第47話 東京女神転生 Tokyo Legendary Garl

文字数 11,216文字

「ここからが本題です」
 京子の指先は、お手玉のようにシルバースフィアを宙でもてあそんでいる。
「ファントムボールの東京伝説、あの夜の秘密を教えましょう」
 長い髪が風でサラサラと流れ、京子の顔の右半分が見え隠れしている。
「渋谷スパイダーは、拠点です。その名は、人狼巨大勢力・土蜘蛛! 地下にもっと広い基地があったんです。柴咲教授が筆頭に人狼連を束ねていたんですよ」
 京子はしたり顔で微笑んだ。
「わかりますでしょ? ――その子供の令司さんなら」
 京子は少し沈黙してから言った。
「ホント言うと、私は決闘に勝つつもりなんて最初からなかったんだぁ!」
 晴れ晴れとした表情が女子高生の東山京子に戻っていた。
「お前はキョウコなんだろ? 何故今更……」
 令司はポカンとして、京子を見守る。
「うん……、私はキョウコとして選ばれた」
 令司は耳を疑った。まさか、やっぱり高校生・京子が演じてた?
「さっきのわたしの行動はもちろん、会話も全て聞かれていましたからね! だからキョウコを演じるしかなかったんです。あぁー大変だった! フフフ……決闘の自然な成り行きで、ここへあなたを連れてくるまで。確かに私が、このPMを操作できるのは、事実ですけどネ!」
 京子は人差し指の上で、スフィアを回転させている。
「君……」
「あなたが、私に勝てるわけないんです。八十年間、自衛隊が監視している帝都で、わたしが素人のあなたに殺されたら、不自然です」
 彼女は手加減していた。京子の腕をもってすれば、令司を殺すことなど簡単だったに違いなかった。そう思い至って令司はゾッとした。
「でも神剣のオリジナルを持った今なら、あなたにも勝機があるし、AIカメラが眠ったところで、私があなたに殺されても、何が起こったのか分からない。万が一のアクシデントでも、勝ちは勝ち、ですよね?」
 京子は驚くべき事を口にした。
「教えてくれないか。父と決闘した、二十年前の真相を」
 恐る恐る訳を聞くと、申し訳なさそうに京子は令司に説明をした。
「二十年前、柴咲教授は準草薙ノ剣を持ちながら、ついにキョウコを倒せなかったんです。純草薙ノ剣なら実はスフィアにも勝てる可能性が、わずかながらあった。東京帝国に対しても、東京決闘管理委員会に対しても、決闘の勝敗に十分な説得力を持ったはずなんです。その後、準神剣が鍵と錠前になって隠されたことは、帝国も知りませんでした。彼らは、柴咲の剣は失われたと考えていたんです」
「では、いったい誰が?」
 京子と柴咲は大斗会で、総力を上げて戦闘した。東大は、かつての学生運動の比ではないくらい二人によって破壊され続けた。
「戦いの果てに、二十年前のキョウコちゃんと柴咲教授は、PMの達人同士のみが通いあう共鳴の世界に達していったんです。PM力がテレパシーで二人をつなげた。それはキョウコちゃんも柴咲さんも、全く予想がつかない展開でした」
 キョウコが動けば柴咲が動き、キョウコが止まれば柴咲も止まった。二人はキャンパス内のどこに、相手がいてもその一挙一動を把握できた。
 キョウコと柴咲は直線道路を走って、正面衝突した。
 二つのPM兵器はぶつかる瞬間に、柴咲の神剣がバネのように渦を巻いてシルバースフィアを包み込み、衝突寸前に物体の慣性を0にした。
 莫大なPM力がほとばしり、まばゆく輝いて天に達した。二人は武器を構えたまま、身動きができなかった。
 二人のデュエリストは戦いを止めて、しばしその光景を見つめながら、PM力が二人の心をダイレクトに接続したのである。
 柴咲教授の、この世界を救うためにはどうすればよいか、という心象風景がキョウコに観えた。真の宿敵が心を通わせ、同じ結論に達した瞬間だった。
「その時、キョウコは柴咲教授に訊きました」

