第14話 人狼ゲーム2 狼なんて怖くない

文字数 8,317文字



 ここにおわす御方をどなたと心得る――ッ。
 畏れ多くも東大学生自治会長、海老川雅弓様にあらせられるぞ!
 一同、ご令嬢の御前である。頭が高い。控えぃ、控え居ろう!
                          水戸黄門×、東都鬼門〇

二〇二五年六月二十八日 土曜日

「では東伝会のお二方に伺います。医科学研究所の屋上で、決闘に立ち会ってしまった。確かにそうですか?」
 海老川雅弓は手元の黄金三角定規をクルクル回転させながら、質問した。
「結果的にそうなるかな」
 令司は答えた。
「それを見てあなたはどうされた?」
「二人を止めた」
「令司さんが、決闘を止めたのですか」
「――あぁ」
 令司は腕を組んで、微動だにしない。
 海老川は拍手した。するとデルタフォースが後に続く。白々しいほどの拍手が続いて、パタッと止まった。
「素晴らしいですね。この二人が日本刀で殺し合いをしていたのに、あなたは命懸けで身を挺して制止しようとなさった。東大生として、きわめて常識的な行動です。どうしてそのような行動を?」
「思わず体が動いていた――このままじゃ、どっちかが死ぬと思ったからな」
「フンッ」
 純子が鼻を鳴らした。が、その顔は微笑んでいる。
「その直後に警官隊が到着して、決闘は強制終了となりました。ところで、偶然とはいえ立ち会ったあなたに伺いたいのですが、二人を止める前の状況です。どちらがより優勢でしたか?」
「――それは、彌千香だ」
「客観的に見て、彌千香さんが優勢だった、と。分かりました」
(み、認めるのかよ!!)
 令司は衝撃を覚えた。
 何が今、海老川は分かったのか、令司には分からない。しかし海老川たちは、一斉にノートに向かってペンを動かしている。
「今回の決闘騒動、我々自治会がキャンパス内で整備していなかった、学生ルール上の落ち度であったと反省しております。それに加えて当日の午後、突風や竜巻が発生して校舎が一部損傷しているのに、どなたも怪我もなく無事だったのは、何よりです」
 何かがおかしい。海老川は決定的に何かを見落としているような気がする。決闘を、問題としていない?
「そんなんでいいの?」
 純子もあきれている。
「だってルールのある居合なんでしょう? 次に行きます」
 海老川の視線が、令司の隣の新田に注がれている。新田は、腕を組んで深く腰掛け、眠る姿勢だった。
「寝太郎さん? 起きてください」
「ふわぁあああああああああああ――――……」
「新田さん!? まじめに――」
「聞いてるよ」
「おふざけはここまでですよ」
 新田は、めんどくさそうに机の一点を見つめている。
「東京伝説研究会は、U-Tubeで動画をアップロードしています。全て拝見させていただきましたが、最高学府の東都帝国大学のイメージを損なう内容ですね。特に、先日の『総長選で決闘!? 東京デュエリスト伝説』は問題です。今の二人の証言で分かったはずですね。あれは、総長選とは何の関りもない。風紀を乱す印象を与えます。学生自治会長としてのお願いですが、ただちに動画を削除してください」
 刀を振り回した女学生もだが、検察に連行された令司と新田は、「人狼」と疑われる可能性が他よりも高かった。
「それは断る」
 令司は答えた。
「なぜですか?」
 一瞬、海老川の顔が般若のように恐ろしくなった。美人は眉を顰めると一気にキツい顔になる。
「決闘や、総長の死。一連の事件について、俺たちが目撃した事。その意味が、何かはまだ分からない。けど、ここまで来て、まだ何も明らかになっていない気がする」
「――は?」
「警察・マスコミ・大学と、すべてが事件を抹殺しようとしている。世の中に真相を知らしめるのが俺たちの役割だ。それとも学生自治会もグルなのか? 俺たちには言論の自由、表現の自由があるはずだ」
「もう一つ。お二人の動画によると、渋谷に人狼が存在するということでしたね。奇しくも我々の認識と同じですが、なぜその結論に至ったんです?」
「渋谷に、もともと人狼の伝説があったんだ」
「いったい、誰がそのことを?」
「うちの――天馬雅というメンバーだ。君は合コンに誘って断られたんだろう」
