第4話 東京伝説を検証する!

文字数 12,893文字

二〇二五年六月九日 月曜日

 一週間が経過した。
 その間、五百旗頭という名の東京地検の検事や、東大医学部の謎の研究者たちは、令司に何の接触もして来なかった。あの少女が、その後どうなったのかも分からない。
 令司の元には、大量の東京伝説が集まった。作業に忙殺されているうちに、次第に不安は薄れていった。
 部会で、ネットや本、メール、学生の噂など、集まった情報を整理することになった。この中から、収集した伝説が検討に値するかを議論する。
 テーブルの上には、「おにぎらず」という、結んでないおにぎりが並べられている。里実が持ってきたらしい。かなりの料理上手のようだ。
 それを食べながら、百近い伝説を洗い出して、都市伝説に関係ないもの、東京に関係ないもの、海外の伝説などを次々落としていく。こうして残ったものを、それぞれのメンバーが発表していくのだ。
「では、副部長のボクから……」
 マックス先輩が最初に手を挙げた。

『軍都・東京都』

「これは荒木部長も追及していたんだけど、東京はかつて、東京府と東京市だった訳だが、大戦中に『東京都』になってから、軍都としての機能が備わった。そのために、東京は要塞都市として整備されているといううわさが絶えない」
 東京伝説の中でも、基本的な伝説である。
「たとえば、『環状七号線戦車走行説』。環状七号線は有事の際、戦車の走行が可能なように高架が頑丈に作られている、というんだ。さらに、有楽町線が軍用路線だという説がある」
 東京メトロ有楽町線は、旧・東部方面総監部、現防衛省がある市ヶ谷駐屯地に近い市ケ谷駅、国会のある永田町駅、そして警視庁のある桜田門駅を経由し、最後湾岸へと至る。それが、有事の際には軍が運搬に使用するための機能となるのだ。
「市ケ谷駅から北へ向かうと、練馬駐屯地のある平和台駅、朝霞駐屯地のある和光市駅などが沿線に存在している。それで――、有楽町線のトンネルは、戦車が乗り入れられる構造になっているという」
 マックス先輩は眼鏡を指で押し上げた。眼鏡を取ったところは誰も見たことがなく、「次元大介が帽子を脱ぐか?」なんていうポリシーがあるらしい。里実の情報によると彫りが深く、なかなかにイケメンだという事。
「ただ、実際のトンネルは地下鉄車両にギリギリに造られているので、戦車が通れるかどうかはハッキリ言って微妙だけど」
「なんだ、――そうなんスか?」
 藪は麦茶を飲んだ。
「けど、あながち都市伝説で片づけられない。ロイヤル地下道があるとか言われているし」
「当然あるだろうね」
「調べれば相当なことが分かるはずだ。検証してみる価値はある」
「俺は興味あるな」
 新田が同意し、部内の空気も調査決定の方向に流れる。
「東京は空襲で徹底的に破壊された。その後の首都再建の歴史には謎が多い。だがそれだけじゃなかったんだ。部長から聞いた話では、実は第三の原爆が東京に落ちたっていう」
「初耳ですね。それ、パンプキン爆弾じゃないんですか?」
 雅がマックス先輩に訊いた。
「パンプキンって?」
 藪が雅に訊いた。
「模擬原爆です。形がカボチャに似ている、単なる大きめの爆弾です。東京のあちこちに落されてます」
「ふ~ん。つまり予行練習か」
 藪は腕を組んだ。
「いや、パンプキンじゃない。歴史の教科書では、軍はアメリカの原爆搭載機の飛来を傍受できなかったことになっている。だが、史実は違う。軍は七月十六日のニューメキシコ州での史上初の核実験を把握していた。さらに情報部は、アメリカの特殊任務機が広島に向かっているコールサインを傍受していた。監視していた。しかし、広島に警告することなく投下された。結果、それが原爆であることが判明した」
「……何か聞いたことあるぞ。テレビでやってたな」
「そう。その後、長崎でも同じようにコールサインを傍受した。情報部はまた参謀本部に伝えたんだが、また長崎に知らせず、長崎は警戒態勢を取ることができなかった」
「広島で原爆であることがはっきりわかった後なのに、無視した? なぜ?」
「長崎の三日後、情報部は三度目のコールサインをキャッチした。次のターゲットは東京だと―」
「えっそれじゃ」
「しかし、結局落されなかった。結局特殊任務機はなぜか東京へ行かず引き返した。広島・長崎の甚大な被害を知って、トルーマン大統領が止めたらしい。大統領の意に反して、勝手に軍が行動していることを阻止したという訳だ」
「落とされなかったんですね」
「いや、話はここからだ。敗戦後、大本営は電報を打った」