     *

「なぜ戦わないの?」
「今、この剣を使えばお前を倒せるかもしれない。世界は革命され、東京は人狼連のものとなるだろう。同士討ちに持ち込めたとしても、固く閉ざされたこの国の権力構造に光が差すだろう。だが――始めてまとまりをみせた人狼の狼士たちは今、お互いにエゴをぶつけ合って、揉めている最中だ。その程度の集団だってことを、私は認めなければならない。今、私が東京を革命する事は、ただちに人狼同士の内戦を表面化し、すなわち東京崩壊を意味する。東京帝国以上に危険な時代が始まる。人が血で血を洗う、人狼同士の戦国時代が。もちろん、東京帝国は黙って見過ごすはずがなく、人狼の狼士たちの混乱に乗じて攻めてくる」
 その言葉は、慚愧のテレパシーと共にキョウコの心に深く響いた。
「それなら私が一切請け負います! 次の大斗会で! 次の大斗会で、帝国の目的を阻止するんです。彼らの悪の計画が実行されるまでおよそ二十年。ギリギリだけど間に合います。それまで人狼の成長を待つ必要があるのなら、それまで待てばいい! その時に、あなたの志という遺伝子を引き継いだ、人狼が成長しているかどうかは分からない。だけど、この事は次世代に託しましょう!」
 キョウコ自身、東京帝国の計画する暗黒の未来を案じていた。実はキョウコも芳しく思っていなかったことを柴咲教授は知った。キョウコは柴咲の案に賛成した。そしてその想いの遺伝子は、目の前の帝国側のデュエリスト・京子に託したのだ。
 しかしそれは、東京の平和を保つ為だけの生け贄的少女自身が、東京帝国の永遠の繁栄を否定するということだった。それでも、キョウコは約束した。その時に、柴咲の想いを必ず自分が実現するという事を。そして今、京子は目の前の令司に対し、亡き父の崇高な志というDNAを語ろうとしている。
 PM力の光は超新星爆発のようにキャンパスを包み込んだ。PM研は吹っ飛び、二人は光に包まれながらPM力を操作して生き残った。

      *

「その時、二つのPM兵器から飛び出した八つの光は、東京中に拡散しました。各地にあるPM神器に、八つの徳目の魂を仕込んだのです。それは、ヴァンアレン帯とPM使いのDNAと関係があるものでした」
「本当に……八犬伝そのものだったっていうのか――」
 令司は気が遠くなりかけた。
 本郷キャンパスで父が死んだ東大伏魔殿、PM研究所。八種類のPMF(サイコ・マグネティック・フォース)が放たれたと取材中に聞いていた。それは、先日の夜のブルーレーザーによる夜景映像で再現された。令司が目撃した通り、八色に輝いて東京中に放たれた。
 本郷キャンパスの破壊は、PM研究所の爆発だけに矮小化されたのだ。夏休みだったこともあり、本郷キャンパスは封鎖され、ハイピッチで修復が行われた。
 東大当局は恐れをなして、決闘も事故もかん口令を敷き、柴咲教授の存在をもこの世からすべて消し去ったのだ。
「二〇年前、柴咲さんから『南総里見八犬伝』を教えてもらいました。曜変天目茶碗も、教授からキョウコにプレゼントされたものです。PMと強化兵のスポーツ医学の流出も、二十年前、人狼連の柴咲と手を組んだキョウコがやった。教授が死のうとしていることを、キョウコは気づいてましたが、キョウコは殺すつもりはありませんでした。生きて立派に人狼再興に尽力してほしかった。でも残念な事に……人狼が決して『人』になれぬよう、私の力には帝国の呪が仕掛けられていたのです。人狼が私に決闘で勝つことは絶対にない。それで隙を作った教授を私は球面剣で殺してしまいました。あなたの父を」
 二十年前のキョウコと、目の前の京子の一人称が重なっていた。
 終戦以来、悪政を敷いた東京帝国に、もう少しで人狼が勝利する瞬間が訪れようとしていた。だが両者の間に起こった調和の中、キョウコに帝国が仕掛けた呪いが発動した。
「子々孫々、畜生道に堕ちろ――」
 時は流れ、キョウコの呪いが炸裂。人狼たちは不況の中、階級社会の底辺に見舞われている。つまり、ビックブラザーが支配するこの東京で。
 二十年後、キョウコは再び東京に出現した。
 新しい京子は、二十年前の人狼の呪いを逆転させて功徳へ、八犬士が東京を革命し、世を糾す義士として活動するよう、東京に降り立った。
 渋谷スパイダーでDJK.キョウコがデビューして以来、あたかも人狼を撹乱しているように見せ掛けながら、京子は本当に土蜘蛛を育てたかったらしい。柴咲の予言通り内部分裂で崩壊した、人狼連の再興の拠点として。鷹城令司が救世主として立つ為の、彼のエッセネ派として。京子は実は、自分の生き通しの存在を呪わしいと思っていたのだ。
 父のマンションの開かずの戸を開けた鷹城令司は、遺品整理から鍵を手に入れ、人狼連の後継者とみなされた。それもまた、京子が仕向けたことだった。
「不死身なのは私だけじゃなく、人狼もです。何度でもその志はよみがえる。それが、あなたなんです」