「そうですか、――結構です」
 海老川はしばらく間をおいて、
「そもそも、当日、本郷に取材へ行った経緯は何ですか? 新田さん」
「御殿上でのトレーニングが日課だから、俺が本郷で取材しようが俺の自由だ。最初に俺のトレーニングシーンが映ってるはずだろ」
 新田はめんどくさそうに言った。
「確かにね。では東伝会のお二人は、最初から伝説を追って本郷にいらっしゃったということですね?」
「あぁそうだよ」
「どのような伝説を?」
「……だから東大に関する都市伝説だって。他に考えられないだろ?」
「前の動画では、令司さんが渋谷の街を流して歩いていましたが、偶然、十連歌デモに出くわしてましたよね?」
「あぁ」
「翌週に本郷へ行ったら、偶然東大の伝説が撮れたのですか。そんなに毎回毎回、東京伝説が撮れるというのが不思議です」
「俺たちだって不思議だ。本郷で筋トレするのに、令司に付き合ってもらったんだ。そのついでに撮影した。そうしたら――急に人影が消えて」
「無人化のことですか。いったい、何があったのでしょう?」
「分からん、俺らに訊くな。とにかく、校内に人影が全くなかった」
「確か令司さん、渋谷の太郎壁画の前でも人が消えたとか?」
「うん。でも、あれも偶然に目撃したんだ」
「たまたまですか? ではたまたまカメラを構えていたら、日本刀が置かれていた? そして無人になった? その後、純子さんと彌千香さんに出会って、決闘騒動が始まった?」
「フフ、不思議すぎるね」
 水友が笑った。
「そして―――医学部の扉がなぜか開いていて、そこに駆け込んだら二人の戦いの決着を目撃した?」
「ま、そういうことだ。何だ、やらせだと言いたいのか? 買いかぶりすぎだ」
「おまけに東伝会は、毎週動画をアップする必要があった――」
「条件は純子さんや彌千香さんと同じだ。だが俺達は、積極的に東大の伝説を追いかけていた。もしも事件に遭遇すれば、調査をする。それを否定したら、記者のスクープなんか存在しなくなるだろ?」
 令司は海老川を睨み据えた。
「条件が重なりすぎています」
「そんな事言ったら、海老川さんだって怪しいじゃないか。俺たちが人狼なら、あんた方が人狼でないとなぜ言える? さっきからあたかも、警察やマスコミから学校を守るような発言をしてるけど、この間突然、都民IDカードが使えなくなったとたんに、手を差し伸べてきた」
「何?」
 新田は、驚いて令司を観た。
「実は、雅と同じ目に遭ったんだ。あれは今日、俺を人狼ゲームに誘うための布石だったんじゃないと思っている。偶然とはとても思えない。君は、ずいぶんと恐ろしい力を持っているじゃないか」
 令司は、都民IDカードをクルクルいじりながら反撃を開始した。
「へえ~」
 純子が関心を示した。
「システムトラブルですね。令司さん。学生の身分なら、現金も持っておいた方が身のためですよ。私はそうしてます」
 花音の右手に、五百円コインが光っていた。いつの間に?
「都民IDは、分不相応だと言いたいのか? 自分たちは特別だけれども」
「あたしもさ、東大首席入学者がなんでこんな事してるのか興味あるな~。勉強で忙しいんじゃないの?」
 純子はニヤついている。
「社会経験を積むための勉強の一環です。ま、一種の社会実習といったところ?」
「裁判官にでもなりたいのかね。親の力を使って大学内でいばり散らしてさ。そっちこそ学生なら分相応な事をしないと。裁判ごっこなんかより、デルタフォースで雁首揃えて出銭ー・ランドにでも行けば?」
 「夢が観たけりゃ金出しな!」で有名な千葉県浦安市にある夢の国である。
「そんな暇人は東大生じゃありません。他の大学に転入なさい」
「いいや暇人としか思えない。私の方が超忙しいんですケド!」
 純子は怒鳴った。
「このゲームの重要性が分かっていないようですね。我々も貴重な時間を割いているのです。集中した方がよろしいと思いますよ。でないと貴女たちの身の為になりませんから。私は自治会長として、困っている学生を助けるのが自分の役割だと考えています。令司君はあの時、困ってらした。だから助けました。妙な憶測は止めてください」
 それから海老川の目が、再び新田真実に絞られた。

