第33話 東京三輪教団・三ノ輪総本部

文字数 13,360文字



二〇二五年七月十五日 火曜日

 三ノ輪にある東京三輪教の総本山には、車で三十分ほどで到着すると彌千香は言った。運転手つきの車で向かっている。
「護衛もなく、泉岳寺へ行くなんて無謀です。白金高輪は――海老川財閥の領土なんですよ。もう、君たちにとって普段の東京という感覚を持っていてはあまりに危険です」
 彼女の言葉をそのまま信用することは危険だ。三輪教は上級都民と何かの協定を結んだらしい。十連歌に加盟した純子によれば、上級都民とべったりだという。
「なぜ花音は、いつも追ってくるんだ?」
 後方にガンドッグの車が追ってくるが、彌千香は冷静だった。
「リモート・ビューアーが東京華族側にいるって訳です。AIカメラにしても早すぎる。警察が超能力を認めてないなんて、嘘だったんです。実際には捜査で使っている。リモート・ビューイングを。特捜検事たちは銃を持っていない。でもその代わりにPM刀を持っている。五百旗頭検事も銃を持っていません。でも武道で、超能力(念)を鍛錬している―――。それがないと、PMを使うことはできないからです」
 彌千香は考えを改めたらしい。AIカメラだけであそこまで令司を追及できるわけではない、と。
「彼女がリモート・ビューイングで見て、五百旗頭がAIカメラで調べる。おそらくセットなんです。きっと、花音さんはそれなんです。だからPM研の地下でも彼女は突然私たちの前に現れた」
「奴が……リモート・ビュアー? って何だ?」
「イラク戦争でも使用されている遠隔透視です」
 花音の勘の鋭さ。五百旗頭検事はAIカメラしか使えないが、彼女はもともとサイコメトラーだった。
「だから学生検事としてインターン採用されたんでしょう。ガンドッグに必要な人材だからです」
「なんで、東京地検が関わるはずのない事件まで、出てくるのか――」
「ガンドッグは検察が公安化したものです。ホワイトカラー犯罪を取り締まるのが本来の東京地検特捜部は、戦後の隠匿退蔵物資事件捜査部を源流とします」
「あぁ……知っている」
「GHQの手先として、戦犯たちの隠し財産を没収するために作られた。M資金の伝説にも、東京地検特捜部が関わっています。終戦直後、月島・流山・習志野に金の延べ棒が五十兆円分あった。彼らが回収して、どこかへ消えた」
「それが……M資金か?」
「はい。現在の井伊克真(かつま)検事長は隠匿PMを収集しようと、新番組を創設したのです。新番組、ガンドッグの正体は、隠匿PM事件捜査部です」
 三輪教も同じ認識だ。
「伝説のお宝や、その他東京に隠されたPMを集めてるって噂はあるな。それらを所有する人狼狩りをするのが主たる目的なのか」
「はい。ですが、限度があるので最後は決闘で勝利して回収するつもりです」
「それで花音が?」
「そうです。ガンドッグが現れる事件の背景には、必ずPMが存在する……。そして彼らは柴咲教授の子であるあなたが、キーマンであることに気づいた。あなたは捕らえられ、二度と娑婆に出てこれなくなるところでした」
「……」
「ですが私の願いを聞いてくだされば、もう彼らがあなたのところへ来ることがなくなるように退けることができます」
「君は、どうして俺達が泉岳寺で墓参りしてると分かった?」
「分かるのよ。あなたが新番組に拉致されそうになったので、助けてあげたのです」
 彌千香は平然と言った。
「さっき、君テレパシーを使ったよな?」
「リモート・ビュアーは銭形花音だけじゃない。テレパスだって、前にも言ったでしょ。私はあなたのことは特によく分かる」
 三輪教新教主・彌千香は霊能者だ。と、するとこれまでの話で神出鬼没のキョウコも、当然超能力者ということになる。
「三輪教は、帝国(ガンドッグ)と、超能力戦争を行っている。冷戦時の米ソのCIAとKGBが、超能力戦争を行っていたみたいに」
「なんだか、秋葉のハッカー集団の話と似ているな」
「えぇ、あっちは5Gの戦いですけど同じようなものです」
 これも、山の手と下町の戦争の一貫なのだ。
「……」