『身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂』

 万感胸に迫った。唐突に頭に浮かんだ吉田松陰の遺言が、今の令司にはまるで自分への伝言のように感じられた。
 八十年間、人狼同士は醜い争いを続けてきた。これでは、東京帝国に勝つ事など全く出来ないだろう。
 人狼勢力は、父の期待した通りには成長していない。このまま京子が勝って、また二十年後へと歴史が繰り返されるのか。それとも令司がこの手で歴史を先に進めるか。
 京子は荒木影子に仕掛けられた戦いも、したくはなかったものの、京子に仕掛けられた帝国の呪いによって、決闘では全力で相手と戦ってしまうのである。
「柴咲の子である令司さんにしか、人狼連をまとめる事はできない。京子が博士から託された使命は、令司のための下準備をし、令司をその世界へ招き入れることでした。――令司さんが柴咲博士の一子であるという事は、人狼にとって、長い間知られていなかったんです。でも令司さんが現れたことで、闇に隠れていた彼らは表に現れ、そして鍵も出現した」
「この俺に、人狼のリーダーになれ、っていうのか――?」
「あなたが書いたものは眠れる人狼を呼び覚まし、分裂した人狼を一つにするでしょう。令司さんが書いた本は、伝言であり、眠れる人狼たちに対する檄文となるんです」
 令司は今、現代の戦国時代か幕末のような戦いに巻き込まれているのだと実感した。それは確かに自分が書いた本の内容だったが、まさか……。
 あの本には、人狼をまとめあげ、東京帝国を打倒し、真の革命をこの世の中にもたらす力があるのだ……そう京子は断言する。
「あの夜……君は東大を逃げ出したのか?」
 京子と最初に会った時のことを思い出す。
「はい。私、初めて外に出たんです」
「えっ」
 銭形花音は、東大DNA研の京子クローン・メンテナンスのメンバーで、メンテナンス中に脱走したクローンの一体を取り返すべく、リモート・ビューイングを使って、叔父の五百旗頭藤吉とともに令司のアパートを訪れたのだ。もう一人の中年の男は、花音のDNA研での上司らしい。
「アパートから回収した後、東京帝国は私を、京子クローンの失敗作だとみなしました。それで途中からは放置です。いっさい干渉されなくなりました。その後、帝国は私を生かして様子を見る作戦に変えました。やがて、利用する事にしたみたいです」
「なぜだ?」
「あの後、一度東大医学部に戻されてから、私は東山家に引き取られて松濤の屋敷へ行きました。そこで、東山京子として教育を受けたんです。東山家の人間以外は知りません」
 渋谷鹿鳴館の東山家は、東京帝王こと東山恒久(つねひさ)の別邸である。本宅は新宿の和風建築で、京子クローンが一人で住んでいる。
 キョウコは代々、そこで養子縁組され、娘として引き取られてきた。八十年前の東山家の娘で、彼らは一九四五年に自分の娘を決闘させ、以後クローンを製造し、東京の人柱にしてきた。
「私、記憶が時々断片的になってて……それを全部思い出しました。DJK.キョウコのクローンは、初めての戦闘デビューでしたので、影子さんをかなり追い詰めたものの、スフィアの使い方も大雑把で、残念ながら死んでしまったんです。けど、彼女が瀕死の状態で東大に回収されたとき、松濤の私がDJK.キョウコの戦闘スキルを引き継ぎました。わたしは……あの時から自分の美しさを自覚したんだと思います。それをあなたに、観てもらいたかった」
 日光に照らされた京子の黒髪が、キラキラと光っている。
「……」
「それまでは、私は全然自信がなかったんですが……マスカレードの時にほとんど一体化してました」
 京子は、彼女の中で三つの人格が混在し、行ったり来たりしながらしゃべっていた。本来のキョウコと、令司が出会った松濤京子と、DJK.戦闘キョウコとが――。
 DJK.キョウコは死んでない。京子の中に生きているのだ。
「PMは、金属とDNAの相性です。だから京子クローンだったとしても、PMを使えない者がいました。PM力との一致、テレパシーで操作するものだから。――最初のダメ京子、つまり私は、PMがまるで使えなくて、期待されていませんでしたが、令司さんと接触したので、令司さんが帝国側に着くかと思って、帝国は保護観察にしました。でも、それ以外の京子は全員死亡してしまいました。一番PMが使えた渋谷で影子さんと戦った京子も、その京子の一人です。だけど、志は同じ。みんな、令司さんと革命を起こすミッションで死んでいったの。他の有望な京子がことごとく死んでしまったんで、全部私が引き継いだ」
