第14話 鋼鉄の列車①

文字数 2,983文字

 ミカは呆然としていた。地下鉄のホームに入ってきたのは、ミカの想像していた地下鉄車両ではなく、角ばった車体に勇ましい大砲を携えた戦車だったからだ。
 都市型のグレーを基調にした二色の迷彩が施された米国陸軍主力戦車M1エイブラムス。足回りはキャタピラの代わりに線路を走るための車輪がついている。
 戦車はミカの目の前で静かに佇んでいたが、突然、戦車砲のついた砲塔上部のハッチがひとりでに開いた。
「これに乗れっていうの?」
 ミカは思わず後退りする。一旦、退却するように、変化のない戦車を警戒しながら降りてきた階段をうしろ向きでゆっくりと登っていく。
「乗らないの?」
 突然、うしろから声をかけられて、ミカは驚いて身体をすくめた。ミカが振り返ると、夢の中の少年が悪戯な笑みを浮かべてミカを見ていた。
「ちょっと来なさい」
 ミカは半ば強引に少年の腕を掴んで、階段を登る。少年は連行でもされるような恰好で、誰もいない構内で乱暴に解放された。
「痛いって! なんだよ、せっかく助けてあげたのに」
 少年は掴まれていた腕をさすりながら、不貞腐れるように言った。
 元々、現れてはすぐ消えるような存在だったが、ミカは改めて少年の無事が確認できたことに不思議と安堵していた。またそれがミカを苛立たせてもいた。敵か味方かもわからない相手に翻弄されているなんて。
「あんた、一体何者なの?」
 ミカは少年と向き合い訊ねる。
「さあ」
 少年は両手を胸の前で挙げて、とぼけるように返す。
「さあって、ふざけるのもいい加減にしなさい!」
 まるで子供を叱る親のような剣幕に、少年は面食らった様子でわずかにたじろぐ。
「あんた、もしかして……」
 ミカは緊張して言葉を止める。
「ティーチャー?」
 真剣に訊ねるミカの顔に少年は驚いて目を見開くと、「あはは」と大きな声で笑いだした。
「ちょっと!」腹を抱えて笑い続ける少年にミカはまわりを気にしながら困ったように声をかける。
「僕はそんなのじゃないよ」
 少年はなおも笑い続けている。
「じゃあ、誰なのよ。名前ぐらい名乗ったらどうなの!」
 ミカは苛立つように言うと、少年はすっと笑いを収めミカに言った。
「人に名前を訊ねるなら、まず自分から名乗るのがマナーなんじゃないの?」
 少年は不敵な笑みを浮かべた。まさかミカと知らずに侵入してきているとも思えないが、少年の言い分ももっともであった。翻弄されることに苛立ちながらミカは少年に向き直った。
「ミカ、ミカ・マイヤーズ。ニューヨーク市警よ。あなたの名前は」
 少年は自己紹介するミカの様子に勝ち誇ったように笑みを浮かべると、「ううん」と手を顎に当て大袈裟に悩むような仕草を見せる。何か閃いたように指を鳴らし、ミカの目を見て言った。
「フォーチュン」
「フォーチュン?」
 とても人名とは思えない言葉にミカはすぐに訊き返す。
「そう、僕の名前はフォーチュン。君の幸運(フォーチュン)さ」
 恰好つけて自信満々にそう言うフォーチュンと名乗る少年をミカは怪訝そうに見ると、疲れたように「まったく」と漏らした。
 ハッカーであれば本名を名乗るわけもなく、彼の目的が何なのかわからない以上、今はそれを受け入れるしかなそうだとミカは思った。
「よろしく」フォーチュンは嬉しそうにミカに笑いかけた。ミカはとてもそれに返す気にはなれない。
「それで、行かないの?」
 フォーチュンは戦車の待つホームに続く階段を指差した。ミカは階段の方を見つめた。
「行くわよ」
 ミカは覚悟を決めて階段へと力強く歩きだした。
「そうこなくっちゃ!」
 フォーチュンも楽しそうに急いでそのあとを追う。
