第27話 渋谷大斗会 コブラ対マングース、DJK.キョウコ

文字数 12,405文字




大斗会

 十数羽の黒い烏の中に真っ白い烏が混ざったような、
 東京という都の、モザイクな真実。

 大斗会は、その子供のような笑顔の瞳の、まばゆい斑点と光の一点。
 もう、忘れてしまったのよね。

 彼は、じっと私を見て視線を……反らした。
 ねェ、ムリしてない?
 ごめんネ。

 大斗会は、空蝉のように
 私の心に常にささやく。

 大斗会は青天の霹靂。

 私と彼と都会の枯葉の銀杏並木の道はそこで終わっていて、
 大斗会は雄弁に語った後、パタッと口を閉ざした。

 大斗会はビー玉。
 私は黙って夜を待つ。

 大斗会は、幻の口づけ。
 あの時の彼は何だったのか。

 大斗会は、封印を解く緋色の鍵。
 傍にいられない、明滅する赤と青と黄色の、
 何かが世界と人と武器を丸め込んでいく。

 大斗会は、震え。
 私は夜しか知らない。

 大斗会はピンクの風船。
 これは――、……つわり。

 大斗会は想念の反射。
 大斗会は気・剣・体。
 大斗会は人が存在するために、人が用いる言葉。


この物語は、超合金ロマンである

 DJ.サイバー・パンダという名の着ぐるみ男の隣に、いつの間にか十代の若い少女がステージ上に立っている。
 背後の三メートルはあるアンモナイトの中を、サイケな光の渦が、ギュンギュンと回転していた。
 令司は、スケスケの格好で踊って歌うDJの少女を見てびっくりした。
 皆、凍りついたような表情でステージを見つめている。
 前髪ぱっつんの長い黒髪を持った女。
 名は、DJK.キョウコ。
 ヌーブラみたいな紐のない、大きめのニップレス。より扇情的な露出。同じ人物とも思えない。
 太ももを「く」の字に曲げ、肌を露出する派手な衣装を着て、爆音のテクノサウンドを操り、くねくねと踊りながら、聞き取れない早口言葉で歌っている。
 DJ.サイバー・パンダが表示した背後のモニターによれば、「HOT&DANCE」という曲名だが、何語だか分からない。そう、スキャットだ。
(これは、東京伝説のキョウコじゃないか!?)
 数々の決闘の時に現れた姿と……全く同じだ。父のマンションの古い金庫から出てきた、写真の彼女。
 いつもキョウコは令司にしか見えていなかった。霊能者・三輪彌千香さえも本郷で後ろ姿しか目撃していない。彼女は、どんどん近づいてきている。そして今や、目の前のステージに立っていた! 東京伝説研究会のメンバー全員が彼女を目撃していた。
 クネクネダンスの中、ポーズがピタリと止まる瞬間があった。その都度、DJK.キョウコは令司を見て、微笑んだ。
 こうしてマジマジと間近で見ると、どっからどう見ても東山京子にそっくりだった。DJKというのも、「DJ」で「JK」だということではないか。
 だが、荒木以上に過激な衣装でケバケバしい。肌の露出が半端ない。いつもの神秘的で礼儀正しいお嬢様の京子とは違って、衝撃的な姿だった。
 やっぱり東山京子はキョウコなのか? キョウコは東山京子なのか? 令司には同一人物とは思えなかった。だが、美しさと妖艶さはますます輝いていて、さらに引きつけられている。そしてDJK.キョウコは、扇情的なダンスで客を魅了していた。
 ――また視線が合って、微笑んだ!
 これが、京子がしているというバイトなのだろうか?
 おまけに衝撃的なのが、歌っている最中、彼女の周囲に飛び回る銀色の玉だった。新体操で使うボールくらいの大きさだ。
 球体がキョウコとともに生き物のように踊り、舞っている。ぴゅんと跳んできて、新体操の動きを取り入れたような京子のダンスとともにクルクルと宙を舞っている。
 令司はゾッとした。本郷でキョウコを目撃した時、鉄球が車に飛び込んできたことを思い出したからだ。
 一切身体に触れることがない銀色の玉は、キョウコを中心に半径二メートル範囲内を終始びゅんびゅんと動いていた。
「今の動き……見た!? 見たよねッ??」
 里実の眼が車輪眼になっている。
「うん……あれはファントムボール伝説だな」
 ファントムボールと聞いて、当初令司は、銭形花音のバレーボールを想定した。だが、DJK……いや、キョウコの持つ金属球を見て、もう一つ想定しなければならなくなった。ファントムボールの情報から言って、おそらく後者だ。
 どうやって操っているのだろう? マジックなどで見られる単純な動きとは違っている。彼女の歌に合わせ、それは生き物のように動いているようだった。
「マジックか?」
 しかしこんなに勢いよくクルクルと、キョウコの周囲を飛び回るボールマジックは見たことがない。花音のバレーボールは壁を跳ね回るだけだ。
「紐は見えないけど、手に紐を結んでる感じはしない。暗くてよく分からない」