 京子が死んだはずなのに生きている、という現象はそのせいだったらしい。
 東京帝国を欺き、遺産とDNA(令司)を隠すために、父は大斗会の掟として、京子の手で殺されるしかなかった。それは父の意思で行われた事だったが、京子には令司に対して申し訳ないという気持ちがあった。
「令司さんも、そろそろ思い出したんじゃない? 幼いころ、東大のDNA研究所にあなたがいたこと」
 令司はハッとした。
 令司は本郷キャンパスのレベル4のDNA研に入った時、なぜか建物の内部構造を熟知していた。幼いころ、令司が出入りしていたからだ。
「柴咲教授が開発した草薙形代ではない、オリジナルの草薙なら私を倒せます。戦後八十年で、人狼最大の兵器ですからね」
 京子は自分を殺してくれと言うのだ。
「俺に、お前を殺せというのか?」
「あなたは私に勝つの」
 その目は、いつもの京子だった。
「どうせ私、三年しか生きられません―――」
 京子は令司と眼を合わせなかった。
 あの日、京子は意識に目覚めて初めて東大医学部の外に出た。クローンの彼女は生まれたてだったが、彼女たちには三年の寿命しかなかった。映画「ブレード・ランナー」のレプリカントは四年の寿命。それよりも一年短いだなんて。
「たしかにずっと帝国の代表だった。けど私は、二十年前から人狼側になった」
 京子は令司の父との因縁を語った。
「私は『八犬伝』の不死姫です。二十年前、柴咲教授は、前回の京子クローンと決闘の最後に密約を交わしました。未来永劫に続く東京帝国の社会を変えるために。かつて人狼たちは分裂を起こし、前回の京子クローンは、彼らをまとめるための伏姫となった。それが真実の八犬伝、狼人間の東京伝説の正体です」
「―――まだ信じられない。東京伝説の、何もかもが」
 京子は、彼女が言うような人狼ではなく、人狼サイドをかく乱して、残党狩りで人狼を完全に叩きのめすために送り込まれた、東京帝国サイドの東京伝説の少女・キョウコである可能性がある。
「令司さん――」
 京子の目に、悲壮な色が宿った。
「私を殺して東京を革命してください! あなたがそうしないと、東京帝国の恐ろしい計画が実行されて、この国は暗黒に導かれる。標的となった奴隷、下級都民は、東京スミドラシル天空楼にみんな精神を破壊されて、マインド・コントロールされて抵抗する力を失うんです。久世リカ子さんはそれを恐れていましたが、二度と立ち上がれないようになる……! 沈むのは下町区だけじゃありません。東京、NY、アラスカにある三つのバベルの塔の、トライアングル・システムが地球に影響を及ぼして、全世界を破滅へと導く。東京帝国は、このとてつもなく恐ろしい策略を選ぶ道を選んだんです。自分たちが勝者の側、支配者側となって永遠に生き延びる為に」
 令司は、京子の語る戦慄の予言を固唾を呑んで聞き入るほかになかった。
「奴らは、かつての大日本帝国の末裔です。国家神道の名残です。あの時の戦争は、今日の世の中へと導くために日米で秘密裏に仕組まれたものでした。『第三の謀略』の本、冷戦の裏で、米ソが宇宙開発で手を組んでいたのと全く同じように。彼らの、鬼畜のような計画を全否定したのが人狼達なのです。どれだけ畜生に堕ちたとしても、鬼畜との契約を拒んだ人間の血が通った者たちなんです」
 京子がかつてあった人狼連の分裂と失敗を語り、それをまとめようと必死になっていること、東京伝説が実は「八犬伝」そのものであり、彼女が確かに伏姫であったことが、鷹城にこれ以上ないくらいのリアリティを持って迫ってきた。そのうえで、どうするべきか――。
「東京の人狼伝説の継承者として、東京を革命してください! その救国剣で私を刺して」
 京子の後ろで、シルバースフィアが静かにたたずんでいる。主人を失えば、ただちに地面へ落下するだろう。
「私が勝っても東京は変わらない。でもあなたが勝てば、東京は変わる。あなたの自由に東京を変えることが出来るんですよ。他の人狼たちが革命を起こしても、帝国の変わりに階級社会を乗っ取るだけでしょう。でもあなたは違う。私は人狼たちの攻撃や勧誘からも、ずっとあなたを守ってきた。令司さんになら、東京を変えられる。だから、約束してください。あなたが勝ったら、必ずこの東京から華士・狼士というものを廃止し、階級社会をなすことを」
 自分が死んでまでも、この東京の百年戦争に終止符を打とうという、それが東山京子の最後の言葉だった。
「俺が勝てば……」
「そうよ。東京に出来上がった階級社会を、このPMカーストがひっくり返す。令司さんのPM剣でならそれができる。そういう話です」
 令司は神剣を構えた。手が震える。剣先が定まらない。

