第7話 爆弾魔①

文字数 2,133文字

 ニューヨーク市警本部刑事部。開けたオフィスに入るとまず目に飛び込んでくるのは、壁に設置された大きな三基のモニター。その中に映しだされる犯罪捜査システム・ルシファーの情報が誰の目にも届くように的確な位置に備えられている。
 オフィスには刑事部所属の刑事全員が集まっており、恒例の全体ミーティングが行われようとしていた。
 ニューヨーク市警の分署に配置された刑事たちを統括するエリート集団。その中でもミカは、皆の前に立つ刑事隊長の次席となる、四人の刑事分隊長の一人だった。
 ニューヨーク市警では例外なくスタートは皆、横一列であり、署長であっても新人の頃は必ずパトカーに乗り警らする。刑事たちの前に立ち、その視線を集める刑事隊長ハロルド・ヘイル警部は幾度も死線を潜り抜けてきた生粋の現場刑事であり、部下からの信頼は厚く尊敬は大きかった。刑事たちは一様にヘイル警部の言葉を待った。
「皆、知ってるとは思うが、今朝マンハッタンのコーヒーショップが爆破された。イスラム過激派からの反抗声明があったが、情報が合わないところを見るとはったりだろう。おそらく犯人は……」
 ヘイル警部の言葉に合わせて、数人の刑事が同じ口の動きをした。
「ボマー」
 皆、爆弾をしかけた犯人が誰であるかを察していた。それは疑いようのないものであった。
「こいつには思想も主張もない、ただの愉快犯だ。今朝の爆発での死亡者一八名、他にも十人近くが生死の境をさまよっている」
 モニターには、これまでボマーが行なってきた凶行が現場写真となって写しだされていた。ハイブランドのブティック、高級車のディーラー、そして、フランチャイズのコーヒーショップ。その中には今朝、ミカが携帯電話で撮影したものも含まれていた。
 現場から採取された起爆装置は、そのどれも型が違っており、当初は複数犯、模倣犯の線も上がったが、その起爆装置は面白半分でインターネット上に公開されているようなものではなく、いまだ確認されたことのない精巧な造りであった。
 そんな職人技とも言える技術を持った人間が複数いるとは考え辛く、ニューヨーク市警は高度な爆破技術を持った単独の爆弾魔であると確信していた。そして、その犯人の呼称が「爆弾魔(ボマー)」となった。
 ヘイル警部の合図でモニターの映像が切り替わる。その中では赤毛をツインテールにした女の子が笑っていた。
「この子はヴェロニカ・バーノン。まだ七歳だった。母親によれば、この子は母親のためにひとりでコーヒーを買いに行き、爆発に巻き込まれたそうだ」
 ミカは燃え盛る店の前で狂ったように女の子の名前を叫ぶ母親の姿を思いだし、硬く眼をつむった。市警本部庁舎の前でミカに手紙をくれた、ギャレットに母親を殺された女の子の面影と重なる。ミカは静かに瞼を開いた。
「この子の顔をよく覚えておけ」
 その言葉に部屋の空気がより一層引き締まる。
「奴は我々から日常を奪う悪魔だ。お前ら、一刻も早くこのクソったれを捕まろ。ヴェロニカのために」
「ヴェロニカのために」
 数人の刑事がヘイル警部の言葉を復唱した。ミカのチームの一人、パトリック・ポーターもその中の一人だった。彼にはヴェロニカと同じ年頃の子供がいた。
 ヘイル警部が本日の捜査について口を開こうとすると、ミーティング中にも関わらず、見慣れない顔のスーツ姿の人間が数人、ずかずかと刑事部のオフィスに入ってくる。
 ヘイル警部は唐突に断りもなくオフィスに現れた人物たちに心当たりがあった。警部は呆れるように笑うと、手近なデスクへ移動すると、腰を預け、彼らを吟味するようにその姿を目で追った。
 その場にいる者は皆察しがついていた。この出で立ち、無礼な立ち振る舞い、間違いなく連邦捜査局(FBI)の人間であると。
 男たちが今し方警部のいた位置に立つと、オフィスがざわざわと騒がしくなる。本来、FBIは州を跨ぐ犯罪を主に取り扱っているが、ニューヨーク州だけの、ましてや市内でのみ行われた犯罪に出向いてくるということは、社会的影響が大きく、犯人の首に値打ちがあるということを物語っていた。刑事たちは一様に「手柄泥棒」だと不満を露わにしていた。
 その中のひとり、リーダー格の中年男が口を開く。
「みんな聞け」
 それでもまだ収まらない。誰一人としてFBIなど歓迎してはいなかった。
「黙って、聞け!」
 中年男が声を荒げ、オフィスは波を打ったように静まり返った。
「このボマー事件はこれより、FBIが指揮することになった。私はニューヨーク支部のウィリアム・ワイドマン捜査官だ」
「捜査官? Female Body Inspector(オッパイ調査官)の間違いだろ?」
 JJがミカに耳打ちする。それを聞いてミカもふっと鼻で笑う。
「協力的でなによりだ」
 ワイドマンはその様子を冷ややかに眺めると、皮肉たっぷりに返した。
「いいか、ここのルールはただ一つ。たった一つだけだ。『すべて、私を通せ』それだけだ」
 妙に芝居掛かったワイドマンの話し方に、ミカは嫌悪感をあらわにした。身なりは整っており、いかにも神経質そうな顔をしている。優秀ではあるのだろうが、その評価に酔っているナルシスト。ミカはすぐにわかり合えないタイプの人間だと判断した。
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