 見れば見るほど確認に至る。もう間違いない。キョウコは東山京子なのだ!
 スポットライトが照らすステージを、部長の荒木影子は睨みつけるように凝視していた。
 影子は、腰にある村正チョッパーのホルダーのボタンをプツン、と外した。令司はその手元から、強力な電磁的エネルギーの集中を感じた。PMだ! 同時に金属球も、鋭い回転音をうならせて、速度を上げている。
 DJK.キョウコの動きがピタッと止まった。
 キョウコは荒木影子とにらみ合っていた。
 ギーガー椅子が一瞬で変化し、巨大なカギ爪がガチャンと音を立てて、影子に掴みかかった。影子は椅子に倒れ込んで一瞬で拘束された。
「ヴワッ」
 令司は思わず叫び声をあげて、椅子から飛び上がる。
 しかし影子は腰のホルダーからチョッパーをスラッと抜いて、すばやく右手に握った。まるでガンマンのようなハイスピードで。影子はチョッパーで椅子を粉砕すると、立ち上がった。
 シャキーン!!
 影子の右目のマスカラだけが、数センチも伸びた。まるで片目だけロックバンドのキッスの星型化粧そのものと化している。
 恐ろしいほどの緊迫感に、令司はコブラ対マングースの戦いを連想した。
 DJK.キョウコは両手をバッとクロスして上げた。玉がどこかへ消え去った。
 室内が真っ暗になって、店内は一瞬ざわめいた。
 すぐに明かりが着くと、令司の隣に立っていたはずの影子部長がいない。
 令司の誕生会に参加しただけのはずの影子は、まっすぐDJK.キョウコに向かって歩いていった。
 ミラーボールに照らされ、光線の色がめまぐるしく変化する店内で、影子はチョッパーを振りかざし、怒涛の如くキョウコに襲い掛かった。
 客の間で悲鳴が上がり、ドッと螺旋階段に殺到し、続々と駆け上がっていく。
 明かりが着いた直後から、影子のチョッパーは、キョウコの鉄球によって受け止められている。
「キョウコ、私と大斗会を決闘しろ! この渋谷で――」
「ダメ、こんな急に! 準備が整わない。表は人でいっぱいなのよ」
「準備は整っている――」
「まさか。なぜあなたが――?」
「地球フォーラムで久世リカ子の優勢勝ちと評されたが、新田真実と銭形花音の決闘が入ったことで、誰も死ぬことがなく、結局再戦となったのだッ! それで選手交代だ、リカ子の代わりに私がお前と戦う! 私が勝ったら、新田を解放し、二度と令司に近づくな!!」
「分かったわ、今、外に出て確認するから」
 キョウコは螺旋階段を駆け上がっていった。
 さすがに、渋谷駅前の雑踏が即「コロシアム」化するなんてことは考え難い――。
 令司たちも追って地上へ出た。
 キョウコの銀色のスパンコールのニップルステッカーは、外で黒いビキニに変化した。
「あのブラ、PMだ」
 京子の露出は、店内と外で仕様が異なる。
「どうやら確かのようだ、奴がPM使いであることは」
 センター街に出ると、前後を見渡す限り人が誰もいない。店内から逃げていった人の姿もない。キョウコだけが笑って立っている。
「本当みたいね」
「やはりやる気だったか。こっちは生まれる前から準備OKだッ!」
 荒木は声をかけた。
「部長! ホントに―――」
「コイツは東京の権力構造を変える決闘だ、新人君。君がキョウコに囚われている限り、君は救われない。だからこれ以上、取り込まれる前に先手を打った。君は何があってもカメラを回しておけ……我々の決闘を記録するんだ!」
 次の決闘の対戦相手は、東京伝説の少女キョウコ! キョウコが何を象徴する存在なのかはまだ分からない。
「二〇二〇年の緊急事態宣言みたいだ」
 令司は呟いた。
「二〇一一年の原発事故の時も――」
 渋谷駅周辺はすり鉢構造で、そのすり鉢の“底”に渋谷駅がある。その底が、一個の巨大な“スタジアム”と化した。
 キョウコと影子は、センター街の坂道を駅の方向へ下っていった。
 令司たちは後を追いながら、二十四時間眠らない街・渋谷を見渡す。常時大混雑していたはずの駅前が完璧に無人化し、そこへ、甲高い金属音が昼の谷間にこだまする。恐るべき殺人兵器・PMを操る二人の強化兵が、激しく戦っている音だった。
 いまだかつてない渋谷の決戦。
 東大本郷キャンパス、東京スミドラシル天空楼、東京地球フォーラムに続いての無人化。これまでと違い、今回はキャンパスや建物内部ではない。渋谷のド真ん中。大斗会のコロシアムとは、それほどまでに絶大な権力に裏打ちされたものなのだろうか!
 センター街を、ずっと下って追いかける。
 井之頭通り、都急ハンズ前、119ビル、再び駅に向かって無人化した交差点へ。あんな高いピンヒールを履いて、よくバタバタと走り回れるものだ。陸上選手でも不可能だろう。陸上は主に、靴の性能で勝負が決まると言ってもいいくらいに靴が重要だ。



