第53話 思いがけない道連れ

文字数 1,676文字

拳銃を持った浩太を取り囲むようにして廊下に飛び出した小梅と沙紀。
うわっ! お前は誰だ!
小梅たちの目の前に突然人間が現れ、浩太が銃を向けた。
浩太、撃たないで! それは与五郎さんよ。


与五郎さん、どうして、こんな所にいるの?

いやぁ~、おどかしてもうて、すんまへん。また、知らん間に透明化スイッチが入っとったようで……

小梅はんに、これをお届けしよ思うて……

与五郎が、焦げ茶色の液体が詰まった瓶を差し出す。
与五郎さん、この薄気味悪いもんは、なに?
へぇ、地球人が飲む「マムシドリンク」言いまして、なんや、飲むと、えろう元気になるそうで……
あぁ、それなら、あいつが、私と〇〇〇〇する前に、よく飲んでた。飲まされたことあるけど、えっらいマズイわよ。


ていうか、この爺さん、何者? 部屋の中をのぞいたかもしれないのに、小梅は、なんでそんな友好的にしてるの?

そうっすよ、小梅先輩。姿を消してたなんて、超アヤシイじゃないすか。


あれ、なんで、姿を消したりできるんだ?

2人とも、落ち着きなよ。この人は、与五郎さんといって、「日本怪談成立支援機構」のクローン・キャストさん。「怪談支援機構」のクローン・キャストさんは透明化できるのよ。与五郎さんは、地球に時空転移する途中で遭難し地球人に捕らえられて、ここで働いてるの。
お初にお目にかかります。与五郎と申します。以後、お見知りおきのほどを。
小梅先輩、どうして、そんな軽いノリでこの爺さんを信用してるんすか?
だって、与五郎さんは、イイ人でしょ?
小梅、与五郎に尋ねる。


与五郎、ニッコリ笑って答える。

へぇ、自分で言うのもなんですが、わては、「機構」の仲間から、根っからのお人よしと言われとりまして……
つまり、阿呆ってことよね。
へぇ、そない言われることもありました。
で、そのオバカさんは、私たちがクローン・キャスト部長をぶちのめす所を、その目で見た。
へぇ、見るともなく、目に入ってしまいまして……
小梅先輩には悪いけど、爺さんには、ここで消えてもらいます。
浩太が与五郎の額に銃口を突きつけ、与五郎が「ひっ」と悲鳴を上げる。


小梅が浩太と与五郎に間に割って入る。

与五郎さんを殺すつもりか? だったら、まず、あたしを撃ちな。
小梅、どうしてそんな簡単に人を信じるわけ? 脳みそが腐ってるのね。それとも、元々、空っぽだとか?
そうですよ。小梅先輩、どいてください!
浩太、この際だから言わせてもらう。あんたは、そうやって、その時々の自分の都合しか考えないから、大物になれないんだ。オールラウンダーに生まれたからじゃない。オールラウンダーでも、あんたより器がデカイ奴が大勢いる。
小梅先輩、今の言葉を撤回してください。
しないよ。だって、本当に前から思ってたんだもん。
心の中でボクをバカにしながら、姉だ弟だと言ってたのか! 許せない。死ね!
小梅を撃とうとして撃てず、天井に向け発砲しようとした浩太の手から、沙紀が拳銃を叩き落とす。
あんたも、阿呆だね。こんなところで銃声を立てたら、人が集まってくるじゃないか。


仕方ない。その爺さんも連れて逃げよう。小梅が信用できると言うんだから、大丈夫なんだろう。

ありがとうございます。足手まといにならんよう、精いっぱい気張りますよって。
うっ、うっ、うう~っ……
浩太が床に膝をついて、泣き出す。
浩太、ごめんな。他人が考えること、することに口出しするのは、いけない事だ。

だけど、あんたは他人じゃない。弟だ。あたしの言うことが、ひょっとしてあんたの役に立つかもしれないと思うと、つい、言いたくなる。

小梅セ・ン・パ・イ……
いつか、タイミングをみて、言い方を選んで伝えようと思ってたんだ。だけど、今すぐ死んじゃうかもしれないと思ったら、死ぬ前に言っとかなきゃとなって、つい……

悪かった。

小梅センパ~イ!
床に崩れて号泣しそうになる浩太のエリを沙紀がつかんで、引き起こす。
そこ、泣くとこじゃないから。喜びな。私は、あんたが羨ましい。

ともかく、急ぐよ。

小梅、浩太、沙紀、与五郎の4人は、沙紀の道案内で時空転移装置のローンチング・ポッドを目指した。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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