 彌千香はハンドバッグからメモ帳を取り出し、きれいに揃えた膝の上で無言で何か描き始めた。
「ホラ見て!」
 彌千香は、即席で描いた令司の似顔絵を笑顔で見せた。漫画調だがうまい。
「私……今日の日が来るのをずっと待っていました。こんな風にあなたが、車に乗ってくれて、横に座ってる。――こ、怖がらないで下さい! お願いですから」
 令司はとりあえず笑った。
 彌千香は安心したように、満足げにメモ帳をバッグの中へしまった。
「―――あなたは本当はとても強い人よ。こんなことで抹殺されてはいけない。鷹城君、いつでも私があなたを守りますから」
「そいつは――ありがとう」
「この間の動画も拝見しましたよ。秋葉の伝説です。ものすごい再生回数でしたね。色々と大変だったみたいですが」
「あぁ、そうなんだ」
「あなたの力をお借りしたいのです。二人で神器を手に入れるんです。PM5……つまり決戦兵器を――」
 令司は覚悟を決めた。目撃者とならねばならない。自然と、令司の中で東京伝説研究家としてのスイッチが入った。
「この東京で何が起こっているのか……東京伝説の真相は何なのか。私たち三輪教が知っていることを、すべてお話いたします」
 令司は協力を承諾した。
「本郷大斗会について、もう少し伺いたいところだが」
 令司がデュエリスト伝説に出会った最初の決闘は、東大生同士の戦いだった。
 本郷大斗会は、弥生門(工学部)と石門(経済学部)の東大総長選にまつわる代理戦争である。
 弥生門と石門(PM門)は対等の権力を持っている。赤門の法学部と鉄門の医学部とともに総長選挙の常連で、一目置かれていた。
「日々この都で、世人の知らぬところで決闘が行われている……。銃刀法も決闘罪も、東京決闘管理委員会が定めた法の抜け道があるからです。私たちの決闘も、その一環です」
「うん、それは俺たちも調査済だ」
「そうですか」
「決闘管理委員会って、一体何者なんだ?」
「東京決闘管理委員会は、天津神系。彼らは戦後に生き残った国家神道の名残なんです」
「――君らも?」
「いいえ、我々は国津神――。むろん、現在の神社本庁は国家神道ではありません。それは、東京地下大神宮に継承されています」
「念のため聞くが、与党と野党のような政治の話―――じゃないんだよな?」
 すると彌千香はゆっくり首を振った。
「政治の世界は表向きの話。表の東京と裏の東京は、お互いに密接に絡み合っています。これから語ることは、裏の世界の話です。真っ当な東大生の鷹城君が知らなかったとしても無理はない――。普通は、誰もが近代社会が成立し、戦後の日本が民主主義の社会だと信じている。でもそれは表面上のことにすぎない。東京は、未だ封建社会の中にある、といったら、鷹城君はどう思う?」
 信じられないような言葉が、彌千香の口から次々と飛び出した。
 令司は異論を唱えようとしたが、とうに自信を喪失していた。海老川の閨閥華族の話も、純子の階級社会の話も聞いている。
「中央集権は周知の事実だが……」
 港区でガンドッグに追い詰められていたところを助け出された令司に、反論材料は残されていない。彌千香が語る内容に、東京にどんな真実が隠れていても驚くには値しない。
 十連歌の純子たちの「エンパワーメント祭」や、秋葉武麗奴の光宗丁子、松下村塾大学鬼兵隊の久世リカ子が語ったことはそこからの脱却である。
「つまり大斗会は神事なのよ。国家神道の」
「で、その結果、三輪教が総長選に勝利した、と――」
「はい。東大はもはや我々のものです。鉄門や赤門―――上級都民の時代は間もなく終わります」
「そうか、工学部は、PM先端研究所を足掛かりに、三輪教が乗っ取ったんだな」
「乗っ取る……そんなんじゃありません。―――教化です」
 この前の本郷の戦いは、まさに東大乗っ取りだった。大斗会で三輪彌千香が勝利した後、PM先端研は潤沢な予算を得て、表立ったPMの研究を開始した。もう東大の中で、その勢いを止められるグループはいない。
 あれ以来、令司は第二工学部に近寄れなかった。資材もどんどん運び込まれ、戦中以来の極秘研究が本格的に再開されている。本郷はすでに、三輪教の支配下に置かれつつあった。駒場は、依然として海老川女王が支配しているが。
