第5話 浩太、改心する
文字数 1,870文字
何が起こったのかわからないみたいにボーッとアユを見送った浩太が、我に帰ったように、ハッとして、小梅に怒鳴りかかってくる。
小梅先輩、よくも、ボクの成功を台無しにしてくれましたね!
今度の『浦島太郎』は成功するよ。あれだけ脅しておけば、大丈夫だ。
今度だけじゃなくて、ボクは、この先も、沙紀先輩に引き立ててもらって、大スターになるつもりだったのに!これで、ボクは、沙紀先輩ににらまれちゃったじゃないですか!
ホント、余計なおせっかいしてくれましたね、オ・バ・サ・ン!
あんた、沙紀がキャスティング部長とつるんでやってる悪事を全部知った上で、それに乗っかろうとしてたのかい?
当たり前でしょ。ボクみたいに、動物役も人間役もできるオールラウンダーのクローン・キャストは、便利屋扱いされて、あっちの脇役、こっちの脇役と使い回されてるうちに、50年の寿命が、あっという間に尽きちゃうんですよ。ボクは、そんな、つまんない一生を送りたくなかった。ビッグになりたかった。大勢のキャストを従えて、デカイ仕事がしたかった。
呆れたね。
ビッグになる代わりに、沙紀の奴隷にされちまうんだよ。
そんな一生の、どこが面白いんだい?
そぉいうセリフは、動物役しかできない小梅先輩みたいに、先が見えてるクローン・キャストの言うことです。
負け犬の遠吠えです。ボクみたいな将来ある若者を、先輩みたいなオバハンと、一緒にしないでください。
突然、物陰から美鈴が飛び出してきて、浩太の横っ面に平手打ちを浴びせる。
浩太、あんた、小梅先輩に向かって、なんて事を言うの! 先輩に謝りなさい!
美鈴、危険だから、あんたはここに来るなって言ったのに。
小梅先輩、ごめんなさい。でも、私、どうしても、浩太のことが心配で。
浩太、私が、小梅先輩に浩太がワイロを払うのを止めてくださいって、お願いしたんだよ。
余計なことしやがって、この、馬鹿オンナ!
お前は、オールラウンダーとして、あっちで動物になり、こっちで裏方の人間になりして、擦り切れていく奴だ。だけど、俺は、違う。俺は、スターになれる器だ。
あたしのことを、なんと言おうと、あんたの勝手だ。だけど、美鈴の悪口だけは、許さない。この子が、あんたのことを、どれだけ、親身になって気にかけているか、あんたには、わかんないのか!
わかんないねぇ。あんたも、美鈴も、俺の親でも姉ちゃんでも、ねぇのに、なんで、俺に余計な世話を焼くんだ!
あんたは、阿呆か?あたしたちクローンには、親も兄弟姉妹も、ねぇ。培養器から、オギャーって、出てくるんだからな。
だから、自分を大切に思ってくれる仲間を大事にするっきゃないんだ。仲間は、親だ、姉だ、妹だ、兄だ、弟だ! あんたは、そんなことも、わかんないのか!
俺は、ただ、成功したかったんだ……「日本昔話成立支援機構」に便利に使いまわされる道具で、終わりたくなかった。
浩太、私たちは、「日本昔話成立支援機構」にいる限り、ビッグな主役を張ろうが、ちっちゃな脇役をマメに務めようが、道具であるのは、同じだよ。だって、私たちは、「機構」が昔話を成り立たせるための道具として作った、クローン人間なんだから。
「機構」にとってあたしが道具でも、あたしにとって、あたしは人間だ。あたしには、魂ってものがある。それを、何かのために売り渡すことだけは、絶対にしない!
それは、あんたが、自分で考えるんだね。考えて、考えて、その結果、どうしてもビッグになりたくて、そのために沙紀に魂を売り渡してもいいと言うなら、もう、あたしは止めないよ。
私も、浩太が、とことん、考えて、そう決めるのなら、止めない。すっごく、悲しいけど、止めない。浩太の人生は、浩太のものだから。
でも、浩太がどういう道を選ぼうと、私の心は、ずっと浩太のもとにある。そう思って、あてにしてもらっていい。いいえ、あてにして欲しい。
美鈴、あたしは、これで引き上げるよ。あんたは、どうする?
おや、まぁ…… じゃ、美鈴は、こいつと、いてやんな。あたしは、これでオサラバだ。
小梅、振り向かず、頭の横で手をひらひらさせて、立ち去る。
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