第45話 東京の一番長い日

文字数 5,307文字

二〇二五年八月五日 火曜日十二時

 正午を伝えるサイレンが新宿副都心の摩天楼の渓谷に鳴り響いた。防災サイレンらしいが、令司は空襲警報を想起した。
 令司は円形の正門前に立つ。
 黒檀の祭壇の上に、いつの間にか古びた錠前がポツンと置かれている。
(刀がない。これは……何だ?)
 長いサイレンが終わると同時に、都庁のエレベータの戸が開き、東山京子が歩いてくるのが見えた。その頭上に、シルバースフィアを従えている。
「PM鍵が開ける開かずの戸は、この新宿のどこにある?」
 その中に草薙の剣がある。吾妻教授も新宿で、それを探していたのかもしれない。
「いいえ、あなたが持っている、その鍵を出してご覧なさい。あなたが決闘者であるという証を」
 令司は、京子の手に古びた錠前が握られた。
「そしてこれは、錠前よ。わたしが決闘者である証拠」
 京子は手を差し出し、令司の鍵を渡すようにと催促した。
「これは、柴咲博士から先代の京子がその大斗会の時に手に入れたもの。この鍵は合い鍵を作ってもダメ。錠のPM力と鍵のPM力が完全に一致しないと」
「魔法の扉みたいだ」
「二つを合わせると―――」
 令司はキョウコに鍵を渡した。鍵と錠前は、ぴったりと一致した。
「鍵を錠前に入れることで、決闘成立の儀式となる」
 令司がその通りにすると、鍵は錠前をカチッと開けた。
 その途端、鍵と錠前は輝き、それは目の前で長剣の形にメタモルフォーゼを起こした。
「草薙の剣――なのか」
「そう」
 実際に手にすると、しっくりと馴染んだ。
「これは日本刀仕様だ。伝説上の草薙の剣は、出雲刀と呼ばれるもろ刃の剣だ」
「でもそれは剣の発展系であり、今日、日本刀と呼ばれるものが神剣の完成形なのよ。メタモルフォーゼできるのがPMの性質だから」
 鍔や柄も、抜身のままで自然と出来上がっている。それは、鞘がないものの、治めるときは、きっと鍵と錠前へ戻せばよいのだろう。
「東京伝説の秘密は、あなたの持っているその刀よ。この刀は、二十年前から行方知らずで、この鍵の開かずの戸は刀の保管場所とされていた。刀は鍵と錠前に姿を変えて、鍵は柴咲政史が、錠前は先代のキョウコが持ち、今の私がこの新宿であなたに渡しました」
 これまでの大斗会は、大日本帝国の至宝・草薙の剣への道だ。まさしく東京デュエリスト伝説の当事者として、鷹城は、新宿に決闘者として立っていた。
「柴咲博士の研究開発したその刀こそ、彼らが求めていた決闘の最終兵器。その刀を元の姿に戻すことができるのは、柴咲博士その人と、その子、鷹城令司のDNAだけなの。この金属は、固有の人物のDNAに反応する、精神感応金属と呼ばれるものだから。その最高純度のものは、これまで帝国でも開発されていない。唯一、柴咲博士だけがそれの再現に成功した。あなたの持っている刀は、天叢救国剣(あめのむらくにすくいのけん)という名が着けられている。完全に再現した草薙の剣なのよ。博士によってね。永年決闘で無敵を誇った、私のシルバースフィアにも勝てる唯一の武器。大斗会の必勝の兵器、世界を革命する武器として。この刀を使いこす事ができれば、あなたは私との戦いに不安はないでしょう!」
 京子のDNAと鍵穴、令司のDNAと鍵で剣が出現したのである。
 精神感応金属(PM)は、かつてムーでヒヒイロカネと言われ、アトランティスでオリハルコンと言われたものだ。その最高純度のものが令司の持っている剣で、それに類するのが京子のシルバースフィアだった。いずれも三種の神器のうちの二つである。
「彌千香からも聞いた。本物の草薙ノ剣は、熱田神宮にはないとな」
「表のものは形代でしかない――」
 敗戦時、アメリカのGHQ、ひいては帝国財団に奪われる危険が生じた際、関係者の切腹や口封じという最終手段まで使って、行方をくらました。そしてオリジナル三種の神器は「謎」となった。神鏡はPM研究所で研究が進められ、令司の鍵のPM力によって一時三輪教の所有となった。
 東山京子と荒木影子の争いは、伝説の草薙ノ剣を奪い合うものだったが、それを鷹城の手に渡す事が、京子の最終目的だった。
「草薙ノ剣といわれるのは、帝国と戦う人狼の最終兵器・天叢救国剣(あめのむらくにすくいのつるぎ)になると予言されていた。でも、令司さんでなければ、この剣は使えない」
 なぜ、令司は東大を選んだのか?
 父が東大教授だと知らなかった。でも、柴咲の謎の死について調べたかった。自分で選んだつもりが、三輪彌千香も言った通り、何者かに誘導されていたのかもしれない。ひょっとしたら、東京伝説研究会や、吾妻教授さえも令司を誘導していたのか。
 まるで「南総里見八犬伝」のように、延々と引き継がれる物語。バトンが渡されてここに至る。東京の秘密が隠された「開かずの戸」伝説を開ける戦いだ。それが、「天叢雲国救剣(あめのむらくにすくいのつるぎ)」=救国剣。または「俱鎖薙ノ剣」。
「まるで貴種漂流譚みたいにね」
「だとしても断る」
 父が完成させた革命の決闘兵器。その名も天叢救国剣(あめのむらくにすくいのけん)。通称救国剣。だが帝国を打倒し、革命するなどと、自分の柄ではなかった。むしろ、どうでもいい―――。しかし父の仇を取る。ただその一点だけは、令司の頭を掠めた。
 彌千香によると八つあるという伝説上のPMのうち三つは、三種の神器。その力で世界を革命できると言われている。柴咲はそのうちの一つ、草薙ノ剣を、鍵と錠前に形を変えて、別けて隠した。
「その一つがまさに救国剣。草薙ノ剣の特徴は、行く手を阻む炎や物体、ありとあらゆるモノを例外なくなぎ倒してゆく」
 令司の手の中で、神剣は冷たく輝いている。
「一方で玉は、どんなエネルギーも回転力で反らし、別のエネルギーに転換する。もしも反らすことに失敗すれば草薙ノ剣が勝つわ」
 京子の手は、シルバースフィアを左右に操作し始めた。