「本郷の時、海老川自身はなぜ、決闘に参戦しなかったんだ?」
「彼女にとって、総長選はどうでもよかったんです。総長は東大の真の権力者ではない――それが彼女の認識です。上級都民には、彼ら内部での序列が最初から決まっている。海老川さんの地位は最上の最上です。学生も教授陣も総長さえも関係ない。その支配を安泰なものに保つため、中流と下流を争わせて、どっちかをつぶさせる。――いわば、それが本郷での決闘でした。で、ガンドッグは負けた十連歌のリサイクル工場を捜査する正当な理由を見つけたという訳です。それまでは、大斗会に使用するための武器製造の名目で、決闘管理委員会が黙認していました。上流たちは、中流と下流が団結するのをもっとも恐れるのです」
「大斗会を許可して、分断を図った、と?」
 これが彼らの高等戦術。策略家だ。
「はい、その通りです。しょせんは下々が争っている、ということでしょうね。いくら決闘しても、自分たちのところまでは決して上がってこれない、そう彼らは信じている……。トーナメント制の大斗会で人狼同士のつぶしあいをさせて、最後に残った者を叩きのめせばよい。それが彼らの流儀です。でも私たちは負けません。上級都民の時代は間もなく終わります。次の大斗会でね」
 こんなダックスフンド・リムジンに乗っている時点で、彌千香も十分上級都民だと、令司には思えて仕方がないのだが。
「三輪教と帝国は結託しているって、小夜王純子が言ってたぞ。藪も」
「結託? いいえ、紳士協定のことじゃないですか? ともに大きな力を持つ故、お互いにルールを作ってその領分を犯さないようにしてます。でなければ即、内戦に突入している」
「フォーラムで、海老川自身が参戦した理由は?」
「あなたを手に入れるためです。私があなたと一緒に本郷地下へ行った時のこと、学生自治会は私たちがPM塊を手にして、変容に成功するかどうかを見守っていた」
「そうか。あの時、銭形花音が突然現れた―――!」
 リモート・ビューイングでだろう。
「はい。でも私たちは成功した。そこで彼らに焦りが生じた。これ以上、上級都民の領域に入り込んではならない――ということを、示したかったんでしょう。そこに鷹城君の存在があった。海老川さんはあなたを手に入れようとし始めました。でも海老川さんは久世さんに負け、いったん手放さなければならなかった。しかし彼女はまだ、あなたを諦めていません。さっきはガンドッグが不法侵入で鷹城君を捕まえに来ました。今後、ガンドッグはどこまでも追ってきます」
 東京スミドラシルの戦いでも、リカ子と花音、どちらかが死ぬことはなかった。それで再び、海老川が地球フォーラムに登場したという訳だ。
「でももう安心です……。三ノ輪は我々の土地です。いろいろなところから情報が入ります。私の予知能力だけじゃありません。この町で起こることはすべて報告が入ります」
 彌千香はニコッと笑って、恥ずかしそうに顔をそらした。
 後方に、ずっと新番組の五百旗頭の車が追ってきていたが、彌千香が言った通り、三輪教の総本部が見えてくると引き返した。
 三輪教は意外にも、キョウコに対する盾になってくれるのかもしれない。

三輪教総本部

 東京ドーム四個分という広大な敷地に、東京三輪教の大神殿がドンとそびえ建っていた。
 優に、明治神宮を三倍以上に巨大化させたようなスケール。建築様式は伝統的な神社とさほど変わりないが、その威容は高天原の神殿にも相当するかというような神々しさが感じられる。
 これが、全国に一千万の信徒を擁する日本一の大教団だ。上級都民の海老川とは違った意味で、恐ろしい。
 しばらくその、体育館のようなだだっ広い畳部屋に一人で待たされたが、再び彌千香が出迎えた。令司が白いチャイナドレスだと思っていたものは、ベトナムの民族衣装アオザイらしい。他の神職たちは、よくみる宮司のような恰好をしていた。彌千香の格好は、特に三輪教の盛装という訳でもなさそうだ。
「ここなら、東京地検の機動隊すら入ってこれません―――」
