第34話 三輪大斗会 神変 彌千香対キョウコ

文字数 6,586文字

火星の死

 人間はいつか星になる。
 でも、空に赤く輝く火星は死んだ星。
 戦いの果てに、赤く燃えて死んだの。
 そう、ヒトの戦いはいつまでも続く。
 たとえ星になろうとも、
 太陽系になろうとも、
 銀河系になろうとも――。

二〇二五年七月十五日 火曜日 深夜

 東大の地下にある第二工学部から、三輪教総本部に運び込んだPM塊。
 乗っ取った工学部のPM研の研究開発といい、なぜ海老川や銭形花音は三輪教を恐れているのか、令司はその一端が分かったような気がした。
 三輪教がこんなに力を持っているのも、神器の一つを持っているからだ。
「俺が東大に入学したのも、東伝会に入ったのも、何もかも俺の人生は導かれている気がする。きっと父に……」
 令司は、神剣を入手した柴咲教授の子である。
 令司自身、あのマンションの部屋を訪問し、自分自身がこの大きな流れの中に位置していたと証明付けた矢先だった。
「もちろんそうですよ。今日、ここへ来たのもネ――」
 PMは大戦中から、東大第二工学部治金学科で研究されてきた。鷹城の父はかつて、三輪教の秘儀に触れ、完全なるPMたる草薙の剣を完成させた。
「かつての国家神道においても、政府が持っているのは形代、すなわちレプリカです」
 草薙の剣は熱田神宮に、神鏡は伊勢神宮に、八尺瓊勾玉は皇室にあるとされるが、確かにオリジナルの保証はない。
「それで、父の持っていた草薙の剣はどこに?」
「安全な場所に隠されているのです」
「開かずの戸に?」
「はい、この東京の開かずの戸に封印されています。天叢雲救国剣(あめのむらくにすくいのけん)。通称、救国剣(きゅうこくけん)。教授亡き後、東京のどこかに隠されています。ずっと、みんなが探しています。必死に、どの勢力も、それを狙っている」
「玉は?」
「最後の一つ、八尺瓊勾玉は東京華族が持っています」
 三種の神器は、この世の支配者の証だ。それを東京華族は、一つしか所持していない。それが、DJK.キョウコが操るファントムボールだった。
「これまで神器は帝国に一つしかなかったので、大斗会でキョウコは無敵でした。それに対して人狼側は銃やマシンガン、爆弾、刀、ありとあらゆる武器で決闘へ行きましたが、何一つ効かなかった。唯一二十年前、柴咲教授が、草薙の剣で拮抗したのです。けど何かの理由でキョウコが勝ちました。剣は、まだ完成してなかったのかもしれない。今回の大斗会は、八十年間で初めて三種の神器が出てくるかもしれないと噂されています。人狼勢力が勝てるかもしれないのです。その対策で、ガンドッグが創設されたんです」
「……」
「オリジナルは、帝国(東山家)・三輪教・東大本郷地下と別れていた……その三つが一堂に会すると、何が起こるんだ?」
「今宵、当宮司によるPM塊の打ち初め式に参加してください」
 令司には逃げることなど許されない。三輪教が引き継いだ柴咲の研究の核心は、令司が引き継いでいた。
「あなたが肌身離さずお持ちでいらっしゃる古い鍵……あれをもう一度、見せて下さいませんか? 神儀に必要なのです。鍵がないと草薙ノ剣が手に入らないので、どの勢力も鷹城君を引き込みたい。海老川さんも。鍵だけではダメなんです」
 令司のDNAだけがPMカギの暗号となる。令司がアクセスしなければ何の意味もないのだと彌千香は言った。
「いいとも。いろいろな情報を教えてもらった礼はする。ただし、協力するのはこれが最後にしてほしい」
 ついでに、持ち歩いていたマンションの父の資料も渡した。かくまってくれたお礼に。
「分かりました。ありがとうございます」

