第18話 東大伏魔殿 午後のPM研究所

文字数 10,174文字

 ホッとしたのもつかの間、令司はそこがレベル4並のセキュリティーの研究所であることに気付いてギョッとした。
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんです」
「こんなところに出入りして……」
 もっとも、あまりに存在が謎めいた三輪彌千香なら不思議ではないかもしれない。
「私にはコネがありますから。それに、東大内に超能力研究所があるっていったら、結構な伝説じゃないですか?」
 令司がその言葉の真意を訊こうとしたとき、研究者たちが二十数名、部屋から出てきて緊張した。数名の教授の姿もある。彼らは、彌千香を丁重に出迎えた。彼女が来るのを、ここで待っていたらしい。
「ご無事で。お怪我はございませんか?」
 五十代と思しき教授が、低姿勢で一学生である彌千香に話しかけた。
「私は大丈夫、お気になさらないでください。皆さん、こちらは文Ⅲ二年生の鷹城令司君です」
「どうぞよろしく」
「――お邪魔いたします」
「先日の桜田総長の事故では、とんだとばっちりだったね。ずいぶん迷惑をかけたんじゃないかって」
 令司には敬語ではなかった。当然だが、改めてホッとする。彼らはそれぞれの研究室へ戻っていった。

 彌千香は応接室のコーヒー・メーカーでコーヒーを淹れ、すっとソファに座った。
「大斗会について教えてほしい。やはり君は、総長選で工学部の応援を?」
 令司は紙コップを受け取って、切り込んだ。
「はい」
 経済学部の桜田総長は優勢だったが亡くなり、現在、工学部の有馬教授が東大総長に選ばれている。彌千香と純子が戦った結果なのだろう。
「人狼――彼らはゲームでそう呼びました。少なくとも私についてはその通りです。君の動画のタイトル、桜田人外の『人外』とは、三輪教のことでしょう。海老川さんたち、東京華族は三輪教を嫌っている」
 彌千香は自身の正体を明かした。
「三輪教――あの三輪教か!」
 令司は一瞬で彼女の正体と、なぜ東大工学部が彼女とつながっているかをすぐに理解した。人狼ゲームで「霊能者」だと名乗っていた三輪彌千香を。
 正式名称・「東京三輪教」は、明治初期に設立された教派神道系新宗教の一派である。
 都内だけで百万の信徒がおり、三ノ輪に教団本部を構える三輪教は、全国に信徒が一千万人いると噂される。
 東大内でも勢力を拡大していて、おそらくPM先端科学技術研究所の教授も、三輪教の教下にあるらしい。
「鉄門・医学部は完全に彼ら、東京華族たちの領域です」
 工学部のエリアは、東大における三輪教の中枢なのだろう。だから三輪教の領域に、銭形花音ら華族学生は入ってこれない。
「決闘の時に、無人だったのは?」
「キャンパスの外を警官が取り囲んで、中に人が入れないようにしていました。鉄門が指示を出していたのです。中は……三輪教が無人化させていました。決闘の時に、皆さんで示し合わせてキャンパスから出て行ってもらったという訳です。だって危ないですから」
 東大にどれだけの信者がいるのか分からないが、相当な人数なのだろう。そのキャンパス内の信徒が一瞬で外へ出た。
「君らは、俺たちに帰れと言った。けど新田がどうしても医科学研に入るといって聞かなかったんだ」
 満月のなせる業だったとはいえ、まさか鉄門が決闘のホストだったとは。
「あの警備員は?」
「覆面警官です。普段は東大にはいません」
 やはり。どこか奇妙な感じがしたのだ。
「すると純子はなんで医学部でギターなんか?」
「えぇ……推測ですが、あの人は、個人的に医学部にけんかを売っていたんでしょうね」
 純子は、ずいぶん苦学生っぽいことを言っていた。
「音楽の道を進むといって、親御さんから学費と生活費の仕送りを中断されたそうです。代わりに決闘を引き受けんだと私に言ってました。高校時代に居合仲間だった私たちは、あの日に決闘することを決めたのです」
 彌千香は純子にRINEで果たし状を送った。
「後で、純子にも確認しないとな」
「どうぞ」