 それが、東京帝国と三輪教が交わした協定(ルール)なのだろう。
 彌千香は、改めて三輪教の新教主だと自己紹介した。
「海老川さんとは違って、彼らは決闘に勝利した我々を恐れていますから」
 彌千香は微笑んだ。
 三輪教は他の大教団と異なり、独自の政党を持っていない。その代わりに主要政党にかなりの三輪教信徒がいた。
「他にも何か知っているのか、東京伝説について」
「はい。開かずの戸についての情報も」
 「開かずの戸」に関する伝説は、都内に幾つもある。その一つが、閉鎖された本郷の地下第二工学部であり、また令司の父・柴咲教授のマンションもそうなのかもしれない。
「開かずの戸には、巨大な力が封印されている。鍵穴古墳と呼ばれる前方後円墳も、その中に秘密が隠されています」
「『耀―AKARU―』の、漫画のようにか?」
「……えぇ、まぁそうですネ」
 藪によると、あの「予言アニメ」の原作には、「ミヤマ教」という超能力宗教が出てくる。三輪教も、東京の何かを狙っているのだろうか。
「今日は、東京の第三の開かずの戸をお見せしましょう」
 二人は拝殿から本殿へ伸びた廊下を進み、さらにその奥の院の巨大な扉の前まで進んだ。令司は、上野の美術館にあるダンテの地獄門をくぐるような気分で、その巨大門を観た。
 かの「開かずの戸」の伝説には、この三輪教も関係しているという説もある。それが、この場所である可能性は高い。
 木製の巨大が扉が開かれる。
 令司は眼を疑った。
 体育館ほどもある巨大な部屋の中に、御神体・仏像・仏具の類が無数に並んでいた。神仏・宗派問わず、まるで博物館のようだ。

廃仏毀釈戦争 ~聖杯をめぐる戦い~

「徳川埋蔵金伝説のこと、どこまでご存じですか?」
 黄色い間接照明に、三輪彌千香の横顔が浮かび上がっている。
「まだ調べてない。詳しいことは―――何も分からない」
「実は、明治時代の廃仏毀釈と関係するんです。焚書坑儒、文化大革命、ナチス・ドイツの焚書、中東の石仏破壊、戦後、GHQによって歴史・思想書が七千冊焚書されました。そして日本での空前絶後の文化浄化、廃仏毀釈。ハイネは言いました。『本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる』」
「廃仏毀釈も、あまりよくは知らないんだが」
「なにせ、歴史の教科書でもほんの数行の扱いですし。明治政府の功績ばかりが語られ、真相は意図的に隠されてきました。その時、大量のご本尊や神器が破壊されてしまったんです」
 それから、彌千香は恐るべき話を始めた。
「現在の東京の支配構造は、明治維新にさかのぼります。その時、近代化と平行して国家神道が作られ、神仏習合から仏教を切り離すため、寺院は徹底的な弾圧を受けたんです。いっぽうで神社合祀政策によって、多くの神社が消え、ご神木が切り倒されてしまいました。何千年と保たれてきた霊的伝統がそこでばっさりと寸断されてしまったんです。そのことを、南方熊楠が批判しています。神道は宗教ではないとされ、国家神道という非宗教の唯物的一神教システムが誕生しました」
 明治元年、「神仏分離令」が発令された。それ以後、過激な廃仏毀釈運動が全国に燃え広がった。
「あれは神道とは似て非なる、疑似一神教です。たとえるなら酒饅頭がマロングラッセになったくらい違います」
「……」
 それまで日本は伝統的に神仏習合文化の国で、「多様性」を受容してきた。それが近代化と共に全否定され、明治政府の意図を超えて中国の文化大革命に匹敵する文化破壊が行われた。
 薩摩藩では、およそ千箇所あった寺院が全て消えてなくなった。
 奈良の興福寺では実に二千体もの仏像が破壊され、現在の奈良ホテルや奈良公園の敷地に代わっている。
 僧侶は神官にさせられたり、還俗を強制された。
 経典は包装紙に、五重塔はたったの二十五円でたたき売りされたらしい。四大寺の一つだった内山永久寺は、徹底的な破壊の末、この世から消え去った。
「鎌倉にある鶴岡八幡宮は、元は鶴岡八幡宮寺というお寺でした。寺から神社に生まれ変わった典型例です」
