第45話 浩太の悩み

文字数 1,128文字

小梅が疲れきって居住区に戻ってくると、間もなく、浩太がこれまた消耗しきった顔で帰ってきた。
ずいぶん疲れた顔してるけど、ホスト第一日目はどうだった?
地球の女の人って、ボクの身体にベタベタ触りたがるんすよ。ボク達は、お互いの身体に触る習慣がないじゃないすか。
クローン・キャストだけじゃない。ラムネ星人もお互いの身体に触れるのは失礼だと思ってる。
だから、ボク、気持悪くて、逃げちゃったんすよ。
当然の反応よね。
そしたら、お客さんが「クローン・キャストの分際で、地球人を舐めるのか」って、スッゴイ怒り出して。
それで、どうなったの?
店長が「この子、今日が初めてなんで、許してやってください」って平謝りしてNo.1ホストを連れてきて、ボクは、お払い箱です。
変身ショーガールはひどかったけど、ホストも楽じゃないのね。
それで、その後が問題なんす……
何があったの?
沙紀先輩が店に来て、休眠遺伝子スイッチを入れた方がいいって勧められたんです。
あんたも、生殖能力を持った方がいいって事?
そぉ〜なんです。生殖能力を持てば、地球人の女性にいくら触られても平気になるし、慣れたら、とっても気持ち良く感じるようになるって……
そうなんだ。
小梅先輩、ボク、どうしたらイイと思います?
そんな事、あたしに訊かれても、わかんないよ〜…
そこをなんとか!
買い物を値切るみたいな言い方しなさんな。あんたは、沙紀と上手くやって出来るだけイイ暮らしをする事に決めたんでしょ。だったら、沙紀の勧めに従うのがイイんじゃないの?
小梅先輩は、ボクが地球人の女性と「ああいう事やら、こういう事やら」するようになっても、平気なんすか?
別に。あっ、でも、そうなっても、あたし達の友情に変わりはないからね。
そう言うと、思ってました。

でも、ボクは、自分がそんな人間になった所を美鈴に見せたくないんです!

あらあら、あんた、美鈴ちゃんに、そんな気持ちを持ってたの。
クローン・キャストなのに異性に惹かれるのは、おかしいですか?
おかしくないよ。クローン・キャストも、深層意識の中で当人固有の異性のイメージを持ってるんだって。それを「原型」って言うんだよ。美鈴は、きっと、あんたの深層意識にある女性の「原型」に近いんだよ。だとしたら、あんたが美鈴に惹かれても、なんのおかしな事もない。
そうなんすか?
ユンケルっていう、有名な心理学者が言ってるのよ。
なるほど、そう言われてみると……美鈴といると心がほぐれるっていうか……自分のままでいられるっていうか……
でもさぁ、あんた、もう二度と美鈴とは会えないんだから、美鈴にどう思われるかって、気にする必要ないんじゃない?
小梅先輩、友達、少ないっしょ。
そうね。友達といったら、あんたと美鈴くらいかな。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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