「原子爆弾保管ノ件 長崎ヨリ東京ニ持チ帰リタル不発原子爆弾ヲ速ヤカニ『ソ』連大使館内ニ搬入保管シオカレ度」

「ええっ」
「何ですか、これは」
「アメリカが落した不発弾原子爆弾をネタにして、ソ連との極秘交渉に及んだという電報だ。しかし後で、やっぱりラジオゾンデの間違いだったと訂正されている。長崎に不発原発が落ちたのか? それとも、果たして第三の原爆は東京に落ちたのか?」
 マックス先輩は満足げな表情を作って、唖然とするメンバーを見回した。
「次。荒木部長が本気で追いかけた伝説として……」
 マックス先輩の眼鏡が一層光を帯びた。

『上級都民伝説』

「この東京には、上級都民がいらゃっしゃるという東京伝説だ!」
 先輩は押し殺した声で叫ぶ。――やっぱり藪と一緒。
「出たぁ~」
 里実が甲高い声でつぶやく。
「都市伝説界隈で有名な……」
「上級国民が日本全体に分布する支配層のことだとすると、東京の上級都民はその上級国民のヒエラルキーの上位に位置する」
「事故を起こしても事件を起こしても、おとがめなしの上級都民様だな」
 新田が言った通り、誰もが「一部の人間」に対する、近頃の事件・事故の奇妙な事後処理のことを思い浮かべたようだ。
「上級国民って言葉が出てきたのは、いつだったっけ?」
 里実が首をかしげる。
「確か東京オリンピックのエンブレム問題で委員会が、『一般国民は理解しないだろう』とか言っちゃったんじゃなかったかな。その反対語として、ネットから『上級国民』が誕生した」
 新田が答えた。おそらく委員会は、「口が滑った」んだろう。
「そう、その東京版だ。政治・経済事件の背後に常に上級都民の影あり。昨今の事件・事故でわりと話題になってるタブー領域の奴。そこに切り込んだ政治家やジャーナリストは、不審死を遂げている。彼らが存在する証拠は、極端なエリートという存在そのもの。その連中には、法律さえ忖度される。つまりこの東都帝国大学こそ、官僚育成学校として作られ――そんな上級都民学生がゴマンといるってわけだ――」
 マックス先輩は身をかがめ、どんどん声を潜めていった。
「あーいるいる。ブルジョアジー海老川さんとか!」
 里実が素っ頓狂な声を出した。
「シッ」
 部内に一気に緊張が走った。
 海老川雅弓。
 いわずと知れた東大首席入学生にして自治会長。
 家は旧財閥系・海老川グループだ。令司も新入生代表として入学式で挨拶した彼女のりりしい姿を覚えている。現在は髪を金髪に染め、長い巻き髪にしている。令司は、丸眼鏡にエイリアンみたいに後頭部が発達した日子太郎教授の数学の授業で一緒になるが、個人的な交流はない。

