第44話  宇宙のトンネル/クローン・キャストの寿命

文字数 1,345文字

小梅が、変身ショーを終えて楽屋に引き上げてきた。
げぇ~っ、30分間休みなく、スズメ、ネズミ、カメ、ウサギ、ハト、カラス、子豚、子牛、子猫に変身し続けたら身体が空中分解しそうだった。おまけに、飛んだり、走ったり、転げまわって、消耗しつくした……
「お疲れ様、栄養ドリンクでもどうぞ」という声がして、突然、小梅の前に飴色のドリンクが入ったグラスを載せたトレイが現れた。
ぎゃっ、超常ゲ・ン・ショ・ウ!
グラスを載せたトレイを捧げている初老の男性の姿が現れた。
驚かせてもうて、すんません。勝手に透明化スイッチが入っとったようで。歳をとると、あちこち、ガタがきて、あきまへんなぁ。
透明化スイッチって言うと、おじさんは、「日本怪談成立支援機構」のクローン・キャストさん?
へぇ、与五郎と申します。以後、お見知りおきに。
与五郎さんも、なんか理由があって、ここに飛ばされてきたの?
いいえぇ~。時空転移装置が故障して、地球にたどり着けなかっただけのこと。
地球にたどりつけなかった?
ここに来てから、人の噂に聞いたところでは、ラムネ星と地球は、それぞれ別の宇宙にあるんだそうです。ところが、この2つの宇宙をつなぐトンネルがあるらしい。
宇宙のトンネル? きっと、あたし達が「暗黒宇宙」って呼んでるものね。
わしらクローン・キャストは、時空転移装置でそのトンネルを抜けてラムネ星と地球を行き来するわけです。ところが、「怪談成立支援機構」の時空転移装置はパワ―不足で、トンネルの途中でエンストするんですわ。
(心の中で)そう言えば、ミタローも、「怪談成立支援機構」の時空転移装置は事故が多かったと言っていた。

(与五郎に向かって)エンストしてしまったら、どうなるんですか?

どうもこうも……水はない、食料はない、酸素はいずれ尽きる。ただ、死を待つしかないんですわ。
うわっ、残酷!
わしはラッキーやったんです。統合リゾートの「失踪クローン・キャスト探査機」に発見されて、ここに連れてこられて、かれこれ40年。おもろい事はないけど、生きてはこられたっちゅうことです。
40年もここにいるの? 失礼ですけど、与五郎さん、いま、おいくつですか?
70です。
えっ、「怪談成立支援機構」のクローン・キャストさんは、50歳で機能停止しないの?
ラムネ星におる時は、50歳で機能停止するはずでした。ところが、ここに来たら、その制約がのうなったんですわ。
なんで?
わしら「怪談成立支援機構」出身のクローン・キャストは、施設管理、清掃、食堂の手伝いとか、地味な足回りの仕事をしとるんです。
それと、寿命と関係があるの?
わしらが担当しとる仕事には人手がかかる。ところが、「怪談支援機構」のクローン・キャストは、数が少ない。だから、一人ひとりをできるだけ長く働かせようと地球人が思っとるんです。
あたし達も、寿命制限が解除されるのかしら?
言いにくい事やけど、そうはなっとりません。「昔話成立支援機構」のクローン・キャストさんは、ここでも、50歳で機能停止されます。わしが親しくさせてもろうとったクローン・キャストさんは、50歳を迎えた日の朝、わしの所に別れの挨拶に来てくれました。わしは、もう、涙が止まらんで……
寿命は前のままで、一層こき使われて……踏んだり蹴ったりね。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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