第19話 出逢い②
文字数 3,469文字
JJはグロックを構えて校舎の廊下を進んだ。銃は夢の中では撃てない、ミカはそう言っていたが、敵の本拠地に銃無しではどうにも落ち着かなかった。
「いざとなったら、これで」
JJはベルトにぶら下げた三段警棒の存在を確かめた。
廊下を進みながら、なんとも居心地の悪い場所だと感じた。ここに比べれば、ギャングのアジトへ突入した時の方がよほどマシに思える。
こんな場所にいつもミカは一人で潜入していたと想像すると、よほど心細かったことだろうと思えた。
「すまねえ」
JJはミカへの詫びの言葉を心の中で呟いた。すると、次の瞬間、JJははっとして廊下の真ん中で立ち止まり周囲を見回した。
妙な感覚に囚われていた。頭の中で考えたことが、まるで独り言のように誰かに聞かれているような。JJはふたたび拳銃を構えると廊下を進む。
JJは雑念を振り払うように頭を左右に振った。頭の中を空っぽにしようと努めた。あとは、瞬時に敵に反応し対応する、それは身体が覚えているはずだと。
すると、通り過ぎようとした教室の中に気配を感じた。ミカかもしれない。JJは素早くドアを背にして小窓から慎重に中を伺う。
そこはネイサンの部屋で、ノアとネイサンがベッドで布団に隠れてタブレットでアニメを観ている。すぐに父親が現れて二人を覆った布団を剥いだ。
そこでJJは咄嗟に視線を逸らした。
「駄目だ! 見るな!」
声は脳に直接聞こえ、目で見なくてもノアの困惑が感じ取れる。JJは今まで感じたことのない感覚に動揺した。得体の知れない恐怖に胸が動悸し呼吸は荒くなる。JJは自分を落ち着かせようと目を閉じて深呼吸した。
JJは目を開くと素早く拳銃を構えて廊下を進みだした。
また別の教室が見えてくる。中に何かが存在しているのが感覚的にわかる。もう敵の攻撃は始まっている、中を覗くのは危険だ。今はミカを助けだすことだけに集中しなければ。教室の中にある存在を無視してミカの元を目指す。
しかし、JJは目を逸らすばかりに気づいていなかった。教室の中から幼いノアがJJをじっと見つめていたことを。その次の教室も、その次も。
通り過ぎようとした教室の前で、JJは足を止めた。教室の中から少年たちの笑い声が聞こえてくる。聞き覚えのある笑い声、人を蔑む悪意に満ちた笑い声が。いけないと思いながらもその笑い声につられて、小窓から中を覗いてしまう。
そこは見慣れた薄暗いロッカールーム。JJの通っていた中学校のロッカールームだった。聞き慣れた笑い声はフットボールのチームメイトのもの。チームメイトたちはロッカーを前に大笑いしている。決して、ロッカーの前で楽しくお喋りをしているのではなく、その笑い声はロッカーの中へと向けられていた。
JJは片手で拳銃をドアに向けて構えていたが、片方の手は自然とドアへと伸びる。
笑い声に混じり、ロッカーの中からドアを叩く音が聞こえる。その人物が助けを求める悲痛な声も。
力一杯ドアを開き、少年たちに「やめろ!」と言わなければ、そして、ロッカーの中の人物を救いださなければ。
ドアを掴む手に力を込めた次の瞬間、一際大きな声で笑う少年がいた。その声にJJは咄嗟にドアから手を離した。
この声は特に聞き覚えのあった。それは自分のものだったから。
「そこに俺がいるなら、今こうしている俺はなんなんだ」
JJはドアから二歩、三歩と後退りするとすぐに廊下の通りに向かい前後と銃口を向ける。敵がいないことを確認すると、JJはさらに廊下を進んだ。
JJは恐怖に震えて、奥歯を鳴らしていた。恐ろしすぎて叫びだしたい気持ちだった。
「考えるな。これは幻だ。奴は俺に悪夢を見せようとしているんだ」
そう強く自分に言い聞かせると、不思議と少年たちの笑い声は遠ざかった。
中学生の頃、フットボールのチームメイトで一番の友人がいた。幼い頃から共にフットボールをやってきた親友とも呼べる存在だった。
「一緒の大学へ行って、一緒にニューヨーク・ジャイアンツでプレーしよう」
二人は誓い合った。二人は何をするにもいつも一緒だった。
ある日、チームメイトの一人が言った。
「お前ら、ゲイみたいだな」