『幻想皇帝の伝説』

「最後にこれまでの話のつながりで、新宿には『幻想皇帝』がいるという話がある。とある筋からの情報なんだが、まぁ、そいつが東京の真の支配者だっていうんだ」
「えっ、某漫画の世紀末覇王みたいな奴?」
「――確かに荒唐無稽かもしれない。だが、戦後新宿副都心はずっと整備されてきた。本当の東京の支配者はどこの誰かってことだ。幻想皇帝というのは単なる言葉のシャレだろう。けど、表に居る都知事や首相でもなんでもなく、この新宿にデンと構える……東京再開発計画の中に真のドンの存在が示唆されているんだ」
「いや、さすがマックス先輩。荒木部長が副部長に任命しただけのことはある! 骨太直球路線! そこにしびれる憧れる! 部長の意を忠実に次ぐ忠犬ハチ公! その忠誠心たるや、まさに東伝研の鏡」
 そう藪が言うと、笑いが広がった。が、相変わらず声は小さい。
「でも、ヤバいんじゃ――」
「新人君が来てくれたんだ。たとえ忠犬といわれようと、部長の志は俺たちが継がないと。どんどん行ってみよう! じゃあ右回りだから、次は里実ちゃん」
 マックス先輩は、右手で指示した。
「え~……あたし……? エート最近バイトが忙しくて、寝不足で、バイト先とかネットで慌てて集めたんですケドォー……」
 いつも唇半開きの里実、眠たそうでセクシーだ。よく見ると絶対領域の太ももに、広告タトゥーが入っている。シールだ。「秋葉武麗奴」と書いてあるが、あまり見てはいけない。

『カレーライスの作り方』

「就職試験で、難問に手も足も出なかった学生が、やけくそでカレーライスの作り方を書いたんですって。そしたら、なぜか試験に受かったんだって。めちゃオモシロくないですか?」
 里実の東京伝説は、副部長のものとは全く毛色が違う。
「う~ん、なんか聞いたことあるゾ?」
 マックスは腕を組んだ。
「俺も。小噺としては確かに面白いけど」
 新田は眉をくいっと動かした。
「そんな企業があったらむしろ都市伝説級ですね。ぜひ入りたいな」
 天馬が微笑んだ。
「――他には?」

『ミミズバーガー』

「――ハンバーガーの肉に、ミミズが使われている、っていうお話……。猫とか、ねずみってパターンもあった」
「あぁ……それ知ってる。ミミズって、確か肉屋のひき肉の符丁だよね」
「でも本物の食用ミミズバーガーを作ったら、値段が高くなって、高級和牛に匹敵するらしいですよ。だからあり得ない」
 天馬が一蹴した。
「――本物の食用ミミズ?」
「はい。ゴカイみたいな奴です」
「まじで? キモッ。ホントに?」
「えぇ。高たんぱくらしいですよ。環境への配慮から、世界中で昆虫食、ミミズ食が熱く議論されているんです。それも含めて検証したら面白いんじゃないかと思います」
「なら里実ちゃん、本物の食用ミミズで、U-Tubeで検証でミミズバーガーを作って食べてみよう」
「えぇ――、ヤダァ」
 副部長の無茶ぶりに、里実は当然の反応をした。
「最後は『改造ブロイラー』。フライドチキンのチェーン店なんだけど、モモ肉を効率よく手に得るために、鶏をバイオテクノロジーで三~四本足に改良しているんだって。それに気付いた店員などが、口外しないようにって、高額の口止め料をもらったらしいっス」
 食べ物ネタが多いが、都市伝説のカテゴリーの一つには違いない。
「あるかどうかは別として、人面犬みたいな話だな」
 藪が気のない返事をした。
「その話でしたらボク、――-いいですか」
 隣の謎の「男の娘」が手を挙げた。やっぱり黙ってる限り女性にしか見えないが、声を聴くと男だとわかる。トーストに卵焼きを載せ、しょうゆを垂らして「シアワセ」と命名して食べている。
「どうぞ」
 里実はほっとして、ストローを加えた。
「東京から少し外れますが、人面犬ってバブル期に流行った伝説ですよね。筑波学園都市で、ゴミをあさっている野良犬に声をかけると、おっさんの顔で、『うるせえな』、『ほっとけ』等で応えるっていう話です。研究所の遺伝子操作で造られた、という設定です」
「それ確か、当時の大学の都市伝説研究会が小学生に広めたという説があったんじゃない」
 マックスが即答した。
「一体どこのバカ田大学だよ」
 藪が令司を観て、令司はかぶりを振った。
「東伝研としては、都市伝説のマッチポンプは恥だと思わんとな」
 新田はポテトをつまんだ。
「けど、七十年代の口避け女みたいな、妖怪系の都市伝説の典型的パターンだ。八十年代の『トイレの花子さん』と同じく、全国の小学生の間で大ブームとなった。大学生が広めたという話と同じで、小学生の間で、というのが実はこの話の味噌なんだが、逆に言うと都市伝説をどう広めればよいかというと、小学生にバラまけばよい。都市伝説がどう広がったか、という考察をする意味では興味深いが――」
 マックス先輩は、コーラを飲んで考え込んでいる。
「しかしこんなのメインにしたら、激怒した荒木部長に中華包丁で追いかけられるぞ」
 新田が妙なことを言った。
「うん、部長は絶対嫌がるだろうな」
 藪も同調した。
「その前に、真知子先生にも普通に怒られる気が……」
 自分で振っておきながら、里実までほぼ同意。
「皆さん、人面犬はあくまで前置きにすぎません。ご安心ください。話には続きがあります」
 天馬は微笑んだ。

