第9話 死地への突入①

文字数 3,072文字

 一◯時過ぎ、ブルックリン。ミカたちは、ボマーことザック・ジンガーノが住むアパートの道を挟んで反対側にある建物の一室にいた。空き部屋を借りてそこを作戦室とし、窓には望遠鏡が設置され、ボマーの動向を監視している。外にはブルックリンを管轄にした分署の警官たちもボマーに気づかれないように待機していた。
 ミカはハロルド警部から前衛を命じられ、突入の準備をしていた。ミカのチームは各々、防弾ベストを装備し、背中に「POLICE」とプリントされた紺のブルゾンと「NYPD」と刺繍の施されたキャップを被った。これは乱戦を想定して、瞬時に敵味方を識別するための物だった。
 ミカは手に持った九ミリ口径の自動拳銃グロックのスライドを少しずらし、薬室に弾丸が装填されているのを確認すると、安全装置をかけてホルスターに収めた。チームの人間も一様に準備を整えている。その部屋の中で、ワイシャツに防弾ベスト姿のワイドマンが終始、携帯電話を片手にアパートの中をうろうろと動き回り、その様子はミカを苛立たせた。
 ミカはチームを集め、突入の最終確認を行う。すると、ようやく電話を切ったワイドマンが近づいてきて、案の定、節操もなくミカたちの話に割り込んできた。
「突入はFBIのみで行う、君らは我々のバックアップだ」
 あまりに唐突な作戦変更に、チーム全員が驚きに目を丸くしている。それだけを伝えて去ろうとするワイドマンの背中をミカが呼び止めた。
「ちょっと待ちなさいよ! そんな話聞いてないわよ」
「本部からの命令だ」
 声を荒げて食ってかかるミカに、鬱陶しそうにワイドマンは業務的に返す。
「FBIのSWATは? 姿が見えないけど」
「返した」
「なんですって?」
「必要ない。突入は我々FBIの四人で行う」
「何考えてんのよ! せめて市警(うち)のESU(SWAT)を使いなさい」
「必要ないと、言っている」
「ふざけんじゃないわよ! 相手は爆弾魔なのよ!」
「だからだ。仰々しく突入して建物ごと吹き飛ばされでもしたらどうする」
「だとしても無茶よ!」
「これだから女は……」
 ウッドランドは嘲るように笑みを浮かべて首を横に振った。ミカはその言葉に頭が熱を帯びたのを感じたが、これまで女性であることを揶揄される機会はいくらでもあった。怒れば相手の思うツボと理解していたミカは平静を心がけた。
「聞こえてるわよ。あんたはこの事件を手土産に本部(クワンティコ)にご栄転あそばしたいんでしょうけど、あんたのわがままでここにいる全員を危険に晒す気?」
 ミカは距離を詰めるとワイドマンを責め立てた。それまでミカを適当にいなしていたワイドマンもとうとう我慢ができなくなり、ミカに向き直る。
「わがまま? わがままだと? わがままの定義について教えてやろう。お前は先の人形遣いの件で市外に乗り出す越権行為に及んだな。元来、警察の管轄を跨いでいいのはFBIだけだ。お前にその権限はない! わがままっていうのは貴様のことだ、マイヤーズ! 今回もどんな手を使ったか知らんが、いずれお前の尻尾も掴んでやるからな」
 ワイドマンはFBIの面子を潰された恨みをミカにぶつけた。痛いところを突かれ、ミカも言葉に詰まる。
 ニューヨーク市外にあったリベラのアジトへ地元警察の到着を待たずに突入したことで、ミカはその地元警察はじめ様々な機関から説明を求められていた。カーター市長の口添えもありお咎めなしとされたが、それに関して顛末書を書かされたことも記憶に新しい。
「市長のお友達かなんか知らないが、勘違いするなよ。これはFBIの事件だ。お前らは大人しくすっこんでろ!」
「この野郎!」
 その言葉に耐えかねたパトリックがワイドマンに掴みかかる。
「パット! 落ち着いて!」
 それをエリオットが羽交締めにして必死に止めていた。ワイドマンも咄嗟に身を引くが、顔色を変えず平然とそれを眺めた。
 反論できずにいるミカを見て、ワイドマンは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「我々は訓練を積んだプロだ。あんな小僧一人くらい、我々四人でも十分過ぎる。余計な世話を焼いてないで、自分のペットの躾でもしておくんだな」
 そう言い捨てるとミカたちに背中を向けてその場を離れる。その態度にパトリックはワイドマンに飛びかかろうと抵抗を強めるが、すぐにエリオットとJJの二人がかりで止められる。
 ワイドマン以外の捜査官たちも、ミカと同じタイミングで知ることになった作戦変更に動揺している。その中のアイリスも同様だった。
「容疑者、戻りました!」
 監視係の声に、皆がモニターの前に集まる。男が腕に買い物の紙袋を抱えてアパートへと入っていく。間違いなく写真の男、ザック・ジンガーノだった。
「よし! ショータイムだ!」
 ワイドマンが声を上げた。敵の登場に明らかに高揚している。ワイドマンは部屋のドアへと向かい、その後を三人の捜査官が装備を手についていく。
「ちょっと、あんた」
 ミカはアイリスの腕を掴んで止めた。急に腕を捕まれたアイリスは僅かに怯えていた。
「気をつけなさいよ」
 ミカがそういうと、動揺と緊張を隠しきれない顔のままアイリスは力強く頷いた。
「お前らは車を回して、待ってろ!」
 まるでレストランの駐車場係にでも言うように、ワイドマンはミカを指差し捨て台詞を吐きながら部屋から出ていく。ミカは堪らなく悔しかったが、今は個人の感情を優先している場合ではない。すぐに命じられたバックアップの任務に移るようチームに指示した。
 ミカとチームは、小走りに道路を横断するFBI捜査官たちのあとをフォローするようについていった。向かいのアパートに着くと、ミカたちはワイドマンに言われたようにアパートの正面玄関で待機する。逃げられないように、分署の刑事たちに裏手にある非常階段の下で待機するように命じた。
「奴ら、大丈夫かよ?」
 しきりに階上を気にするミカにJJが声をかける。胸騒ぎがしていた。ミカはそれに応えられずに階上を睨んでいた。

