第22話 青嵐 ブルー・レボリューション 山の手対下町戦争

文字数 13,776文字



愛宕百韻

 ときは今 あめが下な(し)る五月哉 光秀
 水上まさる庭の夏(松)山 行祐
 花落つる流れの末をせきとめて 紹巴
 国々はなほ 長閑なる時 光慶

二〇二五年七月五日 土曜日

「もうチョット付き合ってほしい」
 純子は会計を済ませた。
 酒を何杯も煽り、マシンガンのように語り、ところがまったく酔っていない。令司は、ほろ酔いレベルでアウディを運転ができなかった。
「車に乗りなよ。上野公園へ戻る」
 純子は酔った目つきで微笑んだ。大丈夫か?
 駐車場の奥に、コガネムシのような黄緑光沢のビートルが置かれていた。新車の自家用車だ。確か、純子は生活に困窮しているはずなのに。令司のアウディはシェアカーなので、駐車場に置きっぱなし。
 完全自動運転だからアルコールも可なのか? いいや、そうじゃない。令司に酒を飲ませている間、純子は一滴も飲んでいなかったのだ。飲んでいたのは、完全ノン・アルコール飲料だったようだ。あの酔いも熱弁も、演技だったのか? 騙された。
「――って、戻るのか?」
「一つ報告があってさ。お祝いしてあげたんだから、もうチョットいいでショー? あたしデビューしたんだ。今夜、その初ステージなの」
 それまでことごとくオーディションで落ちていた純子だったが、人狼ゲームの後、転機が訪れたという。どっかのロックバンドに拾われたらしい。
「ふ~ん、それはよかったジャン」
「ま、メジャーではないんだけどね。今は」
「いいんじゃない? 今はU-Tubeだってあるし、メジャーの形に、どんだけ意味があるのか分かんないし」
 令司が慰めで言ったことは、本気だった。きっと、上野公園での路上ライブなんだろう。
 車窓にモデルのKAGEKOのポスターが目に飛び込んでくる。金髪パーマのウルフカット。その、人を射すくめるような視線が、令司の心を一瞬占拠した。

 アォオオーン――……
 アォオオーン――……

 またしても遠吠えが、街に鳴り響いた。
 上野公園の中央で、十連歌トラックが連歌会(れんがえ)のゲリラ・ライブ陣を張っていた。行きには見かけなかった。その周囲を、一万人を超えたデモ隊が取り囲む。皆、シャツや髪、顔のペイントに青が入っている。行きとは全く違った人込みにもまれながら、純子はグングン進んでいった。
「危ない。帰ろう」
 令司は渋谷を思い出した。
「何も知らないんだ? この辺から葛飾あたり、十連歌のお膝元だよ」
「まさか――、デビューっていうのは……」
 令司は純子の頭を凝視する。
「その髪の青メッシュ。き、君は、どっからどうみても十連歌」
 十連歌!
 純子の真っ赤な唇が笑っている。
「リーダーのAYA-PONさんは、こないだの渋谷のゲリラ・ライブで逮捕された。サブリーダーだった六聖也仁さんがリーダーに就任――。で、一人欠けた女性ヴォーカリストにオーディションがあって、一万六千五八四人の中からあたしが抜擢された。名前に、数字が入ってないケド」
 十連歌は前メンバーが逮捕で離脱し、小夜王純子がオーディションで入った。