 彌千香はニコッと笑った。
「海老川も当然知ってるんだよな?」
「人狼ゲームに私たちを招集した海老川さんも、知ってて演じているんです」
「君も話を合わせていた?」
「はい。あの時は言えませんでした。―――すみません、私たちもあの人の手で釈放された。だから、ゲームに出席しなければなりませんでした。ある意味で演じていたのは事実です。―――あなた方に黙って」
 茶番だったのか。
「このことは、秘密にしていただけませんか?」
「分かった」
 彌千香のおかげで、第二工学部の謎が解明された。東京伝説としては、それで十分だ。
「大斗会の本来のルールでは、どちらか一人が必ず死ななければなりません。でも私は純子さんを殺さなかった。第三者のあなた方東伝会が現れて、決闘空間の無人性が弱まった。死を経ない決闘の結果は、必ず後で判定においてもめごとになる。クリアな結末でないからです。負けた方は、勝敗を無効としたがる。不正選挙みたいなもんです。事態を収拾するために、東都帝大の上級都民代表の海老川さんが、東京決闘管理委員会の名代として人狼ゲームを行いました」
 彌千香にも意外だったが、本郷大斗会の本来の立会人は警察ではなく、新番組の五百旗頭だった。最初から海老川が手配したのだろう。あの特捜検事が決闘を止めた。理由は、令司ら第三者が勝手に入ってきたからだ。それで決闘は彌千香が勝っていたのに、あいまいになった。
 本郷大斗会は、判定の解釈が必要になった。ただの観衆ならコロシアムの中に入ってはならない。助太刀も禁止だ。助太刀した者も罪に処せられる。せめて、立会人として二人を認めるかどうか。
 助太刀か立会人かで、決闘の結果が変わってくる。それを東京決闘管理委員会に任せれば、純子が死んで決着がつく。海老川は、そのことを危惧していた。
 彌千香は取り調べで決闘での出来事を「霊力」で片づけて、嫌疑不十分で釈放されたという。科学的に解明されていない「霊力」では判断しようがないが、最初から形だけの捜査だったことは間違いがない。問題は「決闘」が東大内だけでなく、検察や警察を巻き込んだ、東京全体の問題だったということである。
 決闘管理委員会の代わりに、海老川が引き取り、令司たち東伝会は「立会人」と認定され、人狼ゲーム内の令司の証言で、三輪彌千香の勝利が確定。純子は死を免れた。自分で退学したのは、海老川に退学させられるくらいなら、ということだろう。
「あいつが―――彼女を救った?」
「だから純子さんは、今でも生きているんです」
 結果的に、海老川雅弓に守られてしまった気がしないでもない。そんな生易しい相手ではないだろうが。
「ゲームの後、駒場に刀を置いたのは、君たちか?」
「いいえ。私たちは海老川さんの支配する駒場で、目立った行動はとりません」
 それも華族と三輪教の協定かもしれない。
「東大内で誰かが、また決闘を申し込もうとしているのかもしれない。さっきの花音さんみたいに」
「新田は今も特捜部に狙われている。あの五百旗頭に。俺もマークされているだろうがな。あえて特捜検事が出てくるのは、東京地検特捜部機動隊・新番組が、もともと隠匿退蔵物資事件捜査部から誕生した組織だからだと、東伝会で話題になっている。それはM資金か、徳川の埋蔵金か。その背景に、彼らは何らかのお宝を探しているんだ」
 令司は目の前に置かれたPM塊をじっと見た。
「特捜検事の新番組は幕末の新選組同様、ごろつき刑事やはみだし検事の寄せ集めなんです」
 分かる気がする――五百旗頭の顔を見ていると。
「M資金のMは、おそらくMETALのMでしょう」
「金属の?」
「はい。教授にお願いして、現在の研究を見せてもらいましょう」

 工学部内にある「PM先端科学技術研究所」。
 知る人ぞ知る研究所だろうか。ここは金属と超能力について研究している研究所だ。東大に、「超能力」を研究している教授が存在する。彼は五十代と思しき白髪交じりの学者だった。一学生の彌千香の顔を見て、直ちにふかぶかと頭を下げた。どうもさっきから奇妙だ。
「ここが、開かずの戸、『PM門』なんだな?」