彼は冗談で言ったに過ぎなかった。そんなことはないと相手にしなければよかったのだが、JJにはそれができなかった。なぜなら、JJはこの頃、「自分はゲイかもしれない」とひとり思い悩んでいたからだ。そう思えるくらい彼の存在は大きく、特別だった。JJは誰にも相談できず、悔しさにベッドで涙する夜もあった。
結果として、思春期の一時的な思い込みに過ぎなかったのだが、当時のJJは「バレてしまう」と恐怖した。そうなれば、ゲイというレッテルを貼られ、この先ずっと恥辱的な扱いを受けなければならなくなる。このことは誰にも知られないまま墓場まで持っていかなければならない。中学生には余りある重圧に押し潰されそうになっていた。決して知られてはいけない、特に彼には。
ある日、JJはチームメイトたちに対して、からかうのをやめるように強く言った。その真剣さにチームメイトたちはかえって面白がり、余計にJJをからかった。
すると、最初にJJとその親友をゲイみたいだとからかった少年が言った。
「だったら、証明して見せろよ」
JJは廊下の先に銃口を向け、唸りながら激しく頭を横に振った。
「ミカ、今、助けてやるからな。すぐに助けてやる」
JJは頭の中で繰り返し唱えた。
確かに自分は取り返しのつかないことをしてしまったし、大事な親友を失った。これが終わったら必ず会いに行く。そして、あの日傷つけたことを詫びよう。だから、今は放っておいてくれ、俺を責めないでくれ。俺にミカを助けさせてくれ。JJは罪悪感に囚われてしまわないように、ミカを救出することだけを考えた。
ふたたび廊下を進むと、JJは教室の前に人影を見つけた。
黒い服を着た青年。その風貌は聞き覚えのあるものだった。JJは拳銃をホルスターに収めると、足早にフォーチュンへ近づいた。
「お前、マイケルか?」
正しくもう一人のミカであり、マイケルでないことはわかっていたのだが、そう呼びかけるほかなかった。教室の中を覗いていたフォーチュンはJJの問いかけに弱々しく顔を向けた。
フォーチュンの顔面は蒼白でJJの問いかけに応える気力もなく、立っているのがやっとという風に見えた。それでも何かを伝えようと教室の外で佇み、じっとJJを見つめている。
JJが教室の中を覗き込むと、椅子も机もないがらんとした教室の真ん中でミカが倒れている。
「ちょっと、すまないが……」
どいてくれ、とフォーチュンに言うつもりだったが、すでにその姿は見当たらなくなっていた。
JJは力強く教室のドアを開けると中に進んだ。急いでミカの元に駆け寄ると、力の抜けた身体を抱き上げた。ミカは涙と鼻水でぐしゃぐしゃに顔を汚し、薄く開いた目は視線が定まらずに朦朧としていた。
「ミカ!」
JJはミカの顔を乱暴に拭うと、声をかけながら身体を揺すった。ミカは悪夢にうなされるように唸り声を上げるだけで、その声に応えようとしない。
「ミカ! ミカ! しっかりしてくれ! 警部補!」
大声でJJが呼びかけると、ミカの目の焦点が合い、目の前にいるJJを不思議そうに見つめると、泣きだしそうな顔で助けを求めるように力一杯抱きついた。
「雨は嫌っ! 雨は、雨は!」
JJは安堵すると、ミカを強く抱きしめる。
「大丈夫だ、雨はもう降ってない。雨ならもう止んだ」
「私……!」
「いいんだ」
まだ恐怖で震えるミカを抱きしめながら、JJ自身もミカと再会できた喜びに涙ぐんでしまう。
「こんなところ、早く脱出しよう」
JJの言葉にミカもその通りだと思った。こんなところ一刻も早く逃げだしたい。
「……邪魔するな」
声が聞こえ、ミカは硬く閉じていた目を開ける。この声は自分のものでもJJのものでもない。
JJの肩越しから濡れた黒い長靴が見えた。ミカは慌ててJJの胸から身体を起こすと、黒いレインコートを纏い、フードを被ったザックがJJの背後に立っていた。
ザックはコンバットナイフを逆手に持ち、すでにそれを頭上に振り上げていた。その姿にミカは目を見開き、その様子を見ていたJJも、すでに敵に背後を取られていたと悟った。
「ミカ……」
恐怖に凍りついた表情でJJが呟いた。ミカは急いでJJの手を取った。
