第25話 閃光・ファントムボール伝説

文字数 5,365文字

 これは架空の東京の物語である
 そして物語は、アーバン・レジェンドから、コンスピラシーへ

 東大の女王は、初老の男を睨んでいた。
 都庁の展望レストランで、海老川雅弓は新都知事・犬養謙と対面で座していた。
「私は東京を消せる。――やろうと思えば」
 夜景に向かって右手をスッとかざした海老川は、ゆっくりと手を動かした。東京の灯は、右から左へ向かって徐々に消えていった。
「犬養さん。誰のおかげで、都知事になれたと思っているんです? あなたの不祥事のもみ消しに、いったいいくらお金が動いたのか――。私が大斗会を戦わなければ、あなたはここに座っていられない。大切なことだから、一度だけ言うわ。主(あるじ)の恩を、忘れないことよ――」
「止めてくれ……お願いだ。止めてください。雅弓様。消さないでくれこの東京を」
「東京はあなたの自由じゃない。権力を私利私欲に利用することは、あなたのためにならない。それを勘違いしないでね――、決して」
 犬養知事は、海老川が見当違いと指摘した方針をひとつ残らず撤回した。それは、就任式の夜の出来事である。
 この日の大規模停電のニュースは、先日の嵐が原因と報道された。

渋谷

 新宿・池袋と並ぶ三大副都心の一つ、若者の街。
 彼らは、世界中から集まってくる。

過去

 渋谷川と宇田川の合流地点にある谷底の街。
 かつて、発展することが難しかった地形。
 そこに、一人の男の野心が都を建てた。

現在

 東京有数のターミナル駅・渋谷。
 一日の利用客は、三百万人。
 降りると、忠犬ハチ公が出迎える。
 放射線状に広がる道、坂や小道が人を惑わす。
 渋谷スクランブル交差点を渡ると渋谷センター街。
 渋谷119、西武、東急、渋谷パルコ、
 Bunkamura、ミヤシタパーク。
 若者文化発祥の地。

未来

 百年に一度の再開発。
 二〇一二年渋谷ヒカリエ完成。
 渋谷ストリーム・渋谷スクランブルスクエア等、
 続々と超高層ビルが建設中。
 目まぐるしく明滅し、光と闇の交差する、
 移り変わりの激しいモザイク都市。
 永遠に完成することなく、嚮後(キョウコウ)に至る。

二〇二五年七月十日 木曜日

「ここ数日で記事0件とは――。またメディアが全無視したぞ」
 藪重太郎があきれたような声で言った。
 いくら十数万人規模の十連歌隊がデモっても、大手メディアは全無視。これまでで最大規模で、逮捕者が数百人出たにも関わらず。小夜王(さよきみ)純子の言った通りだった。自主規制という名の忖度。むろん貸し切りの地球フォーラムで何が行われようとも、報じられる訳もない。こうなってくると、それが当たり前だと言う風に感覚が鈍磨してくる。
「逆に十連歌が気の毒になってくるわね」
 里実がネイルをつけながら言う。
「いまや東京伝説研究会のチャンネルは、東京で起こっている真実を伝える重要なニュースメディアとなっている……」
 マックス先輩は、チャンネル登録数と再生回数の爆発を見て言った。
「東京地検は大忙しだな」
「商科巽塾(松下村塾)大学も捜査が入ったらしい」
「久しぶりですね」
「最近集まれなかったからなぁ……」
 天馬雅と里実萌都(もえ)はバイトが忙しく、藪は実家の手伝いをしていたという。マックス先輩こと四元律(しげんりつ)は、法学部のレポートが大詰めだったらしい。鷹城令司一人が伝説の渦中に居た。そう言っても過言ではない。
 東京伝説研究会は、久々の部会だった。
「いや~鷹城君ばっかりに任せっきりで申し訳ない」
「いや、里実さんがアップしてくれてたし、きれいに編集もしてくださったし」
 また純子たちが喜ぶな。
「いえいえ、ドモドモ」
「いまだにアップされてるのが不思議だな。この間の十連歌デモの動画も無事だったし―――」
「その後、U-Tube運営からは?」
「特に何も」
 里実は即答した。
「それに、十連歌に小夜王純子が加入したなんてさ」
 特大スクープだ。
「逆にやる気が沸いてきた」
 令司は言った。
「いや俺はやりますよ、先輩」
 純子や久世リカ子に励まされたお陰だ。
 サングラスのマックス先輩は白い歯で笑った。

