第11話 コンクリートジャングル①

文字数 2,505文字

 ミカから数フィート先には、ライオンがいた。見慣れたニューヨークの街並みの中に異物感を示して。
 ミカはライオンの眼から視線を逸らさないように慎重に後退りする。悟られないように、音を立てないように全神経を脚に集中させる。
 そのままさらに数フィート距離を取ったところでライオンがミカの様子に気づいたように眼を見開いた。
 ライオンが短く吠えたのを合図にミカは手に持ったバスケットボールを放り、ライオンに背を向けて全速力で走った。沿道から大きな歓声が上がる。ライオンも当然の如く、ミカを追って四つ足で走りだした。
「どいて!」
 沿道の人々に向かって手を大きく振って叫ぶが、誰もがミカの声などまるで聞こえてないかのように興奮した様子で声援を送り続けている。ミカはその人混みを掻き分けようと間に割って入ろうとするが、不思議とそれができない。
「ちょっと! 通して!」
 質感は人そのものなのに、力を入れて押してもとても動く気配がない。そうしている間にも背後からライオンが迫ってくる。仕方なくミカは人々が道を作っている車道を走りだした。
 先ほどよりもライオンとの距離が詰まってしまっている。ミカは時折ライオンの方を振り返りながら懸命に走った。
 すると、人混みが割れている路地を見つけ、慌ててその路地に飛び込んだ。後ろを振り返りながら路地を進むと、ライオンは追ってきていないようだった。
 ミカは一安心して路地を小走りで進むと、上方から奇声のような甲高い鳴き声と共に猿が降ってきて、ミカに体当たりしてくる。
「痛い!」ミカは驚きながら走る足を早める。すると、左右から次々と猿がミカ目掛けてぶつかってくる。
「やめて!」ミカは堪らず声を上げながら路地を抜けるとまた大通りに出た。
 今度は目の前にシマウマが二頭優雅に立っている。ミカは好機と思い、慌ててその一頭のシマウマの背に飛び乗った。その衝撃にシマウマが鼻を鳴らす。
「はっ!」ミカが足でシマウマの腹を蹴って鞭を入れるが、まったく反応がない。次に平手でシマウマの尻を思い切り叩いてみても反応は変わらなかった。
「お願いだから、走って!」
 ミカはヤケになってシマウマのたてがみを力一杯引っ張ってみるが、シマウマは一向に動かない。シマウマは何かを察知するように機敏に顔を上げて耳を動かした。
「わあ!」シマウマは急に走りだし、ミカは背中から地面に投げ出されて倒れ込んだ。痛みに閉じた眼を開けると、十フィート先からライオンがゆっくりとミカに近づいてくる。ミカは飛び起きると、慌ててライオンから逃げる。ライオンもそれを見てまたミカを追ってきた。ミカは大通りの角を曲がり走り続ける。
「こっちだ!」
 咄嗟に聞き慣れた声の方に目が向く、そこには潜入中に度々姿を現わす少年が沿道の人混みに紛れて道の角に立ち、向かって右手に伸びる道を指差していた。
 しかし、ミカは目もくれずに直進する。
「そっちじゃない!」
 今度は少年が左側の沿道に立って声を掛けてくる。ミカはその声を振り払うように走り続ける。
「誰があんたの言うことなんか!」
 すると、左手の道から一頭のカバが突進してきて、ミカは急ブレーキを掛けるように脚を止める。カバはミカの目の前を通過し走り去った。危うくカバに跳ねられそうになり、ミカは肝を冷やした。
 我に返りうしろを振り返るとライオンがミカ目掛けて走ってくる。また距離が縮まっている。ミカは慌てて左折してカバがやってきた道を走った。
 前方では二頭のガゼルがミカを追って迫ってくるライオンに気づき、走って逃げだした。
 ミカは何度か角を曲がり、なんとかライオンの視界から逃れようともがく。
「しまった!」すると、いつの間にかミカは少年が指差していた道に入ってしまっていた。うしろからはライオンが迫ってくる。ミカは足を止めることができずにその道を進み続けた。
 すると、前方の道をヒョウがユラユラとその場で円を描くように道を塞いでいる。
「やっぱり!」
 少年はミカをヒョウのいる方向へ誘導し、ライオンと挟み撃ちにしようとしている。ヒョウに気づかれたら一巻の終わり、その道に入る前に交差点を曲がらなければ、そう思うと、前方の交差点を一頭のサイが横切った。
 ミカはそのサイを追うように道を曲がった。
 夢の中ではいくら走っても疲労を感じないはずなのに、ミカは次々と襲いかかる恐怖に疲弊していた。ライオンは等間隔でまだミカを追ってくる。ミカが道を選択するだけ、その距離は徐々に縮まっていた。
 ミカの頭上をフラミンゴの大群が飛んでいる。その壮大な景色に見とれそうになるのを慌てて頭を振って堪えた。
「そっちはもうダメだ!」
 目の前の交差点を右に曲がろうとした瞬間、沿道から少年が声を上げて止める。ヒョウがいる方へ誘導し罠にはめようとしたくせにと、ミカは少年の声を無視して、あえて、その道を進むことに決めた。
 すると、前方の大通りを何かが群れを成して轟音と共に横切っているのが見えてくる。
「そんな……」
 地響きにも似た轟音を響かせながら、どう猛なバッファローが荒々しく走っている。後退することも許されず、ミカはバッファローの大群が横切る道の手前まで脚を進める。バッファローは途切れることなく道を進み続け、完全にミカの行く手を塞いでいた。
 ミカはその道の手前で呆然と足を止め、地面に膝を着いた。
 背後からまた喉鳴りが聴こえる。先程とは違い、ミカにはその声の主がわかっていた。振り返ると、ライオンがミカに狙いを定めながらゆっくりと距離を詰めている。ミカは恐怖に顔が歪んだ。
 ライオンは空気を破るような大きな雄叫びを上げると、ミカの喉元目掛けて一気に走りだした。ライオンの凶暴な鋭い牙がミカに向けられる。
「アイム、アウート!」

 ミカは眼を見開いて大きく息を吸い込んだ。
「やったか!」
 JJが慌ててミカの横たわる処置台に駆け寄ってくる。ミカはJJとドクに見守られながら上体を起こした。ゆっくりとあたりを見回し、自分が処置室にいることを確認すると、安堵に大きく息をついた。
「どうした?」
 その様子にJJが恐る恐る尋ねる。
「何かが、おかしい」
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