 人狼ゲームでも十連歌ファンを公言していたが、ファッションのためなのか、あの時は特に青いものを身に着けていなかった。その彼女が、初めて青いモノを身に着けた。連歌師になった証だ。
「さっき、インディーズって言ってなかった?」
「十連歌は元メジャーだけど、メディアから総スカンを喰らい、現在はある意味インディーズってだけのこと」
「そうか……さっきの店『ブルー・レボリューション』は、十連歌の店だったんだな? 勝手にサイン書いてたけど、君が新しい連歌師になったからだ!」
 十連歌のジャンルは和歌ロック。別名「ジャポニスム・ロック」ともいう。メタルやジャズ、トランスなどありとあらゆるジャンルの音楽をミックスする。インストゥルメンタル曲も多く、和風EDM系とも呼ばれる。葛飾北斎がコンセプトのあの店も、彼らのアジトなのかもしれない。
「正解。決闘には負けたけど、全部君が援けてくれたおかげだよ。だからあたしは十連歌のメンバーになれた。――今は暫定だけど」
 本郷大斗会に勝てば、小夜王純子は十連歌のメンバーになれるはずだった。しかし健闘を称えられ、十連歌への道が開けた。
 二〇二四年の渋谷ハロウィン事件以来、今や歌詞の内容や思想のせいで、世界一危険なロックバンドのレッテルを貼られ、バッシングを受けたのち、メディアから総スカンを食らった。それでもオーディションで、一万人以上集まるんだから大したものである。
「それは……良かったな。オメデトウ」
 複雑な気分だった。
 鬼兵隊と違った意味で物々しい。渋谷以来、あまり関わりたくなかった。
「なんで彼らはいつも、政治と結びつく?」
「十連歌は、戦国時代の連歌師を精神的な源流に持つからだよ。連歌師は、どこの戦国大名にも引っ張りだこで、戦場を自由に行き来できた。明智光秀も連歌師だったしさ」
「そうだったのか」
 明智光秀は、本能寺の変を起こす前にも「出陣連歌(しゅつじんれんが)」を詠んで、士気を高めたと言われている。
 戦国の連歌師たちは、間諜の裏家業をしていた。各地の有力大名や公家、戦場を回り、情報を収集する。そこで武将たちは好んで彼らを呼んだ。
「大斗会の敗北で、経済学部内の十連歌支持派の教授陣は失脚しちゃって、革命を諦めるしかなかった――。けど十連歌は、独自に革命を起こすつもりなんだ。新3S政策批判も、三つのS自体はニュートラル。敵の大事な戦略を、意味を変えて発信する! エンタティメントを使って真実を表現することだってできるんだ!」
「それが、十連歌のやり方なのか」
「あぁ! 日本の音楽業界はアメリカに次いで世界二位、動画配信でもアニメが最有力コンテンツだ。逆に全世界へ文化を輸出。懐深く文化を取り込んで化学変化を起こし、発信する国、深い国」
 純子は群衆をかき分けて、公園の中心の噴水にたどり着いた。
「家畜の安寧か、飢狼の自由か。そろそろどちらか選ぶんだな君も」
「俺にも、東大を辞めろと?」
「フフ、そうじゃない。あたしはカッとなってやめちゃったが君はやめる必要なんかない。体制の中から改革するんだ。むしろ、やめるべきじゃない。いや、絶対やめんなヨッ!!」
「……」
「鷹城令司、腐った豚共の国を二人で成敗しないかい? 狼になって」

