第6話 連鎖磁界 不死身のキョウコ伝説

文字数 2,468文字




 帰宅した令司はノートパソコンを開いて、ネットで検索してはいけないワード「キョウコ伝説」を調べた。
 前回、このワードの検索を思いとどまっていた。都市伝説とはいえ、どことなく不気味さを感じたせいだ。
 でも、昼間の会合の時から、頭の中で、何より第一に調べなければならない伝説なんだという感覚が付きまとっていた。
 一週間前、自分の身に起こった出来事――腰まである長い黒髪を持った少女との出会い。あの子が話していたこと。そして彼女を連れ去った男たちの面構え。気になって頭から離れなくなっていた。
 何か関係があるのかもしれない。
 今後は徹底的に調べていかないといけない。たとえ万が一、どんな危険が待っていようとも。
 件の東京伝説の詳細は、簡単に出てきた。

『キョウコ伝説』

 二十年事に現れ、決して老いる事のない十七才のキョウコは、かつて東京の安泰のための人柱にされた。
 キョウコは、終戦の際、東京を再建するために、繁栄を祈った人々によって焼け野原で人柱にされた少女の名前だ。そのために、たぐいまれな特殊能力を持った若い女性の命が必要とされた。
 一人の少女の犠牲と引き換えに、都から災厄は取り払われ、戦後、東京の町は瞬く間に復興を遂げ、繁栄を続けた。にわかには信じがたい話だ。
 キョウコは自分をいけにえにした東京を呪い、二十年事に復活して東京の人々に復讐している。怨霊となって、連続殺人を行うことによって。

「東京の人柱――ってことか? フゥ」
 令司は上着を着ていたことに気づいて、脱いだ。コーヒーを淹れる。
 江戸時代以前ならともかく、終戦後に「人柱」なんて実際にあるだろうか?
 人柱伝説は日本各地に残されている。城を建築する際、「人柱が埋められた」という伝説は数多い。しかし、伝説通りに城跡から実際に人間の頭蓋骨が出土することはほとんどないらしい。いわば謂れの「箔つけ」である。
「姥捨て山と同じか……」
 姥捨て山伝説も、実際に伝説を裏付ける文献は存在しない。それは、想像の産物である「昔話」や「説話」の一種であり、しかも源流は中国の昔話に遡り、インドに起源を持つという。歴史上の人口削減は、捨て子の方だろう。
 令司は、二十年ごとという年数が気になった。
 本郷キャンパス無人化事件は、今から二十年前の二〇〇五年八月十五日に起こった。そのとき、工学部で爆発事故があり、芝崎教授が怪死した。事故死とされるが、謎が多い。
 二十年ごとに出現するキョウコ――。
 この時の東大の謎の事故とキョウコには、何か関係があるのだろうか。
 仮に二〇〇五年にキョウコが現れたとして、そこからさらに二十年が経つと二〇二五年になる。今年またキョウコが復活しようとしているとしたら――。ゾッとする符号だ。
 キョウコは血を求めて出現し、再び東京の人間を殺し始めているのかもしれない。

 令司は、さらにネットでキョウコ伝説を探った。
 コーヒーを何杯も飲みながら、深く深くネットサーフィンを続けていく。
 Rちゃんねるに、「キョウコ伝説」のスレッドが立っているのが目に飛び込んできた。
 先日出会った京子と名前が同じで、しかも年齢も十七才。長い黒髪を持ち、スリムな体型。凄く美しい貞美といった感じだ。
 詳細を知るほど、気になって気になって仕方がない。
「まさかなぁ」
 京子もゾッとする程の美少女で、髪が長かった。もちろん殺人者なんかではない。けど、「命を狙われている」と口走ったあのときの様子は、かなり常軌を逸していた。その様が、まさにキョウコ伝説のイメージとぴったり重なったのだ。

 新着のメールが一件入った。
 差出人を見て令司は眼を疑った。
「東山京子」。
 令司はしばらく逡巡した後、恐る恐る件名をクリックした。

       *

 鷹城令司様

 先週お世話になった東山京子です。
 令司様のお名前を、ネットで検索させていただきました。しばらく調べてみましたところ、「東京伝説研究会」のツブヤイターに、鷹城令司様のお名を発見したのです。
 あの夜、令司様には大変なご迷惑をおかけいたしました。
 あまりに色々な出来事に頭の整理がつかず、一週間も経過してしまったことをお許しください。
 つきましては、謝罪と御礼がしたいので、一度自宅へいらっしゃっていただけませんでしょうか?
 突然勝手なことを書いてすみません。ぜひご検討くださいね。お返事お待ちしております。

                           東山京子

       *

「京子、あの子か――」
 しばらくあっけにとられながら画面を見つめる。
 末尾には、渋谷の住所が記されていた。駒場からほど近い。
 「キョウコ伝説」を検索したとたん、「京子」からの連絡。絶妙なタイミングに、正直気味が悪くなったことは否めない。
 令司は部屋をキョロキョロと見まわした。貞美のように、画面から何かが飛び出してくる様子はなかった。
 あの後、京子はどうなったのか。メールには何も書かれていなかった。詳しい事情は、メールでは話せないのだろう。直接会って話したい、つまりそれだけ事件には深刻な背景があるのかもしれない。令司は巻き込まれ、誰からも何の説明も受けることなく、一週間が過ぎ去っている。とても丁寧な文面だった。
 東山京子は、もしかして伝説の少女なのだろうか? 
 しかし令司はずっと予感を持っていた。あの夜、濡れて路上に倒れこんでいた少女。最初に会ったときに、悟ったのだ。彼女には何か秘密がある。
 あの事件の続きが知りたい。もし詳細を聞けば、二度と引き返せなくなるかもしれない。だが、その分原稿は、尋常でない迫力に満ちたものになるはずだ。原稿のためなら行くしかない。
 そうでなかったとしても、一高校生の彼女には、学校で都市伝説の一つや二つを知っているだろう。他に高校生の知り合いはいない。いい機会なので取材させてもらおう。そう決心して、令司は冷静になった。
 令司は不思議と不安より、嬉しさが勝っていた。そう、正直に告白せねばならない。
 ひょっとしたら京子の魅力に―――。
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