 彰義隊の上野戦争の舞台となった上野の寛永寺は、天台宗の関東における総本山だったが、その後神仏分離令と共に規模縮小され、上野公園や美術館の敷地に代わっている。
「破壊はお寺にとどまりません。神社合祀令によって一九一四年までに、それまで二十万社あった神社の七万社が取り壊されました。中でも国家神道によって異教とされた超古代文明の聖地の破壊は、凄惨を極めています。古代日本のピラミッド、葦嶽山の山頂の磐座は、軍によって破壊され、隣の鬼叫山の磐座祭祀場も破壊されて、現在は神武岩だけが残されています―――」
「日本のピラミッド?」
「はい。そこから出てきたものを三輪教は回収しました」
 破壊はキリシタンに対しても行われた。
 江戸末期に長崎で行われたキリシタン弾圧を、明治政府が引き継いだのだ。明治政府は、三千人のキリシタンをおよそ六年に渡って弾圧した。その後西欧諸国の圧力によって止めたが、国家神道にとってキリスト教は、天皇の一神教に不要なものとされたのである。
「―――本当なのか? 初めて聞いたぞ」
「これが、全て明治政府の元に行われたことなんです。歴史小説や大河ドラマでも決して取り上げられることがありません。日本近代の黒歴史です―――」
 近代化の美名のもとに。
「―――三輪教も弾圧されたんだよな」
「えぇ……三輪教は憲兵による弾圧の後、社会から岩戸隠れしなければなりませんでした。大本教は、お立て直しの終末思想を唱えて特高警察に弾圧されました。それは、大戦の予言でした。天理教、大本教など教派神道は、軒並み弾圧され、その一派の三輪教も弾圧を受けました。まれにみる大弾圧でした」
「これが……みんな」
「ここにあるものは、廃仏毀釈、神社合祀令によって全国の神社仏閣が弾圧を受けた際、我々古神道教団のネットワークが一斉に避難させたものです。守ったのはフェロノサだけではない。三輪教はその指揮を執って破壊された神社の宝物を守り、学者たちと共に論陣を張ったんです。そのせいもあって為政者に睨まれ、壮絶な弾圧と戦いました。竹内文献で知られる皇祖皇太神宮は、神宝四千点が失われたといわれていますが、その多くがここに集められています」
 三輪教は、古神道科学の神祇の継承者だ。この奥の院が秘儀の中心となっている。大本教と同じく終末予言を語り、特高警察の弾圧を受けた。しかし、時の権力・国家神道と戦い、辛くも勝利した。
 こうして三輪教は、神器の回収と保護に成功した。
「三輪教は戦中に隠密行動をしながら、戦後、教線を伸ばしたんです。東京帝国側に、神仏分離はやりすぎという反省があったのかもしれません。戦後、三輪教団が日本一の教団に膨れ上がったのは、帝国との暗黙のルールがあったからです」
 三輪教は古神道ネットワークのミッションを背負い、戦後の布教活動でお立て直しを神命として、一千万信徒を数える大教団に成長した。あの大弾圧があったからこそ、今日の三輪教はある。
「帝国との取り決めは、そこから始まるのか?」
「そうです」
 帝国は失った神宝を、三輪教から取り戻したいのだろう。
 仏像も、数多く置かれていた。彌千香は愛染明王の眉間を示した。
「これが第三の眼です」
 敵のリモート・ビューアー・銭形花音の能力を示すもの。あの前髪の中には、サード・アイが隠されているのかもしれない。
「神道系の三輪教が、なぜ仏教を?」
「日本は神仏習合文化です。廃仏毀釈で破壊されたのはお寺だけではなく、精神文明そのものです。人工一神教の国家神道は、それを破壊したかった。本当は神仏儒道教、それに景教も古代ユダヤ教も入っているのが――、日本のあるべき精神文化だったんです。八百万の神々のまします日本では、多様性が当たり前の社会でした」
 知られざる近代の歴史に暗躍した、古神道教団たち。その黒幕というべき存在が、三輪教だった。

「三輪教の教義について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「三輪教は、天津・国津・外津神が一つとなった宗教多元主義を掲げた教えです。すべての宗教は万教帰一。かつて、太古日本はムー大陸を中心地として、世界を統治していました。我々は『竹内文書』・『ホツマツタエ』・カタカムナ文献や、その他の異端古文書類、古代秘教文献の世界観を有しています。世間には公表していない秘教文献も多数所有しています。廃仏毀釈から守る戦いの果てに、三輪教はある宝を発見しました」
