第15話 人狼ゲーム3 暗黒裁判

文字数 5,465文字



「新田、落ち着け。相手のペースに乗ったら負けだ。俺は動画を削除するつもりなんかない。少なくとも約束通り、コミケまではな。海老川雅弓、もしもイヤなら、本物の裁判でも起こすんだな!」
 令司は宣言した。
「お前……」
 新田は驚いている。
「俺は確かめたいんだ。さっきは協力しないと言ったが、むしろ君らに協力してやってもいい。君も、学内の不審な事件を明らかにするつもりなんだろ? だったら俺たちみたいに徹底的にやればいい。なのになぜ俺たちの動きを封じようとする? なぜ大学や警察と一緒になって、事件を隠ぺいしようとする?」
「明らかにすることと、公表することは別ですわ」
「本来警察に任せるべきことまで、学生の分際でやろうなんて、越権行為じゃないか。隠ぺいしようとする大学に、結局加担している!」
「わたしはあくまで穏便に済ませようとしているだけです。必要なら情報は警察に伝えるつもりです。ご心配なく。すべてを明らかにした後に」
 すると、銭形花音が口を開いた。必要最小限しか口にせず、合コンの時も、まるで海老川のボディガードのように終始無言だった女が。
「水友さんが言ったとおり、学内自治を守らなければ大変なことになります。公的権力の介入、学問の府が権力に屈すれば、我々の学問的自由は失われる。というか、当局が黙っていない。我々自身で学生を守ることができなくなる」
 やはり……腹は見えた。
「よく言うぜ! 自主独立……お前らがそれを言うのか? 開いた口がふさがらんな」
 新田が吐き捨てるように言った。
「そういう理由なら断る」
「これが我が校の伝統なんだ。鷹城クン」
 水友がうなずいている。
「――それで部長を追い出したのか?」
「は? どなたの事?」
 海老川はじっと令司を見つめた。
「とぼけるな。ウチの東京伝説研究会の元部長の荒木英子さんだ。合コンのとき、俺に聴いてきたじゃないか? ――訊きたい事がある。君は、部長と対立したらしいな。そして部長は人狼ゲームに呼び出され、それ以来行方が分からなくなっている。一体何があったのか教えてくれよ」
 海老川の眼が一瞬キラッと光った。
「いいでしょう。荒木さんは、東大の図書館の書庫に司書でもないのに勝手に侵入したのです。そこで数冊の禁帯資料を持ち出した。それについて、私は人狼ゲームの中で問いただしました」
 やはり知っているのだ、海老川は。部長に何が起こったのかを。
「チョット待て。人狼ゲームだなんて軽いオブラートで包むのは止めろ! 学生裁判だとはっきり言ったらどうだ! 正々堂々とやってくれ。今だって、新田を桜田総長殺しの犯人扱いしやがっテ!」
 人狼ゲームに模した学生裁判によって、犯人=人狼が学内をうろついているのだと決めつける。犯人を人狼ゲームであぶりだす。それが、海老川のやってきたことである。
「言った通り、私はこれまでも、このゲームを通して学内の問題を円満に解決してきました。学生の不祥事のみらず、あなた方の知らない職員や、講師の不正や横領事件に至るまでね」
 人狼ゲームの餌食に、教授陣も含まれていた。
 ビデオやボイスレコーダーに記録を残され、海老川らデルタフォースに証拠を突きつけられて追い詰められた、「人狼」たちの苦悩の表情が目に見えるようだ。この連中が、異端審問会かナチスのSSの類に見えてくる。やはり、ここに連れてこられた時点で、ほぼ「人狼」の結論が出ているも同然だ。