「錬金術は、古神道でミトロカエシっていいます」
 巨大なアーク炉。またはマルチアークと呼ばれる。この機械を操作するのが鍛冶を担当する宮司たち。
「その使い手とともに、PMに神が下りる。神道では、依り代といいます。そこで、先のPM塊が儀式によって八咫鏡へと変化する――。それは、鷹城君の鍵と力がないと作用しない。私と鷹城君の霊的エネルギーが陰陽の原理で八咫鏡を出現させます」
 古神道の祝詞を上げる彌千香は、入神状態に入った。
「人間の想念は、世界を創造し、破壊する。それだけの力が、物質界に出現するきっかけ、依り代になるのがPMです。――要は、その力をどう使うのか?」
 それは、神の言葉に聴こえた。
「先日の夜空の異変―――原因は分かっていませんが、二十年前と全く同じ現象でした……」
「そうなのか?」
「はい……おそらく、江戸の扉が開いたのです。二十年前の夜空の出来事は東京曜変天目だって言われた。それが再現された――」
 令司は、あれは海老川の脅しだと思っていたが、彌千香は天の啓示と受け止めている。
「曜変天目――」
「これから三種の神器が再び現れる。そして宇宙(あま)の岩戸が開く」
 彌千香は、巫女鈴を手に持ち、ヒラヒラと舞った。たった一つの鈴で、辺り一帯に響き渡ってゆく。やはり、PMか。
「巫女舞で神鏡を受神します。古(いにしえ)のアメノウズメの鎮魂帰神法です。岩戸開きで、天照大神を再びこの地上に取り戻すために―――!」
令司と彌千香の陰陽合一エネルギーは、PM塊に異様な変化をもたらした。
 あの時と同じだ。
 神鏡が輝き始めた!
「あぁ……!!!」
 彌千香はガクガクと身体が揺れ、令司にしがみついてきた。
 令司は、今、神鏡の中に暗い宇宙を観ている。曜変天目のような模様が浮かび上がり、やがて中心に大爆発、神鏡の中に宇宙空間に光り輝く太陽が見え始めた。
 再び舞い始めた三輪彌千香の情熱は、この鍛冶の炎のようだ。
「これが――神鏡」
「はい。宇宙(あま)の岩戸を開く鍵です」
 曜変天目……東山京子のことを思い出した。

彌千香対キョウコ

「キョウコは私の宿敵です」
 令司はギョッとした。彌千香がテレパシストであることを忘れていた。
「やっぱり渋谷で死んでないんだな! 俺が秋葉で目撃したのは、幽霊みたいなARのアバターだったが……生きてるんだな、彼女は」
「不死身なのです。七十年前からの目撃情報、それは生き通しである証拠です。今のキョウコは東京華族の手にあまり、それゆえガンドッグの花音は彼女をも追っています」
「なぜそれを……」
「言ったでしょう? 三輪教には一千万人のネットワークがあると。キョウコは死んではいない。今宵ここへ現れる。私との決闘のために――」
 広大な白い砂地の敷地にかがり火が炊かれ、二人の前には完成した神鏡が置かれている。
「何だって、出したのか、果たし状を!」
「はい――東京地下大神宮へ。キョウコは、天津神系の巫女です。私は国津神の代表として、彼女と決闘します。私が勝ったらキョウコと一切縁を切ってください」
「俺に、縁など……」
 頭に、制服姿の東山京子の顔が浮かんできて、急いで打ち消す。
「あなたの背後に、キョウコの影が見える。あなたはキョウコに取り憑かれている」
「俺に取り憑いているだと―――キョウコが」
 東京伝説の少女は、人間なのか幽霊なのか分からない。光宗丁子も同様のことを言った。丁子は、霊能者ではなくハッカーだったが。
「あなたは、決して、キョウコに近づいてはいけなかったんです。柴咲教授は、キョウコに殺されたのです。二十年前の大斗会で」
「ち、近づくはずが―――ないだろう?」
 東山京子、君はキョウコじゃない。そうだろ。そのはずだ。
「あなたのすぐ近くまでキョウコは近づいてきている。だからわたし、心配なんです」
 彌千香は心を読んだ。
「ここで断ち切らねば、魂を奪われる。柴咲教授の子と、その研究を引き継ぐ私だけが、東京を変えることができるんです。お分かりのはずです。キョウコではなく私と一緒に」
 三輪教は、令司に鍵を出させて最終的に奪おうとしていた。
 いくら見ても古ぼけた鍵に過ぎない。だが、三輪教にとって必要なものだった。開かずの戸を開ける鍵のようだが、柴咲の研究に関する決闘なのだろうか。ひょっとしたら、草薙ノ剣に通じる、第四の扉に―――。
「キョウコは東京華族の回し者。今宵、お祓いをします。もう二度と、彼女が鷹城君の前に現れないように」
 そして、花火大会で令司が京子と二人でいるところを見張っていたと、彌千香は言った。