 令司は彌千香に訊いた。
「はい。私たちこそが東大の中心です。PMの前では、医学の頂点に立つDNA研の鉄門も、社会の頂点に立った日本の不成文法制をひた隠す赤門も、別にどうということはありません。PMがすべての頂点に立っているからです」
 法学部が日本の「不成文法制」を隠していると、彌千香は今言ったのか? ……もう、それくらいで驚いていてはいけないのかもしれない。
「鷹城君は、この世に階級社会があるという伝説を追いかけてるんでしょ? でも世の中にはそれ以上の真実がある――」
 彌千香は、前にアップした動画も見ていたらしい。
「この東京は格差社会ではなく、それは確かに階級社会です。そう、海老川さんのような人たちによって私たちは支配されている。この大学も。でもそれは、しょせん人間界だけのお話」
「人間界?」
「生物を含む、この世の物質の最上級に位置する物質。それが何だかお分かりですか?」
「さぁ……俺は門外漢なので」
「それがサイキック・メタル。精神感応金属、通称PMです」
 彌千香は折れた刀を抜いた。剣先と並べて机の上に置く。元はPM研で作られたらしい。
「サイキック・メタル?」
「超合金ですよ」
 PM刀。それは持つ者の精神と感応し、鉄鋼を切断する力を持っている。まさに、京子が言ってた斬鉄剣の伝説だ。
「どっかの大企業が、斬鉄剣を作っているという噂なら聞いたけど」
「それは、ここから技術が流出して、華族たちも持っているからよ」
 その彌千香の言葉を、教授が継いだ。
「海老川グループ、信濃グループと並ぶ旧御三家財閥の一つ、鉄菱重工が製造しています。本郷の決闘で使用した二本の刀は、五百旗頭さんの取り調べて押収されて、戻ってきてません。その後、鉄菱が押収したんだと思います。鉄菱はもともと江戸時代から豪商で、銅の採掘をしていた金属財閥です。PMはなぜ鉄鋼を切断し、物体を浮遊させることができるのか。金属にも階級社会があるからです」
 教授はニコリともせず言った。御三家財閥よりも規模が大きいのが東山グループで、あわせて四大財閥と呼ばれている。
「―――金属の階級社会だって? 比喩ですよね?」
「いいえ。金属はどんな微弱な電流でも通すと、磁界が発生します。メタルの最高位に位置するPMは、あらゆる物質をサイコ・マグネティック・フォースで磁化してしまいます。連鎖磁界、と呼びます。周囲にあるもの一切を支配下に置き、自在にコントロールします。気体・液体・固体……」
 彌千香が手をかざすと目の前に置かれた刀は、折れた部分が流体金属化しはじめ、やがて元の刀に接合した。
「磁界の支配力で、金属のランクが決まるんです」
「形状記憶合金ですか?」
「似ていますが違います。超合金といってますが、固体、液体、気体、液晶、ガラスに次ぐ第六の状態、形状記憶純金です」
「それがPM――」
「はい。サイキック・メタル、精神感応金属と呼ばれる所以です。元の金属に特殊な磁化をかけて、PM状態にすると安定します。錆びることもなく、強度も増す。そして超能力を持つ人間とPMは特別な関係で結ばれる。その人のDNAとPMが結びつくのです」
「君と純子の刀は、最初はただの居合刀だった。決闘の瞬間、真剣に変わったのは、PMの特性なのか?」
「さすがです! 鷹城君。本郷で使った刀は、普段は模造刀です。PMは、他人が使ってもまがい物の鋼なんです。金属とDNAの相性もがあります。それが、超能力者と金属の関係性です」
 隣の教授もうなずいている。彌千香と純子が検事に没収されたPM刀は、二人の手を離れたことで、今はもう只の模造刀となっている。
「純子の刀もここで?」
「いえ―――純子さんは自分で用意なさったんです」
 東京華族以外にも技術は流失しているらしい。
「安物・偽物だと思ったら、本物が化けていた?」
「フフフ、人間もそうかもしれません」
 本物を隠すなら、偽物の中だ。
「魔法や、ファンタジーの話じゃないんだよな」
 令司は気が遠くなってきた。
「現実です。日本刀は鋼職人が魂を込めて作ると聞いたことはないですか?」
「あるけど……」