「フ~ン、言う事聞かなきゃ人狼というんだな? ご立派。魔女裁判だな」
 魔女裁判というものは、相手を拷問にかけ、魔女だと自白しないと魔女と認定される。魔女と自白すれば魔女と。結論ありきの理不尽な儀式である。令司たちは、精神的拷問で追い詰められている。
「難しく考えるな。グレーゾーンに隠れようとする相手に対して、はっきりさせること、ただそれだけだよ。シンプルに、人か、狼か、それが問題なんだ」
 水友は言った。
「どっちでもないんだろ? 『人狼』なんだから」
 令司は「人外」に等しい人狼という言葉に、違和感を抱いている。
「もう一度言います。あなたが人狼でないとおっしゃるのなら、不謹慎な動画は、直ちに削除してください」
 海老川は令司をにらんだ。なんて恐ろしい顔なのか。美人であればあるほど、凄みが増してくる。
「断る」
「警告します。動画を削除なさい。さもなくば、しかるべき対処をします」
 令司は首を横に振った。
「――そうですか、では私たちにどう思われてもかまわない、ということですね? 私を敵に回す事になるのに。荒木英子さんのように。やれやれ、どうしてこう頑固なのかしら? 助けようとしているのに。その手を、自分で振り払うなんて。本当に、それでもいいのね。停学程度で済むか、最悪でも自主退学でしたのに、こちらから退学を勧告せねばならなくなる」
「なぜ君がそんな権限を? 学生自治会にそんな力がある方がおかしい!」
 令司は、荒木部長がどうなったのかを知った。
「それでよろしいのですか? 新田さん。ここで正直に自分は人狼だと自白すれば、あなたを監視している東京地検特捜部の方にも覚えがいいですよ」
 戸が開いた。
「令司……」
 新田が、部屋に入ってきた人間を見据えた。
 あいつだ! 五百旗頭検事。
 センスのない抹茶色の扇子をバッと広げ、せわしなくばたつかせている。
 海老川たちが検察権力から大学の自治を守るなんて、最初から大嘘だった。
 桜田門は警視庁の前にある。あの五百旗頭が、桜田総長の事故死と無関係な訳はない。あの日、五百旗頭は暗躍し、令司宅まで来た。人狼ゲームは波乱に満ちた展開になった。
 令司は恐怖心と共に、怒りがメラメラとこみあげてきた。
 やっぱり示し合わせているんだ。自身の仮説通り、大学・自治会・警察・検察は全てグルだ。すべて隠ぺいのためだったのだ。人狼を見つけ出し、改心すれば自分たちのサイドへ引き込んでやると。五百旗頭は脅迫として、ここに存在する。ずっと、別室のモニターで新田を監視していたのだろう。
「学内の自治のため、私は公権力の介入を許さず、やむなく父の手を借りて検察庁の方へ、同じ大学に通うあなたを釈放してもらうようにと、言ったのです。代わりに学生自治会長の私が何とかするから、と――。それで開催したのが、今日の人狼ゲームです」
 ずいぶんはっきりと言う……。
「大学追放で話が片付く一方で、誰も罪には問われない。死ぬこともない。公にもならない。かつて、東伝会の荒木部長も逮捕を免れ、放校処分にとどめた」
 親の力を使ったとはいえ、一学生の海老川がなぜそんな権力を有しているのだろうか。彼女の飼うあの黒い犬は、新番組の五百旗頭という特捜検事ではないかと、勘ぐりたくなる。
 釈放されたのは海老川の仕業なのだ。けど新田は、その海老川に疑いの目を向けられていた。