「新田君、貴方に質問があります。いつも本郷にトレーニングに来ているそうですが、これまでに何か変わったことは?」
「別にないな」
「あなたは本当は、本郷で何をしてらしたのですか?」
「―――あぁ? どういうコト?」
「時々、監視カメラにウロウロ歩き回る姿が映っています」
 カメラまでチェックしているのか。こいつら。
「……」
「確かに普段から筋トレしているようです。しかしトレーニングが終わった後、特定の日に限って、本郷のあちこちを歩き回っています。主に、医学部方面」
「別にいいだろう」
 新田は何か秘密を隠しているらしい。一年前のハロウィンからかもしれない。
「特にこの日――」
 新田は、満月が近づくと奇妙な行動をとる。研究所に入ったのもそのなせる業だ。それを海老川に見られていたのである。
「あなたは以前から、DNA研の情報を探っていたのではないでしょうか?」
「……」
「花音、どうですか?」
 海老川は隣の巨女を観た。
「我々バレー部が外で走りこんだり、トレーニングしてるとかならず見かけます。特に満月の日に」
「花音さんに気があるんですか?」
「ある訳ないだろ」
「何か満月と関係があるんですか?」
 満月と言えば狼。結果、新田はすっかり人狼扱いだ。
「トレーニングと月齢には関係がある」
「真面目に聞いてられません」
「お前らが知らないこともあるんだよ! この世にゃ」
 令司自身、新田は強化兵の特訓でもしてたんじゃないかと疑っている。
「新田君が令司君をたきつけて、医学部に侵入したのは事実のようです。正当な理由なく侵入する……建造物侵入罪です。しかし、どうやら令司君は、巻き込まれただけのようですね。さらにさかのぼって、何も知らない令司君を、あなた方の問題あるサークルに誘って利用した」
 海老川は新田を追いつめていった。
「新田さん――あなたは桜田総長が事故を起こした夜も、本郷にいましたね?」
「――あぁ」
「何!?」
 令司は驚いて新田を観た。純子や、彌千香も凝視している。
「しかも、総長の車の助手席に、乗っていた」
「……」
 新田は腕を組んだまま、沈黙した。
「本当なのか? 新田――」
「まぁな」
「海老川、お前、どこまで知ってる?」
 令司は慎重に訊いた。
「あなたは、助手席から桜田総長の運転を妨害したとか?」
「何を根拠に」
「検察への取材です。ドライブレコーダーを私が押さえてないとでも?」
 読めてきた。この模擬裁判で、海老川が最初から問題としたかったのは総長の事故の方だった。だが、海老川が捜査内容を知っていることに驚きを禁じ得ない。
「うるせぇバカヤロウ!」
 さっきまで慎重だった新田は、その態度を改めた。
「バカヤロウとは何ですか、口を慎みなさい。このゲームへの侮辱は許しませんよ!」
「……」
 新田は、「バカヤロウ解散」に持ち込もうとしているのかもしれない。
「新田君、あなたの進退にかかわることです。事故を招いた原因が、もしもあなただったとしたら、このまま私は東大の自治会長として、放ってはおけない」
「なんだと、ふざけんな! あれは―――総長が勝手に暴走したんだ」
 新田が狙われていた。
 桜田総長の事件死を起こした人狼の最有力候補として浮上しつつあった。
 海老川は新田をもともとテロリスト、つまり人狼と疑っていた。桜田総長の死の直接的な原因は新田にあるといい、事件解決のために、新田にはゲーム上の「取り調べ」に協力する義務があるということだ。以前から当局がマークしていた新田の過失を問い詰め、学外へ追放しようとしていたのである。
「ならこの場で、私たちにすべてを話してください」
 東大の女王の言葉は、聴く者を金縛りにして、逆らう気力を奪った。だが、新田は異なった。
「オレが観たモノは……誰も信じねぇだろう」
 室内が沈黙に包まれた。
「教えてやろう。俺があの夜会った桜田総長が、どんなにトンでもないヤローだったかを!」
 新田はニヤリとした。
「俺はあの日、確かに本郷に居た。例によってトレーニングだ。別に、不思議でも何でもねぇ――」

