようやく足下から灯りが見えてくる。それが段々と大きくなり、穴の下に地下階のような空間があることがわかる。穴はその天井に空いているようで、ミカは最後の手掛かりを両手で掴むとできるだけ下半身を穴の下に出し、意を決して一気に飛び降りた。
 かがむように着地すると、その時はすでにスポーツウエアからいつものTシャツ、ジーンズ、スニーカー姿になっていた。ゆっくり立ち上がりながらあたりを見回す。ミカはこの空間に見覚えがあった。
「モマ?」
 そこはMoMA愛称で知られる、ニューヨーク近代美術館の中だった。
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