第21話 深淵①

文字数 2,262文字

 見渡す限り黄色い砂。そこは広大な砂漠だった。太陽は近く、生き物すべての命を奪わんとするかのように、強く陽を射している。
 砂の丘で人の姿が陽炎に揺らめいていた。その人物は純白のウエディングドレスを身に纏い、手にブーケを持ったミカだった。白くきめ細やかな生地のグローブで刺繍の施したスカートをたくし上げて、砂にハイヒールを取られながら、歩き辛そうに少しずつ進んでいる。
 それにしても遠い。ミカは思った。その視線の先にあるのは、はるか彼方に見える黒く大きな何か。
 まるでマグマが地下から吹き出し、その途中で黒い火山岩として固まったような、無数のとげが天へと向かうように幾重にも折り重なり、一つの形を成していた。それは禍々しい塔のようだった。
 ミカはなぜだか、そこに向かわなければならなかった。今ひとつはっきりとその理由はわからなかったのだが。
 暑さは感じなかったが、ドレスにハイヒールという不自由さがミカを悩ませた。これでは目指すべき塔へは一向に近づけない。
「まったく」
 ミカはボヤきながら歩いた。
「こんな時に……」
 そう思いかけた次の瞬間、ミカの横に黒い馬が立っていた。漆黒の毛が太陽に照らされてギラギラと輝いている。馬は大人しくミカに乗られるのを待つよう佇んでいた。
 ミカはその背中に跨がろうとするが、ドレスが邪魔で思うようにいかない。ミカは苛立ちながら、まずブーケを乱暴に投げ捨てると、同じように頭のティアラとベールを捨て、グローブを外し、肩口から袖を裂いて切り離した。スカートも膝のあたりから強引に破り捨て、最後にハイヒールを蹴飛ばすように脱ぎ捨てる。舞い上がったハイヒールは砂の上に落ちると、すぐにどこにいったのかわからなくなった。
 ウエディングドレスはまるでネグリジェのようになり、身軽になったミカは綺麗にセットされていた髪を両手でくしゃくしゃと掻きむしって、飾り気のない髪型に戻した。
 鞍も手綱もない馬の背にミカは器用に跨ると、馬はゆっくりと走りだし、徐々に速度を増していった。
 馬はミカを背に乗せ黒い塔を目指し走る。見渡す限り砂漠という光景は、あまりに非日常的であったが、ミカにとってそこは違う国、違う惑星などではなく、幾度もこの馬の背に乗って走っているような感覚を覚えていた。砂の合間から所々飛び出し見え隠れする遺跡のような文明の残骸にも見覚えがあった。
 巨大な塔の傍まで行くと、馬は自然と速度を緩めて止まった。ミカは裸足で砂の上に降りると、感謝の気持ちを込めて馬に抱きつき毛並みに沿って肌を撫でた。馬は気持ち良さそうに鼻を鳴らすと、一瞬にしてミカの前から姿を消した。
 ミカは不思議そうにあたりを見回すが、馬の姿はどこにも見当たらなかった。ミカはそのまま塔の入口と思われる巨大な門へ向かって歩きだす。その足元には走る馬をモチーフにした銀色の飾りが太陽に反射しキラキラと輝いていた。
 背丈の何倍もある門は、まるで迎え入れるかのように一人でに開き、ミカはそのまま塔の中へと進んでいった。

 塔の中は薄暗かったが、所々から射す陽の光が灯りになっていた。
 目の前の壁一面には、塔の外観が彫られている。塔の頂点からは、主の栄華を讃えるように太陽の光が放射線状に輝いている絵だった。
 その足元には古いエレベーターが一台。ミカははじめて足を踏み入れるはずの塔に、やはり既視感を覚えていた。
 ミカはエレベーターの前に進むと、横にスライドするシャッターを手で引き、エレベーターへ乗り込む。シャッターを閉めると、自動的にエレベーターは上昇を始める。行き先はひとつしかないようだった。
 シャッターの網目越しに外の様子が伺える。エレベーターは高過ぎる一階の天井を越えると、広い空間に出た。塔は中身がくり抜かれたように空洞で、エレベーターはその真ん中を上昇し続ける。
 塔の壁沿いは部屋のような造りになっていて、そこには沢山の人がいた。部屋というよりも牢屋のように格子が設けられていて、中から皆、エレベーターの中にいるミカを眺めていた。
 視線を送る中に見覚えのある人物がいた。綺麗な赤い髪の少女、その傍らには、少女を守るように寄り添うミカよりも少し歳の若い女性。二人はミカをじっと見つめ続けていた。
 彼女たちをどこかで見た気がするのに、それがいつどこであったのか思い出せない。よく見るとその他の人物も、彼女たちほどではないが知っている気がする。
 その中の一人、褐色の肌をした戦士のような男。その人物は特に印象深かった。鋭い眼差しをミカに向けていたが、不思議と敵意は感じない。むしろ、彼の眼差しにミカは安らぎを覚えるほどだった。

 エレベーターは上昇を続け、天井を抜けると一気に明るくなった。どうやらそこは最上階のようだった。それまでの薄暗かった場所とは違い、明かりを取る大きな窓があり、フロアは城のように煌びやかに内装が飾られていた。
 そこには、黒い髪の幼い少年がミカを迎えるように立っている。ミカは少年を知っていた。
 少年はミカを案内するように歩きだす。少年が踏みしめる真紅の絨毯は真っ直ぐに扉へと向かっていた。扉の向こうに会うべき人物がいると感じた。
 少年は扉を開いた。足元の絨毯はその先に続いており、ミカが足を進めると、扉の先はさらに大きな空間、王の間が広がっていた。ミカが少年を見ると、扉を開いていたはずの少年はいつの間にか姿を消していた。代わりに、ミカが踏みしめる絨毯が一段、二段と高くなり、その先には大きな玉座に男が鎮座していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み