『渋谷人狼伝説』

「東京に狼男が出没するという東京伝説です。ハロウィンのジョークか、筑波学園都市の人面犬の派生か、という可能性もありますけど、人狼伝説は民俗学の範疇です。吾妻先生も言ってましたけど、都市伝説には学問的な意味があります。渋谷をフィールドワークするのも、つまりボク達は東大生として、正しい事をしていることになります」
 天馬はみんなの反応をうかがった。
 人面犬と大して変わらない気がするが、皆押し黙っている。
 二〇二四年の渋谷ハロウィンは暴動が起こり、たとえそんな無責任な伝説が独り歩きしても、決して不思議ではなかったのである。
「人狼も、ばかばかしい類の都市伝説なんですけど、ぜひ皆さんに検討していただきたいと思いまして」
「イイヨイイヨ」
「あれさ……去年のハロウィンで、新田がコスプレしたんだったよな。確か人狼の」
 マックス先輩が笑った。
「そうだよ、まだ恨んでるんじゃないの雅ちゃん」
 萌都がアニメ声を出した。そういえば里実の格好はコスプレ風で、オタクっぽい。「恨む」とは何のことだろう。
「いえ、別にそういう訳では」
 天馬は困ったような顔をした。
 令司は、渋谷の人狼伝説と聴いて、ネットのフェイクニュースで見たような気がする。人狼ゲームに負けた東大生が腹立ちまぎれにばら撒いたらしい。現在は削除されている。
「また伝説のマッチポンプだったら困るよ」
「人狼とは何かを示しているんですよ、きっと……」
「ハロウィンの残照か、それとも人狼ゲームにまつわる伝説なのか?」
「そこまで雅がいうなら、別にいいんじゃないの」
 狼男の新田が投げやり気味につぶやいた。
「まぁ近所だし。―――じゃ、渋谷のフィールドワークの一環として採用するか。令司君、どうだい?」
 マックス先輩が訊いた。
「いいと思います」
「二つ目です。同じく渋谷からですが……」

『渋谷・ファントムボールの東京伝説』

「あぁ天馬君、肝いりの奴だ!」
「主にネットからの情報ですけど、UFO映像として、スマホで動画が撮影されてます。いつも渋谷なんです。いくつかU-Tubeにアップされています」
 天馬がスマフォを検索し、全員で動画を視聴した。
 センター街を歩きながら映し出している画面。
 街灯のすぐ上を、黒い球体がピューンと飛んでいった。ほんの数秒だが、猛スピードで木の葉が舞うような動きだった。
「話には聞いてたけど、コレは面白そうだな」
 マックス先輩が先に声を上げた。
「はっきり写ってますね、それもかなりの低空飛行です……」
 天馬はもう一度再生ボタンを押した。
「ドローンのようでもあるが、――何だ、コレ? こんな球体でハイスピードのドローンなんて聞いたことねェ」
 新田が眉をひそめた。
「以上です。じゃ次、八幡の藪くん」
 里実が「八幡の――」と云ったのは、「八幡の藪知らず」で有名な市川の禁足地のことで、都市伝説ネタでは必ず出てくる。一度入ったら二度と出られないとされる小さな森だ。
「よっしゃ、じゃあ俺ッ!」
 藪が右手こぶしで左手をバチっと叩いた。