 東伝会は、気を取り直して伝説調査を再開した。
 四元副部長とともに、U-Tubeにアップされている渋谷のUFO動画について、フィールドワークを行う。天馬が持ってきた東京伝説だった。
 メンバーは四元律、天馬、里実、藪、それに鷹城の五人。
「空から鉄球が落ちてくる事件は、世界各地で報告されているんです。大きさは三十センチ程度、重さは六キロ。一説では宇宙船から剥離した圧力容器だというのですが」
 令司は銭形花音のキャノン砲を連想したが、キョウコが出現したときにも必ず付随して鉄球を目撃していた。
「オーパーツなんて騙すカス(ダマスカス)ッ!!」
 藪がバカでかい声を出し、全員にジロッと見られた。

 渋谷スクランブルスクエア屋上「SHIBUYA SKY」にて取材。しかし――
「だ、大丈夫ですか?」
 天馬が心配そうに令司の顔を覗き込んでいる。
「い、いや、ちょっと……」
 令司の額を脂汗が流れている。エレベータに乗ったのは、スミドラシル以来だ。あれ以来、エレベータ恐怖症を患っていると認めざるを得ない。
「まるで宇宙船の中みたいだな」
 近未来的な屋上エントランスを通過する。
 透明ガラスのフェンスを見下ろすと、スクランブル交差点が直下に見えた。
「わぉ人がゴミ――」
 里実が笑う。
「言わんでよろしい!」
 マックス先輩が辺りを見回して諫めた。
「ガ、ガラス怖っ!」
 令司の受難は続いている。
「ほら、あそこ。この眼鏡、メガネフォースで新調したんだよ」
 四元が指さした。
 下の町に巨大な「眼鏡力。」の看板。細身の女性が眼鏡を――よく見れば久世リカ子だ。世界で売られている高級メガネはほとんど日本で作られている。中でも、メガネフォースは軽く、強度が最強であることで知られる。
 しかしマックス先輩の眼鏡は、誰がどう見ても前と同じだった。そこを突っ込んでいいのか令司が思案していると、望遠鏡を手にした天馬は、カメラを空へ向けて歩いていた。
「ここなら渋谷上空を一望できます。何かとんでもないモノが浮かんでいても、見逃すはずがありません」
 渋谷の路上からでは、空が狭いのだ。
「ただ待つっていうのも芸がないな。東伝会としては、実践を通して成果を勝ち取る。これまで令司君が最前線で頑張ってくれた訳だが、我々も―――。UFO召還術で呼んでみないか? 昔テレビの生中継で観たことがある」
「そういやぁ、オカルト番組もだいぶ減りましたね」
「雅君、その通り。科学的根拠のない番組作りは、レガシー・メディアことテレビ局では排斥され続け、とうとう抹殺された。今ではU-Tubeだけが都市伝説系を語っている。そして我々だ。ちょっとやってみようか!」
 マックス先輩のサングラスが、キラッと光った。
 輪になって手をつなぎ、自分たちで実験してみることになったが、人目をはばかる行為と言わざるを得ない。
「いいかな、UFOというのは宇宙人の精神力で飛んでいる。人の想念に感応するマシーンなのだ……」
 副部長は怪しげな方向へメンバーを誘導していく。
「ひょっとしてPM製じゃないスかね?」
 藪が訊いた。
「もちろんそうだろう。だから祈り、あ、つまり我々のテレパシーで連絡できる。そーいう理屈だ」
「なら、一人くらいテレパシストがいないとダメなんじゃない?」
 里実がもっともな意見を述べた。
「まぁ……そうだけど」
 彌千香によると、令司はテレパシストだというのだが、令司は黙っていた。
「どんなに日がげ者になろうと真実は真実。俺たちはただそれを追及するだけ―――さぁ皆、俺に続け!」
 マックス四元律は、右手をかざして天に念を送った。
「ゆんゆんゆん……!!」
「――なんですかソレ」
 里実が首を傾げた。
「よく聞け。伝説によると、UFOのエンジン音の擬音を唱えるんだ」
「へ~、このヘリポートにUFO降りてきちゃうの?」
 里実は慌てるも、四元は止まらなかった。

 キュンキュンキュン……
 ファンファンファン!

「ちょ、先輩、急に声大きくならないでください! みんな見てますよッ!」
 雅が慌てて手を引っ込めた。
 女子高生らに笑われている。

 ゆんゆんゆん……ふぁんふぁんふぁん……!

「もうやめない? ハズかしい」
 里実は眉をひそめた。
「諸君! 恥ずかしがっていたら学問も研究も完成しない! さぁ皆一緒に!」
 マックス先輩は高らかに――

 ファンファンファンファンファンファンファン!!