 真ん中に、「AYA-PONを釈放しろ」と、彼女を遺影にした巨大ポスターがデカデカと掲げられている。死んだ訳じゃないのに挑発的。こんなものを掲げてるから、デモを扇動してるのが十連歌だって当局にバレバレなんだ。
 「狗駄羅根威(くだらねい)」と筆文字で書かれた、戦国時代様の旗印が十本、立ち並ぶ。そこにずらずら、細かい字で知事の批判が連ねてある。「アメリカンドッグ」と罵倒された知事は、上級都民の犯罪をもみ消したらしい。
 どの旗にも、蓮の花に「十」の筆字のシンボルに、「十連歌」、その下に先の文字が記されている。威圧感たっぷり。微妙に濃度の異なる青い旗。これが十連歌の旗印だ。
 一ノ瀬・二宮・三芳・四条・五島・六聖也・七海・八代・九法(くのり)・十七夜(かなき)。
 エレキ琵琶を持つメンバーもいる。
 十人の連歌師のうち、五島彩“AYA-PON”が先の渋谷で道路交通法違反容疑で逮捕され、なぜか釈放されないまま、小夜王純子が仮加入した。
 純子は、四条舞々膳(まいまいぜん)というダンサーの女連歌師の横に立った。この中に入ると、派手派手な純子は直ちになじんだ。
「ぃよう!」
 リーダーの六聖也仁が令司に近づいてきて、力強く握手した。
「よくやってくれたな東大クン――、キミの動画のおかげデェー、うちは活動を続けられているって訳だ!」
「そ、そうですか」
「U-Tubeの東伝会の影響力は絶大だな! 我々が急にスキャンダルに見舞われてる隙に、政府内で重要で危険な法案が出され、まかり通っていた! 上級国民の利益を隠す腐った法案だッ。我々は難儀したが、キミは十連歌を救ってくれたシ! U-Tubeこそ素人や無名、金もコネもないレンチュウが力を持てるエンパワーメントの象徴だよな!! 社会からドロップアウトした俺たちにとっても。その最後の砦が鷹城令司、君って訳だ!」
「ハハハ、いやまさか」
「そのマサカだ! だから視聴率ガタ落ちのテレビ如きに全無視されたってかまやしねえ。奴らが大切なことを何一つ報道しなくたって、SNSの力は、第四権力マスメディア、第五権力・巨大広告代理店の力を完全に超えた。――ま、我々が学生の時分はインターネットなんかなかったから、テレビ・ラジオ、雑誌が主な情報源だったけどよ。書店で買って、何誌も読み漁ったモンだよ。けど今じゃ、大手メディアなんかどれもこれも時代遅れだからな!」
 下町のジョン・レノンを自称する六聖也は言い放った。
「真・3Sですか?」
「おぉ、その通り。都市伝説ブームなんかエンタティメントとしてピッタシじゃないか! 娯楽と見せかけて大事なことを世に伝える! まさに完璧さ!」
 十連歌はテレビやラジオから締め出されたが、どう考えても芸能事務所や巨大広告代理店では、U-Tubeからチャンネルを削除させることなどできないはずだ。そこにはもっと、上のレベルの力が働いているとしか思えない。
「あたし、鷹城令司の友達だって言ったら、六聖也さんに気に入ってもらえて。実はその意味でも感謝してるんだよ」
 そうでなくても、純子が十連歌勢力を代表して東大で決闘したことが大きい。
 六聖也が持つ赤金色のサックスに、令司は釘付けになっていた。先端が湯気のように空気が揺らいで見える。おそらく普通の金属ではない。
「このサックス、どちらで売ってるものですか?」
「どこにも売ってないさ! 全部リサイクル業者に頼んで、ハンドメイドで作ってもらったものだから!!」
 六聖也は、いちいち声がバカでかい。
「えっリサイクル・ショップ――ですか?」
 意外な感じがした。
「いやいやイヤイヤ、そうじゃない、東京鉱山。この近くの企業で廃材からレアメタルを採取してるって訳ヨ!!」
「東京の、都市鉱山のことですか?」
「そうそうそう! 産業廃棄物、リサイクル回収――。金属、鉄筋、鉄骨、アルミ、ステンレス・銅、レアメタル、何でもござれだ!」
 都市鉱山――東京は、世界一の鉱山だと言われている。その量はアフリカを超え、日本を金属資源大国とさせているのである。東京オリンピックのメダルも都市鉱山で作られ、話題となった。
「そこで得られたメタルをもとに、マルチアークで十連歌の楽器も作られるという訳!」
 十連歌は、下町区の資源ごみのリサイクル企業と手を組み――、いや、手に入れた。
「ま、サイドビジネスみたいなモンかな。東京鉱山は今、夢のゴールドラッシュだからな!」
「えぇっ――十連歌がですか?」
「ミュージシャンにとって楽器は命!! 何よりもナ。俺たちゃ、昔より金持ちなくらいだ。クライアントや中間搾取から解放され、エンパワーメントを獲得したってことだよ!」