『大斗会・東京デュエリスト伝説』

「東京で人知れず、いわゆる『決闘』をしている連中がいるっつー伝説だ! それを『大いに斗う会』と書いて、『大斗会(だいとかい)』と呼ぶ」
 藪は自信満々に説明した。この男は、少年漫画のキャラみたいだ。
「エ……何それ」
 里実の目が丸くなる。
「――都内で決闘? おま……」
 眼鏡ごしにマックス先輩の表情が曇る。
「ダジャレ?」
「新田君じゃないよね」
「違うって」
 新田は笑って首を横に振った。
「試合の事か?」
 新田はコップを取って、藪に訊いた。
「いや、完全に非合法。――いわゆる、命の取り合いみたいなやつだ」
「逮捕されるでしょ、普通に」
 里実がしらっとして言った。
「あー、決闘罪ってのがあるよな! ね、マックス先輩?」
 新田はコーラを煽った。
「『決闘罪ニ関スル件』だ。明治二十二年。およそ百年くらい前に成立した。最近じゃ、少年事件での武器を持たない喧嘩でも適応されて、再び注目されていて、検挙率が挙がっているがな」
 法学部のマックス先輩が解説した。
「だからその場合、決闘している地域は、東京のどこでも無人化するんだって。だから目撃者が一切出ない。これって凄くねーか? 何が起こってるのか確かめたくない?」
「なにが凄いんだ……」
「監視カメラに映るでしょ、当然」
「もちろん街中のカメラもその間、ストップしている」
「目撃者がいなくて、なんで伝説があるの?」
「…………」
「中二病……プッハハハ!!」
 里実がコップを片手に爆笑した。

『山の手と下町の戦争』

「まーた……」
「ずいぶんと規模がでかく」
「デュエリストの拡大版かい?」
 荒唐無稽度が増して、マックス先輩の警戒度も増していく。
「おいおい薮よ、どっから情報仕入れてくるんだよ、さっきからヨ。お前さ、もう少しましな伝説を頼むよ?」
 新田は、そう言ってから腕を組んで目をつぶった。基本的に眠そうだ。
「イヤイヤ、割とマジな情報なんだよ? 古くは源平合戦にさかのぼるんだ。南北朝、関ヶ原、幕末、世界大戦での意見対立、戦後の左翼と右翼、とかさ。そして最後の現代の戦いが、山の手と下町の戦争」
「――あれ? なんか吾妻教授の『南総里見八犬伝』の講義みたいな流れ」
 令司は、藪が適当な伝説を作り上げたのではないかと疑った。
「……そうなの?」
 マックス先輩は訊いた。
「えぇ、授業で聞きました」
 全員のじと目が藪に集中する。
「パ、パクリじゃねェ! 令司クン、何言ってんだ――」
「次は?」
 マックスはあきれて促す。
「これは情報箱に入ってた奴だ!」

『ブラック企業オフィスの伝説』

「東京タワー近くのオフィスビルのとある階が、窓の外から見えた。その真っ暗な部屋に、人がぎっしりと静かに座っている。仕事をしているようでもなく、立っている人もいる。ぎっしりとな。誰一人、身動き一つしない。けれど、マネキンではない」
 藪の説明に、部屋の中はシンとなった。
「なんともいえない不気味さがあるな」
 マックス先輩はうなずいた。
「どこの会社だろう?」
 天馬が訊いた。
「東京タワーっていうと、――港区か」
 新田は右上を観た。
「うん。それで思ったのは、ブラック企業で起こる不当労働行為『追い出し部屋』なのかもしれないな。企業が首にしたい人材が、自分で辞めていってもらうために新設される部署だ。昔から日本には村八分という制度があるし、新手の追い出し部屋」
 マックス先輩の眼鏡が光った。
「――そんなにたくさんの人間を?」
「んで、次はとっておきのヤツ。俺の好きなアニメネタなんだけどね」
 薮はお茶を一気に飲み干すと、ハスキーボイスで東京伝説を続ける。

『コミック「耀―AKARU―」にまつわる都市伝説』

「出た出た」
「得意分野だな」
「そう、世界中から称賛される八十年代の伝説的アニメ『耀―AKARU―』。二〇二〇年の東京オリンピックを言い当て、さらにはその延期まで言い当てた! 大朋勝矢、恐ろしい子! この作品には、到底普通じゃ考えられない原理が働いているッ。それがいったい何なのか――俺は探ってみたい」
「なるほど確かに……しかし、予言の類はどう検証するんだ? それこそノストラダムスとか、聖書の暗号みたいな話になるぞ」
「まぁ―――そうなんすケド」
 副部長に言われて、藪は急にしぼんだ。
「次は新田君」
「では、俺からは……」