 二人はハチ公前で静止した。一瞬の静寂ののち、影子の片手の一振りで道路標識やガードレールが寸断された。
 影子はアスファルトをチョッパーの剣先で削るようにして破壊し、跳ね返った破片をキョウコにぶつけた。
 間合いを詰め、荒木の剣先が高速回転する鉄球をしっかり受け止めた。鉄球はギュルギュルと甲高いうなり声を上げながら、剣先に捕らえられたまま回転している。
 剣圧が強い。それを鉄球は、高速回転しながら宙で受け止めている。キョウコの鉄球は回転すると、赤く輝いて稲妻を発生した。激しく火花が飛び散り、金属音が鳴り響き、ビルの谷間を駆け巡った。
 鉄球の回転が速くなり、粉塵が巻き上がって、巨大な渦が空間に出現した。
 キョウコは飛び上がり、キックで車の屋根を破壊して飛翔、素手の拳を影子に浴びせた。
 キョウコはチョッパーを急転直下の鉄球で叩き落してから、影子の身体を殴る蹴る、殴る、殴る、殴る……さらに蹴り飛ばして、影子はコンビニのガラスを突き破って商品棚へ突っ込んだ。
 影子は上体を起こして手をかざすと、チョッパーが宙に浮き上がり、掌中に収まった。影子はすぐに立ち上がった。
「やってくれるじゃないか!」
 鉄球はじかれたように、上へと飛び跳ねた。そのまま荒木の頭を飛び越えて放物線を描いて落下し、はるか上空を飛んで戻ってきた。ビル間に、飛行機雲の軌道が見えている。
 影子は猛追する鉄球を撃ち返した。
 鉄球はアスファルトの路上に激突し、クレーターを作って深く突き刺さった。
 里実が震えている。
「わ、私、いったい何を観てるんだろう。巨大な力と力が激しくぶつかり合っている。まるでコブラ対マングースだ! あの二人。なんという……、これが、これが大斗会なのね? 令司君」
 キョウコがコブラで、荒木影子がマングースのイメージだろうか。
「そう、その証拠に、渋谷は今無人化している。確実に渋谷は今、決闘のためだけに用意された空間に代わっている――」
 今回は令司だけでなく、東伝会メンバー全員が大斗会を目撃していた。彼らも知らない秘密が、荒木部長には存在していた。
「なんだか、九十年代の深夜ドラマみたいな展開っす!」
 なぜ若い里実がそれを知っているのかといえば、オタクだからだ。
「だ、だっていなくなった部長が急に表れて、と思ったら派手派手で、いきなり殺し合い!!」
「俺は何度も経験がある」
 令司はカメラを回し続けている。もうやけである。
「だ、だよね」