「あやしい……確実に怪しい……」
 雅は真っ青な顔でブツブツ呟いている。四方の客たちが全員うすら笑いを浮かべているのだから無理もない。
「どっちかっていうと――今すぐここから逃げ出したい気分」
 藪も深くうなずく。
「同感」
 里実も小声で倣った。
「……じゃそろそろ辞めるか?」
 マックス先輩は意外と固執せず、開始からわずか二分程度で「ミッション」を終えた。それでいて、顔だけはケロッとしたままだ。
「やれやれ、全くダメだな。UFO出現の周期、場所、条件……。今日は三つの条件にぴったりなんだがな」
 まぁそれならそれでよい。令司にとっては、毎度毎度ヘビーな伝説に巻き込まれるのは正直しんどかった。いつもいつも都合よく、東京伝説が向こうから来る訳がないのだ。ましてや今回、UFOが相手では。
「そう簡単じゃないことは最初から分かっている。UFOという名の現代の聖杯探しはな」
 マックス先輩は神妙な顔つきで言った。眼鏡越しの先輩の表情からは、このUFO召喚ごっこが本気だったかどうかは読めない。
「他に、UFOの出現の条件は?」
 先輩は雅に確認した。
「渋谷に関しては……日の周期だけでなく、時間ですかね。動画に撮られた時間は深夜二時あたりで、ファントムボールが出現してます」
「あぁ、時間か――! 十二時間も違うではないか! いやいや再度やり直しだな……」
 結構いい加減なものだ。
「ってやるの? あたしパス。バイトあるから夜は爆睡中です」
 里実は笑った。
「――起きられん」
 藪は独り言のようにつぶやく。
「たぶん僕は荷下ろしのバイト中ですね」
 雅は答えた。
「いい天気だな」
 令司は地平線を観ていた。
 チルする空間。空中散歩――など、そんな余裕は令司にはなかった。早くこの取材を終えて原稿をまとめたい。
「富士が一望だよぉ」
 里実が、いつの間にやらどっかで買ってきた青色のラムネソフトを勝手に食べていた。青色が十連歌を連想させる。まぁ多分、関係ないだろう。
 東京スミドラシル天空楼も、いつもと変わらない姿で立っている。信じがたいことに、あそこで人知れず決闘が行われたのだ。
 そして視界の先には東京タワー……新宿摩天楼街……。
 彼(か)のビル山脈群は、この東京を牛耳る者たちの「帝都」なのだという。駒場の隣近所ながら、足を向ける気力が失せつつあった。だがいつか、令司は「伝説」を確認しに行かなければならない。そこに何が待ち受けていようと。あの東京伝説の少女、キョウコが……。
 里実が、令司を心配そうに見ていた。
「お、ハンモックもあるぜ!」
 藪は横になり、青空を見上げる。
「皆、疲れが取れるぜ」
「ここで寝て待つか? 閉館時間になるのを」
 マックス先輩も横になった。
「追い出されますよ絶対」
「営業時間中に来ると思います?」
「なぁに君たち。今全員祈ったんだから必ず見れるさ、後でな」
 UFOが出現する気配が何一つないのに、マックス先輩は根拠のない予言をした。食えない人物だ。
 ほとんど伝説の検証というより、寝ているだけに近い。今回の取材では何の成果もなかった。副部長はなぜみんなを屋上へ連れてきたのだろう。
「問題はあれがUFOなのか無人偵察機なのかドローンなのか――。いや、それともホログラム? だが、何のために? さ・て・と」
 一時間くらい経過して、マックス先輩は上体を起こした。
「今日はここまでにしようか……」
「大丈夫ですか」
 令司は取材のクオリティを気にした。
「イイってイイって、令司君。あとはファントムボール動画のまとめとぐだぐだトークで編集しとくから。そんなにまじめにやってたら、摩耗ちゃいますよ」
 令司の顔を見て、里実が微笑んだ。
「サンキュ」
「ところで鷹城君、ハタチになったんだって?」
 マックスは真顔で訊いた。吾妻先生から聞いたらしい。
「……はい。六月二十八日です」
「誕生日? そうか……おごるぞ。よーし、これまでの東京伝説研究会のU-Tubeでの成果を祝って、みんなで乾杯しよう」
 マックス先輩はいつもように令司の肩をポンと叩いた。
「ホントですか?」
「久々なんで、みんなと話でもしようと思ってね。今日は、どっちかというと、そっちがメインなんだ」
「なーんだ。でも、五人入れる店あるカナー」
 藪は時計を見た。
「大丈夫、僕が近くにいい店を知ってるから」
「やった。良かったですね、令司さん」
 里実が笑った。

 だが、この日はこれで終わらなかった。

※この物語は、街の名前や大学、人物名が登場しますが、現実の東京や大学や法律、団体、個人名と一切関係ありません。

しかし、中には真実が語られているかもしれません。信じるか信じないかは、あなた次第DEATH!
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