「それは?」
「聖杯です。わが国では、それは神器と呼ばれている」
 その言葉に令司はギョッとした。マックス先輩に続いて、聖杯という言葉を聞いたからだ。
 聖杯伝説。
 王が病み、国が危機に陥ると、聖杯の騎士が聖杯探しの旅に出た。騎士は数々の試練を乗り越え、聖杯城で聖杯を入手して帰国した。すると王はたちまち回復し、国は救われた。これが伝説のあらましだ。
「つまり三種の神器のことか?」
 歴史上、「平家物語」の壇ノ浦で、三種の神器を奪い合った――その世界観だ。長禄の変でも、神璽が持ち去られている。
「はい。日本におけるトリニティー(三位一体)です。うちの教団はそれに関係した秘教文献を所有したことで、神器のオリジナルに関する情報を得るに至りました。本物の三種の神器は、ヒヒイロカネで作られています」
 それは埋蔵金なんかより、はるかに重大なものだった。
 オリハルコン・ヒヒイロカネ・アボイダカラなどの伝説の金属。
 一説にはムー帝国に存在し、古代の日本へと渡ってきたヒヒイロカネは、三種の神器のオリジナルに使用されたという。西洋では、オリハルコンと呼ばれるものは同種の赤みを帯びた金属である。
「ヒヒイロカネは、緋色をした金属です。銅に似ていますが、決して錆びることがありません。精錬すればプラチナより硬くなり、他の金属をも裁断します。そしてその最も偉大な性質は、持つ者の精神に感応するということ――」
「PMか」
「そう、最高カーストのPM5です。現在は失われた金属です」
 彌千香は、ひときわ赤く輝くつぶれた金属を指示した。
「西洋の聖杯も、やっぱりPM5なのか?」
「もちろん。世界中の聖剣伝説、聖なる宝物。それらの話はPMの実在を示しています。アーサー王だけが抜くことができたエクスカリバーは、何で出来てるか。剣は英雄を選ぶ。それが、人間とPMの関係だからです。かつてムー人、アトランティス人が使っていたオリハルコンは、ロストテクノロジーです。古文書を紐解いて、分かっているのは、人類はかつて日常的にPMを使い、建築資材も宙に浮かせて、ピラミッドやマチュピチュを作っていた。けど、ある時からその能力を失った。今では、ごくわずかな超能力者だけが使える」
「日本人にそれが多いっていうのは?」
「日本人の場合はムーの直径子孫で、DNAがヒヒイロカネとつながっているからでしょうね。ケルト人も、アトランティス人の血を引いているとか」
「それが、アーサー王伝説か」
 PMに人種は無関係。だが日本では三種の神器を頂点とし、PMと日本人の大和魂の関係が長年培われてきた。
「PMは三種の神器を頂点とし、エネルギーのカーストが作られている。神器は形代・形代・形代で、コピーが製造されて日本中に広がり、エネルギーピラミッドの磁場が形成された」
「だから大和民族の――大和魂なのか?」
「そうです。他の国、他の民族にはそれぞれ聖なるPMの伝説が存在する。けど、日本ほど研究されてこなかったがゆえ、失われたのよ」
 彌千香は、目の前を見渡した。選民思想とは少し違う。
「廃仏毀釈は、実は明治政府が仕掛けた、失われた三種の神器のオリジナルを探すための壮大な戦争だったんです。情報は徹底的に隠ぺいされ、事実は矮小化されましたが」
「その結果が、この御神体や仏像って訳か――」
「はい。今日、私たちは東京の大斗会を通して、失われたPM5、三種の神器を求めて争っている。それを手にしたものが、この国の未来をつかさどるから……。徳川埋蔵金伝説とは、形を変えた廃仏毀釈の神宝・秘仏類のことで、日本の聖杯伝説なんです」
 岩戸開き、ヤマタノオロチの伝説から始まり、戦国時代も幕末でも、戦時中も神器をめぐる戦いは続き、神代から一貫してこの国では天下統一の秩序形成のために神器争奪戦が争われてきた。
