第43話 新宿帝都への招待状

文字数 2,926文字



二〇二五年八月十三日 水曜日

「何ですかその顔。あたしの顔に何か着いてます?」
 東京でたった二人だけが生き残った。
「外傷が何処にもないみたいだ。君は――生きてたのか? いや、なんで無事だったんだ?」
「忘れたんですか? 前もそうだったじゃないですか。私はすぐ傷が治ってしまうんです」
 マスカレード・レイヴ中のVR大斗会の決闘で、渋谷鹿鳴館は炎に包まれ、勝負は中止になった。令司は、炎の中で東山京子を見失った。しかし京子は目の前に座っている。
「あの後何があったか、教えてくれないか?」
「はい――勝ったんです。ロック鳴館の戦いに、あたし勝ったんです! だから令司さんのところに荒木さんの原稿が無事渡ったんです。私が決闘に勝利した結果として」
 京子は満面の笑顔で答えた。
 マスカレードの戦いを、京子はなんとか乗り切った。確かに、令司は無事資料を受け取っている。
「荒木影子部長が?」
「いいえ。たぶん……この社会の見えざる手が働いて……」
 海老川の言い草と同じだ。
「部長は死んだのか?」
「はい」
 京子は、殺人を犯した。
「殺してしまったんだな」
「――はい!」
 令司の本の執筆のためにキョウコのフリをした京子は、渋谷鹿鳴館で開催したマスカレード・レイヴ・曜変天目ナイトで資料を持つ荒木影子を殺した。彼女自身の身を守るには仕方がなかった。
「ガンドッグは必ずやってくる。俺たち、狙われるぞ。君を狙っているのは、花音や海老川ばかりじゃない。東京中が襲ってくるぞ。荒木部長の所属した松下村塾大の鬼兵隊だって、黙っちゃいない」
「そう……ですね。私たち人狼ですから。きっと殺されるでしょうね。だったら私たち東京の最後の人狼として、上級都民を食ってやりましょう。太った豚を人狼が食い殺してやりましょう」
 京子は泣いた。小夜王純子も言ったセリフだ。
「あぁ……そうだな」
 令司は抱きしめた。
「決闘はきっと――これからも続いていくんです。私たちが生き残るためには、すべての法制度を超える『大斗会』しかありません。令司さんも、これから決闘を申し込まれることがあるかも。いざ敵に決闘を仕掛けられても、その時は逃げずに戦ってくださいね。令司さん、本当は強いんですから」
「……」
 令司は京子の瞳をじっと見た。
「私、怖い! ホントは怖くて仕方ない。自分の中で、キョウコが浸食してくるみたい。キョウコは一人じゃない。私、キョウコになりすましてるうちに、なんだか自分でも信じられないくらい、本当のキョウコになったみたい。前にもそういう人がいたんじゃないかしら。記憶が飛ぶんです」
 多重人格か。それとも、もともと京子はキョウコだったのか。令司の頭の中に謎が広がっていく。
 東京伝説のキョウコのコスプレはしちゃいけなかったんだ。
「京子……愛してる」
 ガンドッグに追われても、もう二人でこの罪を背負って生きていこう。俺は京子と二人で寄り添って生き抜いてみせる。そう決心した。
「あたしもです」
 風が、二人の足元を通り抜けていく。
「本は……?」
「もうちょっとで完成だ。君が戦って勝ち取った原稿のおかげで」
「でもよかった。令司さん、本完成させようと必死で頑張ってくれている……元気が出ます。本が完成したら、いよいよ作家デビューですね!」
 もう現実ではなくなった出版の件を伝えると、彼女はニコリとして嬉しそうだった。喜んで応援すると言ってくれる彼女に、いとおしさを感じる。
 けれど少し引っかかる。しかしメールをくれたのは、まさに令司が原稿を完成させつつあった瞬間だった。まるで監視されているみたいな気分に浸る。
「けれどキョウコ伝説だけはまだ完成してない。おそらく、本人に直接会うまでは」
 令司は長い黒髪の少女をじっと見つめた。
「ですから私はキョウコではありませんよ」
「だったら東京伝説のキョウコには、どこに行けば会えるっていうんだ? 東京といったって広い」
 令司はかまをかけてみる。
 京子はいきなり立ち上がった。
「この一週間、私、新宿に行ってたんです。私、帝都新宿、東京伝説のブラックホールでついに見つけました!! キョウコが存在する証拠をです!!」
「京子……これ以上のめりこんじゃいけない」
「もう一度新宿を取材してください。もう少しで真相が」
「もうやめるんだ。これまでで十分だ」
「いいえ、私も行きますから。今日のことは約束されてたんですよ。あの二十年前の八月十五日、東京中に八つの魔星が飛び上がった日から。あなたも、小夜王純子も、三輪彌千香も、久世リカ子も、光宗丁子も忠臣蔵の労働組合もみんな、その魔星が転生した姿なんです。すべての東京伝説は新宿へつながっている。消えてしまった東京伝説研究会のメンバーの代わりに、私が令司さんをアシストします!」
 京子はますます東京伝説にのめり込んで、もう、令司のいう事にさえ、聞く耳を持たない。
「令司さん、私、これから新宿に戻って東京の最後の秘密を暴きに行きます」
「だが危険すぎる、あそこへ戻るのは」
 やはり東京伝説の少女とは、彼女の事なのでは? まだ自分に言っていないことがある気がした。
「だからです」
「もし君まで消えてしまったら?」
「その時は私を踏み越えて進んでください」
「京子、君は一体何者なんだ? 君はどこまでホントの事を知っている? 君はいろいろなところに出入りしていたんじゃないのか? 君は父のマンションに出入りして、自分の写真を八犬伝の本の中に忍ばせたりしてないか?」
 令司は、京子に疑問をぶつけたが、そんな証拠はどこにもない。
 もしも京子がキョウコなら、消えた連中も、みんな京子が殺したのかもしれない。吾妻教授も影子部長も、きっとキョウコに消されただろうから。
 渋谷事変のあと、京子は上級都民どもの手先として、反乱分子を暗殺しているのではないか、という令司の疑いはエスカレートしている。
「八月十五日早朝、新宿の都庁前に来てください。そこへ来れば全てが分かる。そこで、夜明けと共に彼女に会える―――」
「終戦記念日か。しかし、その日は―――俺たちはもう新宿には絶対、行けないはずだ。その日は、自衛隊が副都心を包囲している。新宿は不発のガス弾の撤去で無人に―――」
 令司ははたと気付いた。
 新宿が無人化する。そこにキョウコが出現すると京子は言った。
「えぇ、そうです。だから『キョウコ』とこの東京の秘密は繋がっているといんです」
「やはり君は―――」
「キョウコに会えば、本人の口から答えてくれます。彼女から直接聞いてください。それじゃ令司さん、ハブ・ア・ナイスデイ!」
「ま、待て――」
「令司さん、サイコ・マグネティック・フォースと共にあらんことを――!」
 そう言い残して京子はまた新宿へと旅立った。再度、京子は令司の手をすり抜けて。
 行かないでくれ……二人で東京を離れるんだ。これ以上罪を重ねてはいけない。行くな京子!

二〇二五年八月十五日金曜日、夜明け前

 唯一の京子の手がかりを捜し求めて、令司は彼女が東京帝国の秘密を探しに行くといった帝都・新宿へと向かった。
 京子が本当に新宿に向かったのかは分からない。だがそこに何かがある気がしてならない……。
 決戦の、金曜日に―――。
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