 影子のチョッパーは、みるみる、五メートル、十メートルと、巨大化していった。一振りするだけで、青白く輝き、稲妻を放った。
「剣が光ったゾ!!」
 きっとPMのスタンガン機能だ。身体に接触すれば気絶する。
 影子は巨大すぎる包丁を軽々と振り回し、その勢いで、車を真っ二つに引き裂いた。車は前輪だけで自走し、五十メートル先の電柱へ激突して、沈黙した。
 影子は、それでも片手では重すぎるらしく、両手で持ちかえ、大股で構えて、ドッカンドッカンと地面にたたきつけるようにして、右から左からキョウコに斬りかかった。それでもかなりのスピードが出ている。
「イ”イ”イ”ヤ”ヤ”ヤ”ァ――――!!」
 メチャクチャ重いからだろう、影子は気合が入っていた。
 キョウコに向かって振り回されたチョッパーは、路上に駐車された車を次々に吹っ飛ばしていった。
「ひぃぃぃぃいいいいっ、ひゃああああ――――ッ」
 里実は腰を抜かした。
 キョウコの鉄球が飛び込んできて、車を二つに割った。車が大爆発し、車体が二十メートルも飛び上がった。まるでボーリングだ。
「里実さぁん、―――そこ離れてッ!」
「あ、あれがPM?」
 令司は里実に駆け寄り、手を取って119のビル陰に走り込んだ。キョウコは鉄球の回転を高めて、炎を収れんさせた。
「今、火をコントロールした!」
 令司は、戦時中の強化兵の伝説を思い出していた。パワー・ターミネーターとでも命名するか!? PMとの相互作用で、キョウコや影子らの物質に対する念動力は、最高潮のパワーに到達している。
 PMは物体を操る。
 車だろうがトラックだろうが、どんな重いものもおかまいなしだ。永田町で車の運転を外からコントロールし、あんな事故を演出するくらい、PMには簡単だったのである。桜田を殺したのは、キョウコに違いなかった。しかし、それを証明することは、現代の刑法ではできない。超能力の存在を、認めない限り――。
 基本的に影子が追い、キョウコは逃げながら時折反撃する。
 いったん巨大化してしまうと、影子は常にガリガリと剣先でコンクリートを削って引きずって歩いている。
 パルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル………………!!
 鉄球が飛び去っていった。
 センター街を低空飛行で飛ぶ鉄球は、電灯を次々と破壊し、追手の影子の頭上に落下させた。影子はそれをチョッパーで振り払って追撃していく。
 追い詰めた影子は、ぐるりと一回転しつつ、チョッパーを振って、電柱を蹴って宙へと駆け上がり、月面宙返り。再度チョッパーを振り下ろすと、上からキョウコの首を切り落としにかかった。中国雑技団の剣舞が混ざったような、華麗かつ恐るべき神技だ。
 勢いの着いたチョッパーは、ドカッと119ビルに突き刺さり、その衝撃で、円柱形のビルが崩れ落ちてきた。
 ズドドドドド……。
 ビルのガラスが、雨のように降り注いでくる。
 影子はチョッパーを抜いた振り向きざまに、キョウコに剣先を突き立て、落下物に頭をぶつけて地面に墜落した。
「どいてろ二人とも!! ビルの直下から離れるんだ!」
 影子は二人に叫んで、突き飛ばした。
 その直後に、1Kルーム大もあるコンクリートが落下してきた。コンクリートはたちまち視界を奪い、すさまじい衝撃と共に砕け、粉塵が舞い上がる。誰もが影子は逃げ遅れたと思ったが、三十メートル先の路上に、鉄塊のようなチョッパーを持って移動する姿があった。
 キョウコと影子は、スクランブル交差点を始めとし、無人の渋谷駅前を走り回り、格闘を演じた。その度、渋谷の建物がガラガラと崩れていく。キョウコと影子部長は、二人でどんどん渋谷の街を破壊している。
「これほどの範囲を、そしてこれほどの破壊を周囲を囲む警官が、国家権力が許すはずがない! い、いくらなんでも―――」
 渋谷の大事件と言えば、一九六五年七月二十九日だ。
 一八歳の少年が銃器への興味から警官の拳銃を奪い、渋谷の鉄砲店から銃を強奪して、立てこもった。犯人は、警官隊とウェスタンさながらの銃撃戦を繰り広げた。山手線は全線運休。三千人の野次馬が取り囲む中、最後は催涙弾を撃ち込まれて身柄を逮捕、有罪判決ののちに、死刑となった。
 だが、ビルをブッ倒すほどのチョッパーと鉄球の破壊力――。街は壊滅していた。渋谷再建までに、どれだけの年月を要するのか計り知れない。もはや、無人化コロシアムで行われる大斗会を、隠すことなどできなくなるに違いない。
 令司は気づいた。今、渋谷で起こっている無人化は、これまでと様相がだいぶ異なっている。渋谷駅前周辺を包囲すべき警官隊の姿が存在しない。彼らは本当に取り囲んでいるのだろうか。街が壊されているのに、なぜ誰も異変を観に来ない?
 決闘の範囲も分からないほど広かった。これは、決闘を超えている。マックス先輩の言う、「限定内戦」の可能性もあるかもしれない。
 東京に、一体今何が起こってるんだ?