 令司は、サックスが一体何の金属でできているのか、いよいよ気になった。
「純氏、ホレ、連歌師就任の祝いだ! できてるぞ!」
 六聖也は、純子に赤いエレキギターを渡した。
 ボディは丸く、そこに四つの斧みたいな突起がついている。
「わあおっ、あたしのデザイン通りだ! イメージぴったし! 六聖也さん、あ・り・た・すっ」
 AYA-PONは名ギタリストである。その後を継ぐと言えば、並大抵のことではない。
「か、変わったギターだね」
 純子はウインクした。
「狼牙ギターだ」
「訊きたいんだが、君が決闘で使用した刀って、本当に骨董市で?」
「ううん? 東京鉱山で車のバンパーをエンジンカッターでカットして刀を作った」
「ば、バンパーを?」
 それだけで、形状が変化するような刀が出来上がる訳がない。
「うん。ま、なにしろ錬金術だからね」
「――錬金術?」
 令司はバカみたいなオウム返ししかできない。東大PM研で三輪彌千香から「錬金術」という単語を聴いてあきれたばかりだ。
「マルチアークっていう技術を使った錬金術で、金属の性質を変えるんだ。あたしはそれを持って本郷へと向かった」
 純子は五百旗頭検事に逮捕されたとき、刀を新番組に没収された。彌千香といい、それを大したダメージだとは思ってないらしい。やはりPM刀は使用者との連携で威力が発揮されるのだろう。
「また君に頼みがあるんだけど。今日も動画をアップしても全部U-Tubeに消されちまう。撮影して、君のチャンネルで今日の出来事をアップしてもらいたいんだ。よろぴく」
「あぁ、いいよ。今日のライブ(連歌会)は、お上に届けてあるんだろうね?」
「もちろん。デモじゃないよ。あれから十連歌は警察と手打ちして、必ず届け出してるんだ」
 条件付きでOKらしい。デモ後にはゴミを片付けるとか。マナーがいい。
 周囲を取り囲み、バタバタとはためく戦国時代様の旗が、不穏な空気を醸し出していた。渋谷の時にはなかった。これは、デモのときにいつも掲げている出陣連歌用ではなかっただろうか。
 毎回、連歌会の始まりに「血を吐く詩人の会」と題した即興曲を演奏する。その中で、メンバーが演説内容を順につなげて歌う。これができなきゃ連歌師にはなれない。
 その歌詞の中で、ディスリ相手を血祭りにあげる。純子が選んだ今回の獲物は、東京都知事候補者・犬養謙。お題は「なんて素敵にワンだフル」。
「即興でも完璧さ! みんなテレパシーでつながってっから、演奏が成立するってワケ! ジャズバンドや、クリムゾン・ツェッペリンも演ってた。つまり、テレパシストであるかどうかが連歌師になれるかどーかで、あたしが選ばれたというわけ」
「――っていうと?」
 純子もテレパシスト?
「あ、今のはナシで。気にしないで。んじゃ、頼んだよ!」
「あ、あぁ――?」
「知事は下町区のAI監視カメラの設置を提唱。5G格差を埋めるんだって、公約に掲げていた――」
 都市部の犯罪や、指名手配犯の追跡、確保。駅・公共施設を中心に都内に一億の顔認識AIカメラを設置する計画。カメラと個人情報、5Gスマホをリンク。画面に映る人の身元を秒速で割り出す。犯罪不可能社会を5Gで23区全体度に広げる暗黒社会の謀略。
「君のメールって、高度な暗号がかかってるって言ってたけど、デモ時の警察対策なんだよな?」
「敵の5Gから身を守るには、通信の暗号化は欠かせない。それだけじゃないよ。君も電車の移動の際には気を付けな。つねに現金で切符を買うんだ。相手が履歴を追えないようにね」
 加えて十連歌デモ隊は、監視カメラからマスクで防御し、なおかつAI顔認証システムを破壊する。それも、ただのレーザーポインターによる破壊ではないと純子は言った。特殊な金属を使う電磁パルス――PMだ。
 十連歌は犬養候補の格差是正の条例改定に反対していた。その欺瞞的内容を暴露した。
「東京を、青く染めてやるーッ!」
 連歌師たちが即席の歌詞でつなげていく。スムーズに、ハイスピードで、犬養謙都知事の不祥事を追及、都政の貧困対策中抜き批判。
 たちまち観客が沸いた。
 続いて、ソロで一歩前へ出た純子がマイクを握った。
「純露」
 純子が作った曲らしい。おぉこれは、ギターストリーム、これはAYA-PONのギターに匹敵する鋭くエッヂが効いたサウンドだ。純子の狼牙ギターの腕前はかなりのものだ。
 デビューでいきなりオリジナル曲を披露させるとは、どんなにメジャーになっても、十連歌はインディーズの自由と危うさを持っているといえる。

