第59話 監察審査会

文字数 2,027文字

あれ、ボクら、こんなこと大っぴらに話してていいんすか? 「怪談成立審査機構」の審査委員が暗黒宇宙のオブザベーション・ポストから見張ってるんじゃないんすか?
それが大丈夫なの。怪談の再生を始める前は監視されていない。
私たちもどのくらい監視されているか心配で、再生を始める前に審査委員会からダメ出しされそうなことを色々やってみたのです。現地の日本人とお友達になるとか、お買い物をするとか。でも、何のおとがめもありませんでした。
そうなんだ。だったら、これから隅田川で花見をしながら、話をしよう。今日は、ちょうど桜の見ごろだ。
そうっすね。周りの江戸の人たちには、ボクらが何の話をしてるか、わからないに決まってるし。
そうね。地球にあるたいていの植物は、そっくりなものがラムネ星にもあるけど、桜だけはラムネ星にはまったくないから、この機会にじっくり見物しようかしら。
そうですね。『四谷怪談』を始めるのは明日からですし。ちょうどいいですね。
4人は、隅田川の堤に移動した。ものすごい人波の中で4人分の場所を取るのは一苦労だった。小梅が持ってきたムシロをしいて場所を取ると、浩太が、屋台のお団子を買いに行く。

与五郎が作ってくれた弁当と浩太が買ってきたお団子を並べて、みなでつっつく。

シノ・フラウと茜がラムネ星の状況を話し始めた。

さてと、私たちの話ね。結論から言うと、「昔話支援機構」に巣くう悪に挑んだけど、破れてしまった。
言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、あと一歩で黒幕を追い詰められるところまでいったんです。でも、最後の一押しができなくて、悪党どもがトカゲの尻尾切りをして逃げるのを許してしまいました。
沙希が関わってたワイロ・ビジネスを追及したんですか?
キャスティング部長・プロジェクト管理部長・運行管理部長がワイロ・ビジネスに加担していることを「昔話支援機構」の監察部長に告発して、監察審査会で3人を有罪に追い込むところまでは、いったの。
凄い! めっちゃ、勝ってるじゃないすか。どうして負けたなんて言うんですか? 
ワイロ・ビジネスは、「昔話支援機構」が出来た時から続いてきたものです。部長と私は、その歴史をさかのぼって告発したかったのです。
でも、「現役のキャスティング部長・プロジェクト管理部長・運行管理部長がやっていただけ」という結論で幕引きされちゃったんですね?
その通り。現役3人組が関わっていた証拠はあったけど、過去の部長たちも有罪にできる確かな証拠は見つけられなかった。3部長に証言させようとしたけど、3人とも先輩部長たちの関与は、最後まで吐かなかった。
沙希さんのようにワイロを取っていたと思われるクローン・キャストも証人として呼んだのだけど、自分がやったことは認めても、先輩たちについては、一言もしゃべりませんでした。
凄い! 悪党どもの「鉄の結束」
あらためて、闇の深さを思い知らされたわ。
でも、監察部長がよく告発を取り上げましたね。監察部長も悪党どもとグルだったんじゃないすか?
加久礼 診子 先生のお陰です。運行管理部長がフラウ部長を暗殺しようとした場面の映像を、診子先生がナレーション付きでWeTubeに流してくれたのです。
普通のラムネ星人の間で300万回視聴されたの。秘密主義の「昔話支援機構」も、そんなに多くのラムネ星人の関心を引いては、監察審査会を開くしかなかったの。
もしかして、部長と茜さんは、悪党どもの仕返しで「怪談支援機構」に飛ばされたんですか?
「飛ばされた」というのは、「怪談支援機構」に失礼だわ。「上の意向」で移動になったの。
私は、病気休職から復帰する時に、「怪談支援機構」を志願して認められました。
あれっ、美鈴はどうなったんですか? 美鈴もひどい目にあったんすか?
美鈴さんは、まだ「昔話支援機構」にいるわ。でも、昔話再生からは外されて、小道具部屋勤務になった。
小道具部屋って、ラムネ星人の職人さんたちが働くところっすよね。そこにクローン・キャストの美鈴が配属されたんすか?
「昔話支援機構」の外に出さなければいけないほど危険ではないけど、他のクローン・キャストと接触させるわけにはいかないと思ったのね。
クローン・キャストを差別するラムネ星人の職場に、独りで放り込まれて……美鈴の奴、どんなに辛い思いをしてるだろう。
私たちは美鈴さんとは会わせてもらえない。これは、美鈴さんの同期がこっそり教えてくれた話だけど、美鈴さんはああいう優しい性格で仕事にも真面目だから、職人さんたちには温かく受け入れられているらしいの。美鈴さんにきつく当たるのは、職場長らしいわ。
職場長は、上から美鈴さんの監視を言いつけられているのでしょうね。
この2年間、本当に、大変だったんですね。でも、あたし達を直接苦しめたキャスティング部長・プロジェクト管理部長・運行管理部長を有罪にしてくれただけでも、十分すぎるくらいです。ありがとうございました。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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