 大斗会、ガンドッグ、すべてが三種の神器の行方に集約される。彌千香によると神器と呼ばれる伝説上のPMは、この三種を含めて八つあるという。
 大斗会は、日本の聖杯探しの戦い。一つでも手に入ると天下を手に入れることができると言われ、神器を奪い合う戦いが東京で起こっていた。
 大斗会に勝利したことで、三輪教は令司への接近を認められ、二人で本郷地下の第二工学部の開かずの扉を開いたのだ。
 彌千香の言によって、山の手と下町で行われている戦争の真実の一端が見えてきた。
「私たちが手に入れたPM塊(かい)は、二十年前の大斗会の際に失われた、オリジナルの神鏡・八咫の鏡の成れの果てです。あの日、手に入れたことで東京華族は一切三輪教に手を出せなくなったのです。鷹城君の力によって神鏡の残骸を手に入れ、ヒヒイロカネのテクノロジーを手にした私たちは、PMの研究を進めました。竹内文書もオリジナルは公開されていません。私たちがここで災禍から守っています。それ以外に、三輪教のみが持つ秘伝の古文書もあります。全て超古代の神道的科学に関係した文献です。三輪教に、唯一その研究が継承されているんです」
 そういって、彌千香は胸を張った。自負心が感じられる。
 ヒヒイロノカネに関する研究や情報は、今日のPMの研究発展の情報源となった。大戦中には、ひそかに軍事転用が研究されたらしい。
「やはりそうか。PM研究所は最初からすべて三輪教関係者だったんだな」
 上級都民の巣窟である東都帝大とは共同で研究所を運営し、決して三輪教の独占ではないと彌千香は言った。
「柴咲教授と三輪教は、ある密約を交わしました」
「密約とは?」
「お互いの情報の共有です。我々には、彼の才能と独自研究が必要でした。三輪教と出会ったことで柴咲博士は、PMに研究をささげると同時に、草薙ノ剣のオリジナルを持つに至ったのです」

武装教団

 彌千香は神器の一つを手に取った。
 それは、令司の目の前でみるみるメタモルフォーゼし、真っ黒い剣身の刀へと変化した。より正確には、ガンメタリックの剣だった。
「これがPM刀です。宇宙で最強硬度の金属タングステンのPM2。PM隗を研究して、PM2への磁化に成功しました」
 彌千香はガンメタルカラーの剣を令司に渡した。
「我々はタングステンを使用します。雷を発生させ、スタンガンにもなる。別名、ウォルフラム」
「ウォルフ……狼?」
「はい」
「あの時の剣と、違うな」
「純子さんと本郷で戦った時の刀は、アメノハバキリと言います。PM地下研究所で、鷹城君と一緒にヤマタノオロチと戦った時までは、まだPM1でした。PMカーストトップ3は、PM3の金、PM4のプラチナ、それらのPM磁化が済んだものです」
「それで、海老川グループは白金に?」
「えぇ。プラチナ(白金)は、上級都民たちが使うPMなんです。そして最上は、PM5のヒヒイロカネ(オリハルコン)、アボイダカラ、アダマンタイトの三つです。三種の神器は、金、白金を上回るPM5のヒヒイロカネです。現在は失われ、マルチアークで精錬された超合金。完全な再現は不可能です……」

PM兵器の金属の性質と力関係

五金 和名 五行 色 上位相互

鉛  青金 木  青 アボイダカラ
銅  赤金 火  赤 ヒヒイロカネ
金  黄金 土  黄 金
銀  白金 金  白 白金
鉄  黒金 水  黒 タングステン

 令司は真っ黒い刀の鈍い輝きをみつめた。
 壁に目をやると、黒光りする剣がズラリと並んでいる。
「これは一体――何のための武装なんだ?」
 先の第二工学部の地下廃墟で、令司との力の合流によって、彌千香は形を変えた神鏡を手に入れた。それを使って形代生産が可能になり、PM兵器の量産化が始まった。令司は結果として利用されたのだった。
 秋葉武麗奴や十連歌もそうだ。松下村塾大学鬼兵隊も、みんな令司を利用する。
「非合法では?」
「現時点でも、合法です。普段は刀の形をしていませんから。ただの六角棒です」
「なるほど」
 銃刀法やそのほかの法の抜け道を知り、PMや超能力など法で裁けない領域に棲む彼らは、十連歌や鬼兵隊と全く同質だ。
(核兵器の時代に日本刀なんか、いったい何の役に立つ?)