「準備はいい? 覚悟はできてる?」
 いよいよその時か。また人格が入れ替わった。
 戦闘型のDJK.キョウコだ。
「始めるわよ?」
 京子は再度念を押した。
 京子は無表情で右腕を上げ、スフィアの回転速度を上げた。
 ギュンギュンギュンギュギュギュギュルルルルルルルルル――――。
 令司は剣を構えたが、腕はおぼつかなかった。考えがまとまらないまま追い詰められ、京子との戦いの瞬間を迎えた。
 伝説のキョウコの武器、それはシルバースフィアだ。先代までの京子は、スフィアで人を殺してきた。それは頭上で踊っていた。
 京子のシルバースフィアは、いつもドローンとして浮かび、京子のペットになっていた。半径五十メートル以内に存在し、索敵も行う。
 これが東京帝国の持つ神器、八尺瓊勾玉。
 京子の背後に、膨大なエネルギーが渦巻き状に放射されているのが、令司には観えた。
 DJK.キョウコも、京子と別人ではない。京子は、キョウコとしてスミドラシル、三輪教、東京タワーでも暗躍していたのである。
 渋谷で目撃した京子のシルバースフィアは、建物を倒壊させるくらいの破壊力があった。京子は、スフィアに乗って空を飛ぶ事もできた。
 強化兵・キョウコが、超能力でコントロールするPMは、全ての物質のカーストの頂点に立つ存在だ。
「やっぱり君は……君自身が、キョウコだったんだな。別人でも、多重人格でもない。最初から俺をハメるために、土砂降りの夜の路上に身を投げ出すことさえした――。永田町でやったように、いざとなれば迫ってくる車なんて、そのシルバースフィアで、いくらでもコントロールできる訳だしな」
「球面剣ともいいます」
「これが、東京伝説のキョウコの正体か? 連続殺人鬼の伝説に、なんと大層な東京の秘密が背景にあったことか。今までの大斗会で、君に勝った者はいない」
「えぇ」
 消えた連中も、みんな京子が殺ったのかもしれない。吾妻教授も影子部長も、きっと彼女に殺された。
 渋谷事変のあと、京子は上級都民どもの手先として、反乱分子を暗殺していたのだ。そうした疑念が、令司の中でエスカレートしている。令司に激しくそのことをなじられたとき、京子は目に涙を浮かべ、黙っていた。
「俺は本を書いた。でも人狼でも帝国人でもない部外者だ。もう一度言う、巻き込まれたんだ! 本当に……」
「でも令司さんは、人狼勢力の代表として今ここに立っている。だから私は、あなたを殺さなきゃいけない。確かに受験生として、先生が勉強を教えてくださった恩は忘れませんけど」
 その表情が女子高生・東山京子に戻っていた。
「いや、やっぱり……君は京子か。キョウコを装っているだけなんだな? もう、やめないか。キョウコのふりをするのは」
 令司は歩み寄った。自分でも混乱していることは分かっていた。
「手加減はできません。たとえ、したくても――。私には決闘で、自分を制御することができないんです。強化兵の呪いです。全力で相手を倒すようにDNA設計されています。だから、あなたを殺すしかないんです。あなたが私を殺さない限り」
 帝国の代表者・東山京子はDNA工学の技術で誕生したクローンだ。
 千葉にあった東大第二工学部の陸軍の、強化兵実験の気の毒な犠牲者。歳を取る事がなく、殺そうとしても傷がすぐに回復するので死ぬこともない。
 それは戦中に研究された強化兵で、大戦中、実戦投入は実現しなかったものの、終戦間際に完成した存在である。以後、京子はずっと東京のための人柱だった。
「できるわけ――ないだろ。お前に勝てる訳が」
 どう考えても無理だ。話では、このPM剣は凄い潜在能力を持っているらしい。けどそれを使いこなす自信はなかった。武器が立派でも、使う者がその域に達しなくては、決闘など土台無理な話なのだ。
 間もなく京子は令司を殺す。――あの恐ろしい球体で。