『東京スミドラシル天空楼にまつわる伝説』

「墨田区のスミドラシル天空楼は六四三メートル、世界一高い電波塔だ。けれど、その本当の高さが違うという東京伝説があるんだ。インスタグラムに投稿された写真で、数々報告されている。それによると、最大で六六六メートルになるらしい」
「角度によって? 目の錯覚じゃないのか?」
 藪が突っ込み返した。
「いや、日によって実際に大きさが異なるみたいなんだ」
「そりゃまた、ずいぶんと荒唐無稽だな」
 マックス先輩も疑問を呈した。
「ま、確かにそうなんですけども、特に夜、真夜中なんか誰もスミドラシルの大きさを調べようとしない訳じゃないですか? イルミネーションの色が違うなと思うだけで」
 新田が示したのは、定点観測で撮影された日付違いの何枚かの写真だった。特に夜に多い。一枚だけ、スミドラシルが上に伸びているように見える写真がある。
「え? ――何これ」
 里実が身を乗り出し、丸いバストがテーブルにのっかった。
「最終的には『武蔵野の国』のごろ合わせも考慮して、六三四メートルになったというのは有名な話よね?」
 里実は言った。
「うん。だが、スミドラシルの建設は、まだ終わってないんじゃないかっていう」
「スミドラシルの建設がなぜ墨田区のあの下町に、あの場所に建てられたのかな?」
「東京タワーに代わる塔は、練馬・新宿・豊島区なども招致していた。けど最終的に墨田区に決定したのってのも不思議だ」
「スミドラシル天空楼といえば、レイラインって呼ばれる日本のパワースポットを結む線の上に建てられているという説もありますね。鹿島神宮、皇居、明治神宮、富士山の直線上にスミドラシル天空楼もある」
 天馬が里実を見て、里実はうなずく。
「風水都市計画だな。江戸城の築城や東京の山手線とかもそうだって言われている」
 マックス先輩は眼鏡を人差し指でクイッと上げた。
「さっきの軍都計画と合わせて、為政者が霊的に首都を防衛しようとした……」
「『帝都伝承』、荒巻仁ですね」
 天馬は本棚から単行本を一冊取り出した。
「東京の都市計画には、秘められた『計画』があるのかもしれない。それが上級都民の政策なのか風水なのかどうかはわからない。しかし『帝都伝承』は荒木部長の愛読書でもある。やってみるしかないだろうな」
 マックス先輩は令司を観た。
「最後に主筆の令司君。華麗に締めくくってくれ」
「――はい」

『死体洗いのアルバイト』

「有名な都市伝説ですが、大学病院で、遺体をホルマリンで洗う高報酬のアルバイトが存在するという伝説です。実は東大本郷キャンパスの医学部でも同様の伝説があるらしいんです」
「ホォー、東大に切りこもうと?」
 新田がやけに感心している。
「はい」
 すると、妙な沈黙が部室を支配した。
「死体洗いのバイトがあるなら、僕がやりたいですね。喜んで」
 天馬は一人ニコニコしている。