 雨が降ってきた。
 周りを囲む二十人の教団幹部はピクリとも動かなかった。似ている、久世リカ子の鬼兵隊の軍団に。
「遅刻です。巌流島の、宮本武蔵気取りなのでしょうか」
「本当に来ると思うか? 君は」
「キョウコは、鷹城君を三輪教から取り返そうとするはず。はい、きっとキョウコは神鏡を奪いに来るでしょう。彼女は神出鬼没……。ここにあるのはオリジナルの八咫鏡です。それを知ればキョウコはライバル心を燃やしてくるでしょう」
「キョウコが嫉妬すると思うのか? まさか」
「近づいてくるのが分かる。……感じます」
 カツーン、カツーン、カツーン。
 闇の中に街灯で、髪の長い女の像が浮かび上がってくる。
 ジャリジャリジャリ……。
 ガンドッグさえ入ってこれない場所なのに。東京中、どこにでも現れる。本当に神出鬼没だ。キョウコは、何度も死にかけたはずなのにケロッとして登場した。
「彼女です!」
 彌千香の言う通りだった。俺はキョウコに取りつかれている。
 心霊現象なんて、多くは勘違いや作り話だと思っていた。ただし彌千香の能力は本物だし、キョウコは違う。この目で目撃し、この身で体験した。客観的証拠が残らなくても、自分の中には残る。真実だということが。
 八咫鏡は彌千香の左腕に盾のようにつき、右手でアメノハバキリを構えた。神鏡は、かがり火の光を集めて発光し、まばゆいフラッシュを放った。
「ウッ!」
 キョウコは腕で目を覆った。彌千香は光を収れんさせて、雷レーザーを撃っているのだ。
「――おさがりください!」
 彌千香は神境で、何度も稲妻フラッシュを撃ち放った。
 光の弾が地面をかすめていく。光と刀のコンビネーション。短距離は剣で、中・長距離は鏡の集約稲妻でキョウコを攻撃し、相手を徐々に追い詰めながら彌千香は回り込んだ。
 彌千香は後ろからキョウコを掴んだ。
だが、それは影だった。彌千香は逆にキョウコに回り込まれた。
「ク!!」
 鉄球が巻き起こした渦の粉塵とがれきを、すべて神鏡で跳ね返しながら、彌千香は果敢に突進した。
 ビルを破壊してしまうほどの鉄球の猛攻を避けるたび、神鏡から火花が飛び散っていく。
 神器と神器の戦いだ。
 どんな攻撃も鏡で跳ね返すベクトル変換のPMと、どんなものも回転エネルギーで巻き込む鉄球PMの一騎打ち。
 彌千香の神鏡に跳ね返されるも、キョウコの鉄球の回転エネルギーは最終的に、跳ね返しのエネルギーを45度、45度と繰り返して転換し、ついに本人に戻した。最後、彌千香の鏡は死角から跳ね飛ばされた。
 鉄球をもろに食らって、彌千香の頭部は吹っ飛んだ。首から下だけの彌千香が突っ立っている。
「人狼は帝国との大斗会に負け、日本を大戦になだれ込ませて、国民を失望させた――それが、人狼の罪」
 令司はキョウコの姿をした白い影に向かって、じりじりと歩み寄った。
「キョウコ……」
 彌千香の身体がゆっくり歩き出す。
「そっちへ行かないでください! お願い――獲り殺されてしまう。たとえ海老川さんのお誘いを受けて、東京華族になったとしても、彼らはあなたを守ってはくれません!! キョウコの呪いは強い。その呪いに対抗できるのは、三輪教だけです。私は負けてしまいました……でも守れるのは私だけなんです!」
 頭のない身体はどこかへ消え去っている。
 三輪彌千香は無事だった。
 神鏡は、最後に彌千香の幻像を出現させていたのだ。本物の彌千香は、闇に紛れて退避することができた。
「縁を切るなら今日しかない……あなたは、やっぱりキョウコに取りつかれている。でも、わたしがずっと守ります。安心してください。東大でも、いいえ、東京のどこへでも……」
「俺に……三輪教に入れということか?」
 令司は振り向いた。
「信仰は個人の自覚の問題です。入る必要なんてありません。入会しているかどうかは関係ないのです。同級生の私が――個人的にそうしたいだけです。柴咲教授のご一子に」
「ダメでしょ。あなたは負けたんだから、潔く令司さんを解放なさい」
 キョウコは言った。
 彌千香はうなだれて、沈黙した。
 後ろを振り向くと、キョウコはもういなかった。神鏡も消えていた。キョウコはPM塊の鏡を持ち去ったのだ。だから、彌千香は殺されなかった。
 彌千香は、PM地下研究所の時と全く同じように、激しく体力を消耗していた。決闘で疲れただけではない。PMを使用した霊的儀式でのエネルギー受信による、体力消耗が激しかった。人体のエネルギーはバッテリーに似ている。
 俺はいつかキョウコに殺される……それが、父からの宿命なのだろうか。
 令司が父から引き継いだ運命……自分はこの東京の呪われた戦いの中にどっぷりと浸かっている。東京伝説は一歩足を踏み込んだら、そこは東京の魔窟だ。もう二度と抜け出すことはできない。
 それとも、俺にも戦えというのか?
 どの東京伝説、どの勢力と接してもきな臭かった。戦のにおいがする。東京の戦争なんて、信じたくはない。信じたくはないが……。
「いつか私たちは、あなたを助けに行かなければならない。でも……今は何もできません」
「すまん……頭がいっぱいだ。今日はとにかく帰らせてくれ」
 彌千香はやつれた顔で微笑んだ。
 三輪教教主として、一千万信徒の命運を背負った彼女は、重すぎる責務に、今にも倒れそうだった。
「ううう――……、あああ――――ッッ」
 彌千香は泣き崩れた。
 令司は解放された。
 彌千香が柴咲教授の子として自分にこだわる理由は分かる。けど、本当に自分は何者なのだろう?
 東京伝説のキョウコは恐ろしい化け物だ。けど、彼女は大斗会で人を殺しているわけじゃない。秋葉によると荒木影子部長は生きている。桜田総長だけだろう。あれだってまだ事故の可能性がある……。

