第49話 地球から来た女、そして、沙紀の運命

文字数 2,619文字

小梅が居住区のソファに疲れ切って横たわっていると、「入るわよ」と聞きたくない声がした。


沙紀だ。

入りたきゃ、勝手にどうぞ。ドアはあいてる。
ソファーに横になったまま答える小梅。
クソッ、参ってるところを沙紀に見せたくないけど、身体が動かない。
沙紀がペットボトルを2本持って入ってくる。
ずいぶん、お疲れのようね。


はい、これ、スペシャル栄養ドリンク。

沙紀が小梅にペットボトルを手渡そうとする。
あたしは、そいつにはアレルギーなの。持って帰って。あ、浩太が飲むかもしれない。やっぱ置いてって。
変身ショーガールの仕事が、相当、身体にこたえているみたいね。

ウサギ狩りのウサギに仕事を変える?

ちょっと風邪気味なだけだ。一晩ぐっすり寝たら、また、ブンブン変身する。
つまらない意地を張ると、寿命を縮めるわよ。

まっ、いいわ。ギブアップしたくなったら、いつでも言ってきて。

沙紀が出て行こうとする。
(心の中で)あっ! 浩太と話したことを思い出した。沙紀に問いただす絶好のチャンスだ。
沙紀、待ちな。あんたに訊きたいことがある。
第三の仕事の口? だったら、今のところ、ないの。ごめんね。
あんたさぁ、あたし達が地球人から作られたクローンだってことを、地球から来た女性に教わったんでしょ。
はぁ?
あんた、言ったよね。「『くすのきの里』に『あの女』が訪ねてくるまでは、何も知らなかった」って。⇒https://novel.daysneo.com/works/episode/5382c0b28e4ce2f186cdbaac0871e520.html


…………
「あの女」って、地球人だったんでしょ。あんたは、自分が地球人のクローンだってことを、その地球人から知らされた。
お察しのとおりよ。私が13歳の冬のある日、「あすなろ園」を訪ねてきた地球人の女性が、私の「先祖親クローン」は地球人だと教えてくれた。
でも、そいつは、なんで、あなたにそんな事を伝えたの? 地球人がラムネ星を訪問するだけでも、違法行為なのよ。その上、クローン・キャストの正体まで教えるなんて。
そいつはね、「なんでもあり・リゾート」を管理している地球のエライさんだったの。だから、法律違反をしても、誰にもとがめられなかった。
(心の中で)他にも地球人のエライ奴が、ラムネ星に来ていたかもしれないってことか……
その地球人のオンナは、片山日名子っていうの。

片山日名子が、私に、何の用があって来たと思う?

何の用だったの?
あたしに子どもを産めって、言いにきたのよ。
ええーっ!
片山家は、日本でも指折りの名家なの。
「名家」って、なにさ?
ずーっと昔から、カネと名誉と権威を持って威張ってる家系のこと。家系っていうのは、生殖行為の連続でつながってる人間のグループ。もう死んじゃった者、今生きている者、そして、これから「生まれてこなきゃいけない」者。
「生まれてこなきゃいけない」って、どういう事? 今から未来のことを決められるわけが、ないじゃない。
決めとかなきゃ、いけないの。なぜなら、名家の「血」を絶やしてはいけないから。
「血」って、ケガしたときに出る、あの「血」か?
ケガした時に出るのは「血液」。

「血」というのは、生殖行為を通して、親から子、子からその子へと、代々引き継がれていく「何か」。日本人は、「血」をすごく大切にする。特に、名家の場合、その「血」を絶やすことは、先祖に対する裏切りとみなされる。

それと、あんたが子どもを産むことと、どう関係があんのよ?
片山家の人間達は、「生まれてこなきゃいけない」子どもを産めない状態だったの。

片山日名子には息子と娘が一人ずついたけど、息子は二十代の若さでガンで亡くなった。娘は仕事で火星に出張した時に事故にあって放射線を浴び、不妊になってしまった。片山日名子が自分で妊娠するには、歳をとり過ぎていた。

それって、日本の「名家」にとっては、大変なことなんだ……
片山日名子は、自分の夫に「愛人を作って愛人との間に子どもを作って」とまで頼んだそうよ。でも、夫は、それを拒んだ。
えっ、日本人の夫婦って、子どもを作るための人間関係なの?
それだけじゃないけど、それが大きいみたいよ。
それで、沙紀の「クローン先祖親」が、その片山家の一員だったの?
ええ。片山家は、「日本昔話成立支援機構」の創設にも関わっていた。それで、当時の片山家の長女がクローン・キャストの「先祖親」を志願した。クソ真面目な人間だったのね。
ちょっと待ってよ。わざわざ沙紀のところまで来なくても、片山日名子かその娘さんからクローン人間を作ればよかったじゃない。
片山日名子は、遺伝性の疾患で余命を限られていた。娘は遺伝子の突然変異で不妊になってしまっていたのよ。その二人からクローン人間を作っても、片山家の存続を保証できそうにないでしょ。それで、私に白羽の矢が立ったというわけ。
それで、どうなったの?
私は、その日のうちに「休眠遺伝子スイッチ」をONにされた。

機能停止スイッチの方は、解除された。

えっ、それって?
私は、地球人でもラムネ星のクローン・キャストでもない、ただ片山家の子孫を産むための機械に変えられた。
(心の中で)それで、茜さんは、先が「クローン先祖親」を知ってから性格が変わったと言っていたんだ。⇒https://novel.daysneo.com/works/episode/7b0db7c436da6a384d32ef7d9e60c106.html

クローン人間養育所の中で、たった独り秘密を抱えて辛い思いをしていたに違いない。

片山日名子は、私が秘密を守ることの代償に、「日本昔話成立支援機構」にいる間はスター・キャストの地位を保証すると言った。私が22歳になったら、夫候補の品定めを始められるように、候補者を探すとも言った。

でも、そのうち、実現したのは、スター・キャストになることだけだった。

どうして?
「くすのきの里」を卒園して「日本昔話成立支援機構」に入る直前に、生殖器の発達度を確認する検査があった。その時、私には性行為はできても妊娠はできない事がわかった。私の生殖器は、遺伝的な欠陥を抱えていた
…………
それだけじゃない。私が片山日名子と同じ遺伝性疾患を発症するのが確実だということ、もわかった。機能停止スイッチを切ってあっても、どっちみち五十歳くらいまでしか生きられないってことなの。


その時の、私の気持ちがわかる?
…………
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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