 ドローンの大群が空を埋め尽くしていた。
 これほどの数を統制するとは、AIで動いているのだろう。動く監視カメラ、警察のドローンだ。
「解散しろーッ!」
 警察の拡声器からだみ声が届いた。
 純子の曲が終わるころ、機動隊が来ていきなり解散を命じた。
「クソッ騒々しい。今夜はそんなつもりじゃなかったのに―――」
 純子は六聖也を観た。
「待て待て何を慌ててるんだ、届け出は出しているはずだぞッ!」
 六聖也は叫んだ。
「届け出の内容を逸脱している! 解散しなさい!!」
 純子の狼牙ギターは過剰に群衆を煽ったかもしれない。だが、決して暴力行為を行ってはいない。
「イチイチこのありさまだっ!」
 令司は後ずさった。伝説を追いかけるのは、もうやめた方がいい気がした。
 大盾を持った機動隊が特殊警棒を振り上げ、デモ隊の取締りを開始した。
 特殊車両の信号表示は、「テロ警戒中」。
「放水開始!」
 警官が暴力を振るっていた。催涙ガス、放水銃。まるで察していたかのように準備万端だった。令司は、無秩序の蟻地獄からの脱走を試みた。コロシアムの時と全く違う。これは、決闘外なのだ。殴りかかった警官隊は、三人で一人のデモ隊を取り押さえた。路上に血が流れ出す。どんどん逮捕されていく。
「横暴な。向こうから手を出してきた。もうやるしかねェ、反撃だッ!!」
 腹を立てた六聖也は、演奏を続けると宣言した。
「合点承知ッ!!」
 純子が合いの手を打った。
 時間の経過とともに、どんどん人が集まってくる。誰もかれもが髪に青いメッシュをした集団で、上野公園はあふれかえった。
「……純子、中止して逃げろ! 捕まるぞ」
 令司はステージに向かって声を張り上げた。
「ただちにライブを中止しなさい―――ッ、公園を封鎖する――ッ!」
「一つ教えてあげる。東京は二つに分断しているんだ。山の手と下町の戦争は、本当だよ!」
「またそれか」
 東伝会八犬士、松下村塾鬼兵隊四天王、そして十連歌―――。その中でもっとも関わりたくなかった十連歌デモに、小夜王純子が加盟した。流れで、鷹城令司も巻き込まれている。俺はなぜ、こんなにも物々しい連中に関わっているのだ。
「敵は国家権力を動かして十連歌をつぶしに来やがる。でもあたし達は負けてない。やられっぱなしじゃない!! 東京伝説研究会の鷹城君、いまに見てな。いざとなれば東京鉱山で、武器を大量に製造してデモ隊を武装化し、それをあたし達十連歌が仕切ってやる―――-」
 それってテロリストってコトじゃないのか、純子……。
「こんんのヤロォ――――!!」
 十連歌はステージを駆け下り、楽器を振り上げて応戦した。
 純子は狼牙ギターのネックを両手で握り、ステージで暴れるロッカーのように、盾を持つ警官隊に向かって勢いよくブン回した。
 特殊警棒がぶっ飛び、盾が二つに割けた。純子は警官の頭を狙った。ヘルメットがひしゃげて飛び跳ね、大柄の警官がもんどりうって転んだ。次から次へと押し寄せる警官の波を、純子は猛烈な破壊力で突破していった。
 こんなことしたらギターはズタズタになるに違いない。しかし、純子の持つ狼牙ギターは、傷一つ付いていなかった。
 令司は気づいた。純子の四斧ギターは、銃刀法対応の帯剣だ。
 そして確信した。あの狼牙ギターは、PM製だ。PMは全マテリアルを支配するという。純子は体内で、アルコールを一瞬で分解した。もう一つ何か隠し持っていて、PM力を出したのだ。六聖也仁のサックスも、PM製だ。十連歌の持つ東京鉱山は、PM生産工場の一つなんだ。
 リサイクル武器……武器商人!
 M資金伝説と、都市鉱山。この二つがどうやらPM開発に関係するらしい。東大のPM先端科学技術研究所は、東京伝説の中枢に位置すると考えられた。
 また戦争に巻き込まれた。やはり彼らの言うことは本当なのだ。伝説は真実だ。前回の渋谷を上回る、最大級のドタバタ。逮捕されちゃたまらない!
「純子、じゅんこっ! 君も早くこの場から逃げろ!」
 純子は一人混乱する路上を走っていた。警官たちは、誰も小夜王純子を逮捕できない。

