第50話 地球人のキャスティング部長と対決

文字数 1,857文字

沙紀、しゃべり過ぎだぞ。
突然、太くていがらっぽい男の声がした。

いつの間にか長身の男がドアを入ったところに立っていた。

小梅も沙紀も話に集中していて、男が部屋に入ってきたことに気づかなかったのだ。

あんた、誰? 人の部屋に勝手に入ってきて、失礼じゃない。
「人の部屋」だと? 笑わせるんじゃない。ここは、クローン・キャストという道具の置き場だ。
あんた、地球人か? あんたにとっては道具かもしれないが、あたしにとって、あたしは「人間」だ。
小梅、その男に何を言ってもムダよ。そいつは、私たちクローン人間の言葉を聴く耳なんか、持っていない。
沙紀、お前は俺の愛人だ。人間だとまでは言わないが、クローンの連中とは違う。
ええ、私は、人間でもクローンでもなく、あなたの都合の良いオモチャですものね。
(心の中で)えっ、こいつが沙紀の愛人? ってことは、この「なんでもあり・リゾート」の地球人キャスティング部長ってこと?⇒https://novel.daysneo.com/works/episode/5382c0b28e4ce2f186cdbaac0871e520.html
沙紀、お前は、ラムネ星でそこの三流クローンに余計な話をしたせいで、ここに送られたのを忘れたのか?「日本昔話成立支援機構」の基礎訓練で「口は災いのもと」という日本のことわざを教わっただろうが。
(心の中で)こいつ、いま、あたしのことを「三流」って言わなかったか?
私は、あなた方の特別なご配慮のおかげで、基礎訓練をほとんど受けずに本番で主役を務めるようになったので、ことわざまでは、教わっていません。⇒https://novel.daysneo.com/works/episode/0ed8fe1eed6b83859b48cf6e78ee4e0f.html
お前は、誰のおかげで、この「なんでもあり・リゾート」で我が物顔でふるまってこられたと思ってるんだ。デリヘルに回してやってもよかったんだぞ。
部長だって、私を性奴隷にして、イイ思いをしてきたじゃないですか。 
(心の中で)こいつら、ワケのわからん話をしとる。「デリヘル」ってなんだ? 「性奴隷」って、なんだ?
私がイイ思いをしてきただと? 思い上がるな! 私には、いくらでも寄ってくる地球人の女がいる。物珍しさから、人間になり損ねた壊れ物クローンの相手をしてやっただけだ。
沙紀が両の拳を握りしめて全身を震わせた。


小梅は、沙紀の前に進み出て、キャスティング部長と向き合った。小梅は、長身の部長を見上げながら、にらみつけた。

今の言葉を撤回して、沙紀に謝れ!
ふんっ! 休眠遺伝子のスイッチを入れていないお前に、今の話の意味がわかったはずがない。
休眠遺伝子のスイッチを入れなくても、あんたが沙紀を壊れた機械よばわりしたことは、わかった。沙紀は、機械じゃないし、壊れ物なんかじゃない。あたしと同じ人間だ。
貴様も思いあがった奴だな。人間に奉仕する機械のくせして、自分のことを「人間」だと抜かすのか?


お前らは、二台とも、とんでもない不良品だ。宇宙に廃棄処分してやる。おい、こいつらを廃棄物ポッドに連れていけ。

屈強そうな男が二人、小梅の部屋に入ってきた。
了解です。
今日は、生ゴミ処理の日です。こいつらを宇宙に吐き出すには、ちょうどいいでしょう。
あんたら、近づくと、ケガするぜ。
ふざけんな、この壊れ物クローン。
小梅は、男たちに尻を向ける。『屁こき嫁』用に身体に叩き込んだ特大級のオナラを一発。二人の男は、部屋の壁にたたきつけられて、意識を失う。


オナラの直撃を免れたキャスティング部長がポケットから拳銃を取り出す。

ふざけんな、この野郎!
犬に変身した浩太がキャスティング部長の銃を持つ手に噛みついた。


くそっ、放せ!
部長が浩太の歯から腕を振りほどき、浩太を蹴とばす。床に横倒しになった浩太に銃を向ける。
こいつを食らいな!
小梅が部長に向けて特大級のオナラをかます。


部長の身体が飛ばされ、壁に叩きつけられた。

浩太、大丈夫か?
小梅が、床に倒れたまま変身を解いた浩太に駆け寄る。
小梅先輩、ボクは大丈夫です。でも、あんな奴に蹴とばされてこけるなんて、ホント、ごめんなさい。
なに、謝ってんのよ。あんたのおかげで、あたし達は命拾いしたんだ。


浩太、あいつから拳銃を取ってきな。


沙紀、時空転移装置のローンチング・ポッドに案内しな。

ここからラムネ星には戻れないように結界が張ってあるわ。
誰が、ラムネ星に戻るって言った?


地球に行くのよ。「昔、昔、あるところの日本」へ。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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