 影子は車のドアを引きちぎって、相手に投げつけた。鋼鉄製のドアは、回転する鉄球に接触したとたん、紙のようにくしゃくしゃになって、空へと舞い上がった。
「PMってスタンド能力者な」
 コミック「ZZの奇怪な冒険」で特殊能力者の一種を、「スタンド能力者」という。令司はそれになぞらえる。
「ス、スタンドに勝てるかなぁ?」
 里実は頭を抱えてうずくまっている。PMの頂点は宇宙の全物質を支配する。
「多くのスタンドでは射程距離が問題になっている。全スタンドで最強説が噂される、第五部のギャングの暗殺チームリーダーのスタンドは、金属を支配する、ほとんどPM力っぽいスタンドだ。だが、射程距離が短い。けど、PMはそこがかなり広い」
「どれくらい?」
「分からない、が……俺の経験からすればPMのランクもあれば本人の力量もあるけど、数百メートルを支配する可能性もある」

 センター街の商店が、次々連鎖反応的に爆発を起こした。
 粉塵の中、巨大街頭モニターの久世リカ子がボウッと滲んで浮かび上がった。
 荒木影子は、紅蓮の炎を背に路上に立っていた。PM化粧が崩れて黒いアイシャドーがドロドロになりながら、悪鬼のように歩いていく。体力が弱まり、精神感応の力がPMに及ばなくなりつつあるのだ。
 一人逃げ遅れたのか、残った若い警官が恐怖に顔を引きつらせながら拳銃を影子に連発した。銃撃が次々と分厚い刀身で跳ね返されていく。
 影子はつかつかと近づき、警官を片手で捕まえて持ち上げ、数十メートル投げ飛ばした。肩、どうなってる!? 警官は東京メトロ入口に放り込まれ、叫び声を上げながら階段を転がり落ちていった。
 キョウコは鉄球に乗って一気に上空まで飛び上がっていく。
 影子は三点キックでどんどん上昇すると、京子を追って、猿飛でビルの渓谷を駆け上がっていった。
 宮下パークの入り口に降り立つと、キョウコは猛スピードで走った。追う影子と共に、人間には不可能な速度が出ていた。
 さらに屋根から屋根へと飛び上がった両者は、激しく剣を交えた。
 高架下のトンネル歩道の落書きを抜け、道玄坂で、荒木はアウトレンジ戦法を貫くキョウコに対し、片手でバイクを持ち上げて投げつた。相手がバイクを避けてる隙に距離を詰めた。チョッパーを振る。キョウコは飛び上がって剣戟を避け、影子に回し蹴りした。カウンターキックが決まって、影子はもんどりうって地面にたたきつけられた。
 キョウコが近づくと、影子の眼がガッと開き、チョッパーをブン回す。真後ろの雑居ビルに、剣先が激突し、また一階が崩れて倒れてきた。爆発が起こり、粉塵が巻き上がった。猛嵐のように、ガラスの破片が飛び散った。
 影子は、避けきれなかった。
 大量のがれきの下敷きに押しつぶされ、その上に建材が次から次へと積み重なっていく。キョウコも、ガードレールの上にあお向けてのしかかった姿勢で、ピクリとも動かない。令司が恐る恐る近づくと、白眼を剥いて口から血を流していた。
「京子、京子―――」
 キョウコは顔半分が血濡れていた。令司は衝撃を受けて固まった。もっと近づいて、眼を見れば分かる。生きているのか――確認しようとしたとき、その姿は粉塵にかき消された。
 やがて渋谷は、静かになった。

 パトカーと消防車、救急車が四方から集まってきた。町は再び人ごみが溢れかえっていく。
「新番組の五百旗頭だ、まずい……まずい―――ぞ」
 令司は独り言のようにつぶやいて、その場に突っ立っている。
「何してるんですか! また面倒に巻き込まれますよ。早く行きましょう!」
 天馬が令司を引っ張った。
「令司君ッ、関わり合いになるとやっかいよ、逃げましょ!」
 里実の声で令司は我に返って走り出した。
 渋谷が……渋谷が何もかもメチャメチャだ……。
 ビルもブッ倒れるスペクタクル、夢でもこんな体験、味わいたくない。
 あまりにも信じがたく、恐ろしい。
 両者とも、超絶超能力者レベルじゃないか。まるでアニメ「耀―AKARU―」とか、「天魔大戦」のような――。
 どっちが勝ったのかも、もう分からなかった。
 不死身の強化兵といえど、荒木部長が生きているとは到底思えない。キョウコは、傷つきながらも生死不明。少なくとも荒木影子、死亡につき敗退。
 だが生きているのか死んでいるのか分からない感覚は、当の自分自身が味わっている。ということで鷹城令司、無事死亡。
「みんな無事か?」
 駅前を離れ、狭い路地で令司は訊いた。雅によると、藪重太郎は戦闘が始まって間もなく地下鉄の中へ避難したという。
「ま、マックス先輩が」
 どざくさで四元律と別れ、誰も見ていないらしい。
「きっと先に帰ったんですよ。大斗会中切られてるAIカメラが目を覚ます前に、ここを離れるんです。帰ったら連絡を取り合いましょう!」
 里実は冷静に言った。
 みんな、バラバラに帰宅した。