花音襲来

 巨大な黒塗りのトラックが来た。純子は、「ガンドッグのバトルトラックだ」といった。
「近頃ガンドッグのやり方がますますえげつなくなってきてさ――まさに新選組だよ!」
「ガンドッグって?」
「東京地検特捜部機動隊・新番組、その二つ名をガンドッグっていう。あたしさ、本郷大斗会で負けたのに、君に勝手に接触してるでしょ? だからガンドッグの襲撃を受けてるんだ」
 目の前に立ちはだかった長身の女に、令司はぎょっとした。
「ぜ……銭形花音!」
 花音の真上にも、ドローン部隊が浮かんでいた。マシンガン仕様の催涙弾か、ゴム弾銃を備えて。スケバン検事にウェスタン警察?
「鷹城令司……あなたまで。こんなところで何をしているのです?」
 偶然会ったようなふりをしているが、違う。この女は、令司を監視しているのだ。上野へ来たことを分かっていて追ってきたに決まっている。
「まもなく学生サミットなのに。こんなところをうろついていると逮捕するしかありません」
 今日は警官の制服を着ていた。
「横暴じゃないか、見てたぞ、そっちが先に手を出した。十連歌は届け出ていると言ってるぞ!」
 白色テロだ。
「いいえ。デモが先に暴徒化した。今よりデモからテロに認定します。公務執行妨害、器物破損、暴行罪、障害罪……テロリストを捕まえる罪状はいくらでもある。その責任は、煽っている十連歌にある――」
 水掛け論で反撃された。すべて公務執行妨害で、容赦なく取り締まるつもりなのだ。
「いい加減、彼らの『犬満足』に付き合うのは止めなさい」
「犬はお前だろ」
「分かってるんでしょうね? 地球フォーラムで海老川さんとの立会人になるという約束をしているのに、まさか、あの方の名を汚すつもりですか?」
「お前……聞きたいことがある。なぜ大斗会では絶対に逮捕しないのに、道路交通法とかデモは逮捕するんだ? おかしいじゃないか。新田より、決闘してるやつを逮捕しろよ! お前自身も含めて。決闘罪は一体どうなってるんだ?」
「大斗会は、国内での勝手な内乱を避けるためです。大斗会を経ない革命行為は絶対認めない。正式な決闘は、不文律の法で認められている。唯一、大斗会が。都の秩序を、法を犯すものは、この私が許さない―――」
 確かに花音の言う通りだった。決闘に負けた十連歌は、決闘制度と無関係に自分たちで革命を始めたのである。戦利品たる令司にまで接触して。
 この女は「学生検事」を名乗っていた。おそらくどの法律にもそんな存在は明記されていない。超法規的立場の、グレーの存在だろう。だからこんなグレーなことが言えるのだろう。上級都民どもに、何を言っても無駄である!!
「決闘以外の暴力は取り締まる! 徹底的に取り締まります!」
「令司っ、何してる、早く逃げろ」
 純子が斧つき狼牙ギターを振りかざし、後ろから近付いてきた。
「フッ、千葉のヤンキー風情がッ」
「出たなスカタン検事、上等……やる気かッ!」
 花音は純子をじっと見下ろして、自身の後ろに浮かんでいるバレーボールをつかみ、純子にサーブした。ドローンの一つは、花音の念動力で浮いていたボールだ。
 だが、純子の狼牙ギターは、キャノン砲を粉砕した。花音は後ずさり、腰から十手を取り出して構えた。十手が塀にぶつかり、激しい金属音が鳴り響いてコンクリートが砕け散った。
「きっつ……!」
 純子が苦悶の表情を浮かべる。
 両者の激しいチャンバラを後目に、令司は急いで駅前を立ち去った。花音はどこまで行っても、四方からデモ隊が集まってくる中を突っ切って走る。
 花音は十手で鉄パイプをバキバキとへし折った。デモ隊を二十人近く吹っ飛ばして突進する。
「検察が都民を攻撃するのか!」
「いいえ、我々は都民を守るために働いているのです」
「どこがだ!」
「あなた方を、あなた方自身から」
 花音は右手だけでバキバキと指を鳴らした。
「花音……お前笑ったことあんのか?」
 あの鬼の久世でさえ笑うのに、花音は笑わない。
「今は笑えるような状況ですかッ?」
 なら、こいつが笑えるような時代がいつ来るのか。
 花音は十手を振り上げた。ヤラれる――。
「逃げろーっ!」
 純子の叫び声が響く。
 令司は闇雲に走り出す。
 花音がブン投げた十手が回転しながら、生き物のように軌道を変えた。追撃ミサイルだ、まるで。花音マルチアタックもやはり、PM力の念動力で捜査しているのだ。
「――待ちなさいッ!」
 五十メートルを、四秒台で駆け抜ける俊足で猛追してくる。
 再び投げると、宙で高速度回転して花音の手元にバビュンと戻ってきた。
 さらに投げる。十手はコンクリート塀に突き刺さった。
 ググッとうごめき、ズボッと抜けた十手は、クルクル回転しながら宙を舞った。花音は飛び上がって受け取った。顔色一つ変えない。
「忌々しい、この女狐ターミネーターめがッ!!」
 純子は四斧ギターを思いっきり、十手を持った花音の右腕へ振り下ろした。十手が地面に転がり、大量の血があふれ出した。
「クッ――」
 花音は膝をつき、左手で右手の負傷を抑えて純子を睨みつけた。純子は走り去った。

 ドン! パパパパ……パラパラパラパラ――
 巨大な花火が、令司たちの頭上に上がった。
 今夜は、隅田川の花火大会だった。花火をデモのバックグラウンドにして大暴れし、そこに機動隊とガンドッグが衝突する。
「クソックソックソッ、一体いつの……時代だよ! これが、二十一世紀の東京の現実なのか? 国士気取りの久世と言い、十連歌なんて、昔の学生運動と、全く一緒だ! それとも、戦国時代と何が違うんだよッ」
 純子らとはぐれた令司は、この地を離れることにした。