「それがPMの原点です。日本刀最強説ってあるでしょう? あれは嘘じゃありません」
「それは本当だと思う。幕末に、西洋人たちはピストルを構える前に暗殺者の武士に斬られたんだ。その襲撃を避けることは不可能に近かった。つまり、気・剣・体の一致によって日本刀は最強になる」
 令司の説明を、彌千香は感心しきっている。
「日本刀はオーパーツの準PMだからです。古い日本刀は、ストラディバリウスと同じで、完全な再現が不可能と言われています」
「確かに、熱田神社は草薙ノ剣自体が御神体だしな」
 教授は、日本刀を持ってうなずいた。
「ただしPMにはPM1からPM5まであり、御両名が決闘で使用した刀はPM刀とはいえ、レベルとしてはPM1にすぎません。第二工学部地下に眠っていたものは、PM5の可能性を秘めたものなんです」
「具体的には、どういう金属なんですか?」
「玉鋼です。PMのランクで上位に来るものは、PM3が金、PM4がプラチナ――」

PM、全宇宙のマテリアルを支配、つまり錬金術

 PM5 理論上の存在する伝説の金属
 PM4 白金
 PM3 金
 PM2 タングステン純金
 PM1 タングステン合金刀

「これがPM5?」
「その可能性を秘めているものです。しかし純粋なものは、再現するのが非常に困難でしてね」
「では、どうやって?」
「我々が研究しているのは、昔から、錬金術という名で知られていた学問でもあるんですよ」
 東大で錬金術を研究している! それは歴史や文化人類学ではない。現代科学の最先端、東大の工学部においてである。
 教授は引き出しから、不思議な波紋のあるナイフを取り出した。
「例えばこれ、ダマスカス鋼のオリジナルナイフです。現在では製法が失われた鋼でできている。つまり超合金、そういってもいい! これも、日本刀と同じく、一種の錬金術で作られたPM2です。そうしたものはオーパーツと呼ばれ、世界各地に存在している」
 超合金という単語自体は、「超耐熱合金」の略として耐食性・耐酸化性も兼ね備えた合金のことを言うらしい。
 だが言えば言うほど、現実味から遠ざかっていく。少年のロマンとしては十分だが、マジンゴーZは超合金Zから造られるとか、その手のたぐいのことを、東大の工学博士が大真面目に言っているようにも聞こえる。
「このPM刀は、金と同様に重いタングステン製です。人工衛星で使われる合金です。いわばヘヴィメタル。それがPM1です」
 耐熱性に優れ、白熱電球のフィラメントに使われているらしい。炭素やコバルトとの合金は、ダイヤの次に硬い「超硬合金」として知られている。それほどまでに硬いと、普通はかえって衝撃で割れやすくなるので、日本刀では硬さの異なる金属をサンドイッチにして作られているが、タングステンをPM化すると、割れることもないという。
「でもこの刀は、PM5の玉鋼の前に、脆くも破壊された――。鷹城さんのDNAは、それに感応した。私の見立て通りに」
 彌千香の漆黒の瞳は、どこまでも深く吸い込まれそうだ。
「君は……本当に超能力者なのか?」
 彌千香は、黙って微笑んだ。
「彌千香さんは、研究モニターの第一人者ですよ」
 教授は、ESPカードの束を机の上に置いた。確かに超能力を東大で研究しているらしい。
「しかし……まだ信じられません。幾ら俺が門外漢だからといって、科学の常識を覆すような超能力や超物質の研究を、東大で研究しているだなんて」
 手品を見せられているだけなのかもしれない。ただし、東都大学の研究所内でそれは考えがたいことではある。
「それはこの研究所だから可能なことなんです」
 なるほど、厳重に守られた施設の中で、何が行われてるのか知れたものではない。
「肝心なことは――これらの金属は……生きている、ということよ」
 彌千香はスプーンを一本取り出した。令司の目の前にかざされたタングステン製のスプーンは、瞬時に針のように先端が尖り、コルク空けのように五重にねじ曲がった。それから糸状に複雑に絡み合ったあと、元の形状に戻った。これはスプーン曲げを超えている。それは、生きているのだ!
