第16話  茜の告白

文字数 1,560文字

茜は、「くすのきの里」でクローン人間の子どもたちを世話しているマザーたち(ラムネ星人)、そして茜と、楽しい夕食のひと時を過ごした。

宿泊室に入った小梅が時間を持て余していると、ドアにノックの音がした。

小梅がドアをあけると、茜が立っていた。

小梅さん、こんな遅くにごめんなさい。ちょっと、お話できますか?
どうぞ、どうぞ。


あたし、こんな時間には、まだ寝ませんから。

あのう・・・・・・話しにくいことだったら、あれなんですけど・・・・・・


沙紀さんが相手役からワイロを取り立てていたのを暴いたのは、小梅さんですね?

そうです。


茜さん、沙紀を知っているのですか?

あの子は、私が「子どもリーダー」だった時に、面倒を見ていたんです。


繊細で傷つきやすいところはあったけど、とても賢くて、周りの子たちにも、優しかったんです。

それは、子どものころの話ですよね。
あ、ごめんなさい。小梅さんを責めているのではないんです。


あの子が変わってしまった理由に、心当たりみたいなものがあるんです。


あの子、7歳の時に、自分の「先祖クローン親」がわかったって言ったんです。それから、あの子は、急に、暗くなって、独りで思いつめることが多くなって・・・・・・そのうち、友だちとケンカするようになって・・・・・・

「先祖クローン親」って、あたしたちの先代って意味じゃなくて、もっと、もっと、ずっとさかのぼった、そもそものラムネ人の先祖ってことですよね。それは、絶対に分からないはずです。


茜さんは、沙紀に、その先祖は誰なのか訊いたのですか?

何度訊いても、教えてくれませんでした。


次の年、私は「くすのきの里」を卒業して「機構」に入ったので、沙紀さんとは会う機会がなくりました。


それが、私が「機構」に入って11年目、ちょうど、「乙姫」役をつかんだ時に、沙紀さんから声をかけられたんです。

茜さんって、主役組だったんですか?


あっ、ごめんなさい。威張ったところが全然ないから、脇役組かと思い込んでいて。

気にしないで。


私は、機構に入ってから、主役、脇役、動物役、全部について、同じくらい訓練されました。つまり、欠員補充用のオールラウンダーだったのね。


それで、思ったの。どうせ、オールラウンダーなら、主役の座を奪って、定着してやるって。

茜さんって、今は、とても穏やかに見えるけど、若いころは、野心家だったんですね。
そこを、沙紀さんにつけこまれたのね。


沙紀さんは、18歳で「機構」に入ったとたんに、「乙姫」、「かぐや姫」を射止めて主役組で歩き始めました。


その沙紀さんが、11年目でやっと主役の座を勝ち取った私に、仲間にならないかと声をかけてきたのです。

その「仲間」というのは、相手役から「ワイロ」を取る仲間だということだったのですね。
そうです。私は、考えました。散々、悩みました。
でも、茜さんは、断りましたね。こうして話していれば、分かります。茜さんは、あんな悪だくみに乘るような人ではありません。


もしかしたら、それから10年間、休む間もなく仕事を割り当てられたのではないですか?

今、休職しているのも、そのせいではありませんか?

本当に何があったのかは、わかりません。でも、私が仲間に入るのを断った時に沙紀さんから言われたことは、忘れられません。


「断るのは茜先輩の自由だけど、この誘いのことを、誰かに話したら、ただではすまない。これは、私の個人ビジネスではないのだから」


「茜先輩が主役をやりたいのなら、これからもやれるけど、楽にやっていけるとは、

思わないように」


確かに、この10年間、私には、主役、脇役、動物役、全部が回ってきて、働きづめに働いてきました。根をあげたら、沙紀さんとその後ろにいる悪党どもに負けてしまうような気がして、頑張ってきたんだけど、とうとう・・・・・・

ひどい。


ひどすぎる。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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