 真正面に、長い長い黒髪の女が立っていた。
「花音さんが言った通りね!」
 女は、令司に言った。
「何が――?」
「この国でデモで革命が起きる訳じゃない。選挙だってマスコミ報道だってうわべだけの現象。唯一革命の方法が、大斗会なのよ。決闘以外じゃもう、限定内戦法に発展するしかない。彼らがそれをやらせると思う? そうは絶対させないわ」
 またしてもキョウコが。東京伝説の生ける証拠が、令司の前に現れた。うりざね顔が青や赤い光に照らされる。間近に見れば、それは東山京子とうり二つだったが、でも、どこか違う―――。
「なんだ、限定……内戦って?」
 デモ隊はガンドッグとの戦闘に熱中し、そうでない者は皆頭上の花火を見上げていた。誰も地上のキョウコの存在に気づかない。
 これまで令司の前に出現した彼女は、なぜか、他の人間には見えていないらしい。永田町のときも、スミドラシルの時もそうだった。いや、三輪彌千香だけは違う。本郷で、キョウコらしき女性の後ろ姿を見たと言っていた。霊能者だからだろうか?
「しかもね、対立してる者同士、帝国と人狼が同じ穴の狢だったなんて、いくらでもあるんだよ、そんなコト――」
「何を言ってる、そ、そんな、バカなコト」
「はてさて今回はどうかしら? 表層的な『貌』に、騙されない方が人生得するよ」
 キョウコは、ニヤニヤしながら令司に近づいてきた。
「そう、警官が先に仕掛けている。それに反撃した結果、暴徒化したって認定される。十連歌デモの場合って、いっつもそうだったでしょう? だから彼らは、本当の暴徒なんかじゃない」
「そうだ。暴徒ってのはどっちかっていうと、警官や新番組の方だ」
「本物のデモはね、当局やマスコミが一斉に束になってつぶす。マスコミも上級都民に飼われているから、十連歌が何をしたって一切報道しないしさ、もししたとしても、三面記事で小さな扱いをするの。U-Tubeでも動画がオススメされないように巧妙に仕組まれている。あなたたちのチャンネル以外はだけど!」
 つんざくような花火の爆音下でも、キョウコの透き通った声だけは令司の耳に届いていた。
「昔からデモって、そういう扱いだろ」
「――それは違うわ。一九六五年の永田町国会前の安保反対闘争を、私は覚えている。あの時、警官隊と猛烈なもみ合いになって、マスコミはデモ隊を熱烈に応援していた」
「覚えて、いるだと――?」
 一九五一年、日米安全保障条約が締結された。
 それは日本が永久に米軍に基地を貸す一方で、アメリカは日本を防衛する義務がない。高度経済成長期に日本の独立を目指して、時の山下首相は、不平等の条約を改定しようと目指した。親米派でもあった首相は、同時にアメリカからの自主独立を目指し、アメリカとの対等な関係に立とうとした。
 首相は日米安保条約、日米行政協定の全面的改定を目指した。
 一九六〇年に渡米し、国務長官に、
「現行の安保条約はいかにもアメリカ側に一方的に有利であって、まるでアメリカに占領されているような状態だ。これはやはり相互契約的なものじゃないではないか?」
 といい、駐留米軍の撤退と、米軍の緊急使用時のための米軍基地を日本に返還することを提案。十年後には沖縄、小笠原諸島における権利、権益を日本に譲渡することを求めた。
 その結果、「相互協力」が明記された「日米新安保条約」に無事調印することができた。だが、そこからが問題だった。
 山下首相は帰国し、国会での承認を取り付けるにあたって、学生運動のデモ隊が強行採決に反対し、国会を取り囲んだ。学生は「軍事同盟」に反対していた。
 デモは安保反対から、いつか山下内閣退陣にすり替わっていった。強行採決ののち、デモは激化し、ついに死者が出た。山下首相は法案の自然成立を待って、わずか四日後、責任を取って退陣した。
「彼らは、デモ指導者を含め、ほとんどが条約の内容を読んでいなかった。まだ戦争の記憶も生々しい時代。アメリカとつながった山下首相はろくでもない、A級戦犯の山下内閣の安保改定が、戦争につながると信じた。そこにあったのは、ソ連礼さんと、反米感情の二元論――。でもその資金難の学生運動を援助したのは、財界の大物たちだった。そして大手マスコミが一斉にデモを支持した。アメリカの謀略機関とつながった上級都民が、デモに資金提供して山下内閣をつぶさせた」
