第1話 因縁のふたり

文字数 1,469文字

金曜日の昼、ラムネ星の「日本昔話成立支援機構」の職員食堂は満席だった。

毎週金曜日は、地球から輸入した高級食材で作った定食が、ふだんの定食と同じ値段で食べられるのだ。


時空転移装置で「昔、昔、ある所の」日本に飛んでも、失敗続きだ。大好物の海老フライ食って、憂さを晴らそう。
動物変身専門クローン・キャストのM2108号、愛称「小梅」は30分並んでやっとゲットした海老フライに箸をつけようとしていた。
小梅セ・ン・パ・イ!
食べてる人間の後ろから、急に声かけんな! 驚いて、海老フライを床に落としたじゃないか! このために、あたしゃ、30分も立って並んだんだぞ。
「3秒ルール」があるから、大丈夫っすよ。
なに、それ?
食べ物を床に落としても、3秒以内に拾えば、バイ菌がつくヒマがないんです。自然界の法則です。
「3秒ルール」とか言って、なんで、あんたが海老フライを拾ってんのよ?
小梅先輩はきれい好きそうだから、「3秒ルール」があっても、拾ったものは食べたくないだろうと思って。
だから、あんたが、食べるって! 

NO!  ダメ! あ・り・え・な・い。 

海老フライなら、「3秒ルール」を「30秒ルール」に延長してもいい。

その海老フライを、あたしの皿に戻しな!

はい、これ。
浩太、拾った海老フライを小梅の皿に戻す。
小梅先輩、ここ座っていいすか?
もう、座ってんじゃん。
小梅先輩、お久しぶりっす。『舌切りスズメ』以来ですね。
あのさぁ、正直言って、あたしは、あんたの顔は、二度と見たくなかったんだけど。
ええ~、ボク、先輩に嫌われるようなこと、しましたっけ?
したじゃない! 「スズメのお宿」で親切なお爺さんのために用意しておいたご馳走とお酒を、お爺さんが来る前に、あんたが、ぜ~んぶ、お腹に入れちゃったのよ。
ボクだけじゃないっすよ。M2250とM2257も一緒に食ったんすから。
ふたりとも、あんたと同じ「クローン人間養育所」の後輩だよね。あんたがそそのかしたに決まってる。
まぁ、ちょっと行き過ぎはありましたけど……
ちょっとですって! 「日本昔話成立支援機構」始まって以来の不祥事だったんだからね!
でも、あの『舌切りスズメ』、成立しましたよ。「昔話成立審査会」の人が言ったじゃないすか。小梅先輩が演じる「舌切りスズメ」は、心配して探しに来てくれたお爺さんと、たまたま山の中で会う。あらかじめご馳走が用意してあるほうが、変だって。
昔話の成立率が下がってるから、審査基準を緩めたのよ。
ふ~ん、じゃ、お爺さんの「お土産のつづら」はどうすんすか?

お爺さんは、大きいほうのつづらを持って帰るって言いましたよね。

あんとき、先輩の心臓が止まりそうになったのが、わかりました。

百選錬磨のあたしが、あんなことで、心臓が止まるもんですか!
ボクが、「昔話では、良い人は、みんな小さい方を選びます」ってお爺さんに教えたからお爺さんは小さいほうを持って帰って、『舌切りスズメ』が成立したんです。
…………
あの説得が良かったと「審査会」に評価されて、あれからボクは3件つづけて主役を演じて大成功。今では「勝率10割、奇跡のクローン・キャスト」って、みんなの噂になってるんですよ。
そうなの? あたしは、そんな噂、聞いたことないけどね。


それよか、あんた、一体、何しに、ここに来たの? このところ3戦全敗のあたしに、あんたの成功談を聞かせて、海老フライ定食を台無しにするためなら、さっさと、お引き取りちょうだい。

おりいって、先輩に相談があってきたんです。
コータローが目を輝かせて身を乗り出してくる。
あたしに相談?
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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