「研究所はPMの名を関していますが、もともと治金学の一種です。超能力の研究は、世界中の大学で行われていますよ。アメリカのCIAやスタンフォード大学、旧ソ連が有名ですが、中国では気の研究が大学で行われています」
 米国防省では「スターゲート計画」といわれ、戦争でリモートビューアーが活躍した。一度解体され、ESPは現在、オカルト色を排するために、「センスメーキング」と命名しなおされ、スタンフォード以後、国防省で研究されているという。
「そして日本ではここ東大か……」
 東大でも、こんなにおおぴろげに超能力を肯定しているとは。
「もちろん、超能力は既成の科学においてまだまだ分からないことが多い。人間の持つ、未知の領域です。学問でも、異端であることには変わりません。でも科学には二種類あるんです。通常、科学というのは、過去の発見の積み重ねです。しかし通常の科学では説明がつかない現象に直面したとき、どうするか。最初は、これまでの科学でなんとか説明をつけようとします。でも、そうでない理論を唱える科学者が現れる。それは、それまでの科学を根底から覆す存在となります。最初は無視されたり、激しい抵抗に遭うものです。ところが後にその現象と理論が認められ、科学が根底から再編されると、また新たな科学として制度化される。実は科学は、ただの積み重ねではなくて、過去何度もこれを繰り返しているのです。これをトーマス・クーンは『科学革命の構造』という本で『パラダイムシフト』と言っている」
 パラダイムシフト。うかつにも、令司ははじめて聞く単語だった。
「隣の研究所の地下で、二十年前、何があったんでしょうか?」 
「その現象の解明には至ってはいませんが、我々はPM臨界事故と呼んでいます」
 それを、東大は徹底的に秘匿した。
「地下で起こった発光現象は、電磁パルス(Electromugnetic Pluse)です。大気圏上空で核兵器を爆発させると、直下の都市にガンマ線などの粒子線が降り注ぎ、広範囲で電子やイオンが発生します。それらは電磁波を放出し、ケーブルやアンテナに電流を流し込んで電子機器を破壊します。小規模な現象では電磁波兵器に転用でき、カメラやレーダーのジャミングに使用します」
 渋谷でAIカメラを破壊したという十連歌のデモ隊。まさか―。
「二十年前、このPM塊から、八色の光の玉が飛んでいったのが観測されました。大爆発です。それは最終的に、東京中に散らばった。言い換えればパンドラの箱が開いた」
 教授はデータを見せた。彌千香が言った通りだった。まさかの、里見八犬伝のような展開。
 教授が機械を準備し、地下から回収したPM塊をセットした。
「この玉鋼から、一体何を作ろうとしているんだ? 新しい刀を?」
「いいえ、神器です」
 彌千香は、PM塊に右手をかざした。玉鋼は輝きを発し、ふわりと浮かび上がった。みるみるPM塊は、発光現象を引き起こした。
「電磁パルスを、この塊は電力なしで起こした……」
 令司は驚嘆した。
 フリーエネルギー装置だと研究者は判断したそうだが、途方もない歴史的発見である。
 PM塊は、左右に揺れながらコマのように激しく回転運動をし始めた。残骸が何かに代わろうとしている。
「ここではだめですね。時間が足りません。それに設備も」
 彌千香はおよそ十分、「力」を注入していたが、膝をついた。わずかな時間ながら、彌千香の顔には疲労の色が濃く映っている。
「東大以上に、充実した設備が他にあるのか?」
「はい。ここでは話せない重要な話があります。あなた自身に関わる重大な話です。一度、こちらへ私をお尋ねください」
 彌千香は名刺を差し出した。東京三輪教のシンボルマークが記されている。三ノ輪の住所が書かれていたが、巨大な本部施設なので地図なしでも行けるだろう。
「東大でのあなたの心配事は、今後一切わたしが援助を保証します。東京華族たちのシケプリにはじかれてもなんら問題ありません。工学部系のみならず、単位全般お任せください」
 彌千香は、うちのアプリに参加しないかと持ち掛けた。なるほど三輪教には三輪教のプリント委員会があるらしい。だから彌千香にはダメージはなかったわけだ。教授も大きくうなずいている。
「それは、三輪教の信者になれということか?」