「よかった。まだ消されていないな!」
 門を出ると、藪が車の隣に立って待っていた。
「……お前もな」
 ガンドッグの車は見当たらなかった。令司は周囲を慎重に見まわし、車に乗った。
「俺は消えん」
 眠そうな顔で藪は答えながら、車を出した。自動運転だった。
「で、新番組は?」
「泉岳寺以来、全然見てない。今のところは大丈夫だ。しかし、よく三輪教団から無事生還できたもんだぜ!」
「またキョウコが現れたんだ。渋谷の死は偽装だ。秋葉で見たのはARだったのか、そうじゃないのか分からない―――。とにかくキョウコは三輪教で、彌千香と決闘し、勝利した」
「おそらくその結果だろうが―――、朝からどのメディアでも大騒ぎだぜ! 雷神倶メカトロニクスが、ガンドッグの強制捜査を受けている!」
「え? 雷神倶メカトロニクス? あの大企業って、三輪教系だったのか?」
「そうよ! だからガンドッグは俺たちから離れたんだろ、きっと。忙しくてさ。株価も暴落している」
 毎回毎回、引き倒され、それでもみんな必死で抗い、結局ダメで、制圧される。ついには絶叫して果てていく。三輪教もだ。
 彌千香はキョウコに負けた。三輪教はもう令司の盾にはなってくれない。今後も令司はキョウコに付きまとわれる運命なのだ。
「京子にも報告しないと―――あ、松濤のだ」
「あぁ、例の高校生の?」
 藪は怪訝な表情を浮かべた。
「うん」
「――なぁお前を疑うわけじゃないんだが、本当に居るのか? その東山京子って女子高生」
「え?」
「信じないわけじゃないんだが――、あまりに出来すぎている。上級都民の住む松濤に豪邸があって、キョウコと同じ名に同じ貌なんだろう。東山京子って、略して『東京』じゃないか。……お前、本当のこと言ってんだろうな?」
「本当だって!」
「だってお前小説家だろ? 曜変天目ってのがな―――引っかかるんだ。世界にたった三つしかない代物なんだぜ。有名なロストテクノロジーだ。現代作家でも果敢に再現に取り組んでるけど、完璧な再現には至ってない。中国のお土産か何かなら分かるけどよ、千年に一個の茶碗だぞ。どうもでき過ぎな話に聞こえるんだよなー!」
「いや……ホントなんだよ。なら、今度会わせてやる。メンバー全員に」
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