 令司はアウディを運転しながら、電話を受けた。里実萌都からだ。こんなに早く帰宅できたのだろうか?
「令司さん? テレビ観てますか――」
 言われるままに、令司はカーナビ・モニターに映し出したニュースを眺めて愕然とする。
「嘘だ……」
 倒壊したはずの119ビルが、無傷のままに建っている。
 渋谷事件は、スクランブル交差点での、乗用車とトラックの激突事故として報道されていた。
 ビルの破壊なんてどこにも映し出されていないし、報道で一切触れられていない。幾らなんでも――ありえない。どこのチャンネルに切り替えても、極度に矮小化された事件が報道されているだけだ。確実に何かがおかしかった。
「なんだこれ……」
「ね、ね、ありえないでしょ!? どういう事か分かる?」
「今日、俺たちが観たものは―――何だったんだろ。渋谷駅周辺が全然壊れてないなんて。いくら何でも……考えられない。まさか、これも上級都民による忖度だっていうのか?」
報道で、PM研で見たスプーンのように事実が捻じ曲げられていた。
「でも、どうやって! わ、私、何が何だか……」
 渋谷に突如現れた恐るべきDJK.キョウコの存在に、令司に疑問が生じた。
 東京伝説の少女とは、なんどか言葉を交わしたものの、二人の間には一定の距離があった。近眼の令司は眼鏡をつけないと、相手の顔の輪郭がぼやける。
 間近で見た印象としては、やっぱり東山京子は、二十年ごとに殺人を繰り返す東京伝説のキョウコに違いなかった。荒木影子はそのDJK.キョウコに殺された。桜田総長に続いて、二人目だった。影子の方が先に仕掛けたとはいえ、東京伝説研究会の部長が……! そして、キョウコは生きているのか?
 渋谷鹿鳴館へ行けば全てが分かるだろう。令司は、確かめるのが怖かった。
 令司はアパートの戸に眼をやった。
 今にも、自室の中から五百旗頭が出てきそうな気がした。
 雨の夜に、京子を助けた日のことを忘れることはできない。
 二〇二四年晩秋、渋谷ハロウィン・パレードで、警官隊と衝突した十連歌デモの若者たちの中で、仮装してなかった者たちが全員AIカメラの追跡で捕まったという報道を思い出し、気が気でなかった。