「ウィーアーウト!」
ミカが叫ぶのと同時にザックのナイフがJJの首目掛けて振り下ろされた。
「いざとなったら、これで」
JJはベルトにぶら下げた三段警棒の存在を確かめた。
廊下を進みながら、なんとも居心地の悪い場所だと感じた。ここに比べれば、ギャングのアジトへ突入した時の方がよほどマシに思える。
こんな場所にいつもミカは一人で潜入していたと想像すると、よほど心細かったことだろうと思えた。
「すまねえ」
JJはミカへの詫びの言葉を心の中で呟いた。すると、次の瞬間、JJははっとして廊下の真ん中で立ち止まり周囲を見回した。
妙な感覚に囚われていた。頭の中で考えたことが、まるで独り言のように誰かに聞かれているような。JJはふたたび拳銃を構えると廊下を進む。
JJは雑念を振り払うように頭を左右に振った。頭の中を空っぽにしようと努めた。あとは、瞬時に敵に反応し対応する、それは身体が覚えているはずだと。
すると、通り過ぎようとした教室の中に気配を感じた。ミカかもしれない。JJは素早くドアを背にして小窓から慎重に中を伺う。
そこはネイサンの部屋で、ノアとネイサンがベッドで布団に隠れてタブレットでアニメを観ている。すぐに父親が現れて二人を覆った布団を剥いだ。
そこでJJは咄嗟に視線を逸らした。
「駄目だ! 見るな!」
声は脳に直接聞こえ、目で見なくてもノアの困惑が感じ取れる。JJは今まで感じたことのない感覚に動揺した。得体の知れない恐怖に胸が動悸し呼吸は荒くなる。JJは自分を落ち着かせようと目を閉じて深呼吸した。
JJは目を開くと素早く拳銃を構えて廊下を進みだした。
また別の教室が見えてくる。中に何かが存在しているのが感覚的にわかる。もう敵の攻撃は始まっている、中を覗くのは危険だ。今はミカを助けだすことだけに集中しなければ。教室の中にある存在を無視してミカの元を目指す。
しかし、JJは目を逸らすばかりに気づいていなかった。教室の中から幼いノアがJJをじっと見つめていたことを。その次の教室も、その次も。
通り過ぎようとした教室の前で、JJは足を止めた。教室の中から少年たちの笑い声が聞こえてくる。聞き覚えのある笑い声、人を蔑む悪意に満ちた笑い声が。いけないと思いながらもその笑い声につられて、小窓から中を覗いてしまう。
そこは見慣れた薄暗いロッカールーム。JJの通っていた中学校のロッカールームだった。聞き慣れた笑い声はフットボールのチームメイトのもの。チームメイトたちはロッカーを前に大笑いしている。決して、ロッカーの前で楽しくお喋りをしているのではなく、その笑い声はロッカーの中へと向けられていた。
JJは片手で拳銃をドアに向けて構えていたが、片方の手は自然とドアへと伸びる。
笑い声に混じり、ロッカーの中からドアを叩く音が聞こえる。その人物が助けを求める悲痛な声も。
力一杯ドアを開き、少年たちに「やめろ!」と言わなければ、そして、ロッカーの中の人物を救いださなければ。
ドアを掴む手に力を込めた次の瞬間、一際大きな声で笑う少年がいた。その声にJJは咄嗟にドアから手を離した。
この声は特に聞き覚えのあった。それは自分のものだったから。
「そこに俺がいるなら、今こうしている俺はなんなんだ」
JJはドアから二歩、三歩と後退りするとすぐに廊下の通りに向かい前後と銃口を向ける。敵がいないことを確認すると、JJはさらに廊下を進んだ。
JJは恐怖に震えて、奥歯を鳴らしていた。恐ろしすぎて叫びだしたい気持ちだった。
「考えるな。これは幻だ。奴は俺に悪夢を見せようとしているんだ」
そう強く自分に言い聞かせると、不思議と少年たちの笑い声は遠ざかった。
中学生の頃、フットボールのチームメイトで一番の友人がいた。幼い頃から共にフットボールをやってきた親友とも呼べる存在だった。
「一緒の大学へ行って、一緒にニューヨーク・ジャイアンツでプレーしよう」
二人は誓い合った。二人は何をするにもいつも一緒だった。
ある日、チームメイトの一人が言った。
「お前ら、ゲイみたいだな」
