第16話 混沌の中①
文字数 1,630文字
ドリームダイバーのフロアでエレベーターのボタンを破壊したミカはまるで周囲を威圧するように仁王立ちしていた。
内線も繋がれば、携帯電話も使用できる。上階にいる警備員を呼ばれれば面倒なことになるとわかってはいたが、ここにいる人間は誰一人としてフロアから出さないというミカの意思表示だった。
皆が驚きに動きを止める中、JJはミカにゆっくりと近づいていく。ミカも相対するようにJJに近づいた。
「どうした? 随分、怒ってるみたいだな」
JJはミカと一定の距離を保ち、穏やかな声で話しかけた。危険人物に望むように。なぜなら、ミカに銃の気配を感じ取ったからだ。恐らく、ジーンズの腰にグロックが挿さっているはずだと。
「まあね」
ミカの語気に怒りが含まれていることは、その場の誰もが理解していた。
「エリーはどうした」
「あんたの見張りなら、うちのバスルームでおねんねしてるわ」
JJは動揺して僅かに顔が引きつる。
「何か誤解しているようだが、あいつは……」
JJが言い終わる前に、ミカは言葉を遮った。
「あの子は、どこ」
「何?」
「マイケルよ。あの子をどこに隠したの」
「な、何? マイケル?」
そのやり取りを聞き、何かを察したようにドクが二人に近づく。
「マイケルって、お前の弟のマイケルのことか?」
JJは恐る恐るミカに訊いた。
「あんたたちの魂胆はわかってるのよ」
ミカはそこにいるすべての人間を威嚇するようにフロアを見回した。
「私が潜っている時に、外からマイケルを送り込んだわね。私に言うことを聞かせるための人質として。そして、あの子と私が近くなった途端、今度は私たちが結託することを恐れて、接触させないようにしたんだわ」
ミカは怒りに目を見開き、捲し立てた。
「ミカ、落ち着くんだ」
ドクが説得するように声をかけるが、ミカの興奮は収まらない。
「自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
JJは自分が想像していたよりも遥かに危険な状況だと感じた。型通りの説得は意味を成さない、今すぐに全身全霊でミカを説き伏せなければならないと思い直していた。
「マイケルはお前が小さい時……、行方不明になっただろ?」
ミカの弟、マイケル・ミラーはミカが十歳の時、突如として行方がわからなくなった。当時、新聞やニュースでも取り上げられ、誘拐の線で捜査と捜索が進められたが、犯人と思われる人間から連絡もなく、事件は未解決のまま終了した。
警察学校の同期生であったJJだけは、そのことをミカから聞かされていた。その事件がきっかけでミカが母親の旧姓に名前を変えて警察官を目指し、生涯を賭けてマイケルを探しだそうとしていたことも。ミカの両親はもう諦めてしまっていたが、マイケルの遺体は見つかっていなかった。「きっとどこかで生きている」ふと、そう言った時の狂気を帯びたミカの表情をJJは思い出していた。
誘拐の場合、二四時間を超えると被害者の生存率は著しく落ちることは警察官なら誰でも知っている。しかし、ミカに気圧されてJJはそのことを切り出せなかった。それを今になって後悔していた。
「ミカ、聞いてくれ」
ドクが懇願するように両手を伸ばしてミカに近づく。
「近寄らないで!」
ミカはそれを突き放すように、ドクに向かって指を差し怒鳴った。
「ようやくわかったわ。あなたたち、グルなのね。ティーチャーに命令されてるんでしょ!」
「ミカ! しっかりしてくれ!」
暴走するミカを繋ぎ止めようとJJが叫ぶ。
「今すぐ、あの子を返して!」
ミカは悲鳴にも似たヒステリックな叫び声を上げた。
「違う!」
ドクが声を上げた。ミカに向かって掌を突き出し、自分は危害を加えないとミカに示した。
「彼は、マイケルじゃないんだ!」
その言葉にミカは動きを止め、ドクを見つめた。
「落ち着いて、聞いてほしい」
ドクはこれから自分が口にすることに緊張するように、唇を舐めて湿らせ、一呼吸置いてから口を開いた。