 その夜八時。
 結局車中で時間をつぶした令司は、渋谷に戻った。駅前にはあえて通過せず、まっすぐ松濤へと向かう。
 令司は、京子に昨夜の話をしなければならないという覚悟を持って、家庭教師のバイトに行った。
 渋谷鹿鳴館の、大門の呼び鈴を鳴らす。
 中からいつも京子が出てきたが、少し様子がおかしい。京子は、ドアを開けると後ろを向いて、両手で顔を隠している。
「その顔……どうかしたの」
「いや!! 見ないで!」
「ひょっとして、怪我をしたのか?」
 令司は踏み込むことにした。ここで確認しておかなくてはならない。
「……」
 京子は顔を両手にうずめたまま、身動き一つしない。
「す、すまん……」
「また狙われたんです」
「えっ、誰に? どんな奴だっ!」
「女の人―――。背が高かった。あとは、よくわかりません」
 恐る恐る令司は京子に近づいた。
「見せてご覧」
「い――いや!」
 令司はやさしく京子の手を取った。
「……イヤ――」
 京子の額に、一センチくらいの小さな切り傷があった。顔半分を染めた大量出血の後にしては、明らかに小さい。
「逃げてる途中、階段から転げ落ちて、おでこを打ったんです」
「――-え?」
 京子がそんなアリガチな言い訳をするなんて、と令司はあっけにとられた。でも、事実かもしれない。
 京子は手を振り払って、うつむいて沈黙した。
「……たぶん、大丈夫だ。君は傷がすぐ治ってしまう体質なんだろ。明日になれば、きっときれいになってると思う。明日がだめなら明後日に」
 生きていた。よかった……。
 からかわれたのか? しかし今、確かに言った。「狙われた」って。
「今日、渋谷駅前へは?」
「帰宅するとき通りました。そのときに、女の人に追いかけられたんです。怖かった……」
 やっぱり、京子は渋谷の大規模な破壊を知ってたようだ。
「そうなのか。大変な事件だったよな」
「乗用車とトラックが衝突したみたいですね。前から危ないなと思ってました」
「トラック?」
 令司は、ノートを取るキョウコの横顔を見ながら考えている。
 京子はキョウコか、連続殺人鬼なのか、DJなのか、それともただの女子高生なのか?
「京子、君の兄弟に、双子か何かいる?」
 コーヒーを飲みながら、令司は思い切って聞いた。
「何それ?」
「いや今日、渋谷駅前にある店で、京子らしい人を観たんだ。センター街の渋谷スパイダーっていう店なんだけど、DJK.キョウコだと名乗っていた。たった今『事故』で死んだんだ。……そのはずだと思う。でも、どこでも報道されていない。代わって、自動車事故が報道されている。だけど君は怪我をしたっていう。最近ふと思うんだ。ひょっとして東京伝説の少女キョウコって、君の事なのかなと」
 京子はそんなことは知らないという顔だった。
「何言っているの、令司まで私をオバケにして」
 彼女は笑顔を取り戻した。
「でも、実を言うと、あたしも自分でもそうなのかなーなんて時々思ったりするんだ。空想だけどね」
 彼女の傷が数日で直り、何ともない事も、令司に伝説の少女であるような気にさせている。
 ――いいや、違う。
 こんな屈託のない笑顔を見せてくれる東山京子が、キョウコな訳がない。一緒に父の赤い部屋にも行った。何も、奇妙なところはない……。何も。
