最終話 朝①

文字数 2,207文字

 タイムリミットを迎える前に、ザックの仕掛けた爆弾は解除された。
 ミカから爆弾の在り処を聞いたチームの面々は、担当分署、爆発物処理班とともに現場へ急行した。
 ミカがザックの夢に潜り、その情報を得るまで、実に三◯分以上を要していた。
 ドクにも解明できなかったが、ミカとザックはノンレム睡眠に入ると、波形はそのままずっとノンレム睡眠の状態を維持し続けていた。ミカは九◯分以上もの時間をノンレム睡眠、夢の深淵で過ごしていたことになる。感覚が曖昧であるノンレム睡眠下では、その体感時間はさらに何倍にもなると予想された。
 そして、ニューヨーク市警爆弾処理班がザックの爆弾を解除し終えた時、残り時間は一◯分を切っていた。
 爆弾は、爆弾魔ザック・ジンガーノことノア・ナザラスが暮らしていた、ニューヨーク州サウス・ブロンクスにある家の地下室に仕掛けられていた。その爆発物はセムテックスではなく、ガソリンによるもので、とても家一軒を吹き飛ばすことなどできない量のものだった。爆発すれば火災により、家は焼失するはずだった。
 ノアの父親は、兄ネイサンの銃乱射事件の頃、犯罪者の親として責められる日々から逃げだすように単身、家を出ていった。
 母親は唯一の希望であったノアが、家を出ていったことにより精神を病み、自ら命を絶っていた。
 ネイサンを責める心ない落書きで埋め尽くされた誰も住むことのないノアの家は、そのままの形で残ることとなった。

 カーター市長とニューヨーク市警は爆弾魔の生存と仕掛けた爆弾の存在を公にしなかったことを匿名の人物からリークされ、弾劾されていた。そのスクープを記事にしたのはミカの恋人であるアダムだった。
 市長はすぐに「市民がパニックに陥らないため」と弁明したが、ドリームダイバーの作戦室でミカと交わされたテレビ電話での暴言も音声だけ公開された。そのため、自身の都合で事実をひた隠しにしていたことが明らかにされた。リークはドクの手によるものだった。
 カーター市長とニューヨーク市警のトップ、ブラウン本部長は責任を追求され、その職を追われることになった。

 殉職したJJの葬儀は、ニューヨーク市規模の大きな催しとなった。警察官たちは皆、制服に身を包みJJを悼みながら市内を行進した。
 ドクによりリークされたカーター市長とミカとの会話は音声だけで、その相手は伏せられていたが、ニューヨーク市民はすぐにそれがミカだとわかった。
 そして、ミカと共に爆弾魔と戦い、ニューヨークに命を捧げたJJもまた、「真のヒーロー」とニューヨーク市民から賞賛された。
 葬儀はスミスが立案したもので、混乱したニューヨークの溜飲を下げるためであった。また、スミスの特命に応じたJJに対する、スミスなりの恩賞でもあった。

 ドリームダイバーの実質的な責任者であったはずのスミスは責任追及の騒ぎに巻き込まれることはなかった。
 ドクは敢えてドリームダイバーに関して公表しなかった。元々、極秘プロジェクトであったドリームダイバーに公式な記録などなく、公表したとしてもスミスの責任については言及できなかったからだ。プロジェクトに携わっていた証拠を極力残さないように努めていたことも自身を助けることに繋がった。
 そのため、ドリームダイバーを使って直接捜査していたミカに責任追及が及ぶことを避けたためでもあった。
 そして、スミスは、副本部長が本部長に就任する際に空いた、ニューヨーク市警副本部長のポストに就いた。

 スミスは副本部長が早々に空けた副本部長室を訪れていた。副本部長はいよいよトップに立てると歓喜していたが、スミスはこの先しばらくは不祥事の後始末に追われるのにと、呑気な副本部長を心の中で嘲笑った。
 副本部長室のデスクに進み、大きな回転椅子に腰掛ける。その高価な椅子の背もたれに身体を預け、椅子の座り心地を確かめた。
「ようやく、ここまで来たか」
 スミスはため息と共に漏らした。すると、デスクの上の電話が鳴り、スミスは慌てて身体を起こした。
 明らかにスミスがこの部屋にいるタイミングで電話をかけてきている。スミスは鳴り続ける電話を緊張して見つめると、受話器を手に取った。
「……、ああ、そうだ。……、ああ。……、ああ。……、ふっ、そのようだな。……、ああ、わかっている」
 スミスは電話の相手としばらく話すと、沈黙した。僅かに胸が昂った。
「くれぐれも、ティーチャーによろしく伝えてくれ」
 スミスがそう言うと、前触れもなく通話は一方的に切られた。スミスは通話が切れていることを確認すると受話器を置いた。椅子にもたれることもできず、スミスは姿勢を正して大きく息を吐いた。しばらく、デスクの上の電話から目が離せないでいた。

 ザックはミカが戻ってきてからも、一人だけノンレム睡眠の状態にあった。極めて脳死に近い状態であったが、脳波は消失していなかったので脳死判定には至らなかった。延命拒否をする身寄りもないため、ニューヨーク市内の病院の一室で昏睡状態のまま、静かに眠り続けていた。
 ザックの残した最後の爆弾は、ニューヨークを恐怖に陥れるようなものではなかった。そうなると、ザックがミカとの対決に選んだ場所はアダムの勤めるビル。その機械室に仕掛けられた信管が外された爆弾。これを用いてザックがどのような対決のシナリオを描いていたのか、今となっては誰も知ることはできない。
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