 陸自の偵察ドローンが集まってきた。
「時間です! 最期に言っときます。戦いが再開したらもう手加減できない。私は、決闘において全力で戦ってしまうから! きっとあなたを殺すために! だからさっきみたいな戦い方ではだめです! 令司さん、もう一度居合道を思い出してください。PMとPM使いの関係は、気・剣・体の一致ですからね!」
「気・剣・体か……」
「そうです!」

 気=テレキネシス(PM力)
 剣=PM刀
 体=DNA

「すべてが一致しないと、PM力は発揮しません」
 だから日本製のPMは日本人のDNAにしか、感応しないのだ。ケルト人にはケルト人のPM、その他の人種にはその他のPMがあるはずだが、海外ではロストテクノロジーである。
「日本人は太古から、精神論で物事を乗り切ろうとする性質がありました。それが大和魂です。太平洋戦争ではそれが裏目に出て戦略的失敗の要因となった。けど、それは気・剣・体の一致における剣、PM兵器が欠けていたせいなの。でも今、三種の神器がここにあり、名実ともに大和魂は完成した――」
 最期に京子はPM刀の使い方を、令司に詳しくレクチャーしようとしたが間に合わず、それっきり京子は戦闘モードへと人格豹変し、なだれ込むように決闘が再開した。
 もう逃げたところでどうしようもなかった。
 令司は高校時代、居合術を学んできた。それでもキョウコには勝てないことは分かっている。
 事情を説明するために手を抜いて、ドローンを破壊していたさっきと打って変わって、京子は殺しのモードが全開になっている。京子を殺さねば殺される。
 もう、俺にも京子にも、選択肢などないのだ!!
 令司には宙へ飛んだり、馬鹿力で切り刻んだり、さらに剣を投げてまた手に戻すなどという超人剣法は使えない。もしあるとすれば――、それは令司の抜刀だ。
 夢想新陰流。
 一度抜けば必殺。たった一度のチャンス。もし京子に交わされたらおしまいだ。一撃で倒す以外に、鷹城令司に勝機はない。
(気……剣……体……一致!!)
「ダァ―――ッ!!」
 令司の剣の軌道は読まれ、京子に避けられた。PM使いとしての熟練度において京子に敵うはずもなかったが、最初の一撃を狙った抜刀では互角だった。せいぜい竹やりレベルの戦闘力だろうが。
 令司は、真剣に戦おうとしていた。しかし敗走しながら、このままでは負けることを自覚した。もしも勝てるとすれば、草薙の持つPM刀の真価を発揮させなけれならないだろう。
 何でもなぎ倒す鎖薙の剣。この世のモノでなぎ倒せないモノはない。
 勝てないにしても、刺し違えて引き分けくらいなら。
(燕返し……)
