最終話 朝②

文字数 1,635文字

 早朝、ミカはアパートの屋上にいた。あたりはまだ暗い。なんだか日の出がみたい気分だった。ミカはニューヨークのビルの谷間から見える朝日が好きだった。
 どこかの島の見渡す限り水平線といった景色から現れる日の出などとは到底比べものにはならなかったが、ビルの隙間から乱反射する陽の光が、雑多で忙しないニューヨークを表すようで独特な趣を感じていた。
「随分と早いね。眠れないのかい」
 背後からアダムの声が聞こえ、ミカの肩にブランケットをかける。
「なんとなく、朝日が見たくて」
 ミカは口にしなかったが、自分が爆弾魔の恐怖から守ることができたニューヨークをしっかりと眺めてみたかった。それがどれどけ価値があるものなのか確かめておきたかった。
 アダムもそれに付き合うと言うように隣に並んで日の出を待った。
「これから、どうするの?」
 アダムがミカの心を察したように尋ねてくる。このまま刑事を続けるか、それとも辞めるのか。それだけ今回の事件はミカの中で大きな意味を持っていた。
「どうしようかな」
 ドリームダイバーと共に犯罪者たちを追い、このニューヨークを守る。それはミカにしかできないことだと理解していた。そして、それがミカの望んだ道であったことも。
「もうすぐ……」
 ミカはそこまで言うと、口を噤んだ。アダムは無言でその言葉の続きを待った。
「マイケルの命日なの」
 アダムは黙ったまま、静かに頷いた。
「私、今までずっとそのことを避け続けてきた。誰かと過ごしていても、私だけ楽しんでいていいかのかって考えてしまうの。でもそろそろ会いに行こうかなって、もっと自分と向き合ってみようかなって。先のことは、それから考えようと思う」
「そうか」アダムは小さく返した。
 マイケルを探しだす。そのためだけに警察官になったと言っても過言ではなかった。そして、そのためにも警察の世界で大きな権力を得る必要があるとミカは信じていた。
 しかし、今回の事件を終えて、ミカはマイケルとの決別を果たそうと思い直していた。それは同時にミカが警察官としての存在意義を失うということを意味していた。一抹の寂しさはあったが、ミカの心は自身の想像以上に晴れやかだった。
「あなたも一緒に来る?」
 太陽が昇りはじめ、暗闇を切り裂くような陽光が景色をオレンジ色に染める。ミカはアダムの顔を見つめた。アダムは驚いた顔をしてミカを見つめ返した。その横顔は陽の光に照らされていた。
「ワオ……」
 アダムはミカの顔を見て小さく呟いた。
「ワオ? それだけ?」
 ミカはそれが可笑しくて口を緩めた。
「いいや、ワオだよ。それってワオだ! 君の育った家に行くんだろ。君のご両親にも会えるってことだもんな。そうかあ」
 アダムは一人興奮した様子で喋り続けている。「ジャケットを新調しなくちゃ」
 そんなアダムを見てミカは微笑んだ。そして、悪くないと思えた。愛する人と共に穏やかに歩んでいく人生も。
「……オオオオン」
 その時、遠くから雄叫びのような声が聞こえた。どこかで聞き覚えのある鳴き声にミカはあたりを見回す。
 すると、どこからか大きな黒い竜が飛んできて、目の前のビルに掴まると、小鳥が木の枝に留まるように羽根を休めている。
 ミカは恐怖に固まった。こんなことあるはずがない。こんな禍々しい生き物が現実世界に存在していいわけがない。しかし、それと同時に陽光に照らされた竜がとても神秘的に見えた。教会の天井を飾る荘厳な絵のように、それは神々しくさえあった。
 ミカはアダムを見た。すると、つい今し方アダムがいた場所には、代わりにフォーチュンが立っていた。フォーチュンは無言のまま、じっとミカを見つめていた。
 ミカは、ここが夢の中なのだと理解した。自分は今、夢の中にいる。
 二人はビルの上の竜を見た。朝焼けでオレンジに染まる空には、他にも何匹もの竜が空を飛んでいる。その光景を眺めながら、二人はお互いの存在を確かめ合うように手を繋いだ。

                 終
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