第36話  階段でビックリ

文字数 1,037文字

運行管理部長室を出たシノ・フラウ教育部長は、エレベーターを通り越して、非常階段に向かう。
教育部長室まで5階もあるのに、筋トレのつもりか? こっちには、都合がいいけどな。
サングラスの男は履いていた革靴を脱いで、左右の靴紐を結び合わせて首から吊るす。足音を忍ばせるためだ。
ちょっと目立つ格好だが、後で、監視カメラの映像から俺の姿は削除する。今回は立ち回り先が限られているから、絶対に消し忘れはしない。
シノ・フラウ教育部長が非常階段を降り始め、サングラスの男は足を速めて後を追う。


男は、足音を立てずに教育部長に近づき、最初の踊り場で追いつく。教育部長は、男の気配にまったく気づいていないようだ。


男は、教育部長の背中を押して、踊り場から突き落とそうとする。その時、階段の下から一羽の鷹が疾風のように飛んできて、男に襲いかかった。

うわっ、なんだ、こいつは! あっ、痛ぇ、額を突かれた。
シノ・フラウ教育部長が階段を戻ってきて、鷹ともみ合っている男のみぞおちにパンチをかます。

男が踊り場に倒れた。


鷹が変身を解いて、茜の姿が現れた。

茜さん、ありがとう。
作戦どおり、行きましたね。
茜は、鷹に変身して教育部長の先で待機して、部長をつけてくる男の様子をうかがっていたのだ。
茜さんは産業医のスリナリ先生に、この男を引き取るために医務室のスタッフに寄こすよう、伝えてください。私は、監視センターに行って、監視カメラの映像が抜き取られないうちにコピーしてきます。
部長、待ってください。私達クローン・キャストはテレパシーが使えます。スリナリ先生をガードしている美鈴さんンにテレパシーでスリナリ先生への伝言を伝えます。私は部長にご一緒して、部長をお守りします。監視カメラのオペレーター達にも、運行管理部長の息がかかっていると考えた方がいいです。
茜は目をつぶって何かを念じ始めた。
美鈴さんに状況を伝えました。スリナリ先生が看護師を3人、よこしてくれるそうです。私達は、監視センターに急ぎましょう。
茜が再び鷹に変身した。
そうだ。私も、この男の写真を撮っておかないと。
教育部長はポケットから幹部職員専用のミニカメラを取り出して、首から革靴をぶら下げて気絶している男の写真を撮った。幹部職員のミニカメラは後から画像を偽造できないセキュリティーシステムが組み込まれているので、内部調査や裁判で証拠能力がある。
では、茜さん、お願いします。
教育部長と茜が変身した鷹は、今度は、エレベーターを使って監視センターに向かった。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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