 二人が階段を降りてホームに着く頃には、ミカのネイビーのスーツは、グレーのモザイクパターンの迷彩服へと姿を変えていた。フォーチュンもミカと同じように迷彩服に身を包んでいる。
 フォーチュンは助走をつけて戦車の車体部分に飛び乗ると、そのあとに来るミカのために手を伸ばす。ミカも下から手を伸ばし、二人は互いの腕を掴み合ってフォーチュンは一気にミカの身体を引っ張りあげた。ミカが車体部分に上がるとフォーチュンは砲塔に上がり、開かれたハッチの中へと乗り込んだ。
 ミカもそれに続いてハッチの中へと身体を入れる。同時にフォーチュンは砲塔のさらに内部にある砲手席へと身体を進めた。
 ミカがハッチ横に備えてあるヘッドセット付きのヘルメットを被ると、それを合図にするように戦車はゆっくりと動きだす。電気モーターのような音がするだけで豪快なエンジン音などせず、それは電車の印象に近かった。
 この戦車に操縦手はいない。ということは戦車の進路や速度はコントロールできないということを意味していた。たとえ操縦手がいたとしても、銃同様に夢の中で戦車などという複雑すぎる機構を自在に操れる人間がいるはずもなかった。
 ミカは夢の中で愛車のマスタングを使用したことはあったが、それはあくまで乗っていただけに過ぎず、自ら運転することはできなかった。目的地へと運ぶ、タクシーやバスのようなものにその感覚は似ていた。
 ミカはハッチから上半身を出した状態で戦車は暗闇へと進んでいく。あとは線路のまま、ザックが用意したフィールドをプログラム通りに自動で進んでいくだけだった。
 戦車の行手をライトが照らし、段々とその速度は上がっていく、あるところまで速度が上がるとそれは一定に保たれた。まったく揺れは感じない、まるでリニアモーターカーのようだ。暗闇の中、ミカは風の心地良さを感じていた。
 地下鉄のトンネル状から、空間が一気に開けた。広大な地下空間を線路は真っ直ぐに伸びている。すると、前方に左右からカーブを描き、進行する線路を挟むように新たな線路が並行して左右一本ずつ増えた。並行した三本の線路の真ん中をミカの乗る戦車は進んでいった。
「来る!」
 フォーチュンの声がヘッドセットから耳元で響く。ミカはそれに反応して後方を見た。左右隣の線路上にそれぞれ、まるで何かの目の様な丸いライトが二つずつ、暗闇にぽっかりと浮き上がっている。それは段々と速度を上げ、その全容が見えてくる。真っ黒な敵の戦車だ。
「後方から敵! 戦闘用意!」
 ミカはマイクでフォーチュンに伝えると同時に砲塔内へ潜り込み上部ハッチを閉めた。砲塔内が秘匿用の赤い光で包まれる。
「砲弾装填!」
「装填!」
 ミカの命令にフォーチュンはすぐに返した。
「五時の方向!」
 ミカの声とほぼ同時に砲塔が大きく回り、戦車砲を右後方に向ける。ミカは専用の単眼鏡を覗いて敵戦車を確認した。同じものをモニターで見ているフォーチュンが細かい角度を修正する。照準の十字が敵の戦車を捉えた。
「射撃用意!」
 ミカは緊張に胸が張り裂けそうだった。
「お願いだから、出てよ」
 ミカは戦車に懇願するように呟いた。照準は狂いなく敵戦車を捉え続けていた。
「撃てー!」
 凄まじい衝撃とヘッドセットをしていなければ鼓膜が破れてしまいそうな爆音と共に、戦車砲の先から赤い砲弾が敵戦車目がけて一直線に飛んでいった。砲弾が被弾すると敵戦車は大きく爆発し、暗闇が業火で照らしだされる。
「命中! 続いて七時の方向!」
 砲弾が出たことに喜ぶ間もなく、ミカはすぐにフォーチュンへ指示を出す。同時に砲塔が回り、敵戦車を照準に捉えた次の瞬間、スコープの中が光で見えなくなった。
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