彼は冗談で言ったに過ぎなかった。そんなことはないと相手にしなければよかったのだが、JJにはそれができなかった。なぜなら、JJはこの頃、「自分はゲイかもしれない」とひとり思い悩んでいたからだ。そう思えるくらい彼の存在は大きく、特別だった。JJは誰にも相談できず、悔しさにベッドで涙する夜もあった。
結果として、思春期の一時的な思い込みに過ぎなかったのだが、当時のJJは「バレてしまう」と恐怖した。そうなれば、ゲイというレッテルを貼られ、この先ずっと恥辱的な扱いを受けなければならなくなる。このことは誰にも知られないまま墓場まで持っていかなければならない。中学生には余りある重圧に押し潰されそうになっていた。決して知られてはいけない、特に彼には。
ある日、JJはチームメイトたちに対して、からかうのをやめるように強く言った。その真剣さにチームメイトたちはかえって面白がり、余計にJJをからかった。
すると、最初にJJとその親友をゲイみたいだとからかった少年が言った。
「だったら、証明して見せろよ」
JJは廊下の先に銃口を向け、唸りながら激しく頭を横に振った。
「ミカ、今、助けてやるからな。すぐに助けてやる」
JJは頭の中で繰り返し唱えた。
確かに自分は取り返しのつかないことをしてしまったし、大事な親友を失った。これが終わったら必ず会いに行く。そして、あの日傷つけたことを詫びよう。だから、今は放っておいてくれ、俺を責めないでくれ。俺にミカを助けさせてくれ。JJは罪悪感に囚われてしまわないように、ミカを救出することだけを考えた。
ふたたび廊下を進むと、JJは教室の前に人影を見つけた。
黒い服を着た青年。その風貌は聞き覚えのあるものだった。JJは拳銃をホルスターに収めると、足早にフォーチュンへ近づいた。
「お前、マイケルか?」
正しくもう一人のミカであり、マイケルでないことはわかっていたのだが、そう呼びかけるほかなかった。教室の中を覗いていたフォーチュンはJJの問いかけに弱々しく顔を向けた。
フォーチュンの顔面は蒼白でJJの問いかけに応える気力もなく、立っているのがやっとという風に見えた。それでも何かを伝えようと教室の外で佇み、じっとJJを見つめている。
JJが教室の中を覗き込むと、椅子も机もないがらんとした教室の真ん中でミカが倒れている。
「ちょっと、すまないが……」
どいてくれ、とフォーチュンに言うつもりだったが、すでにその姿は見当たらなくなっていた。
JJは力強く教室のドアを開けると中に進んだ。急いでミカの元に駆け寄ると、力の抜けた身体を抱き上げた。ミカは涙と鼻水でぐしゃぐしゃに顔を汚し、薄く開いた目は視線が定まらずに朦朧としていた。
「ミカ!」
JJはミカの顔を乱暴に拭うと、声をかけながら身体を揺すった。ミカは悪夢にうなされるように唸り声を上げるだけで、その声に応えようとしない。
「ミカ! ミカ! しっかりしてくれ! 警部補!」
大声でJJが呼びかけると、ミカの目の焦点が合い、目の前にいるJJを不思議そうに見つめると、泣きだしそうな顔で助けを求めるように力一杯抱きついた。
「雨は嫌っ! 雨は、雨は!」
JJは安堵すると、ミカを強く抱きしめる。
「大丈夫だ、雨はもう降ってない。雨ならもう止んだ」
「私……!」
「いいんだ」
まだ恐怖で震えるミカを抱きしめながら、JJ自身もミカと再会できた喜びに涙ぐんでしまう。
「こんなところ、早く脱出しよう」
JJの言葉にミカもその通りだと思った。こんなところ一刻も早く逃げだしたい。
「……邪魔するな」
声が聞こえ、ミカは硬く閉じていた目を開ける。この声は自分のものでもJJのものでもない。
JJの肩越しから濡れた黒い長靴が見えた。ミカは慌ててJJの胸から身体を起こすと、黒いレインコートを纏い、フードを被ったザックがJJの背後に立っていた。
ザックはコンバットナイフを逆手に持ち、すでにそれを頭上に振り上げていた。その姿にミカは目を見開き、その様子を見ていたJJも、すでに敵に背後を取られていたと悟った。
「ミカ……」
恐怖に凍りついた表情でJJが呟いた。ミカは急いでJJの手を取った。
「ウィーアーウト!」
ミカが叫ぶのと同時にザックのナイフがJJの首目掛けて振り下ろされた。