 他人の空似にしては、似すぎだが、令司は、京子と渋谷に出現したあのケバケバしいキョウコは別人であると結論付けた。そう思いたかっただけなのかもしれない。
 令司は、一連の出来事におけるキョウコ目撃談を京子に話した。
 影子部長の所属する久世リカ子の鬼兵隊が、京子を狙っている可能性がある。一見、今回の事件と無関係な風を装って令司は語っている。
 京子は、自分を狙っている勢力について、令司が一人で調べてくれたといって、嬉しがっていた。
 令司は、京子の両親とはいまだ会った事がないが、その両親が関わっている勢力争いに、彼女も巻き込まれているのではないかと想像した。松濤の御殿に棲む東山京子は、確実に山の手――東京華族側に居る。
 京子は、受験勉強そっちのけで令司の話を聞いている。もっとも京子は優秀なので、時々こうしてさぼっていても問題ないだろう。――たぶん。
「渋谷での決闘の意味って何だろう? 感想でいい。聞かせてくれないか」
 令司はもう一度、カマかけてみることにした。
「さあね、目撃してない私にもわかりませんけど、今回の大斗会では、勝利した『キョウコ』が、令司さんを手に入れたんじゃないでしょうか?」
 微笑む京子と、キョウコの顔が重なり、全身に震えが生じた。
「勝利か……。つまり、彼女は死んでないってことだな。その手に入れたっていうのは、どういう意味だと思う?」
「そうですねー。危険は去りました。もう……敵は令司さんに近づけませんよ」
 京子はにこりとした。
(どういう事だ?)
「部長さんが亡くなられたかもしれないのに行方不明……心配だと思います。でも、今の令司さんにできることは何事にも動じず、原稿を進めることじゃないですか?」
「受験勉強と同じか」
「そういう事です」
 京子は、令司の出迎えの時にポストから封筒を回収していた。それを開けると、和紙の手紙が出てきた。京子はそれを両手に握り、しばらく黙っている。
「どうかしたか?」
 さすがにプライベートなので覗けない。
「別に……何でもありません」
 京子は、白魚のような手でおでこをきれいに隠すように、サラサラとぱっつん前髪を整えた。

 令司と里実は、今日の出来事を「渋谷事変」と題して、U-Tubeにアップした。見たまま、ありのままを視聴者に報告すること。それが東京伝説研究会の勤めだと考えたからだ。例によって編集は、里実にお任せした。
 誰も副部長の四元律と連絡が取れなくなっていた。四元は、東都帝国大学法学部の開かずの戸を開け、日本の法制の不文律の闇に触れてしまったのかもしれない。いつ何時もクールで頼りになるマックス先輩が、もういない。
 マックス先輩も影子部長と同じく、上級都民の真相に迫りすぎた。消される理由は十分にある。
 しかし謎が残る。なぜ皆荒木部長の現在の姿を知らなかったのか? いくら東京華族に隠しているからといっても、自分の都民IDを隠したまま、行方をくらませることなんてできるのだろうか? ビル広告をデカデカと張るなど、都内で、あんな派手にモデル活動をしていたっていうのに。
 疲れと混乱で、令司はテレビを一度もつけずに就寝した。どうせテレビなんて観たって、本当のことを伝えてくれない。
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