『東都帝国大学の伝説』

「これ、情報箱に入っていました」
 令司は部室の空気を感じ取りながら読み上げる。
「東大の地下には、公には知られていない施設が沢山あるそうです。特に医学部には、極秘の遺伝子工学の研究所があって、戦争中から行われてきた、決して公表されない研究が行われている――。それは、『不死の兵士』に関する研究らしいのですが、戦後も禁断の人体実験が続けられてきました。研究のために犠牲者が何人も出ているらしい――です」
 令司は追ってきた連中の、東大のネームプレートを急に思い出し、口ごもった。他の部員も神妙な顔つきになっている。
「大戦時の軍の研究か――ドイツ軍はUFOやらオカルトやら、都市伝説のネタには尽きないが、戦前の日本軍でも?」
「ありそうだけどね。有名どころでは、陸軍登戸研究所とか」
「アメコミの『チーフアメリカ』って、米軍の超人兵士計画で誕生した設定じゃなかったっけ?」
「あれは血清」
「東大なら、立ち入り禁止の駒場池の方がいいんじゃない?」
 駒場池は、全体を見渡すことができない。昼なお薄暗く、不気味な雰囲気で怪談のネタになっている。
「かえって無難だな」
 怪談なのに。
「……東大の都市伝説はまずいですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
 マックス先輩は、「そういう訳じゃありそう」な顔で、煮え切らない反応を示している。
「総長の事故死に、何か裏があるとか」
「俺たち、学生カースト最下位なんだよ。なにせ、全員苦学生だしな。君は違うかもしれないけど。あ、藪もか」
 新田が眠そうに、缶コーヒーをあおりながら言った。
「いや? 俺は別に――」
 藪はそっぽを向いた。
 話によれば全員、奨学金やバイトで学費をまかなっている苦学生らしかった。藪重太郎は違うらしい。
「コミケで東大の闇なんか暴いたら、学生自治会に目を付けられるんじゃない――?」
 里実は髪をいじっている。
 また全員の声が小さくなっていた。盗聴器が仕掛けられている訳でもあるまいに。
「まぁ、別に大丈夫だろ。なんせ主筆は彼なんだから、モチベーションが大事だよな。せっかくだからやったらいいんじゃない」
 マックス先輩が気楽そうに言った。
「じゃあー、続けます」

『東都帝国大学本郷キャンパス無人事件』

「これは僕からの提供です。二〇年前、二〇〇五年八月十五日にあった謎の学内無人化事件です」
「終戦記念日ですか?」
 天馬が言った。
「はい」
「でも夏休みだから人がいなかったのでは? その、謎っていうのは何なんですか?」
「夏休みでも、散歩する人もいますし、毎日、部活動や研究者がなんらか学校に来ているはずです。しかしこの日に限って、どこにも誰も人が見当たらなかったそうです。そしてその日、第二工学部の研究室が爆発事故を起こしました」
「そんな事あったっけ?」
「第二工学部って、戦時中の千葉のだよね? 戦争に協力したんで、戦犯学部とか言われてた。もう閉鎖されてるはず」
「確か、本郷にもあったんだ。工学部にある地下の研究所のことでしょ。ずーっと閉鎖されてる」
「あそこ近づいたらやばいよ。学校がピリピリする。人が消えたりするマジもんの心霊スポットだよぉー」
 里実が恐る恐る言った。
「さすが大型新人。令司君切り込むねー。でも、やってみたいの?」
 藪があきれたような声を出した。
「うん、まぁ、みなさんが良ければですが」
「やればいいよ、やれば――」
 マックスは、眼鏡越しにうすら笑いを浮かべている。
「ホントですか、マックス先輩」
 藪は驚く。
「だってさ、書くのは御本人、令司君なんだから」
 マックス先輩は頭の上に手を組んだ。彼だけはほかの部員とリアクションが異なる。
「先輩が言うなら別に異論はないケド。――他には? 軽い奴とかないの? 秋になると本郷に銀杏の爆弾が降るとかさ」
 里実が言って笑いが起こった。
「それフツーじゃん」
「では――」

『十連歌の都市伝説』

「十連歌といえば、過激な政治詩で有名な和歌ロックバンドですけど、チャートの上位を独占し続けていたにもかかわらず、芸能界のドンの逆鱗に触れて、ついに芸能界を干されました。芸能ネタも面白いかなーと思いまして」
「デモも一切報道されなくなったね」
 近頃世間を騒がせている十連歌といえば、格差社会を批判をしたり、政治家を批判したりして、警察ともめていた。
「毎回十数万人動員してるのに、メディア総スカンってな――」
「確かに。では一体彼らはなぜ干されたのか、そこにはどんなからくりがあるのでしょうか」
「芸能界っていうのは、江戸時代から変わらない人身売買制度だ。人権無視!闇市のやくざが支配したまんま、近代化に乗り遅れたんだ。タレントは、人でなくて商品。商品が持ち主に対して反旗を翻すことは許されていないし、そこに基本的人権は存在しない。それが人間らしさを求めて反乱を起こせば、全力でつぶしにかかる。数多くのタレントが、そうしてつぶされてきた」
「レガシーメディアは、『一味』だからな」
「けど、十連歌は全くつぶれてないわね。もはや、全芸能界以上の『力』を持ちつつある」
「続きまして――」

