第25話 キャスティング部長告発
文字数 2,358文字
産業医って、あの、エム・スリナリ先生ですよね。
あの人が、キャスティング部長を告発したんですか?
スリナリ先生は、この勤務記録を見て、キャスティング部長のやり方が怪しいと感づいたそうよ。
教育部長が小梅に1枚の勤務記録表をさしだした。右肩の隅にM1907という職員番号が記されている。
(心の中で)これ、「くすのきの里」で会った茜さんの番号だ。
(部長に向かって声に出して)部長、これ、キャストの個別情報じゃないですか。同じキャストの私に見せて、いいのですか?
個別情報? あぁ、そう言われれば、そうね。でも、職員番号だけでは、これが誰の勤務表かわからないでしょ。
部長がうかがうような目を向けてくる。小梅、少し、慌てる。
番号だけでは、誰だか、わかりません。クローン・キャスト同士は、クローン人間養育所でつけてもらった愛称で呼び合います。
その方が、こんな無味乾燥な番号で呼び合うより、ずっと人間的ね。
小梅は、教育部長がクローン・キャストに「人間的」という言葉を使ったので、少し、驚く。「昔話成立支援機構」を管理しているラムネ星の人間たちは、普通、クローン・キャストを人間だとは思っていない。
それに、小梅さんは、この番号のキャストが誰かを探ろうとするような人ではない。だから、見せても構わないと思った。
(心の声)こら、小梅。油断するな。相手は、あんたをだまして、死ぬ危険のある任務に送り出した人間だ。人間扱いしてくれるのも、なにか、裏があるに違いない。
(部長に向かって)はい。あたしは、他人の秘密を嗅ぎまわるような人間では、ありません。
わざと、自分のことを「人間」と呼んでみた。部長が、微笑んでうなずく。
見て。今年に入ってから、六か月の間に、4日しか休んでいない。それ以外は、主役・脇役・動物変身がビッシリ詰まっている。これは番号から分かることだから言ってしまうけど、この年齢の人にこんなに仕事を詰め込んでは、いけない。身体も心も、壊れてしまう。
スリナリ先生がこの人の記録をさかのぼって調べたら、過去10年間、ずっとこんなありさまだった。
一応驚いて見せるが、「あすなろの里」で茜から聞いたとおりだ。
それと比べて、こっちを見てくれる。
これが誰だか、あなたにはわかるけど、それは構わない。
手渡された勤務記録にはM2119と書いてある。頭の「M21」は、小梅と同じ年に生まれたクローン人間ということを意味する。下2ケタの数字「19」は、忘れられない番号だ。これは、浩太からワイロを取ろうとしたことを小梅が職員食堂の放送でバラしたために暗黒宇宙に飛ばされた沙紀の勤務記録だ。
おかしいでしょ。主役タイプのキャストが主役だけ演じるのは、構わない。
でも、片方で主役も脇役も動物も演じるオールラウンダーのM1907が6ヶ月に4日しか休めない過密スケジュールなのだから、M2119にもっと主役をやらせて、負荷を均等にしなきゃいけない。
オールラウンダーさんにとって主役を演じるのは名誉な事だから、M1907さんが、頑張ってやりますと言ったのかもしれません。
茜に対してキツイ言い方かもしれないが、茜の話を聞いた限りでは、彼女がノーと言ったことは、なさそうだった。
そうだとしても、キャスティング部長は、ダメだと言わなきゃいけない。小梅さんが言った通り、主役・脇役・動物役がみんな揃って、初めて昔話になるのよ。「オールラウンダーだから」とか「本人が嫌な顔をしないから」とか言って、使い潰してしまったら、昔話ができなくなる。
しかも、スリナリ先生が勤務記録を調べたら、M1907 みたいな使われ方をしている人が、他に10人も見つかった。みんな、スター役もこなせるオール・ラウンダーばかり。
ところが、主役専門の女性キャストは、みんな、月1回稼働だった。どう考えても、アンバランスだわ。
部長が差し出したのは、小梅、浩太、美鈴の向こう半年の勤務計画だった。3人とも、ビッシリ仕事が埋まっていて、休みが、まるで、ない。しかも、身体の負荷が大きい動物変身がほとんどだ。
うぎゃ!これじゃ、体力にだけは自信のあるあたしでも、どうかなっちゃう。
まるで、あなた達が沙紀さんの悪事をスッパ抜いた事への仕返しみたいね。
でも、安心なさい。キャスティング部長が告発されたので、この勤務計画は見直されることになった。
今後は産業医のスリナリ先生がチェックする事になったから、こんなメチャクチャなスケジュールは組まれないはず。
小梅がほっとして息をついていると、部長が身を乗り出してきた。
小梅さん、もしかして、「くすのきの里」であった事で、私に報告していない事があるんじゃないの?
いいえ、あった事は、全部、ご報告しました。なんで、そんな事をおっしゃるのですか?
いえ、まだ話したそうな顔をしているように見えたから……全部報告してくれたのなら、イイわ。
(心の中で)部長は、あたしが茜さんと会って話したに違いないと思っている。茜さんが、使い倒される羽目になった理由を、あたしが知っているとにらんでるんだ。
(心の中で)でも、沙紀は、自分たちがしている事は、「機構」が出来た時から、人間の幹部も巻き込んで続いてきた事だと言ってた。実は、教育部長もその一味で、あたしを安心させて茜さんの秘密を聞き出そうとしているのかもしれない。ダメだ。茜さんから聞いた話はもちろん、茜さんと会ったことも、部長に知られてはいけない。
小梅は、浩太と美鈴以外、誰も信じてはいけないと自分に言い聞かせるのだった。
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