二〇二五年六月一日 日曜日

 夜が更け、昼から降っていた雨脚がさらに早くなった。
 御殿上でトレーニングを終えた新田の前に、一人の女の子が雨に濡れながら、医学部のDNA研の正門から、転がるようにして走ってきた。
 長い黒髪で、あどけないうりざね顔。
 観るとまだ高校生のようだった。少女は数人の研究員に追われていた。
 とっさに新田は、DNA研で行われている人体実験の犠牲者だと思い、少女が逃げるのを手助けした。
 キャンパスの外へ走り去る少女を見送ると、新田は研究員たちと警備員四人を、次々なぎ倒した。だがその後に現れたデルタフォースの銭形花音に、新田は捕まった。
 花音は、新田を連れて桜田総長のもとへ送り届けると、自身は退席した。

「学内のもめごとなんかに、なんで総長が?と思ったさ。けど、ひょっとするとDNA研の人体実験に、総長も関係しているんじゃないかと、俺は思ってね。東京伝説のネタになるかと、成り行きに任せてみたんだ」

 外はパトカーや特殊車両であふれていた。
 桜田総長によると、特捜検事たちだという。
「ここにいちゃ、君の身が危ない――。任せなさい。こんなときのために、本郷の建物は大概、戦後に、あぁつまり、昭和の学生運動以来、秘密の避難通路がある。心配せず私についてきなさい」
 教授は、カメラのない裏口を通って、新田に自身の自家用車に乗るようにと言った。
 カーナビの目的地を観て、助手席の新田はぎょっとした。
「桜田門――って、警視庁があるトコじゃないですか?」
 新田が問うと、桜田はようやく答えた。
「今から検察庁に行ってもらう」
「検察?」
 そのあたりから、総長の表情が真っ青になりつつあった。
「何があったんです? DNA研で」
「このままでは君が危ない」
「俺が? あの少女は?」
「君は知らない方がいい。――そう、証言するんだ。後は私が説明する」
「まさか、人に言えないような実験を?」
「いいから! 君は何も見てないし、今夜何も起こらなかった! それで今夜は終わる」
 東大総長の発言とも思えないが、新田がおとなしく連れていかれるしかないと思った頃、永田町の桜田門の前まで来た。検察庁の威容が見えてきた。
「検察の手先かよ、さっきから何言ってるのか全然分からんが東大総長が学生を脅して、こんな真似していいと思ってんのかヨ!」
 新田は怒鳴った。
「運転中は静かにしてもらえるかな。お、そうだ。この辺に、地下の神社への入り口がある」
 桜田は懐から銃を取り出し、新田に向けた。銃なんぞどこで手に入れたのか。
 突然、数百メートル先の車道の真ん中に人が立っているのが見えた。よく見ると若い、髪の長い女性だった。
 新田に向けた銃口が、ガタガタと震え出した。
「―――キ、キョウコッ!」
 総長がそう口走った。
 黒いノースリーブにホットパンツ、ブーツ姿。さっき新田が助けた少女に酷似していた。だが、服装が違う。彼女は、車道の真ん中に立ったまま動かない。
「クソ……もう先回りしていたかッ! わ、私を、殺す気なのか!!」
「総長、ハンドルを切れ! ハンドルを! 危ない」
 新田は叫んだ。
「私は柴咲のようにはならんぞ。絶対に!! 柴咲のようには―――」
 総長は意味不明なことを絶叫しながらアクセルを踏みこんだ。
 新田は、総長が少女をひき殺そうとしていることに気づいた。
「止めろっ、ブレーキを――」
 新田は銃を持った総長の腕をつかみ、もみ合いになった。
 前方の少女はその場を動かない。右手をぐるりと回すと、車体の真横から何かが猛スピードで飛んできた。黒い物体だった。
 黒い物体はボンッという衝撃音とともに、ボンネットの下部にぶつかった。その振動で、車体が宙に浮きあがった。一瞬、回転する車中から、東の夜空へと飛び去っていく球体が見えた。
 車は三回転半し、街路樹に激しくぶつかって停止した。
 煙が蔓延する車内で、助手席の新田はシートベルトを急いで外し、割れたフロントガラスから脱出した。
 車から這い出した新田は、身体を動かすことができて一安心した。確認すると、かすり傷一つ着いていなかった。
「彼女は―――、さっきの少女はどこへ行ったんだ?」
 若い女性の姿は消えていた。あれはDNA研で助けた少女だったのか、もう一度確認することはできなかった。
 霞が関あたりは、普段から警備が厳しく、一般人さえもほとんど歩いていない無人地帯だ。
 車は大破し、運転席の桜田総長はピクリとも動かない。死んでいる。よく見ると、シートベルトが外れていた。装着しないと発車できないが、衝撃で外れたのだろう。総長は頭を殴打し、絶命していた。
 新田は慌ててその場を脱出した。
 結局、新田が逮捕されることはなかった。