「いいえ別に。入信する必要なんてありません。私が好きで貴方を応援する“勝手連”とお考え下さい。私たちのシケプリ対策委員会には、三輪教でない学生も多く加入していますよ。但し条件は、海老川さんのアプリには今後誘われても参加しないことです」
 PM研究所へ自由に出入りする三輪彌千香。そこで彼女の正体を知ることになった。名前がそのまま彼女の正体を現して居たのかもしれない。
「パラダイムシフトはまだ起こっていない。でも、これから我々が起こすところです」
 教授は最後に言った。
「私も、超能力を持った一学生として、この研究所でPM開発に関わっている。ただそれだけです」
 令司は警戒心を抱きながら、彌千香の不思議な存在感に興味を抱いたことは事実だ。ただの「一学生」ではない彼女を。
「お待ちしてますよ」
 彌千香は、令司の袖をぎゅっとつかんだ。
 別れ際に寂しげに、玄関外で駒場へ帰宅する令司を見送った。

「知ってるよ。彌千香は、三輪教の信徒だったんだろ。―――特に何も隠してる様子はなかったぜ」
 令司は藪に言った。
「そうじゃない。まったくよ、海老川といい、お前って何も知らないんだな。相当な世間知らずめ。三輪彌千香は、三輪教教団の教主の娘だよ、まだ十九才だけど、教団の後継者なんだ」
「―――え?」
 研究会メンバーは、彌千香には関わらないほうがいいと令司に言った。海老川雅弓と同等の扱いだ。
「ウチの大学、本郷キャンパスは特に、三輪教が多いってことを忘れるなよ」
 本郷は上級と三輪教で半々で、争っている。事実上、東大内の二大派閥だ。工学部はほとんど占拠されているらしい。
「それも、三輪教がPM先端科学技術研究所のテクノロジーの秘密を握っているからなんだ」
 彌千香は信徒たちの間では生き神のような扱いで、絶大な崇拝を集めているらしく、工学部の教授であっても同様だった。当然、学内にも大型サークルを持っている。それは、上級都民の海老川と、別な意味で学生でありながら権力構造の一角をなす存在だった。
 その教主の娘にして後継者といわれる三輪彌千香(みちか)が、先の人狼ゲームを期に、鷹城令司に接触してきた、ということである。「女王」から追放された令司を保護しようという新たなグループ。勝手連だとか言ってたが。
 令司は自分がこれまでいかに図書館での執筆三昧で、自分の中に籠ってきたかを思い知らされた。東大引きこもりとはこのことだ。
「PM研は旧日本軍の超兵器研究を引き継ぎ、非科学的と伝統的な東大教授からは思われがちだったが、三輪教が拡大すると誰もが口をつぐみ始めている。三輪教団から、相当な額の研究費だって寄付されているからな。しかも共同研究の名目で」
「てことは、PM研って……もともと三輪教団だったのか?」
「いやそうじゃないだろうが。――でももしかすると彌千香は、テレパシーで教授たちを洗脳している可能性も考えられるぜ。そうやって彌千香は、東大を乗っ取ろうとたくらんでいるんだ。決闘を機にな。お前も気をつけろよ」
 藪は大げさな表情で言った。まるでアニメ「耀―AKARU―」だ。だが、東大は拡大成長を続ける三輪教に乗っ取られそうになっているのは事実だ。
「そんな無茶な」
「例の決闘ののち、勝利した総長によって粛清人事が行われているしな。今学内は上級都民共と覇を競っている真っ最中だ。そんなトコへ行ったら、お前戻れなくなるぞ」
 だから余計に声が小さくなるんだなと、鷹城は納得した。あやうく、三輪教に取り込まれるところだったらしい……。別の意味でこの東京伝説研究会に取り込まれている、と令司は思ったが言わなかった。
 先日は本郷の鉄門・医学部のタブーたるDNA研究所をこじ開け、そして今日はPM門を、開けた――。
「あたしたち一般学生は、肩身が狭いのよ」
 映像を確認してメンバーはハッとした。
「肝心なシーンで、カメラが作動してなかったみたいだぞ」
「え? ……あぁ!」
 地下のPM塊が出現する前に、カメラの電源が落ちていた。まるで編集が施されているみたいに。まさか、彌千香のPMの仕業か?
(今度こそ、俺は消されるのだろうか……)
 動画アップの作業を続けながら、令司は考えを巡らした。
 上級都民たち、そして三輪教。どっちに転んでも恐ろしい。そして、どっちも敵に回したくはない。ま、今更という気がしないでもない――。
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