 キョウコは、アメリカは条約改定を認めると同時に、自主独立派の山下内閣を恐れたのだと言った。
「謀略機関って?」
「CIA」
「ホントか?」
「ソウヨ! CIAが他国の学生運動や人権団体、NGOに資金やノウハウを提供して、反米政権を転覆させる。世界中、どこでも行われてきたこと。一九七九年イラン革命、二千年カラー革命、二〇一〇年アラブの春。みんなそうでしょ。確かに法案は成立した。でも山下首相の青写真では、それは自主独立までの第一歩に過ぎなかった。しかし―――以後五十年間、安保は不磨の大典で、国内は対米追従派の政治家ばかり。彼らは上級都民として、戦後レジームの中で、この世の春で甘い汁を吸い続けている」
「反米デモが、アメリカに操られていた?」
「その通り! 自主独立派はアメリカにとって危険だったの。フフフ。その後、デモで死者が出ると、マスコミは急遽デモ批判に転換、鎮静化にかかった。用が済めばマスコミは彼らを見捨て、デモ隊は大衆や知識人の支持を失った。七十年代に、暴力的な内部闘争で自滅していくのを見守った」
「そんなバカな」
 昭和の妖怪と言われた山下首相は、親米と自主独立をうまく使い分けていた。その老獪さ、政治上の高等戦術を、純粋な若者はノリだけで反対し、見抜けなかった。結果、山下首相がメスを入れたかった在日米軍基地は、日米地位協定とともに、今も居座り続けている。
 事件後、反安保記事を続けたかった記者及び、自主路線記者は、次々と地方へ転勤させられた。中央に残ったのは、対米追従の記者のみだった。デモ隊も大手マスコミも、CIAに支配されている。
「ところが十連歌の主張ってまるで逆なのよね。その上級都民たちを批判するものなんだから、国家権力・マスコミは足並みそろえてホンキでつぶしにかかってる。メディアは全無視。芸能界からも追放――。けど、彼らは去年のハロウィンの日に捲土重来目指して、反旗を翻した。残された唯一の道はSNS。U-Tubeチャンネルを立ち上げ、再生回数が爆発、アングラの帝王と化した。そのU-Tubeチャンネルも、不可解な理由でBANされたけど。でも、あなたの都市伝説チャンネルに拾われた。その直後、小夜王純子が加盟した」
「こ――こいつも、東京の戦争の一貫か?」
「正しくは、大斗会みたいな正式ではない方の戦闘。非公式の戦場――。けど都民はもう気づいている。お上に認められない戦場だったとしても、デモに参加しながら、彼らが人狼であり革命家ロッカーであるとゆーコトを!!」
 キョウコは、背を向けて立ち去ろうとした。
「おい待て、人狼って――、一体何なんだ?」
「今や数少なくなった自主独立の者たちよ! 鬼兵隊の久世リカ子は、自分のことを志士だと思ってるんでしょうね。5G社会に完全支配され、U-Tubeを見渡しても、どこにも十連歌の情報は出てこない。みんな検閲を受けている。どういう訳かあなたのチャンネルだけ、生き残ってるんだけど」
「分からない。――謎なんだ」
 ガンドッグ花音にしょっ引かれたら、今度こそ普通にアカウントBANだろう。もう、逃げないと。
「何にせよ、あなたが協力し続けない限り、このままじゃ十連歌はつぶされる。協力すれば、あなたも狼の一匹として追われ続ける運命。――覚悟してね!」
「キョウコ――君は、何者だ!?」

 ゴロゴロゴロゴロゴロ――――……。

「あら、突然の雨にご注意!」
 スコールの中、デモ隊は四散していく。花火大会も中止になった。
 令司はスミドラシル天空楼を見上げた。
 青白い稲妻が塔の周囲に発生し、唸り声をあげていた。まるで、龍がまとわりついているように令司には見えた。令司は、久世リカ子のスミドラシル天空楼黙示録の予言を思い出した。川の水が恐ろしい勢いで渦を巻いて流れていた。デモ隊を殲滅するために、魔天楼が今、爆弾低気圧を生み出して下町を沈めようとしているのだ。純子はどうなったんだ?
 キョウコはいなくなっている。
 土砂降りの中、デモ隊は一人残らず消えた。キョウコも――。
 雲間から、稲妻が響いてくる。

 天叢雲ノ剣――天空に群雲を集め、地を清める。

参考:「戦後史の正体」(創元社) 著・孫崎 享
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