     *

「とまぁ――、これが事故の真相だ」
「誰が居たですって?」
「あぁ?」
「車道に、ですよ」
「女だよ! 髪の長い、東京伝説の少女キョウコの風貌にそっくりな女が、道の真ん中に立っていたんだッ!」
 その言葉を聞いて、令司はギョッとした。
 新田の話から、六月一日の夜、自分が車道で拾った東山京子と同一人物で間違いないとはっきり分かったからだ。場所がずいぶん離れているが。
 だがこれは、事の真相が判明するまで、誰にも言うことはできない。五百旗頭検事は、令司をも狙っていたからだ。
「またキョウコですか……やれやれ、もうウンザリですよ。東京伝説でゴマかされるのは。検察が押収したドライブレコーダーの記録では、車が自分から街路樹に突っ込んだ、としか記されていません。そんな女の子、本当にいたのですか? あなたがハンドルを奪った結果ではないのですか?」
「な、何を言ってやがる、DNA研から出てきた少女だ。――そこの花音だって知ってるはずだろ!」
 新田の問いに、花音は首を横に振る。
「私は見ていません。あなたが研究員をなぎ倒しているところは観ました。たから、取り押さえた」
 新田を軽々と取り押さえるとは、この女――。
 令司は、桜田総長は京子によって殺されたのではないかと考えた。そうであれば、海老川が押さえたレコーダーに京子の姿が映っているはずだ。検察の見解では、彼女は存在しなかったらしい。
 令司が東山京子を路上から救い出したのは、ほぼ同時刻である。
 京子は永田町からワープしたように移動し、いつの間にか記憶を失ったということになる。神出鬼没としか言いようがない。あるいは二人は別人、二人の京子が居たのだろうか? そんなバカな!
「それに総長が銃を持ってたなど、ドライブレコーダーに記録がありません。もし事実なら当然、由々しき事態ですけどね」
「事実だ!」
 レコーダーで銃という言葉は、双方とも発しなかったかもしれない。
「分かりました。今のところあなたがもっとも人狼に近い人物だということが」
「何ィ?」
 新田の額から、汗が流れる。
「ただ、今日の証言を元に、より詳細なドライブレコーダーの解析が必要です。それまで、結論は保留とします……」
 新田は舌打ちした。
「さて令司君の方は、二人の決闘を止めようとなさった。生命を尊重する、真摯な姿勢が見て取れる。見事な、東大生の鏡です。我々と同じ思想の持主のようです」
 海老川は、三角定規を胸元で輝かせる。
「令司さん、あなたは早く目覚めた方がよろしいですよ。私はあなたを人狼容疑者から外します。決闘を止めようとし、事件にも関わっていない。但し条件がある。おとなしくU-Tubeと東京伝説研究会の活動を辞めれば、これまでのことは不問とします。できれば、チャンネルごと削除してくださいね」
 合コンの時と同様、令司を仲間に引き込もうとしていた。諸田江亜美のアプローチは、令司を引き込もうと勧誘する海老川の策略だったのだろう。
 この二人の女性にも、桜田総長の事件とは無関係であることをはっきりさせ、新田一人を浮かび上がらせようとしている。
 海老川がわざわざ四人を呼び出したのは、新田以外を彼女側に勧誘する目的だった。それはあくまで上級の中の下僕なので、純子はそんなのお断りだと言った。
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