 ビュン! 突風が起こって、迫ってきた京子はよろけた。
 一方で、球は渦を発生し、あらゆるベクトルを変える。
 そこで、あえて剣戟のエネルギーを変えさせた後、京子に戻るように計算し、ぶつけたのだった。京子の肩口に血が噴き出た。
 その瞬間―――京子の身体に―――隙が―――、
 令司の剣は止まった。
 実質十秒くらいだったかが、一分間くらいに感じられた。
「早く、早く斬って! 私を斬って! 斬るのです! 彼らが私たちを発見する前に!」
 遠くから、ヘリコプターの音が聞こえてきた。
「私に止めを刺してッ!」
 京子の顔が一層険しくなる。
「あなたのお父様の復讐だと思って、思い切って刺してッッ!」
 ただ、そうだとしても。
 ―――世界を変えるために、平和を願う目の前の少女の命を犠牲にするなんて、この俺には――――。
「あなたが人狼だったら、私という上級都民を食べなさい。……さぁ!!
もう、いったい何をしているのです?」
「……」
 自衛隊の攻撃ヘリの真っ黒い姿が上空に見えている。
 京子の細い身体を剣が貫通した。
 令司は駆けつけて抱きしめる。
 こうするしかなかった。
「うれしい……」
 血みどろのキョウコは言った。
 令司は神剣をガランと落した。
「うれしいです。令司さんが勝って―――おめでとう―――ございます。これで東京が変わります」
 京子は大きな目からあふれるように涙を落として、微笑んだ。
「わざと隙を作ったな。監視してる立会人の自衛隊にバレないよう、徹底的に攻撃を仕掛けながら、わざと、俺を――勝たせようとするなんて―――京子ッッ!!」
 強化兵の本能を捻じ曲げて、京子は成し遂げた。
 令司が着けてしまった傷は、京子の回復までのスピードを上回る流血量だった。このままでは、失血で死亡してしまう。
「私の首を切ってください。さぁとどめを。これで世界は革命される。令司さんの自由に。京子うれしい……さよなら……」
 京子の大きな両眼が涙であふれる。
 令司は何度も何度も逡巡した。
 あまりに大量の出血だった。いくら治癒力の高い彼女でも、腹部から流れる血は間もなく彼女の命を奪うだろう。
「斬らない……もう……その必要がない……」
 血だらけの京子を抱擁したまま、うずくまった。
「そばにいて……」

 死ぬまで……こうして……ずっと手を握ってて。
 それだけでいい。
 まだ、―――剣を手にしたばかりのあなたに自衛隊と戦う力はない。
 死んだ私を差し出して、勝利者として彼らに宣言するのよ。
 決して、戦おうなんて思っちゃいけない。

 死ぬな。
 死ぬな。
 死ぬ……な……!!

