第55話 与五郎計画

文字数 1,492文字

どんな名案があるの?
「怪談支援機構」が怪談を再生している現場に飛ぶんです。
うん、話が見えないぞ。
浩太は「怪談支援機構」の仕事を知らないから見えないんだ。あたしは『番町皿屋敷』にゲスト出演したからわかる。怪談は、昔話と違って起こる時間と場所が決まってんだ。
そうだす。その時間と場所に飛んで、「怪談支援機構」の仲間に助けてもろぅたらええ思うんです。
だけど、「怪談支援機構」の中に沙希さんみたいに地球人に魂を売った裏切り者がいたら、ヤバくないっすか?
浩太、あんた沙希に人生預けるって言ったくせして、簡単に手のひらを返すのね。
「君子は豹変す」、「過って改むるにはばかるなかれ」です。ボクは賢いんっす。
この子、いつもこうなの?
いつもじゃないけど、割とひんぱんに。それも、大事な場面で。
浩太はんを信用しちゃいかんちゅうこってすな。頭に留めときます。
げっ、不当におとしめられた。
話を与五郎さんの計画に戻すと、どの時代のどこに行くの?
そうだすなぁ? 江戸時代なんか、どないでっしゃろ? 小梅はんも、『番町皿屋敷』で江戸時代にはなじみがおありのようですし。
おぉ、江戸時代、大いに結構。沙希と浩太は、どうせ「むかし、むかし、あるところ」以外は行ったことないんだから、与五郎さんとあたしに任しな。
『番町皿屋敷』は、いつやらはったんだすか?
つい2週間前だ。
それじゃ、近々に再演はないですなぁ?『四谷怪談』なんか、どないでっしゃろ? 『皿屋敷』とおんなじ江戸の街が舞台だす。
江戸時代なら、何でもいいぞ。
ちょっと待って。与五郎さん、怪談はひんぱんに再演するものなの?
「ひんぱん」とは、ちゃいますなぁ~。わしが「機構」におった頃、ひとつの怪談を年2回ぐらいやっとったでしょうか? 今は、変わっとるかもしれませんが。
それって、「怪談支援機構」のクローン・キャストが来るまで半年から1年待つかもしれないってこと?
ここにいて殺されることを思ったら、江戸時代に飛んで1年待つくらい、なんでもないぞ。江戸は結構面白い街だ。あたしが案内してやる。
小梅の言うとおりね。時空転移装置に乗って、与五郎さんに行き先をセットしてもらいましょう。
4人は時空転移装置に乗りこむ。与五郎が、行き先設定を始めるが、その表情が曇る。
あ、いかん。
与五郎さん、どうしたんだ?
わし、この暗黒宇宙になごういたさかい、『四谷怪談』が起こった時をハッキリ思い出せまへん。確か、貞享(じょうきゅう)年間やったと思うんですが……
その貞享(じょうきゅう)年間っていうのは、地球連邦標準歴では何年から何年にあたるんすか?
それが、思い出せへんのだす。
つまり、あたしたちは時空転移装置に乗り込んだけど、行き先がわからないってこと?
どぉも、そのようで。えらい、すんまへん。
与五郎さん、「すんまへん」じゃ、すまないっすよ。
ローンチング・エリアのゲートが開き、警備ロボットが入ってきた。
マジィ、連中に気づかれた。
沙希が身を乗り出して、与五郎の前の行き先操作パネルをいじり出す。
沙希、なにしてんだ?
この時空転移装置が地球人の過去観光旅行用だとしたら、江戸時代の年号と地球連邦標準歴を照合するアプリを搭載しているはずだわ。あった、これだ。日本の貞享年間は地球連標準歴の988年から992年。4年しかないのね。
うんじゃ、まぁ、990年に飛んでみる?
先輩、ロボットがこっちを狙ってます。急いで!
沙希が990をインプットし、発進ボタンを押した。
2体の警備ロボットが放ったエネルギーパルスが小梅たちが乗った時空転移装置に到達する0.2秒前に、まわりの空間をひずませて時空転移装置が消えた。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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