第52話 「昔話支援機構」は地球連邦政府にリベートを払っている

文字数 2,314文字

これは……
スクリーンに映し出されたフローチャートを見て、シノ・フラウが息を飲んだ。
「日本昔話成立支援機構」が地球連邦政府にリベートを払うという裏契約ね。
「リベート」って、なんですか?
仕事をもらった側が、仕事代の一部を、仕事をくれた側に返すこと。
一度受け取ったお金を返すんですか?

そんな面倒な事しなくても、初めから値下げしてあげればいいのに。

最初から安い値段で契約したら、注文を出す人がお小遣い稼ぎできないじゃない。
ええ~っ、どういうことですか?
私が、「怪談支援機構」の理事長から「昔話支援機構」の時空転移装置を買って来いと命令されたとするわよ。
私が「昔話支援機構」側の窓口で、時空転移装置の本当の値段が手数料込みで10兆クララだとする。
私とシノは11兆クララで契約を結ぶの
そんな事したら、「怪談支援機構」が損しちゃいます!
「機構」は損するけど、私は得する。だって、後で、シノから1兆クララを返してもらうから。
「怪談支援機構」が出した11兆クララのうち、1兆クララが、リンさんのお小遣いになっちゃうんですか?!
その1兆クララのことを、「リベート」って言うの。
待ってください。契約は11兆クララで結ぶんですよね。「昔話支援機構」の取り分が契約より1兆クララ少なくなってしまいます。それは、バレないんですか?
そこを、色々な手を使って誤魔化すの。実際よりずっと大きな運送費を払ったことにしたり、点検費が予算をオーバーしたことにしたり……あの手この手。そういう偽装工作をするのに、手間もお金もかかる。
だから、私は1兆クララ全部をポケットに入れることはできない。シノにも分け前を出す必要がある。私が6千、シノが4千、それでいい?
あなたは、私から受け取ったオカネを全部自分のものにできるけど、私は、いろんな関係者にバラまかなきゃいけない。最低でも5千億はもらわないと。
汚い! お二人とも汚すぎます!
シノ、私たち、調子に乗ってお芝居し過ぎたみたい。茜さんを怒らせてしまった。
あっ、ごめんなさい。私が分かりやすいように、お芝居してくださったのに。お二人に怒るなんて……
茜さん、いいのよ。あなた達、クローン・キャストは、こういうズルいことは、決して思いつかない。こういう汚い小細工は、地球人の得意技。私たちラムネ星人も、地球人から持ちかけられたら「ああ、なるほど」って思うけどね。
でも、私たちクローン・キャストは地球人のクローンなんですよね。それなのに、なぜ、地球人みたいにずる賢くないのですか?
地球人にも、誠実でウソをつかない人が大勢いるわ。地球人は、クローン・キャストの「先祖親」に、本当に誠実で人柄の良い地球人だけを選んだのよ。そうでなかったら、あらゆる生き物に変身できるクローン・キャストなんて、恐くて、とても生み出せないでしょ。
でも、クローン・キャストの中に、悪事に手を染める人がゼロではないですよ。私が沙紀さんの悪事を知っていながら黙っていたのも、悪い事です。私がもっと早く声を上げていれば、犠牲者がずっと少なくてすんだのに……
茜さんが自分を責めてはいけないわ。茜さんは、相談できる相手がいなかった。茜さんに比べたら、悪い連中の力が大きすぎた。私が茜さんでも、同じように我慢したに違いない。
…………
それに、人間の行動は、遺伝的な要素だけで決まるものではない。育った環境とか、周りの圧力とか、数え切れない事情が影響する。だから、クローン・キャストだから絶対に悪い事をしないとも、言い切れない。
それにしても、地球連邦政府から「昔話支援機構」への毎年の発注額2,000兆クララのうち100兆クララをリベートとして地球連邦政府に払い戻せなんて、ひどい話ね。よく、「昔話支援機構」が、こんな話を飲んだと思うわ。
私たちがまだ知らない特別な事情があったのではないかしら?


ともかく、結論としては、「昔話成立支援機構」はクローン・キャストの人件費を水増し請求することにした。

えっ、そうすると、私たちのお給料というのは?
地球連邦政府との契約では、今の10倍払われることになっている。
そんなぁ~

私たちには、どうせお金の使い道なんかないから金額の問題ではないですが、インチキされていたのは、不愉快です。

あっ、ごめんなさい。お二人の前でこんなことを言っちゃって。

茜さん、怒っていいのよ。あなた達には、怒る権利があるわ。
主役級のクローン・キャストが取り立てたワイロも、リベートに回したのかしら?
それは、違うと思う。ワイロを全部足し合わせても、100兆クララに比べたら、ゼロに近い。ワイロは「昔話成立支援機構」のラムネ星人幹部のポケットに入ったのよ。地球人のやり口を真似したのでしょう。取り立て役のクローン・キャストも、口止め料をもらったかもしれない。
取り立て役クローン・キャストは、お金じゃなくて、ずっと主役でいさせてもらえるとか、楽な出演スケジュールにしてもらえるとか、そういう特権と引き換えに黙っているのだと思います。クローン・キャストには、お金の使い道がありません。
なるほど、そうね。

「怪談成立支援機構」も地球連邦政府にリベートを払っているでしょうね。「機構」内のワイロは、今まで調べた限りでは形跡がないけど、もっと調べたら出てくるかもしれない。

私、「日本の昔、昔、あるところ」の人達は嫌いでないですが、地球連邦政府には、ものすごく腹が立ってきました。
小梅さんは、沙紀さんがワイロを取っていることを暴いた。それは、地球連邦政府が仕組んだ巨大な悪事の一端を暴いたのと同じことだった。それで、沙紀さんも小梅さんも、暗黒宇宙に飛ばされてしまった。
…………
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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