「恐らく、彼は君が生みだした、もう一人の君だ」
内線も繋がれば、携帯電話も使用できる。上階にいる警備員を呼ばれれば面倒なことになるとわかってはいたが、ここにいる人間は誰一人としてフロアから出さないというミカの意思表示だった。
皆が驚きに動きを止める中、JJはミカにゆっくりと近づいていく。ミカも相対するようにJJに近づいた。
「どうした? 随分、怒ってるみたいだな」
JJはミカと一定の距離を保ち、穏やかな声で話しかけた。危険人物に望むように。なぜなら、ミカに銃の気配を感じ取ったからだ。恐らく、ジーンズの腰にグロックが挿さっているはずだと。
「まあね」
ミカの語気に怒りが含まれていることは、その場の誰もが理解していた。
「エリーはどうした」
「あんたの見張りなら、うちのバスルームでおねんねしてるわ」
JJは動揺して僅かに顔が引きつる。
「何か誤解しているようだが、あいつは……」
JJが言い終わる前に、ミカは言葉を遮った。
「あの子は、どこ」
「何?」
「マイケルよ。あの子をどこに隠したの」
「な、何? マイケル?」
そのやり取りを聞き、何かを察したようにドクが二人に近づく。
「マイケルって、お前の弟のマイケルのことか?」
JJは恐る恐るミカに訊いた。
「あんたたちの魂胆はわかってるのよ」
ミカはそこにいるすべての人間を威嚇するようにフロアを見回した。
「私が潜っている時に、外からマイケルを送り込んだわね。私に言うことを聞かせるための人質として。そして、あの子と私が近くなった途端、今度は私たちが結託することを恐れて、接触させないようにしたんだわ」
ミカは怒りに目を見開き、捲し立てた。
「ミカ、落ち着くんだ」
ドクが説得するように声をかけるが、ミカの興奮は収まらない。
「自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
JJは自分が想像していたよりも遥かに危険な状況だと感じた。型通りの説得は意味を成さない、今すぐに全身全霊でミカを説き伏せなければならないと思い直していた。
「マイケルはお前が小さい時……、行方不明になっただろ?」
ミカの弟、マイケル・ミラーはミカが十歳の時、突如として行方がわからなくなった。当時、新聞やニュースでも取り上げられ、誘拐の線で捜査と捜索が進められたが、犯人と思われる人間から連絡もなく、事件は未解決のまま終了した。
警察学校の同期生であったJJだけは、そのことをミカから聞かされていた。その事件がきっかけでミカが母親の旧姓に名前を変えて警察官を目指し、生涯を賭けてマイケルを探しだそうとしていたことも。ミカの両親はもう諦めてしまっていたが、マイケルの遺体は見つかっていなかった。「きっとどこかで生きている」ふと、そう言った時の狂気を帯びたミカの表情をJJは思い出していた。
誘拐の場合、二四時間を超えると被害者の生存率は著しく落ちることは警察官なら誰でも知っている。しかし、ミカに気圧されてJJはそのことを切り出せなかった。それを今になって後悔していた。
「ミカ、聞いてくれ」
ドクが懇願するように両手を伸ばしてミカに近づく。
「近寄らないで!」
ミカはそれを突き放すように、ドクに向かって指を差し怒鳴った。
「ようやくわかったわ。あなたたち、グルなのね。ティーチャーに命令されてるんでしょ!」
「ミカ! しっかりしてくれ!」
暴走するミカを繋ぎ止めようとJJが叫ぶ。
「今すぐ、あの子を返して!」
ミカは悲鳴にも似たヒステリックな叫び声を上げた。
「違う!」
ドクが声を上げた。ミカに向かって掌を突き出し、自分は危害を加えないとミカに示した。
「彼は、マイケルじゃないんだ!」
その言葉にミカは動きを止め、ドクを見つめた。
「落ち着いて、聞いてほしい」
ドクはこれから自分が口にすることに緊張するように、唇を舐めて湿らせ、一呼吸置いてから口を開いた。
「恐らく、彼は君が生みだした、もう一人の君だ」