検索してはいけないワード・『赤い部屋伝説』

「ネットからの情報です。まだ実際に検索した事はないんですが、昔のフラッシュ・ホラー・サイトに、『赤い部屋』というのがあったそうです。ポップアップ広告がどんどん画面にあふれ出していく仕組みです」
「今でもあるんじゃないの?」
「そうかもしれません。けど、今のサイトの仕組みではブロックされるでしょう。でも、本当に検索してはいけない『赤い部屋』は、他にあるみたいです」
「ほぉ……?」
「そっちの方は、開かずの戸の一種ですね」
 令司が続けようとすると、
「開かずの戸って何なんだろう?」
 マックスが訊いた。
「禁足地では? 八幡の藪知らずみたいな。入ってはいけない」
 天馬が答える。
「入ったらどうなる?」
「死ぬ。あるいは消える。不運になる――」
 天馬の答えを、令司は継いだ。
「重大事件が関わったミステリーなんじゃないか、と噂されています」
「具体的には?」
「赤い部屋っていうのは、惨殺事件があった部屋のことである――そういう説です。まだ詳細は分かりません」
「関わると、命が危ない系かもしれない――と?」
「はい。――で、もうひとつあります」

検索してはいけないワード2・『キョウコ伝説』

「うぉお! これオイラ知ってる――」
 里実が食いついた。
「『キョウコ伝説』で検索すると、キョウコが現れて殺しに来る、というものだよネ?」
「そうです」
「赤い部屋の次はキョウコ? ゾクゾクするワ。あたしも調べたことないけどね」
 検索したが最後、「美人過ぎる貞美」といった外見容姿の化け物が出現する。ゾッとする伝説だ。どのような経緯で襲われるのだろう。部員たちは誰も検索していないので分からない。
「トイレの花子さん系? 部長がめっちゃ嫌いそうだな」
 藪が言った。
「あぁ、確かに怪談だ」
「部長はオカルト系は嫌うからな。くだらないって言って」
「くだらなくない」
「へ?」
 藪は里実の顔を見た。
「下らなくなんかない。霊的世界は本当にあるんだよ」
 里実はムッとして、深刻ぶった顔をしている。
「OK里実君。そういう意見は僕は尊重する。――さて、この中のどの伝説に絞るか?」
 マックス先輩は急にまとめに入った。
 集まった一つ一つの東京伝説は、奇妙なものから、ばかばかしいもの、怪談チックなものまで種々雑多な内容である。
「いくつか、共通点のある伝説がありますね。無人化とか」
 令司はノートを眺めた。
「あぁ、東京のどっかのエリアが丸ごと無人化な。ウチの大学でもか」
「なぜ無人化?」
「交通規制には幾つかの理由が考えられる。災害、行事・イベント等に伴う交通規制、オリンピックや、G20サミット開催に伴う交通規制、大型貨物等の都心部の通行禁止。サイクリング道路の交通規制、特定禁止区域・区間の歩行者用道路……。ま、そんなあたりか」
 法学部三年のマックス先輩は言った。
「しかし東京無人化といえば、なんといってもコロナ自粛を思い出すよな」
 新田が言うと、皆しんみりとした。
 ポストコロナで全てが変わった世界。新宿も何もかも、一瞬で殺風景になった。
 感染者、死者数がどんどん上昇し、世界が終わるのではないかという絶望感に全人類が包まれた。
「あれは……まるで、小町サ行の『復活の刻』の世界だった」
「文学には、不思議と未来を予言してたと思える作品がある。311の原発事故も、宙真一のショートショートが予言してたともいえる」
「そーいった理由も特になく、無人化するってことだ」
 藪が確信めいて言った。
「大都会東京が無人化する瞬間、何かが起こる――、なんて導入どうですかね?」
 令司はメモを取りながらつぶやく。
「その時、東京が正体を現す、とか?」
「いいね。表紙帯に使えそうだ」
 マックス先輩がペンを振りながらそう言ったとき、部室のドアが開いた。
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