第17話 トラウマ②

文字数 1,549文字

「一体これは、なんなの」
 ミカはフォーチュンに聞いた。
「これは奴のトラウマなんじゃないかな」
 フォーチュンは泣き続けるノアを見ていた。
「なんでそんなものを私たちに見せる必要があるのよ」
「もしかしたら、見せるつもりはなくても、ここは深くて、奴の心の奥が剥き出しになっているのかもしれない」
 ミカはフォーチュンの言葉に何か閃いたように一瞬固まると、すぐに廊下を進みだす。フォーチュンが不安そうにそのあとを追った。
「どうしたの」
「この中のどこかに、爆弾の在り処のヒントがあるかもしれない」
「ちょっと待ってよ」
 フォーチュンがミカの腕を掴んで止める。
「なら、なぜ奴は君をここへ誘うような真似をしたの」
 自分のことを誰かに知ってもらいたかったから、ミカはそう言おうとしたが、それはどこか違うとすぐに思い直した。それをフォーチュンが否定するということもわかっていた。
「わからない。でも、このままここで時間が過ぎるのをただ待つわけにはいかないわ」
 このままではザックのノンレム睡眠に入ってしまう。それを聞いてフォーチュンも仕方なくミカの腕を離し、ミカと共に進みだした。また別の教室を覗く。
 そこはノアの家のリビングだった。ノアが中学二年生、ネイサンが高校四年生の時だった。ノアはリビングで母親と二人、テレビから伝えられるニュースを観て呆然としていた。
 そのニュースとは、ネイサンの通う高校で起きた銃乱射事件についてだった。
 白昼、高校で起きた自動拳銃の無差別発砲により、死傷者が沢山でている。犯人はその高校に通う生徒で、凶器は父親の護身用で家に隠していた拳銃だった。その生徒は最後まで抵抗の意思を曲げず、突入した警官隊により射殺されたと。
 続けてキャスターが伝えた。その生徒の名は、ネイサン・ナザラス。
 ミカはドアから離れた。この事件なら知っているミカも当時高校生だったから、この事件で学校が妙に慌ただしくしていたのを覚えていた。世間を騒がせた事件の犯人がノアの兄。これがボマー誕生のきっかけになっているのでは。ミカは真意を確かめるため、すぐに次の教室へと移った。
 そこは中学生には相応しくない講堂のような場所だった。ギフテッド教育が成されているノアが通う学校。放課後なのか、その講堂で一人、ノアは机に向かい懸命に手を動かしていた。その横にはくしゃくしゃに丸められた不合格通知、ノアが憧れて止まないマサチューセッツ工科大学からのものであった。
 国内でも最高峰の大学であったが、ノアの学力ならばすぐにでも入学が許されるはずなのに、大したテストもなく不合格にされた。その原因は兄のネイサンにある、それは明白だった。ノアは理不尽な悔しさに涙し、時折それを拭いながら、懸命に手を動かしていた。
 ミカは目を凝らしてノアの手元を見た。それがわかると、ミカは息を呑んだ。
 ノアのテキストには、「人殺し」「死ね」など、悪意を込めた文字が書き連ねてあった。ノアはそれを必死に消しゴムで消そうとしていた。ちょうど兄のネイサンのように。
 そして、その手がピタリと止まった。ミカはふとノアの手元から視界を上げると、ノアがこちらを呪うような眼差しで見つめていた。
「まずい!」
 ミカは慌ててドアの窓から顔を隠した。しかし、すぐに攻撃がくると察して、ふたたび窓を覗いてノアの姿を確認した。
 すると、そこはノアの通う学校の講堂ではなくなっていた。ミカは目の前に広がる景色を呆然と眺めていた。自然とドアの取手に手が伸びる。
「ミカ、駄目だ!」
 フォーチュンが止めるが、ミカにはそれができなかった。ミカはそのままドアを開けて、教室の中へと足を踏み入れた。
 そこは、ミカが青春時代を過ごしたニューヨークの郊外、ウエストチェスターにある、公園の前だった。
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