「もういいんです……ただこの手を握ってて」
「決めた。俺が何とかする」
 時間との勝負だった。
 令司は京子をそっと引き離した。
「なに……をしているの?」
「世界を変えるのは、君や俺のような一人ひとりの人間の心だ。制度じゃない。こんな決闘じゃない。―――死んじゃいけない。君の心こそ、世界を変える光だ。そして父の。俺は、闇夜に差し込んだ光をこの手で消すことはできない。世界を革命するなら、君と一緒に」
 令司は手を差し伸べ、京子の手を取った。
「ルール……違反よ。大斗会は……、どちらかが死ななければならない。それが、掟……。ゴホッ! そうでなければ、あなたを東京決闘管理委員会が許さない。ここを取り巻いている自衛隊すべてが敵になる。生きて新宿を出られない。あなたはまだ、剣の使い方をマスターしていないのに……!」
 八十年間、東京帝国の手先となって、悪をなした少女は、かすれた声で訴えた。
「そんなの、構わない」
 京子がここで死ねば、今日で生き通しの人生を終えることができる。これまでの長い歴史で、クローンとして魂が引き継がれてきた彼女はもう、このような役を終えたいのだろう。戦後東京の人柱、いけにえとしての自分の存在に、うんざりしているに違いない。
 令司は抱き起こして、自分のシャツを引き裂いて包帯を作った。京子の治癒力なら、助かる可能性もわずかながらある。令司には、京子に生きていてもらいたい理由があった。
 令司は京子を、愛していた。
 ……初めて会った時から。
 なぜだか分かっていた。この世界で、彼女を守れるのは自分だけだと。ずっと、知っていたような気がする。それが、柴咲教授のDNAのなせる業なのかもしれない。
 東京と日本の八十年の平和と引き換えに、血塗られた殺人鬼として、十七歳に閉じ込められた不死の生を生き、東京の闇を引き受けた東京伝説の少女。
 東山京子。
 俺はこれから罪を犯す。
 君を愛するという罪を。
 世界を敵に回すことは間違いない。その罰はいくらで受けよう。
 だけど、どんなに多くの人の憎しみを引き受けたとしても、たった一人の少女を救えなくて何が平和だ。
 どんな境遇であれ……彼女はまだこの瞬間に生きている。
 東大医学部のDNA研の地下。そこへ運ぶんだ。この包囲を突破して!

 自衛隊の攻撃ヘリが迫ってきた。
 新宿大斗会の最期を見届けるため、東京決闘管理委員会がよこしたものだろう。たとえ彼女が助かっても、自衛隊の包囲を抜けられるはずがなかった。
「本当に革命をするなら、ここからだ。二人で生きる。吾妻教授も海老川雅弓も教えてくれたんだ。あらゆる対立は、正反合で矛盾を超えるとな。俺は帝国を父を、他の人狼をも超える」
 令司の覚悟は定まった。
「でも、長門という司令官は本当にやるわ。私は動けないし、二人とも殺されて――しまう」
 京子を抱きかかえ、令司はヘリから離れた。
「まぁいいさ。こうなったら開き直ってやる。俺の得意分野だから」
「令司さん、あなたは、本当に? …………こんな私でも愛してくれますか」
「あぁ!」
 今日を境に東京は真に革命される。だが今日を境にこれからどうなるか分からない。自分自身の身も。
「ありがとう……とっても――うれしい……」
 京子の眼が、令司の顔をじっと見ている。
「ただ一つ、作戦があります」
「それは?」
「長門は……野心を持っている。今はそれを――利用するのです」
「というと?」
「自衛官たちに、PMの力を見せつけることができれば――PMで、この国が本当に変わると確信させるんです」
 京子はそのまま力なくぐったりとなった。
 令司は担ぎ上げて立ち上がった。
 京子の回復力と出血、ギリギリのせめぎあいの中、一刻も早く東大京子DNA研究所へ。行かないと失血死する。
 果たしてドローンと自衛隊から逃げきれるかは分からない。眼を醒ましたPM剣とともに。真の自由を求めて!
「俺にはこれがある。逃げ切ってみせる」
 令司は神剣を拾い上げ、東山京子をお姫様抱っこし、頭上に迫ったヘリコプターを見上げた。

 俺たちは、戦わなくてはいけない残酷な運命だった。
 でも終わったから――。
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