三輪彌千香の決意

「ちょっと待ってください!」
 彌千香が可憐な唇を開いた。
「なぜそちらだけが一方的に話を進めるのですか?」
「みんなに平等に発言を許可しているつもりです」
 海老川は彌千香を観た。
「平等? 平等って何ですか? 貴女がソレをおっしゃるのですか?」
「……」
「こんな強引なやり方は初めてだわ。――なんて――、なんて傲慢な人たちなの?」
 彌千香は怒りに肩を震わせている。
「純子さん、私もこの方々のプリント委員会に属していません。けど、この方々のやり方にはとても不快感を抱いています。検事たちまで引き込んで。とても横暴ではありませんか? ぜひ共闘しましょう。東京伝説研究会の皆さんも」
「共闘? このゲームでか?」
「えぇ――どうせ分かっているんです。海老川さんとその取り巻きさんたちは、最初から私たちを人狼に貶めたいだけなのだと。あの日、私たちはそれぞれの理由で本郷に行った。みんな、月に導かれたんです。でも私は人狼ではありません。なんせ私は霊能者ですから」
「それは――、どういう意味? 彌千香さん」
 海老川がまた恐ろしい般若顔になっている。
「これは人狼ゲームでしょう? ですから、自分の役職は霊能者だと宣言しているまでです。ただし、本物の」
「あら、ソウ――」
「私も、有馬総長の工学部を志望する学生として、前・桜田総長が亡くなられたことをとても残念に思ってます。工学部も、桜田総長とのトラブルを抱えていたそうです。今回の総長選は、悪いうわさが絶えません。桜田総長は様々な問題を抱えて寝不足がたたり、それで事故につながったのかもしれません。この大学に学ぶ一学生として、なんとかできたのではないかと、あなたのように勝手に責任を感じて――いない訳じゃない。でも、新田さんに事故の原因を押し付けるなんて、飛躍が過ぎます!」
 突然、紙シェードランプのライトが、バリンと大きな音を立てて割れた。水友がギョッとして立ち上がった。砕けた破片が机の上に散乱するも、幸いけが人は出なかった。
 彌千香は必死に新田を擁護している。
「新田さんは―――あなたは動画で満月に狼になると言っていますが、私は霊能者だから、彼が海老川さんの言う人狼ではないことがはっきりと分かります」
「……」
「あなた方も目に見えるところ以外の、目に見えない真実に気付くべきなのです。それができれば、こんな面倒な手続きは必要ありません」
「彌千香さん、――さっきから、何を仰っているのか分かりませんが?」
「あなた方は見当違いをしています。この中に、東大を不安に陥れる人狼はいません! 東伝会のお二人を私たちの居合の練習に、変な形で巻き込んでしまったことを、私は本当に申し訳なく思っています。――以上です」
 それっきり彌千香はうずくまった。紙シェードの砕けた破片が宙でブラブラしている。彼女が、やったのだろうか――。
 五百旗頭が、薄ら笑いを浮かべて後方の席で扇子をバタバタさせる音が響いている。
「あぁ終わりだ終わり、解散!!」
 純子は、上から振ってきた埃をパッパッと払いながら、立ち上がった。
「席を立つな小夜王クン。まだ話は終わってないぞ」
 水友も立ち上がって、制した。
「――辞めるんだよこの大学を!! 脱藩だよ。クソどもがッ」
「何もそこまで。あなたを人狼と判定した訳じゃないのに、自分からおやめになるなどと」
 海老川が笑いながら言った。
「首席入学がそんなに偉いのか? お前のような奴が支配する学校なんかにいられるかッ!」
 純子は椅子を跳ね上げ、ドアをブーツで蹴飛ばして退室した。
 彌千香は、おなかを抱えたままうずくまっている。
「彌千香さんは体調が悪いんだ。終わりにしろ。海老川、お前たちにも武士の情けはあるはずだろ。この辺で」
「―――時間も過ぎてますし、今日のこれにて解散とします。結論として、この中で、人狼といえる人物は誰か、決を採りたいと思います」
 デルタフォースは全員、新田を指さした。
「新田真実さん。あなたが人狼として最も怪しい。自称霊能者の彌千香さんが否定なさるので、確証でないと、あなた方は言うつもりでしょうが――? でもお忘れなく。いいですか、これでゲームは終わりではありません。むしろここからが始まりです。我々が処分するわけではない。ですが、貴方の運命は追って明らかになるでしょう。あなた方もですよ。ご注意ください。今後貴方方がどう出るのか、じっくりと拝見しましょう。人狼か都民か、どちらかが生き残るまで戦いは続きます」
 それが、海老川雅弓の宣言だった。上級都民学生による東大の人狼狩りの始まりの――。
 五百旗頭検事が無言で退席し、海老川を先頭に自治会のデルタフォースたちも退席した。
(人狼……結局俺たちは、都民ではないということか)
 せわしなくセミが鳴く炎天下の駒場キャンパスで、重苦しく暗いムードが包んでいる。四人は無事、生きて大講堂から出られたものの、先行きに不安しかない。
「ありがとう……ございます。解散を促してくださって、助かりました。あの人は、純子さんが去っても、まだ、続けるつもりでしたから――」
 彌千香は、弱弱しい笑顔でほほ笑んだ。完全に体調を崩していた。
 五百旗頭は、特捜検事は何しにここへ現れたのか。これも都内の「お宝さがし」の一貫だろうか。むしろ、上級国民の腐敗、税金のトリック、下級を食い物にする仕組み、アメリカをバックに自分の地位を守らせ、日本を差し出す売国奴といった東京伝説を暴くと、東京地検特捜部機動隊・新番組が攻めてくる――そんな気がする。
 参加者一人ひとりが、今後荒木部長のように消されていくのだ。奇しくも小夜王純子は今日、東大を辞めてしまった。

 都民であること、生存を証明する令司の都民IDはまだ使えた。令司たちの東伝会のU-Tubeチャンネルも残った。
「良く、生きて――帰ってきたな」
 東伝会の部室でマックス先輩がそう言い、みんなは黙っていた。
「生きた心地はしません」
 共同体から追放された「彼ら」は、アウトロー宣告(犯罪者)を受け、かつて欧州では人狼に変わると市民は殺人を許可された。人狼狩りの始まりだ。それで、人狼は人間に変身せざるを得ない。だがもう、正体は敵にバレている。
 令司はしばらく沈黙して、続けた。
「でも、俺はやめない……東京伝説の謎をこれからもっと解き明かす!」
 U-TUBEは社会から排除された者たちの、最後の砦なのかもしれない。
「人を人狼呼ばわりする連中の、正体を暴く――。それが東伝砲です。今回の動画のタイトルを、俺は『桜田人外の変』と、銘打ちたいと思います」
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