第43話 小梅、変身ショーガールを選ぶ

文字数 994文字

沙紀が小梅の前に2枚の求人票を広げて見せた。
どちらもあなたの動物変身能力が活かせる求人なんだけど、おススメはキツネ狩りのキツネ役。
「キツネ狩り」って、なに?
昔の地球人の貴族の遊びで、馬に乗って野生のキツネを追っかけて、銃で撃ち殺すの。キツネを森から追い出すのに犬も使ったらしいわ。
なに、その野蛮な遊びは? 貴族っていうのがどういう連中か知らないけど、そいつらの楽しみのために撃ち殺されるキツネの身になってみなよ。とんでもない話だ。
でも、この遊びが現代のセレブ地球人の間で、とっても人気なの。ところが、地球人は地球の野生動物を絶滅させてしまったから、狩るキツネがいないのよ。馬と犬は、家畜とペットだから生き残っているんだけどね。
だから、この統合型リゾートに来て、クローン・キャストが変身したキツネを追いかけまわすってこと。悪趣味もいいところだわ。
でも、キツネ役のお給料は、とってもイイのよ。クローン・キャスト居住区内の特別エリアに自分の家を持てるくらいのお金がもらえる。それから、狩りに10回生き残ったら、地球一周の船の旅に招待してもらえるのよ。
あたしは、掃除がめんどくさいから大きな家は要らない。それから、地球一周旅行だけど、そんな豪華なオマケがあるってことは、10回生き残れるキツネはいないってことよ。

あたしは、キツネ役はイヤだ。

う~ん、じゃあ、こっちの変身ショーガールね。でも、これはお給料が安くて、その割りにシンドイ仕事よ。
変身すればいいんでしょ。
それが、ハンパな変身じゃないのよ。30分の間に、舞台の上で、スズメ、ネズミ、カメ、ウサギ、ハト、カラス、子豚、子牛、子猫に次々変身して、その都度、見物のお客様の間を飛んだり、走ったり、転げ回ったりするのよ。1回の公演が終わると、体重が5キロ減るそうよ。
撃ち殺されるよりマシだわ。
それはそうだけど……この仕事は身体への負担が大きくて、今までに5年以上続けられたクローン・キャストがいない。みんな、途中で壊れて機能が停止しちゃうの。
沙紀、あんた、どうせ、あたしを長生きさせる気が、ないんでしょう。しおらしげに取りつくってる顔に描いてあるよ。


あたしは、変身ショーガールを選ぶ。そして、あんたが悔しがって地団太踏むくらい長生きしてやる。

わかった……じゃあ、お手並み拝見とするわ。
沙紀が部屋から出て行き、小梅は鼻から荒い息を吹き出すのだった。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることもある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短気で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしたが、小梅に説得されて、ワイロを払うのをやめた。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手をずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロの大半はキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

加久礼 診子 (カクレ ミコ)

小梅が頼りにしている女医。もとは、「日本昔話成立支援機構」の産業医だったが、ある出来事をきっかけに「機構」と決別。今は、街の片隅で、ほそぼそと開業している。

小梅とは、仕事上のストレスから小梅が発症した顔面のチックを診子が治してから、十年来の付き合い。小梅は、「機構」の産業医より診子を信頼している。

診子は、患者の身になって親身な治療をする。金のない患者には治療費を貸し付けたことにして「借用証を」を取るが、これは、治療費を払ってくれる患者の手前、形式上スジを通しているだけで、診子から支払いを迫ったことはない。それでも、回収率は6割を超えている。

ワタル

「日本昔話成立支援機構」の男性クローン・キャスト。元々は動物変身、人間の脇役など、オールラウンドに演じていたが、沙紀にワイロを払って『浦島太郎』を成功させてもらってからは、沙紀の指名でイケメン役ばかりを演じてきた。ところが、かけ事にハマって、沙紀にワイロを払えなくなってきている。そんなワタルが、沙紀にぶら下がっているために選んだ仕事は・・・・・・

シノ・フラウ教育部長

非クローンのラムネ人。「日本昔話成立支援機構」の教育部長。

小梅を、クローン人間育成所「くすのきの里」に教育派遣する。

沙紀が関わっていた組織ぐるみの不祥事との関係は、不明。

茜(M1907)

クローン・キャスト暦20年のベテラン(小梅はまだ7年)

「くすのきの里」出身。

若いころは、動物変身役、その他大勢役が続いたが、11年目で主役の座をつかみ、「乙姫」、「かぐや姫」、『鶴の恩返し』の「鶴」などを演じる。

しかし、10年間にわたって、便利屋的に主役・脇役・動物役に使い回され、心身を消耗してウツ状態となり、1年間休職することになる。

「くすのきの里」で、子ども達とは接触しない仕事を手伝いながら療養している。

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