特別編 ある刑事たちの会話

文字数 1,598文字

「あっ、この曲懐かしいですね」
 助手席に座るエリオットが車のラジオから流れる音楽に耳を傾けていた。ラジオから流れるのはスペンサー・デイヴィス・グループの「I'm a Man」
「懐かしいって、お前、世代じゃないだろ?」
 運転席のパトリックが、すかさずエリオットの言葉に反応した。
「ノリが悪いな、他のチャンネルにしろよ」
 後部座席のJJが前に座る二人に言った。
「いいじゃない、なんでも。遊びに来てるんじゃないのよ」
 その反対側に座るミカが窓から外の様子を眺めながらつぶやいた。
「いいから変えろよ」
 JJがしつこくせがむ。
「嫌よ、ヒップホップなんて」
 ミカは座席からわずかに身体を起こし、JJに言った。
「なんでもいいんだろ? だったら変えろよ」
「俺も警部補に賛成」
 パトリックもルームミラー越しにJJを眺めながら、それを拒否する。
「わかってねえな、どいつもこいつも。お前ら本当にニューヨーカーかよ」
「ニューヨークに住んでたら、ヒップホップ聴かなきゃいけねえのかよ」
 JJの言葉にパトリックは振り返って、座席の間から顔を出した。
「いいか? お前ら。ニューヨークといえばイーストサイドだろうが」
「出た! 東海岸(イーサイ)西海岸(ウェッサイ)!」
 エリオットが小馬鹿にするように言う。
「茶化してないで、まずはナズを聴けよ。『イルマティック』は名盤だぞ。ロックなんて時代遅れだ」
「あら、『モーニンググローリー』だって名盤だけど」
 今度はミカがJJに向かって不満たっぷりに返す。
「オアシスにいたっては、アメリカですらねえじゃねえか」
 ミカはJJの言葉に、拗ねるようにして口を噤む。パトリックはまたルームミラー越しにそのやり取りを眺めて、にやりと笑った。
「そうそう、ロックといえばアメリカよ。男ならアメリカのロックを聴かなけりゃ。問題外だよ、お前の好きな、コーンヘッドだか、ポテトヘッドだか……」
「レディオヘッドです!」
 すかさずエリオットがパトリックの言葉に反応する。
「トム・ヨークは今だに最新なんですよ。パットが好きなメタリカなんて、みんなもうじいさんじゃないですか。スラッシュなんてカビ臭いですよ」
「この野郎!」
 パトリックが隣のエリオットに襲いかかり、エリオットが腕を盾にそれを必死に防いでいた。
「カビ臭いと言えば、フランクの、ほら」
 ミカの言葉に皆が一斉にミカを見る。それから皆、口元に笑みを浮かべ、同時に口を開いた。
「CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)」

 フランクがニューヨーク市警本部のオフィスで大きなくしゃみをした。
お大事に(ブレス・ユー)」と通りすがりの刑事に言われ、「ああ」と突然のくしゃみに困惑したまま返す。

「ていうかさ……」
 ミカが何かに気づいたように声を上げた。残りの三人は耳を傾け、その続きを待った。
「みんな、古くない?」
 ミカの正論に皆、ううんと唸るように口を噤むと、気まずさから、自分が座る席のスペースの中へと戻る。
 しばらく沈黙が続き、たまりかねたエリオットが口を開いた。
「にしても、日本車かあ。テンション上がらないなあ」
「おい、エリー。知らないのか? ホンダのエンジンが一番クレイジーなんだぜ」
 運転席に座るパトリックがハンドルを優しく撫でた。
本当(マジ)ですか?」
 エリオットはとても信じられないとでも言うような面持ちで、目の前のダッシュボードを眺めていた。
 ミカは窓から見えるクイーンズの街並みを見渡していた。行き交う人々は誰もこちらを気にかけてなどいなかった。ホンダのアコードインスパイアは案外この街に馴染んでいたようだ。この車に乗るミカたちが警察の人間だということは、まだ気づかれていない。
「そろそろ行こうか」
 ミカが言った。それを合図に車内の全員の目の色が一瞬にして変わり、パトリックがイグニッションを切るとラジオの音楽も消えた。停車した車から、運転席のパトリックを残し、三人は車から降りた。
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