第37話  証拠を確保

文字数 1,258文字

鷹に変身した茜は、シノ・フラウ教育部長の肩にとまった。

シノ・フラウは、監視センターのドアを網膜認証で開けた。部長以上の幹部は、監視センターへの立ち入りを許されている。


監視センター長がシノ・フラウに歩み寄ってきた。

シノ・フラウ教育部長、なぜ、こんな所に? 肩の上の鳥は、なんですか? 本部にはペット持ち込み禁止ですよ。
階段で怪しい男に襲われました。この子は、ペットではなく、ボディガードです。

ここに私が襲われた時の映像が残っているはずなので、それを見に来ました。

部長が直接ここに来るのは、おかしい。部長が監察部に被害届を出す。そして、監察部がここに映像をチェックしに来る。それが、スジです。

私はこうして無傷だから、このまま監察部に訴えて出ても、相手にされない恐れがあります。
それで、記録映像が必要だとおっしゃるのですか。


おい、誰か、シノ・フラウ部長が襲われるところを目撃した者はいるか?

モニターに向かっている監視員達が口々に「いいえ」と答える。その中に、独りだけ、黙って手元に視線を落とした監視員がいるのを、シノ・フラウは見逃さなかった。


フラウは、その監視員の背後に近づく。

あなたは、どこを監視しているの?
監視員が慌ててモニター画面を消そうとする手を、茜が変身しているタカがクチバシでつついた。
痛っ! 暴力はやめてください。
ごめんなさい。でも、あなたが映像を消そうとなさったから。見せていただけるかしら? 
茜が監視員の肩に飛び移って、鳴き声で威嚇する。
これです。145階と144階の間の踊り場。10分前の映像です。
モニター画面に、サングラスの男がシノ・フラウ部長の後ろから迫る姿が映し出された。階段の下から一羽のタカがつぶてのように飛んできて、男の額を一撃する。


監視センター長がフラウの背後からモニター画面をのぞきこんだ。

これだけでは、この男性が部長を襲った証拠にはなりませんね。むしろ、部長のペット、いや失礼、ボディガードがこの男性を襲ったように見えますが……
男性の足元を見てください。靴を履いていません。左右の靴の紐を結び合わせて、両方の靴を首からかけています。これは、音を立てずに忍び寄る準備だと思います。つまり、この男性は、私の背後から秘かに忍び寄って、階段から突き落とそうとした。
フラウがポケットから機構幹部専用のミニカメラを取り出した。ミニカメラには、メモリー機能もついている。
この映像をコピーさせていただきます。
ダメだ! あなたに、そんな権限はない。
フラウを制止しようとするセンター長の手を、茜が変身しているタカのくちばしがつついた。


センター長がひるむすきに、フラウが映像をコピーする。

映像をコピーさせてもらいました。ついでに、元データを消去できないようにプロテクションをかけました。監察部が来たら、同じ映像を見せてあげてください。

それでは、私は、これで失礼します。

シノ・フラウは肩に鷹(茜)を載せて、悠々と監視センターを出て行く。


センター長以下、監視員たちは、その後ろ姿を茫然として見守るばかりだった。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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