「いいえ。……令司さん、PMなら核兵器にも勝てます」
 令司はハッとした。今、心を読まれた。
「嘘だろ」
「本当ですよ。核兵器の部品は全て普通の金属です。だから、PMの支配下に置かれる。大本営は東京に落ちた第三の原爆に気づいていたのに、無視したっていう東京伝説をご存じですか」
「――知ってる」
「それは不発でした。松島地下大本営以外にも、東京に核シェルターの存在がありました」
「それは……今?」
「巨大都市になっている」
「本当にあるのか、金座って」
「あります」
 またしても、東京伝説の予感。一段とスケールが大きい。
「PM力とは、PMを依り代とした霊力です。PMは人間の超能力を何千倍、何万倍にも増幅します。だから一個師団に匹敵する圧倒的パワーが出るのです。それ自体が、超能力を持った生物ですから」
 一個師団は一万~二万人の大軍だ。
「生物だって?」
「……金属生命。PMを理解するにはまず、金属――鉱物には魂が宿っていて……ここが、現在の科学者には理解できないところです。だから本人のDNAが必要で、本人に感応するんです。PMを使えば、たとえば大戦時の失われた遺骨だって発見することだってできる。PM刀には、銃でも爆弾でも勝てません。こと白兵戦において、これ以上の兵器はこの世に存在しないのです」
 そういう理屈だ。この世の物質のすべてのカーストの頂点に立ち、物理法則を支配するのがサイキック・メタル(精神感応金属)だからだ。
「戦時中、竹やりで戦闘機と戦おうとしたという都市伝説がありますよね。けど、PM力を帯びた竹やりだったら、UFO相手でも余裕です」
「ホントなのか?」
「『竹取物語』では、月から来たUFOを矢で落とそうとするシーンがあります。でもPM製の矢じりなら、UFOを撃ち落とせたんです。本当にそうなる」
「信じられんな」
「向こう(UFO)もPMに決まってますが、どっちのPMのカーストが上かって問題なんですよ」
「……」
「東京で、大きな戦いが待っている。私たちは、それに備えないといけない」
「やはり君らは東京の山の手と、戦さしようとしているのか!」
「いずれ、近いうちに荒神の時代が来る。時代の変革期に、昔から続いてきた事です。神代の天津神と国津神の戦争に遡ります。我々の力を彼らが恐れて、上級都民による廃仏毀釈のような、なりふり構わぬ内戦が起こったら、もう黙っていられません。その時のために、こっちも備えなくてはいけない」
「本気でヤルつもりなんだな?」
 三輪教は、限定内戦法に備えている。令司はそう直観した。
「はい。私たちから内戦を仕掛けるわけではない。ですが、それが始まったらやるしかない。宗教弾圧に対抗して比叡や高野も武装し、信長に抵抗しましたし、一向一揆はさらに苛烈でした。歴史上、不思議なことではありません」
「キリシタンでは島原の乱も?」
「そうです――」
「だが彼らは最終的に敗北した」
「えぇ……彼らは隠れキリシタンや隠れ念仏になって生き延びた。為政者たちも、人間の精神までは支配することはできませんのでね。我々もまた同じ。戦後に形を変えた東京帝国と国家神道、彼らはいつ牙を剥いてくるか分からない。だから私たちは戦う」
 今の時代に、国家権力に対する武力蜂起など決して許されるはずがない。だがそれは限定内戦法下なら、許される――。
「これ以上の戦いを……都民だって望んではいないはずだ」
「そう、でもあなたはずいぶんご覧になったはず……。決闘の一番の目撃者だった。戦いは起こるか起こらないかではない。必ず起こると予言されています。もしまた歴史が繰り返されたら、こちらも備えなくてはいけない。そのときに……今度こそ為政者の暴政に勝たなければなりません」
 彌千香なりに、この東京の山の手と下町の戦争に何かを感じているのだ。問題は、そんな彼らが上級と下町のどちらのグループに属するかが分からないということだが。
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