 ワイドマンをはじめとする四人の捜査官が部屋の前で息を殺し、身をかがめて固まっている。
 捜査官の一人がドアの下の隙間から棒状の小型カメラを忍ばせた。モニターを見ながら細かくカメラを操作し、ドアに爆弾が仕掛けられていないことを確認すると、カメラを持つ捜査官がて頷く。
 すると、次に別の捜査官が入れ替わるように鍵穴に向かい、両手に持った金属の棒を差し込むと、手慣れた様子で扱い、仕上げに音をたてないよう慎重にそれを回す。注意しないと聞こえないような僅かな金属音を立て、ドアが解錠された。
 満を持してワイドマンがドアノブに手をかけ、音もなくノブを回し、ゆっくりとドアが開かれた。部屋の奥からアニメのような音が大音量で聴こえてくる。ワイドマンたちは手に持った拳銃を構え、ゆっくりと部屋の中へ侵入した。
 ワイドマンが足音を立てないように部屋の中へと進む。そのあとを三人の捜査官が続いた。一番若手のアイリスは一番うしろについていた。四人は積み重ねた訓練の成果を完璧な形で発揮していた。
 入ってすぐにダイニングキッチンがあり、敵が潜んでいないか捜査官たちは物陰に銃口を向ける。壁を隔ててリビングがあり、ドアの形に抜けた穴からそれが確認できる。奥の壁に沿ってテレビが置かれており、その中では有名なハイエナのキャラクターが足の速い鳥を追いかけ、所狭しと暴れている。
 その手前には二、三人掛けの小ぶりなベージュのソファーがあり、そこに腰かける黒い長髪の男と思われる人物がテレビに向かって笑い声を上げていた。
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