 京子は令司が剣を構え、闘う意思を示した瞬間、本気で襲い掛かってきた。京子自身が語った通り、強化兵のスイッチが入ったのだ。
 全ての剣戟はシルバースフィアに交わされた。
「そして鏡はなんでも跳ね返す。――光を放つ」
 京子はコンパクトを取り出し、決闘中に化粧直しでもするかと思えば、そのコンパクトの鏡が車輪のように回転し、五十センチの大きな神鏡が出現した。京子の左腕に盾のように備え付けられた。
 京子は取り出した鏡で反射した。
 やっぱり向こうには玉だけでなく鏡もある訳だ。勝てる訳ない。
 自分が人狼の運命を背負っているなどといわれても、死の覚悟なんかできやしない。だから逃げる他になかった。
 京子のスフィアが、執拗に令司を追跡する。あらぶる球体は、副都心の建造物やインフラをあちこち破壊しながら、追跡してくる。
 直接攻撃してこない。令司をもてあそぶように、東山京子がゆっくりと迫ってきた。―――東京の死の女神が。
 いかなる手を打っても、京子から逃れることは絶対に不可能だ。令司は眼をつぶった。
「……」
 死は、まだか。
 令司は眼を開いた。
 見ると、京子は腕を下げている。スフィアは静かに浮遊していた。
「ここなら覇王さん……長門陸佐と、陸上自衛隊は見ていない」
 京子は空を見上げた。
「覇王さん?」
「そう……あの男はこの東京で必ず何かをする。そういう眼をしてたもの。あなたの中に宿る優しい青い炎とは違う。暗く、激しい赤い炎が……観えた」
 人格が入れ替わっていた。
 京子は、彌千香や花音のような霊能力を有している。そのことを、伝えようとしているのか。
「彼も、世界を革命しようとしているの」
「あいつが?」
「――うん」
 予言コミック「耀―AKARU―」で、クーデターを起こした軍人キャラクターがいた。それが、あの長門という男に相当するのだろうか。
「覇王さんは今、私たちを探している。でも中には入ってこれない。それを利用して私は戦闘中に、あらかた監視カメラとドローンをPM力で不通にして彼らを欺いた」
 それで、インフラに球面剣がぶつかるように操作していたのだ。
「陸自のドローン群や衛星は、PM力(サイコ・マグネティック・フォース)を検知できます。個人や、PMの固有の波長を捉え、PMドローンを使って、GPSみたいに決闘者の位置を察知することができるのです」
 監視装置と、スフィアのPM力のせめぎ合いは、カースト上位のスフィアが余裕で勝つ。令司を追い詰めたのも、殺す為ではなく、監視を逃れる為だった。
「……でもまたすぐ補足される。時間は、三十分くらいしかない。私たちを見失った彼らは、監視のために再度ドローンを飛ばすでしょう。それまでにあなたに話さなければいけないことがある」
 戦闘中、京子は街カメラをシルバー・スフィアのPM力で破壊した。すぐにはドローン部隊は送られてこない。それも京子は分かっていた。首都圏四千万の住人の命運がかかった神聖な決闘。人が立ち入らないルールは、決して、本郷の二の舞になってはならず、自衛隊は慎重を期するだろう。
 結果、追い詰められた令司は、まだ京子に殺されていなかった。
「俺と話すために―――、ここへ誘導していたのか?」
 京子はカメレオン女優だ。
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